7月、嵐山の誕生日がある月だ。なので誕生日祝いはなにがいいかと聞いたのが始まりだった。
聞いた方としては誕生日祝いにいつも連んでいる同級生の友人たちと一緒に食事会をしようと思っているから中華、和食、イタリアンなどどんなジャンルの食事がいいか誕生日の主役である嵐山の希望があれば、もしくは嵐山が欲しいものがあればみんなで出し合ってプレゼントしてもいいと思っていたのだ。
……まさかこんな答えが返ってくるなんて思いもしていなかった。
「え? うーん、そうだな……。あ、そうだ。メイド喫茶ってやつに行ってみたい」
聞き間違いかと思い再度聞いたが、嵐山はいつもの溌剌として明瞭な声ではっきりと「メイド喫茶に行ってみたい!」と改めて言い切った。……聞き間違えていたり幻聴ではなかったらしい。
「え、じゅんじゅんがメイド喫茶って言っとる?」
「……メイド喫茶って聞こえたな」
「……メイド喫茶かぁ……」
戸惑い信じられず生駒が柿崎に聞いてくるが、残念ながら柿崎の耳にもそう聞こえてしまった。柿崎の隣で弓場が腕を組んだまま天を仰いでいる。
しばしの沈黙の後、柿崎の突っ込みの叫びがラウンジに響いた。
「ってか! なんでだよ! なんでそんなのに興味関心を持ったんだよ!」
「急に目覚めたかぁ?」
「アカンアカン! いや、趣味趣向や好みは人それぞれだけど! メイドさんは可愛いけれど!」
「いやー、この前テレビでやっているの見掛けてなんか楽しそうだなって思ったんだ」
どうやら先日見たテレビでメイド喫茶の特集をやっていたらしく、それを見た弟妹たちとこんな所あるんだなと話をして興味を持ったらしい。本当になんだか楽しそうだなと思っただけで、新しいなにかに目覚めたとかそう言うのではないようだ。
そのことに胸をなで下ろすが、すぐになにも解決していないことに気付く。
普段無欲で人のためにばかり時間や努力を使う人間である嵐山が自分から興味を持って行ってみたいと言っているのだから、友達としてはぜひともそれを叶えてやりたいという気持ちは三人にはある。そう、他ならぬ嵐山の希望であり、しかも今回は誕生日ということもある。
だがしかし、その希望がメイド喫茶だ……。
「……みんなで行こか? メイド喫茶」
「いやいや! ダメだろ! 嵐山だぞ……よりにもよって嵐山だぞ!」
「だがダチが行きてぇって言ってるんだぁ、叶えてやるってもんが漢だろぉ!」
「あの嵐山准がメイド喫茶に行ったってなる方が大問題だろ!」
嵐山の希望を叶えてやりたい、でも広報部隊である嵐山隊長のイメージと名誉は守ってやりたい、いや守らねばならない。そんな葛藤で三人は頭を悩ませる。
そんな三人の悩みに一筋の光明をもたらしたのは、悩みをぶっ込んだ元凶である嵐山だった。
「別に店に行かなくてもいいぞ! みんなでやってみようメイド喫茶!」
……広報部隊の嵐山隊長のイメージと名誉を守る方法は解決したが、新たな大きな問題をぶっ込んだのは今回の主役である嵐山准、その人であった。
まさかの店に行けないのなら、みんながメイドになってメイド喫茶ごっこをすればいいじゃないか発言に三人は絶句した。
嵐山の希望は叶えてやりたい、だからと言って自分たちがメイドになって嵐山をもてなすのはどうなのか……なんとか他の代案で諦めてもらおうとするが、残念ながらことごとく三人はうまく行かずに再び頭を抱える。
そんな四人の所へ上層部との会議に出ていて後から合流となった迅が姿を現した。
「やっほー」
「迅! お疲れ様」
「迅! ええとこに来た!」
「あー……うんうん、わかってるよ。ちゃんと視えてた」
嵐山の隣に座りながら迅はそう言って力なく笑った。
そんな迅を期待の目で三人が注目する中、迅が真顔になる。
「……みんなでメイド姿で嵐山をもてなしている未来が確定してる」
「マジかぁ……」
「そうか! 楽しみだな!」
四人が沈痛な面持ちの中、嵐山一人が無邪気にワクワクした笑顔を浮かべていた。
その後、潔く諦めた四人は嵐山が満足するようなメイド喫茶にする計画を立て始める。もう諦めて開き直り楽しむことにすることにしたのだ。このメンバーならもう恥ずかしさもプライドも捨てて楽しんだ方が勝ちだろう。
