Bride's perfumeSide:Z
今日はリンクと一緒に温泉に行く。
ハイラル各地には様々な場所に、地からこんこんと湯が涌き出る、温泉というものがあると、聞いたことがある。
だが幼い頃から泉での修行を日々行ってきたゼルダにとっては同じ泉でも、温泉の方にはあまり縁がないものだった。
ハイラル中を旅してきたリンクは、デスマウンテンから、ヘブラの雪山の奥深くまで、各地の温泉の場所を知っていた。
幸いそんな遠くへ行かなくとも、このハテノ村からそう離れていない場所にも温泉があると聞き、ぜひ行ってみたいとゼルダが言えば、リンクは二つ返事で了承してくれた。
基本リンクは、よっぽど危ない場所などでなければ、ゼルダが行きたいと言った場所に、必ずと言っていい程連れて行ってくれる。
この間など、一緒に夜空を見上げている時にゼルダが流れ星を見つけてはしゃいでいると。では今から取りに行きましょう、と言って流れ星の落ちた場所まで連れて行ってくれたので、本当に驚いてしまった。
リンクは行動力がある。
綺麗な景色が見える場所、珍しい植物が生息している場所など様々な所や、そこへ安全にたどり着く方法も知っていて、とても頼りになる。
リンクは強くて、優しくて、時には申し訳ない程世話を焼いてくれて、そしていつでもゼルダの好奇心を満たしてくれる。
今日だって、温泉に行きたいとゼルダが言えば、そのための用意を全て整えてくれ。
プルアに今日返さなくてはいけないものがあると言えば、自分が行ってくるので、ゼルダは休んでいてくださいと、ささっと荷物を片手にすっ飛んで行ってしまった。
そんな恋人として申し分ない人と本当に恋人同士となれたのは、つい最近の事だ。
100年前からこっそりと想いを寄せていた相手が、実は自分にも同じように想いを寄せてくれていたのだと知った時、ゼルダは天にも昇るような気持ちになった。
そしてその気持ちのまま、リンクとキスをした。
触れ合った所から蕩けてしまうのではないかと思えるような、甘い口付け。
嬉しかった。幸せだった。
けれど…
それからというもの、リンクはあまりゼルダに触れてはこない。
足元が危ない時などには、手を差し延べてくれる。
でも、それだけ。
それならば、恋人同士になる前だって何回かあった。
恋人になったら、もっと触れ合いたい、と思う自分はおかしいのだろうか
あんなに素敵な人なのに、何だか不満に思ってしまう自分が心の狭い人間のように思えて、少し前に研究所に行った時、プルアに心の内を明かしてしまった。
プルアはそれを聞くとため息を吐き。
「全く、騎士くんはダメねぜんっぜん、乙女心が分かってない」
と、いたく憤慨していた。
だがその後に
「あーーでも好きすぎて、余計に触れられないってやつカナーうん、ありそう。全く、世話が焼けるヤツー」と、妙に1人で納得もしていた。
ゼルダには、よく意味が分からなかったが。
好きすぎると、触れられなくなるものなのだろうか
好きだったら、もっと触れたくなるのではないか
そう思う自分は、やはりおかしいのだろうか。
プルアに相談してみても、疑問は増えるばかりで解決はしなかった。
しかしその旨を彼女に話すと、
「あー大丈夫大丈夫きっと、そのうち、解決するわよ」
と、やけに軽い返答をされたのだった。
今でもゼルダの疑問は、全く解決されてはいない。
だが、焦ってはいけないのだろう。
折角、100年前は叶わないと思っていた恋心が実ったのだから。あれやこれやと欲張ってはいけない。
ゼルダは心の中でそう言い聞かせ、リンクの帰りを待った。
「あ、そう言えば」
プルアと言えば昨日、温泉に行くのだったらと、保湿剤をくれたのだった。
