Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    EBook_mark

    @EBook_mark

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    EBook_mark

    ☆quiet follow

    幼馴染に花束を2 開催おめでとうございます!
    パスはおしながきにございます〜💐

    rendez-vous 幼心ながらにヒースクリフという子どもは、自分が他者から愛されていることを知っていたし。なんとなく相手がどんなことを考えていて、どう振る舞えば相手が気持ちよく過ごしてくれるのか、という空気をよく理解しているつもりだった。
     そうしていれば、黙っていてもヒースクリフが困っていると誰かがすぐに手を差し伸べてくれる。優しく声をかけてもらえる。という無意識な打算だったのかもしれないし。それを抜きにしても、身分が貴族の子息であるからだとか、その見目麗しさなどの外から見て取れるものを持ち合わせていて、優しくしてもらうことが当たり前であった。なにより、そんな彼に親切にしてやると自分が同じくらい綺麗なものだと錯覚できる。両親を除く、おおよその人が彼に向ける愛の形というのは概ねそんなところだ。となんとなく思っていて。ヒースクリフはそのたびに同じくらい真摯に応えるようにしていた。いいや、応えなくてはいけないという考えで過ごしてきたのだ。
     だから、ヒースクリフは優しい母の勧めで会った同じ魔法使いの子もきっと自分と同じような気持ちでいたことだろうから、その気持ちを分かち合うことができるのだと信じていた。引き合わされ、中庭の東屋にて二人っきりにされたヒースクリフはよろしく、とこの庭園のどの花にも負けないくらいに満開の笑顔を作り、彼に笑いかけた。この後、その美しい顔が彫像のように固まることなど知らずに。
     
    「よろしく……あと、言わせてもらうがオレはおまえのこと気に入らないから」
     
     紹介されたシノという少年はあまりにも鋭く棘のある言葉を言い放った。そんなことを堂々と真正面から言い放つ他者を知らなかったヒースクリフは、ぽかんと口をあけるばかりで。次第にじわりと滲みそうな視界と湧き上がる感情を抱え、どう反応するべきか悩んでいるうちに目の前の少年はぺこり、と勢いよく頭をさげた。
    【ヒースクリフ坊ちゃま、本日はお屋敷に戻りましょう。明日からこの時間、毎日ここで会えますから】
     そう言って彼はこちらを振り返ることもなく、仕事に戻ると駆けていった。その場に取り残されたのは、いまだにあんぐりと口をあけたヒースクリフのみだった。
     ヒースクリフは言い放たれた言葉たちを反芻しながら、屋敷へと続く道中に広がる薔薇たちを眺め、その都度深くため息をつく。彼が最後に言った通り、明日から彼と遊ぶ時間を用意されているからだ。幸福な時間の始まりは一転してどん底の時間となり。脳裏にはあの真っ赤な瞳がちらついてはちくり、と柔らかな場所に刺さった棘が抜けないままその日は終わってしまったのだ。
     
     翌日からはじまったシノとの交流といったら散々なものだった。今のところは二人のためにと母が手配してくれたお茶とお菓子をもそもそと頬張りながら会話をする。時間になったら解散という形なのだが。会話というよりはシノが投げかけてくる言葉にヒースクリフが辿々しく返すだけのさながら尋問のようである。
    「なんだ? そんなに人のことじろじろ見て。あぁ、この前のこと気にしてんのか」 
    「……そんなこと」
     そう答えると彼の眉が見定める様に釣り上がる。
    「その顔に嫌だなぁって書いてあるから。てっきり」
     そんなのありもしないのはわかっているのにぺたぺたと頬を額を確かめる。シノはその様子をみると、あははと小馬鹿に笑ってみせて、反対にヒースクリフは頬を紅潮させて形の良い唇をへの字に曲げた。
     