こうなったら同学年の女性陣も巻き込もうとし、「え、三人のメイド服姿見れるん?」と生駒が目を輝かせたが……女性陣ももちろん喜んで参加することになったが「みんなのメイド服ね、任せて! 張り切ってデザインするから!」「当日は訓練室を立派なメイド喫茶するわね」「裏方はあたしらに任せとけ!」と完全に裏方に回る宣言をされてしまい、女性陣のメイド服姿を拝むことは叶わなかった。
「メイド喫茶って、なにやるんだ?」
「えーとテレビではゲームをやったりライブパフォーマンスとかチェキとか……」
「後、あれや! オムライス!」
「あ、知ってる。オムライスにケチャップで絵を書いておまじないするんだよね」
「じゃあそれは迅だなぁ」
「え、なんで」
「うん、迅やな」
「だからなんで?」
急に迅だけに役目を指名されて、迅は理解できず目を丸くしている。なぜ急に自分の役目になったのか? 別に料理を作るのは生駒でもできるはずだ。迅だって得意料理は鍋であって、オムライスが得意な訳でもない。むしろ地味にチキンライスを卵で包むのは昔チャレンジして失敗し小南にボロクソに言われて以来、苦手意識を持っていて作っていないのだ。
「オムライスにケチャップでなにを描くんだ?」
「ハートだな!」
「テレビでおまじないなんって言ってたぁ?」
「萌え萌えキュン! って手でハートを作ってた!」
「やっぱ迅やな」
「なんで!」
「じゃあ俺たちが嵐山にハートを書いて萌え萌えキュンしていいのか?」
「……あっ」
公言はしていないが、迅と嵐山は付き合っている。(公言はしていないが、みんな知っている)恋人である迅を差し置いて他の男からの愛情たっぷりのオムライスを嵐山が食べていいのか? と三人は言っているのだ。それに気付き迅ははっとなり……そのままうつむく。
オムライスは得意じゃないしみんなの前で「萌え萌えキュン」というのも小っ恥ずかしい。だが、嵐山の為にならば……。
うつむいたまま迅が片手を挙げた。
「……おれが、やります」
「そうか! 迅のオムライス楽しみだな!」
「うっ……」
迅が作ると聞いて心の底から楽しみなのかいつもよりも輝く笑顔を向けてくる嵐山を眩しげに目をつぶり迅が呻く。
そうして嵐山をもてなすために迅はオムライス、他の三人はライブパフォーマンスの練習、女性陣はメイド服や会場のデザインなど当日までの準備に取り掛かるのであった。
***
迅がオムライスを作るのにあたり最初にしたことは木崎にオムライスの作り方を教えて欲しいと頼むことだった。
急にオムライスと言い出した迅に木崎は驚いたようだが、快く教えてくれることになった。どうして急にオムライスを作りたいと言い出したのか気になっただろうに深くは追求してこなかった木崎の気遣いに迅はホッとする。なんとなく気付いているのかもしれないがあえて口にはしない木崎には感謝しかない。
最初はやはりチキンライスを上手く卵で包むことができなかった。何度かやっているうちに包むことはできるようになったが……ここまできたら完璧で綺麗なオムライスを作れるようになりたいと思ってきてしまう。
なにしろここは玉狛で食事当番制があり作る機会、すなわち練習する機会は山ほどあるのだ。
「ええー! 今日もオムライスなの! 最近、迅が当番のときオムライスばっかりじゃない!」
「今日はチキンライスじゃなくて和風で味付けしたんだよ」
「でもオムライスじゃないの!」
「後もうちょっとでコツがつかめそうなんだよ!」
さすがに毎回オムライスだと飽きがきてしまいだいぶブーイングが出たが、こうして玉狛の尊い犠牲と迅が元々持っている器用さ、そして繰り返される努力と練習にて綺麗にチキンライスを薄焼き卵で綺麗に巻かれたオムライスが作れるようになっていた。
綺麗なオムライスが作れるようになったら、次がケチャップで描くハートである。正直そんなに難しくないと思っていたが、思っていたよりもうまい具合にケチャップで絵を描くことが難しかった。
「じん……これ、ネコか?」
「……雷神丸だよ」
「迅さん、これは……わかった! ウサギだな!」
「……レプリカ先生だよ」
「えっと、串団子ですね」