忘れるところだったと、ゼルダはリンクの用意してくれた温泉の荷物の中に、プルアから貰った瓶を入れた。
リンクの言う通り、村から少し馬を走らせた先の森の中に、小さな温泉があった。
「わぁ…っこんな所に、温泉があったのですね全然、知りませんでしたっ」
キラキラと木漏れ日が反射する水面に、ほこほこと立ち上る湯気。
わぁ…という声が思わず出てしまっていたらしく、横からクス…ッという声が聞こえた気がして、そちらを向く。
見た先にはやはり、目を細めて柔らかく微笑みながらこちらを見ているリンクの顔があって。
子供みたいに1人ではしゃいでしまっていた自分が恥ずかしく思えて、俯いてしまった。
「俺はあっちの岩場の方に行ってますので、どうぞ」
早く温泉に入りたいと私が思っているのを察して、リンクが少し離れた岩場の方へと歩いていく。
いつも紳士的なリンク。
同じ家に住んではいるけれど、ゼルダは2階、リンクは1階と、お互いの主な居住空間は決められいて、うっかりお互いの着替えを覗いてしまう事もない。
今回もリンクはわざわざ岩場の裏手側に回り、私が着替えやすいようにと配慮してくれる。
そういったところをきっちりとリンクが弁えてくれているからこそ、安心して一緒にいられるというのは事実だ。
でも今は恋人同士なのに…と、少し寂しい気持ちが混じってしまうのも、本当の気持ちで…
そうこう考えているうちに、やがて向こう側から水音が聞こえてくる。
リンクが温泉に入ったのだ。
自分も慌てて、用意をする。
ようやく念願の温泉に浸かると、心地よい温もりが身に染み渡る。
思わず手足を伸ばして、フゥーと息をつくと、岩影からひょこっと顔だけを覗かせるリンクが見えた。
ゼルダから近すぎることもなく、かと言って何か有事があればすぐ駆けつけることができる。
さすがは元近衛騎士といった絶妙な距離を保ち、リンクはそこに立っている。
100年前も、リンクはゼルダのテリトリーを決して侵さない距離で、けれど周囲には意識を張り巡らせて、こんな感じでゼルダを護っていた。
まるで100年前と変わらない距離感を縮めたくて、ゼルダは少し勇気を出し、リンクに手招きをしてみた。
折角温泉に来たのだから、側で一緒に楽しみたい。
温かいですねとか、気持ちいいですねとか、そんな他愛ない会話も、こんな距離では果たせない。
だがそんなゼルダの淡い期待も、リンクに首を横に振られ拒否の意を示された事によって儚く消えてしまう。
ゼルダは明らかにしょぼんとした表情をした。
もしかしたら、温泉にリンクと一緒に来れて嬉しいと思っているのは自分だけなのだろうか。
リンクはただ、自分が温泉に行きたいと言ったから付いてきてくれただけなのだろうか
寂しさから、リンクの優しさの根底すらも疑ってしまうような事を考えてしまう。
いけない、こんな事ではいけない。
せっかくリンクが温泉に連れて来てくれたのだから、ちゃんと楽しまなくては。
そう言えば、プルアが温泉用にと保湿剤をくれたのだ。
とてもいい花の香りがすると言っていたから、このモヤモヤとした気持ちを払拭させるのにはちょうどいいかもしれない。
ゼルダは手荷物に入れた保湿剤の瓶を取りに、1度温泉から上がる事にした。
座って保湿剤を塗るのにちょうど良さそうな岩場を探し、そこで少しお湯と戯れてから。
瓶を取りに、手荷物の所へ向かった。
見つけた岩場に座り、瓶の蓋を開けてみる。
すぐに鼻を掠めた、濃厚で甘い花の香り。
この保湿剤の作成者の事を思うと、何だかプルアっぽくないな、と思ったけれど。でもとてもいい香りだ。
