晴天に祝福 清々しいほどの快晴の中、降り注ぐ柔らかな小雨。太陽の光を反射し、雨粒の一つひとつがきらきらと星のように瞬いていた。
その日、一人の妖狐が嫁入りをした。黒く長い艶やかな髪を靡かせ、九つの尾を揺らし、鮮やかな紅色の婚礼衣装を身に纏い歩く姿は誰もが見惚れるほどに美しい。
しかし、その姿を見る者はその場に一人だけ。
水晶で象られたような角は清らかな水のように透明感があり、身に纏う妖狐と同じ婚礼衣装からは龍の尾が出ていた。鱗の一枚一枚が硝子細工を思わせるが、それらは決して脆くはなくとても硬度がある。龍の体はとにかく丈夫なのだ。
一人の龍と一人の妖狐はこの日、番となった。その命が絶えるまで、いや、絶えても途切れることのない永遠の愛を誓った。お互いにその生涯を支え、魂を捧げ、寄り添い続けると。
二人きりの婚礼はとても穏やかった。それぞれ親族や友人がいるが、婚礼は二人きりでやろうと決めた。番になると決め、周囲の者たちに知らせたときに祝福は十分すぎるほど貰った。だから、婚礼はささやかに行いたかったのだ。見届け人がいなくてもいい。お互いの記憶に、魂に刻み込むことができたならそれだけで幸福だから。
「狐の嫁入り」
「まさに今の君だ」
「ははっ、そうだな。この雨は俺の嫁入りを祝福するように降ってる。うん、悪い気はしない。むしろ気分がいい」
「晴れの日に降る雨がこんなにも美しいとは知らなかった」
龍は空を見上げながら手のひらを差し出し、ぱらぱらと降る雨を受け止める。
「美しいのは雨だけか?」
「それはない。君がこの世のなによりも美しいから」
「そうかな? 俺は藍湛が一等美しいと思うぞ?」
「いいや、君だ」
「藍湛だって」
「君だ」
そこで二人は同時に口を閉ざし、しばし見つめ合ったあとくすくすと小さく笑った。子供じみた張り合いが可笑しくて、でもそんな些細なことにさえ幸福を感じる。
お互いにわかっているのだ。相手が世界で一番美しく、勇敢で、情が深く、そして誰よりも何よりも愛しいことを。
自分たちが存在するこの世界よりも、愛しく想っていることを。
「魏嬰」
「なぁに?」
「私は龍で、君は妖狐。種族の違いから運命られた命の長さが異なる」
「うん。そうだな。でもそれがどうした? 今更だろう」
「共に居られる時間が限られていても、君が先に居なくなってしまっても、私は君だけを想い続ける。自分が死した後も、ずっと」
それを、伝えておきたかった。と龍は柔らかに微笑む。妖狐は一瞬、呆気にとられたがすぐに花のような笑顔を見せた。
「わかった。お前の気持ちは十分過ぎるくらいに伝わったよ。でも言われっぱなしってのは俺の性分じゃないから、俺からも言わせてもらうぞ?」
「うん」
「まずひとつ。喩えお前が先に居なくようなことがあっても俺はお前だけを愛して、この心臓が止まる瞬間まで想い続けるよ。ふたつ。俺が先に死んだら泣くのはその日だけにして、翌日からは俺のことで泣くな。俺のことで泣くのは命日だけな。みっつ。俺は死んだって藍湛の傍に居るよ。ずっと見てる。抱きしめてもやる。口づけだって毎日する。これだけは忘れないでくれ。以上!」
妖狐は饒舌に言葉を並べたあと、ふふん、と満足気な顔で両手を腰にあて胸を張った。龍は彼の言葉を記憶に、胸に、魂にまで刻み込み、それらをじっくりと噛み締めるように瞼を閉じた。
「……忘れない。絶対に」
「俺も忘れないよ。忘れられるもんか。こんなに想われて、愛されてるのに」
「うん。……うん」
龍は一呼吸置いてから閉じた瞼を開く。光が射し込んで、少し眉を寄せる。眩しいのは光だけではなく、きっとそこに愛しい道侶がいるからだ。
「魏嬰、手を」
差し伸べた手に彼の手が重なる。お互いにぎゅっと固く握りしめ、二人は軽い足取りで、それでもしっかりと地を踏みしめながら歩き出す。
晴天の下、祝福の雨が降り注ぐなか、どこまでも続く道を肩を並べながら、ゆっくりと。