「メガネだよ!」
みんなが迅のケチャップで描く絵がなにかを当てられるようになるまで、玉狛の食事は迅によるオムライス地獄が続くことになるのであった。
***
そうして迎えた十九歳組メイド喫茶当日。
嵐山は女性陣三人にエスコートされて訓練室の前に立っていた。雰囲気も大事よと言われて、橘高に言われた通り嵐山は赤いチェックのシャツにリュックとバンダナという古典的なオタクファッションである。
「すげえな嵐山……こんなクソダッサイ格好なのに、普通にイケメンなんだな」
「すごいわよね……イケメンってなに着てもイケメンって本当なんだって思ったわ」
「ほらみんな、行くわよ」
「ああ、楽しみだな」
心の底から楽しみなのだろう、滲み出る期待でワクワクした様子の嵐山を見て、そっと笑いながら本日の会場となる訓練室のドアを月見が開けた。
「お帰りなさいませぇぇぇ! ご主人様ぁぁぁぁ!」
嵐山たちを迎えたのは怒声とも取れるくらいの勢いのある爆音のお出迎えの声と正面に腕を組んで仁王立ちしている長身のメイド(弓場)と、その左側で両手を口元に持っていき可愛らしいポーズなのだが厳つい顔をしたメイド(生駒)と、右側で恥ずかしさが隠せず俯きがちにスカートを握りしめているメイド(柿崎)だった。
なんとも想像以上に個性が炸裂しているメイドの姿に一瞬目を丸くしていた嵐山だったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ちゃんとメイド服なんだな! 三人ともかわいいな!」
「……かわいいかぁ?」
どう考えてもゴツい男性三人のメイド服姿なんて可愛い訳ないだろと柿崎が顔をしかめる。そんな柿崎を生駒と橘高が両脇から挟む。
「ごっつ可愛いやん、俺ら」
「そうよ可愛いわ。私がデザインしたメイド服、可愛くないとでも?」
「……いや、そういう訳じゃ……」
「やっぱりスカートはロングじゃなくてミニの方が可愛いかしら? ミニバージョンも作ってるから今からでも設定をいじれば……」
「いや! 可愛い。メイド服も俺たちも可愛いから!」
橘高の言葉にあわてて柿崎は首を横に振る。まさかのミニスカメイド服に変えられるわけにはいかないと必死だ。
「ビップ席に1名様ご案内だぁぁ!」
「はーい! 喜んでえー!」
「……弓場くん、生駒くん。それじゃメイド喫茶じゃなくて居酒屋ね」
「まあ、仕方ねえか。行ったことないもんな」
おもてなしをしようという意気込みは感じられるのだが、なにせ全員メイド喫茶に行ったことなどないのでどこか様子がおかしい。けれど、もてなされる嵐山本人がそれはそれで楽しんでいるようなので女性陣はそれ以上は突っ込むことはしなかった。
案内された席に着くと、嵐山は辺りを見渡す。
カラフルな色合いでハートや花柄など全体的に可愛らしい装飾になっており、行ったことはないがきっとメイド喫茶というのはこんな感じなのだろうと思わせた。いや本当のメイド喫茶なんかよりずっと本格的な感じなのかもしれない。
メイド服や装飾は橘高がデザインし、それを基に月見と藤丸が仮想空間をこのように作り込んでいった。通常任務の合間に行うにはとても凝った装飾なので大変だっただろうと嵐山が聞くと三人とも笑顔で「楽しかったから全然平気よ」と答えてくる。嵐山の人徳なのだろう、嵐山の誕生日祝いとなれば多少の無理でも頑張ろうと思ってくれた……と、いうより正直本当にこの三人の場合楽しかったのだろう。
「そういえば……迅は?」
「ああ、迅は向こうだ」
ずっと姿を見掛けない迅を探す嵐山に柿崎がそっと指差す。その方向を見てみると……メイド服の迅が向こう側で必死でオムライスを作っていた。
さすがに仮想空間をでキッチンは作れない、実際に火を使うのでそこだけは持ち込みで部屋の隅で会議用テーブルとカセットコンロで、みんなに背中を向ける形になりながら迅はオムライスをせっせと調理中だ。
「七人分作んなきゃいけないからな……」
「あら、私たちの分も作ってくれてるのね」
「迅……」
みんなからの視線を背中に背負って、メイド服の迅は卵やプライパンと格闘中だった。
「ハイハイ! 迅が作っている間は俺たちのライブパフォーマンスでも見ててや!」