ゼルダは鼻歌を歌いながら、瓶の中身を手に取り、身体に塗っていった。
腕、肩から鎖骨の辺り、首の後ろにも…と、肌の見えている所にまんべんなく保湿剤を塗っていると。
突然バシャッと水音が聞こえて、ゼルダは保湿剤を塗っていた身体から目線を上げた。
見ると、リンクがバシャバシャとお湯をかき分けながら、こちらに歩いて来ている。
どうしたのだろう
一緒に側で温泉を楽しみませんか、と遠回しに誘ってみても頑なに首を振っていたリンクが、突然こちら側にやってくるのをパチパチと瞬きしながら見つめる。
「リンク…どうしたのですか」
「ゼルダ、その瓶の中身って…」
もう目の前にまでやって来たリンクに、手に持っていた瓶を指差されて、きょとんとしてしまう。
「これですかこれは、保湿剤だと言われて貰ったもので…」
そう答えると、リンクは何とも言えない表情になった。
この保湿剤がどうしたのだろう
何か、リンクにとって気に触るものがあっただろうか。
もしかしたら、この香りが苦手だった…とか
「ゼルダ、それってもしかして、プルーーー」
そこまでリンクが言葉を発したと同時に、ゼルダは突然背後からもの凄い衝撃を感じた。
リンクが保湿剤に対して質問を投げ掛けてきた理由について思いを巡らせていたから、その衝撃はゼルダにとって余計に予期できぬものだった。
「ーーーッ」
声も上げる事もできず、座っていた岩場から落ちていく。
かろうじて、必死な表情で両手を広げ自分を受け止めてくれようとしているリンクの姿が見えた。
バシャンと派手な水音を立てて、落ちる。
だが、自分を受け止めてくれたリンクのお陰で、お湯は少し被ったものの、顔面から落ちる事は免れた。
代わりに力強い腕に包まれている事に気付いて、見かけによらず広いリンクの胸板からカバッと顔を離す。
「きゃあっリンクごめんなさい」
「……、っ」
やっと出た声で謝り、リンクを見上げる。
自分にはさほど衝撃はなかったが、受け止めてくれたリンクはどうだろうか。
どこかを打ち付けたりはしていないだろうか。
様子を伺うため顔を覗き込むと、リンクは果たして、唇を噛みしめ眉根を寄せて、とても苦しそうにしていた。
「リンク…」
やはり、どこか怪我をしてしまった…
そう思い至り、さっと顔を青ざめさせていると。
「ーーゼルダ、さっきの…プルア、から…」
「…はい、リンクと温泉に行くのだと言ったら、保湿剤だと言ってプルアがくれました」
また、先程と同じ保湿剤の質問。
怪我をしているわけではないのだろうか。それならば安心だが、それにしてもどうしてそんなにもあの保湿剤の事を気にかけるのだろう
しかも、プルアから貰った事をリンクはなぜか知っているみたいだし…
さらに言えばプルアから貰った事を知ると、なぜだかリンクはショックを受けたような顔をしていた。
頭の中の疑問符は増える一方だ。
しかしそれよりも、やはり先程と変わらず苦しそうにしているリンクの事が気になる。
いや、先程より酷くなっているかもしれない。
とにかく、リンクの状況を把握しなければ。
何か原因となるものがあるなら、それを取り除かなければならない。
そう思い、ゼルダが行動に移そうとした時だった。
リンクが苦しそうな声で、そして気まずそうに、語り始めたのだった。
いわく、これはただの保湿剤ではなく、プルアが作った興奮剤だという事。
普通の人同士ではただの香水、保湿剤の効果でしかないが、お互い心を寄せあっている者同士の間では、興奮剤としての効果が付与される事。
だから今リンクは、非常に辛い状態である事。
以上が、リンクからの現状の説明だった。
「プルアが、そんなものを…」
