私の両親……ああ、この場合は育ての親を指します。私の両親はお互いを心から愛しています。毎日とても幸せそうで、そのお二人を見ていると私もなんだか胸があたたかくなるのです。
相思相愛の私の両親。長い時間とたくさんの困難を共に乗り越え、お互いの想いを通じ合わせ結ばれたお二人。
そんな幸せに満ちた両親を見ていると、最近ふと思うことがあるのです。
愛とはどんなものなのでしょうか?
そもそも、誰かを恋い慕うこととはどういったものなのでしょうか?
だから、私は恥を忍んで訊ねてみたのです。
恋とはどのようなものなのですか、と。
両親は顔を見合わせ小さく笑います。そんな仕草にさえ、愛情を見て感じるのです。
曰く、『暇さえあればそいつのことを考えている。寝る前なんか特に。それとついつい構いたくなる』
曰く、『……傍に居てほしいと、大事にしたいと、願うようになる』
返ってきた答えに私は少しばかり困ってしまいました。簡単に答えていらっしゃるけれど、やはり意味を知るには難しいと思った。
でもお二人の言葉を聞いているときに、脳裏を過ぎったものが確かにありました。
長くしなやかに揺れる髪。蜜色の瞳。
……それから、胸に咲いた牡丹の家紋。
「──い、おい! 聞いてるのか!?」
「え?」
ハッとして視線を前にやると金公子がいて、眉間に皺を寄せていた。
「何をぼーっとしてるんだ。夜狩が終わったからっていくらなんでも気を抜きすぎだろ」
「も、申し訳ありません。考えごとを、していたようで……」
「考えごと? 何か気になることでもあるのか?」
彼が言っているのは夜狩のことだろう。今夜の夜狩も無事終わった。変わったところも、妙な気配も感じられない。そちらは問題ないのだ。
……参ったな。こんなときに思い出すようなことじゃないのに。
「個人的なことですので金公子がお気にされるようなものではありませんよ」
「…………悩みがあるなら、聞いてやらないこともないんだが?」
「じ、金公子?」
「その呼び方もやめたらどうだ。金凌でいいって」
「あ、はい。……では、金凌」
「ん。──で? あるのか、悩み」
金凌と呼ばれたことに満足したのか彼は深く頷いてからまた同じことを訊ねてきた。さて、なんて言おうかな。色恋について考えていましたなんて正直に言ったら絶対怒られるだろうし……。
「悩み、とはまた違いますかね。どちらかというと不思議というか、わからないことがあって」
「それなら含光君か……魏無羨にでも訊けばいいじゃないか」
「訊いてみたんですけど、それでもまだわからなくて……」
「ふーん。じゃあ俺に訊いてみろ」
「え、えっ!?」
人のことを言える立場ではないけれどこれだけははっきりと言える。金凌にもわからないだろう、と。
ど、どうしよう……。でも彼も同じ年頃の男子であることには変わりないし、聞いてもらうくらいならいい、だろうか……?
「……えっと、金凌は恋が何かわかります、か……?」
「コイ?」
「誰かを好きになる、その、色恋です……」
「いろっ……!? お、お前、なん……!?」
金凌の顔があっという間に真っ赤になる。そして言葉が上手く出ないのか金魚のように口をぱくぱくとさせていた。あ、可愛い。
「好きが何かはわかります。私は含光君と魏先輩が好きです。温叔父さんが好きです。澤蕪君も、藍先生も、景儀も好きです。姑蘇の人々も。でも、これは恋ではありません。それはわかるんです。だから余計に恋というものがわからなくて……」
好きにも色々あることくらいはわかる。ただ唯一、恋慕というものがわからないだけで。
私は恋がしたいのかな?でも誰と?まだ出会ったことのない見知らぬ人?それとも、もうどこかで会って──。
「…………俺は、どうなんだ」
「金凌、ですか? それはもちろん──」
「どうして、さっき俺の名前は出なかったんだ? お前はただ表向きに俺と親しくしていただけで、本当は何とも思ってないのか?」
「え、あの、それはちがっ……」
「じゃあ俺は何なんだよ!?」
見間違いかと思った。でも確かに金凌の目尻には涙が溜まっていた。
涙を張った蜜色の瞳。揺れる長髪。胸に咲く大輪の牡丹。
──あれ?
「あ、あああ!!!」
「は!? なんだよ!?」
「わかりました! わかったんです! 私はあなたに、金凌に恋をしているんです!」
「はぁぁぁぁぁぁ!?!?」
自分でも驚く勢いで金凌の両肩を掴んだ。
ああ、胸が熱い。苦しいくらい鼓動が激しい。
でも、でも……!
「ふとしたときにあなたのことを考えていました! 一緒に夜狩をすればあなたの姿を目で追っていました! もっと傍にいたいし、大事にしたい! 私はあなたに、金凌に恋をしている! あなたが好きなんです!」
「ま、待て、いくらなんでも急すぎ……」
どうしようもないくらい!
「あなたが好きなんです!」
こんなにも心が踊ったことはあっただろうか?
こんなにもたった一人の相手に想いをぶつけたことはあっただろうか?
こんなにも、こんなにも世界が輝いて見えるなんて!
「これが恋なんですね! 金凌、ありがとうございます! あなたのお陰で恋がどんなものかわかりました!」
「ど、どういたしま……じゃない! さっきから俺を置いて一人で先走るなバカ!」
「あ、すみません」
「恥知らずめ」
その一言でつい魏先輩を思い出してしまう。でもあの方は育ての親の一人でもあるし……に、似たの、かな?
冷静になると私はとんでもないことを口走ってしまった。いくら恋がどんなものかわかったとはいえ、その相手に、こんな……。
「じ、金凌は先ほどの私の発言……不快、でしたか? もし不快な思いをさせてしまったなら申し訳ありません……」
「…………ない」
「?」
「してない! 不快になんて、ならない」
「それは……」
はぁ、と金凌は深く溜め息を吐く。もしかして呆れられているのかな……?
「す、少し考える時間が欲しい」
「えっ」
「こういうことはちゃんと考えないとダメだろ……。相手がお前なら、尚更……」
耳や首まで赤くして伏し目がちに金凌はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
そんな反応されたら余計に期待してしまうんだけれど。
「いくらでも、いつまでもお待ちします」
「忠犬か? それなら仙子だけでいい」
「ふふっ、お返事楽しみにしていますね」
「ふんっ。勝手にしたらいい。……次に会うときには、返事をする」
次。次にお会いできるのはいつだろう。
きっとそう遠くはないだろうけど、いつになるかわからないとなると少し寂しい。……ああ、そうか。恋は寂しさも覚えるんですね。今ならあのお二人が会えない時間が出来たときの心情がわかる。
会えないと顔が見られない。声が聞けない。触れられない。
それは、とても寂しい。
けれど、
「恋とは素晴らしいものですね」
あらゆる感情が混ざりあっていなければ、恋にはならないのだと、私は知った。