そう言いながら生駒が嵐山にペンライトを渡す。弓場と柿崎も女性陣へペンライトをを渡すと、前にある小さなステージに生駒が真ん中、その両脇に弓場と柿崎が立った。そして生駒が高らかに「ミュージックスタート!」と言うと……軽快な女性アイドルの曲が流れ始め、三人が踊り始める。
思いの外三人の踊りの完成度が高いことや、ペンライトを振ったり後半は生駒主導でのコールアンドレスポンスがあったりとで大いに盛り上がりを見せた。
あまりにも盛り上がったのでアンコールとなり、今度は弓場がセンターでの「かわいいだけじゃだめですかぁぁぁぁ!」の掛け声でその場の盛り上がりは最高潮を見せたのである。
さすがに最高潮の盛り上がりを見せるほどのライブパフォーマンスをした後なので一回休憩となり、七人が飲み物を飲んでいると……今まで沈黙を守り続けていた迅が向こうのから声を掛けてきた。
「できたよ! 取りに来て!」
迅がせっせと作っていた七人分のオムライスが完成したらしい。
柿崎が手伝いそれぞれの前に迅渾身のオムライスが置かれる。
綺麗にチキンライスを卵で包まれたそのオムライスを見て、全員が「おお……!」と感嘆の声を上げた。
「すごい! すごく綺麗だな!」
特に嵐山が驚いたようにオムライスと迅を見ながら感動したように声を上げている。
「お店のやつみたいだ……いや、お店のよりもずっと迅の方がすごい! こんな綺麗なオムライス初めてだ!」
「えー……そんなこと……あるかもね!」
「いや、謙遜しろよ……確かにすごい綺麗なオムライスだけど」
嵐山に褒めちぎられて嬉しそうにモジモジしながら謙遜しないメイド服の迅を、同じくメイド服の柿崎が突っ込む。
「えっと、じゃあこっから本番だからね」
そう言って、迅はジャーン! と言いながらケチャップを取り出した。
メイド喫茶のオムライスといえばケチャップで絵を描くことだろう。
迅はスラスラと迷いなくそれぞれのオムライスにケチャップで名前と絵を描いていく。「ゆば」「ザッキー」「イコ」と書いてその横に星や花を描いでいき、今度は「れん」「のの」「はや」と書いてウサギやネコを描いた。
「やだかわいい!」
「すごいじゃねえか迅!」
「本当、上手ね迅くん」
迅の描いたケチャップの絵は特に女性陣に好評で、女性陣は取り出したスマホで迅のオムライスを撮影し始めている。
そんなみんなの反応に満足しつつ、迅は最後に嵐山のオムライスの前に立った。嵐山もワクワクしたようにそんな迅とオムライスを見つめている。
「じゃあ、いくよ」
「ああ! 頼む」
ゆっくりと迅の握るケチャップが動き出し、黄色いオムライスに綺麗なハートを描いた。
「ハートだ……」
みんなは星や花、そして動物だったのに自分の分はハートなことに嵐山は目を輝かせる。
そのハートの上に「じゅん」と描き、迅はケチャップをオムライスから離してそのオムライスを嵐山の前に差し出す。
「最後の仕上げにおまじない。一緒にやってくれる?」
「ああ、もちろんだ!」
迅が両手の指でハートを作って見せたので、それを見様見真似で嵐山も同じように両手の指でハートを作る。
「じゃあいくよー。愛情込めて……せーの」
迅の掛け声と一緒に両手で作ったハートをオムライスに向けて迅と嵐山は声を合わせた。
「萌え萌えキュン!」
息のあったおまじないに満足したように迅と嵐山はお互いの顔を見合わせて笑う。
そんな二人の横で藤丸が弓場を見上げて「私らの分のおまじないは?」と聞いてきたので、今度は女性陣三人のオムライスに向かって男性陣三人の開き直りというかヤケになったというか、とにかく全力の「萌え萌えキュンァァ!」が行われたのであった。
迅渾身のオムライス〜メイドたちのおまじない入り〜をみんなで堪能した後は最後にチェキ撮影会となり……嵐山の周りに四人のガタイの良いメイドがノリノリで寄り添うという絵面のチェキが誕生したのである。
こうして十九歳組による嵐山を全力でもてなしたメイド喫茶は大いに盛り上がり、今回の主役である嵐山も存分に楽しみ満足して終えたのであった。
ちなみに、今回撮られた写真はここにいる人間以外には門外不出という暗黙の了解が交わされたのは言うまでもない。