リンクからの説明を受けて、頭の中を整理をする。
まずなぜプルアが、そんな物を作ったのか。
決まっている。自分が、リンクとようやく恋人同士になれたのに、恋人らしい事をしてくれないと相談を持ち掛けたからだ。
ではなぜプルアは自分には本当の効力を説明せず、リンクだけに知らせたのか。
それも、何となく分かる。何の理由も知る事なく、リンクが今のような状態になったら、リンクの性格上自分を責めかねないからだ。
全ては香水の効力、と理由付けして。恋人との関係を一歩進めるため。
ならば。今自分の取るべき行動は何か。
リンクは、今すぐ自分から離れて欲しいと願った。
でも、お互い心を寄せあっている者としてリンクにこの香水の効果が表れているのだとしたら。
…嬉しかった。
リンクが愛を囁いてくれたその心を、疑っていたわけではない。だが恋人となったリンクと、もっと寄り添いたいと気持ちをはやらせているのは、自分だけだと思っていたから。
だから、勇気を出して。
慎重に慎重に息を吐いて、離れようとしているリンクに、逆に寄り添った。
「…ッゼル、ダ」
「……いいです、よ」
「ーーー」
リンクが息を詰めるのが分かった。
寄り添った事で、リンクの胸に当てた耳から聞こえる心臓の音。それがとても早い事に気付いて、喜びの気持ちが沸き起こる。
「プルアがそんなものを作ってるなんて知りませんでしたけど…でも、リンクが恋人らしい事をしてくれなくて寂しいと、プルアに言ったのは、私ですし…」
白状してしまった。寂しかったと。
それが急に恥ずかしくなってしまって、リンクの顔を見れずに下を向く。
どうしてだろう。さっきまで平気だったのに。
リンクがドキドキしてくれていると分かって、素直に嬉しかったのに。
こちらまで、心臓がうるさくなってきてしまった。
自分からリンクに寄り添っていったくせに、自分の心臓の音もリンクに届いてしまうのではないかと焦っていると、リンクの手が伸びてきて、頬に添えられた。
「…リン、ク」
リンクの手で上を向かされて、必死に鎮めようとしていた心臓が、ドクンッと大きく跳ねた。
こちらを真っ直ぐに見つめてくる、蒼く美しい双眸。
魔物と対峙する時とはまた別の、真剣な眼差しがゼルダの瞳を射抜く。
その奥に蒼い炎が揺らめいた気がして、ゼルダは本能的に後ずさった。
だが、1度緩められようとしていたリンクの腕は再びゼルダを強く抱きしめていて、それは叶わない。
徐々に近付いてくるリンクの顔に、驚きに目を見開き身動きが取れなくなっているうちに。
やがてリンクとの距離は、ゼロになった。
(どうしよう…どうしよう…)
口付けられた瞬間に、分かった。
これは、今までにされたキスとは違う。
リンクとはまだ数えられる程しか口付けを交わした事がなかったが、そのいずれも口と口を軽く触れ合わせるだけの、短いキスだった。
でも今は、違う。リンクは大きく口を開け、まるでゼルダの唇ごと食べてしまおうかとしているようだった。
時々下唇を食み、舌先でペロリと舐められて、背中をゾクリとしたものが、走り抜ける。
「んっ…リン、…リンク…待っ、て…」
息継ぎができず、リンクの口付けから逃れて慌てて手でその体を押し返せば、押し返した分だけリンクは僅かに離れてくれた。
だがほっと息を吐いたのも束の間、また頬に手を添えられて。
今度は角度を変えて、再びリンクの顔が近付いてきた。
「…っ、リン……」
リンクの名を呼び抗議の声を上げるも、途中で塞がれてしまう。
それどころかさっき息継ぎのついでに口を開いたその隙間から、今度はリンクの舌先が差し入れられた。
「ーーーーッ」