***
あの十九歳組メイド喫茶から数日後、嵐山は夕飯を一緒に食べようと言うことで迅と待ち合わせをしていた。
迅の用事が終わるまで隊室で残っていた仕事をしていたが、用事が終わったとメッセージを受け取ったのでラウンジ前で待ち合わせをすることにしたのだ。嵐山の方が先に着いたようで、嵐山は迅が来るまでの間スマホを開くことにした。
今の嵐山のプライベート用のスマホの待受は……迅が作ってくれたオムライスだ。
綺麗な黄色いオムライスの上に赤いケチャップで描かれたハートと「じゅん」の文字。
それを眺めてそっと微笑む。
「お待たせ。なにニコニコしてんの?」
「お疲れ。ああ、この前の楽しかったなって思い出してた」
隣に立つ迅に嵐山は自分のスマホをそっと見せた。そこに写っているオムライスに迅は少し驚いた表情を見せる。嵐山のスマホの待受が自分が作ったオムライスだとは知らなかったらしい。
「それ待受にしてんの?」
「ああ。本当はメイド服の迅が可愛かったからそれにしたかったんだけど、あはは冗談だよ。あのオムライスすごく綺麗だったし嬉しかったからさ」
「……まあ、そんなに喜んでもらえたなら頑張った甲斐があったけどさ」
本当は多少形が崩れたものだって嵐山は喜んでくれると迅もわかっていた。わかっていたが、でもできれば完璧で綺麗なオムライスを作りたかったのだ。
「なにせ、あのオムライスはおれの愛情たっぷりってやつだったからね」
自分の愛情が、形が崩れたり不完全なものとして渡すのは恋人としては気に入らない。だからこそ完璧で綺麗な形で渡したかったのだ。
それを聞いて嵐山は目を丸くしたまましばらく動きを止めていたが、スマホの待受のオムライスと迅を見比べて……ふにゃりと笑った。笑顔でいることが多い嵐山ではあるが、こんなふうに嬉しそうに気の抜けた笑顔を見せることは滅多にない。本当に気を許して嬉しいときぐらいだと迅は知っている。
「……そっか、嬉しいな」
「……うん、本当……頑張った甲斐があったよ」
嵐山のそんな笑顔が見られるならばオムライス作りを頑張って練習したり、メイド服を着た甲斐もあるよと迅も嬉しそうに笑った。
2025/7/29 ハッピーバースデー!嵐山准!!
***
【おまけの烏丸京介】
今日は朝の新聞配達が終わった後に玉狛へ顔を出し朝食を食べて登校しようとした烏丸を、玄関先で迅が呼び止めた。
「京介、これ持って行きなよ。お弁当」
「あざっす」
迅が差し出した紙袋を受け取り、のぞいて見るとちょうどお弁当箱くらいの大きさの包みが入っていた。
ときどき木崎がこうやってお弁当を持たせてくれるが、迅が渡してくれるのは初めてだったので珍しいなと思いつつありがたく頂戴する。
そして昼休み、時枝と奥寺と一緒にいつも通りに昼食を取るため紙袋から包みを取り出す鳥丸を見て時枝が声をかけた。
「今日はお弁当なんだね。木崎さん?」
「いや、今日は迅さんがくれた」
「へえ、珍しいね」
いつも木崎の弁当なのに、迅の弁当とは珍しいなと興味がそそられたのか時枝と奥寺も一緒にその弁当を見ようとのぞきこむ。
包みを解くとそこそこの大きさのタッパーが姿を表し、その蓋を開けると……。
「……え?」
「……京介、これ……」
一瞬理解できず、時枝と奥寺は説明を求めるように烏丸を見た。
「……」
その烏丸は蓋を手にしたまま動きを止めて沈黙している。
そこには、タッパーにみっちりとハマるように詰められた黄色いオムライスにケチャップで歪んだハートらしき上にきょうすけと……多分書いてあるのだと思われる文字らしきものだあった。
かろうじてハートはわかる。
……でもなぜハートなのか?
たっぷり沈默し、烏丸は考える。これを持たせた迅の行動の意味とは……迅は意味のないことはしない……これにもなにか意味があるはずなのだ。
……このハートに意味が……。
このハートの説明、せめて烏丸の反応が欲しかった二人とその意味を考えても答えにたどり着けない烏丸……。昼休み中、三人の間にずっと沈黙が続いていたのだった。
ちなみにこのハートの答えは、ただ単にケチャップで上手にハートが描けない迅の練習の一環である。