ビクリと身体を震わせ、驚きに目を見開くも、リンクの侵入は止まず、ちろちろとリンクの舌はゼルダの口内で動き始めた。
ツンとつつかれ、思わず逃げるゼルダの舌をリンクは追いかけてくる。狭い口の中では逃げ切る事はできず、やがてリンクの舌に捕らわれ絡め取られてしまう。
「ぅ…ん、んっ…」
合わせられた唇の隙間から漏れてしまう、くぐもった声。
体験した事のない深い口付けに、どうしたら良いのかも分からず、ただただ震える手をリンクに向けて伸ばす。
でも掴めるものがそこにはなくて、触れたリンクの髪に指を絡めて引っ張ってしまった。
リンクはそれに抗議の声を上げることもなく、頬に添えていた手をゼルダの後頭部に移し、もう一方の手は腰に回して、強く抱きしめ返してくれた。
息ができず、酸素が頭に回らないからなのか。
リンクが口付けで与えてくる刺激が、脳に、身体に電流のように駆け巡り、それが思考を鈍らせるのか。
どちらにしても、ゼルダにはもう、何も考えられなかった。
(ダメ…もう、立てない…)
リンクが強く抱きしめてくれているが、ゼルダはもう足に力が入らなくて、自身の力で立つ事ができなくなってしまっていた。
ー沈んでしまう…
膝が折れ、沈むと観念した時。それをちょうど見計らったかのように、役に立たなくなった自身の両の足の間に、リンクの膝が割り込んできた。
ブクブクと湯の中に沈んでいく事は免れたが、ちょうどリンクの膝の上で座るように支えられている格好になってしまった事に気付き、今度は恥ずかしさに頭がどうにかなってしまいそうになった。
そうなると、今さらながらに自分が身に付けているものが体を一巻きするだけのタオル生地1枚なのだという事が思い出され、身体中が燃えるように熱くなる。
身体中を巡る熱をどこからか逃したくて、縋るリンクの髪をグイグイと引っ張り、必死に合図を送ると。
どうやらリンクは気付いてくれたようで、口付けは静かにそっと離された。
ようやく空気を取り込めた肺の中に、あの甘い花の香りも同時に満ちていく。
リンクはまだしっかりと抱き締めていてくれていて、ぼんやりだがやっと見る事のできたリンクは、とても切ない表情をしていた。
手にも足にも力が入らなくて、どこに縋ればいいのか分からずさ迷うゼルダの手を、リンクは自身の首の後ろにそっと導いてくれる。
リンクはやっぱり、優しい。
そんな彼が、好き。大好き。
心に想いが溢れて、やっとリンクに縋りつく事ができて、思わず回された腕でぎゅっとリンクの首に抱きついてしまう。
リンクは一瞬身を固くし。
そして困ったように、長いため息を吐いた。
そんなため息すらも何だか、色っぽく感じてしまう。
先ほどからリンクが普段見せない様々な表情を見せつけられて、ゼルダの胸はドキドキさせられっぱなしだ。
切ないため息を唇に乗せたまま、いつの間にか生理的な涙が溢れていた瞼に、キスを落としてくれる。
キスは瞼から、頬に。鼻先に、そしてまた、唇に。
それがあまりにも心地よくて、リンクの頬にすり寄る。
合わされた唇は短い音を立てて離れ、顎に軽く触れ。
そして。
「……」
首筋に顔を埋められ、また身体中を駆け巡ったゾワリとした感覚に、肩を震わせる。
「んっ…リン、ク」
せっかく心地よかったのに、再び呼び起こされたざわざわとした感覚に、不安を乗せて名前を呼ぶ。
だが肌をなぞってゆく口付けは止まる事はなく。
首筋から鎖骨に。徐々に降りてゆき、やがて巻きタオルとの境の位置で、チリリ…とした痛みが走った。
「あっ……」
思わず口から滑り出た自分でも聞いた事のない声に、ほとんど反射的に手で口を塞ぐ。
だが真白な肌に紅い華を咲かせたリンクは顔を上げ、そのゼルダの手を捕まえてしまった。
「ぁ……」
一体何がそんなに彼を変えてしまったのだろう。
ゼルダを真っ直ぐに射ぬく瞳は、もはや捕食者のそれで。
掴まれた手は、やがて指と指を絡められ、抱き締められていた腰を、さらに強く引き寄せられる。
「リン、ク…ッ」
ダメ…ダメなのに。これ以上は。
おかしくなってしまう。自分が自分でなくなってしまう。貴方に縋っていても、もう。
立てなく、なってしまう。
それ、なのにーーー
「ゼルダ……」
名前を呼んだお返しとばかりに、名前を呼び返された。
耳元に直接、熱い吐息と共に。
「ッーーーー」
…腰が、砕けてしまった。
バシャンと音を立てて、カクンとリンクの膝から滑り落ちた体が湯の中に沈む。
「…ッゼルダ」
咄嗟にリンクが引き上げてくれたから、顔まで湯に浸からずに済んだ。
だがゼルダは、完全にのぼせてしまっていた。
考えてみれば、温かい湯の中でただでさえ血の巡り良くが良くなっているのに、さらにそこで血の巡りがなる事を行えば、そうなるのも当然と言えば、当然の結果で。
そこからのリンクの行動は早かった。
ぼんやりとした意識の中で、温泉から運び出され、体に吹き抜けるひんやりとした空気が心地よいと感じているうちに。
気が付けば、下に布を敷かれた状態で、岩場の上に横たえられていた。
「ゼルダ…」
うっすらと瞼を押し上げると、この世の終わりのような蒼白な顔で上から覗き込んでくるリンクの姿が見えた。
「ごめん、ゼルダ…俺……っ」
必死になって謝る彼は、まるで叱られた子供のように、固い岩場の上できっちりと正座して、肩を縮ませていた。
そんなひどくしょげた様子の彼に、思わずクスリ…と、場違いな笑みが零れてしまう。
「ゼルダまだ横になってないと、ダメだって」
身体を起こそうとしているゼルダに、慌てて差し伸べられる手。あまりにも焦り過ぎて、口調が素に戻っているのにも気付いていないようだった。
制止の声を聞いても身体を起こそうとするのを止めない自分に、無理に寝かしつけるのは諦め、背中にそっと手を回してくれる。
優しい、優しいリンク。
だから伝えないと。ふらつく身体をちょっと叱咤して。
優しすぎる貴方が、自分自身を責めてしまわないように。
「謝らないで……」
体を起こしてくれたリンクのその首に、またぎゅうっとしがみついて、伝える。
「私、嬉しかったんです。さっきみたいに、リンクと触れ合えて…」
そう言ってからしがみついた腕を少し緩め、横にある顔を覗き込むと。
すぐ目の前に見えた蒼い瞳は、驚いたように見開かれ。
そしてそれから、泣きそうなくらいに切な気に、細められた。
愛しい人。
本当はもっと触れ合いたいの、貴方と。
だから…
「また、恋人らしい事…してくれますか」
「っ…善処、します……」
甘えた声でお願いしてみると、耳まで真っ赤にして答えてくれたリンクが、どうしようもなく、可愛い。
恋人の可愛さに、思わず微笑んでしまっていると。
それがどうやら癪だったのか、お返しだと言わんばかりに逆に顔を覗き込まれて、言われてしまった。
「では…また、さっきのようなキスを、してもいいですか…」
さっきのような…
それが指し示すものを思い出し、ボンッと頭に血が上った。顔が火を吹き出しそうなくらい、熱い。
「………はぃ…」
消え入りそうな声で返事をすると、再びリンクがキスをくれた。
唇が触れ合う瞬間に漂う、ふわりとした甘い香り。
プルアの作った香水が、本当に彼女の言うような効力を持っていたのかは分からない。
けれどあの花の香りが、リンクとの距離を縮めてくれたのなら。
プルアのイタズラも…
たまには、いいのかもしれない。
(了)