    「そもそもは、そっちのせいだろ。母上に嫌だと伝えてみればいいのに」
    「まぁね。優しい奥様なら使用人の言葉も聞いてはくれるだろうな」
     だったら、とヒースクリフが言葉を紡ぐ前にシノがつづけた。
    「けど、奥様に仲良くしあげてねと頼まれた。それにおまえだって嘘つかれて仲良よしこよしなんて嬉しくないだろ。だから素直にいったんだ」
     あと、ここにくると奥様が作った菓子が食える。と上機嫌なシノは大理石でできたテーブルに行儀悪くほおづえをついてまっすぐにヒースクリフを見つめた。
    「それに、オレはおまえのことが明日には好きになってるかもしれない」
     今日言い返してきた時、わるくなかった。まぁ、まだ気に入らないけど、とちくりと痛い余計な言葉がついてくる。そういう奴なのだとここ数日で嫌というほど知った。
    「そんな簡単にひとの気持ちが変わるもんか……そうだとしても、これから仲良くなろうとした時に気にいらない、なんて言われたら、ふつうは困るんだよ!」
     ヒースクリフは声を張って、膝の上に行儀良く収まっていた指先が丸めて拳を作る。ここ最近、皆から慕われるやさしく、おだやかなヒースクリフはシノの前だと消え失せるのが嫌だ。気を抜くとまた別のところからワッと何かが出てきそうで、それを抑えようとして、拳に更に力が入る。
    「そうか? 気にしなきゃいいのに。好きになるのも嫌いになるのも自分の勝手だろ」
    「気にするんだよ、ふつうはね。それに、相手のことを想い合うのが友だちなんだから」
     シノにへぇー、オレ友だちっていたことないから知らないと素っ気なく返されるが、ヒースクリフも実際のところ同年代の友だちというものがいないため物語や聞いた話だけで知る存在や概念に近い話しかできないのだった。
    「ふつうふつうって、オレたちは魔法使いだ。ふつうじゃない。それなら、明日はわからないだろ」
     シノは、魔法使いという言葉を誇らしげに言って見せるとすでに何枚目かの白と黒の市松模様のクッキーを取りかじりついた。
    「あ、戻らないと。じゃあまた明日な、お坊ちゃま」
     シノは最後にもう一枚クッキーをすかさず取って咥えると、東家の柱に立て掛けてた箒に跨り持ち場にかえっていく。
     
    『オレたちはふつうじゃない』
     そうだよ。
     おんなじはずだから、仲良くしたくて。でも、わからないんだ。
     ふつうじゃないことがよかったことなんてないのに。ちっともなにがいいのかわからない。
     それが、苦しい。
     また残されてしまった、ヒースクリフはそうぼんやりと思いながら。
     同じく残されたうずまき模様のクッキーをかじってみるとあまり甘くなかった。
     
     
     
     ブランシェット家というのは、東の国でも王家よりも古くからこの地に住まい、代々治めてきた貴族中の貴族という家だ。そんなブランシェット領主の父と名門貴族のお嬢様である母の間に生まれたのは、この家において唯一の汚点としか言いようがなかった。
     しかし、この両親、じぶんたちのこどもが魔法使いであることなんて一切気にしなかったのである。
    「どんな子だっていいのよ。うちの子として生まれてきたのだから。ねぇ、あなた」
    「そうだな。それにこの世界で一番かわいい子が我が家にきてくれた」
    「特に瞳の色や髪色はおまえに似て綺麗で」
    「瞳の形と鼻筋は貴方に似ていて、凛々しい」
     普段はこんなことを言うような人たちではないのに、我が子のことになると何もかもが頭から出払ってしまうのか。
     嬉しいはずなのに、それをどこか惨めに感じる。
     
     今日も今日とて、この時間が来てしまった。
     また明日な、そう言った通りにシノは来て。それはもう言動とか態度とかそういうものは相変わらずで。明日はわからないとか言ってたのに、視線も言葉もどこかチクチクとしていて、やっぱりそんなに好きそうじゃないし。もう最悪だ。今日こそ、とにかく穏便に何事もなく、はやく終わって欲しいと思いながら過ごす。
    「言いたいことがあるなら、昨日みたいに言えよ。我慢したってロクなことないがないんだからさ」
    「……うん」
    「だから、ほら言ってみろよ。聞くから」
     シノはちょいちょいと指先を動かしてこちらの反応を促す。
    「……ごめん」
     短気な彼は数分でも耐えかねたのか、もういい。それと謝って欲しい訳じゃないと切り上げて、おまえ本当にあの旦那様と奥様の子なのかと呆れた。そんなの自分が一番、わかってることだ。そんなのいつだって疑っている。本当に自分は彼らの子どもなのかと。そして、それを考えると漠然と、どうしようもなく怖くて、泣きたい気持ちになるから。さらにぎゅっと拳を握りしめる。
     
     ――生まれ持ったものが、おまえにはちゃんとあるんだから。
     
    「へ、あの。なんて言ったのか聞き取れなかった」
    「なんでもない……そうだ、オレが魔法を教えてやるよ!」
     ずいっとテーブルの上に乗り上げてシノはヒースクリフを覗き込む。
    「なんで!?」
    「なんでって、強い力は自信になる。そうすればおまえだって旦那様みたいに胸を張ってられるだろ」
     当たり前のこと聞くなよ、というような態度でシノはヒースクリフの方に回り込んでその腕を取ろうとした。首を横に振って、シノの手を払い除けようとしても、小回りのきく、その手は意外と力強く、振り解けない。
    「すぐにおまえだってあの、薔薇の蔦を操るくらいできるさ。わかってしまえば怖くない」
     そういって、嬉しそうにぐんぐんと引っ張られていくのを体重を後方にかけて尻餅をつきながらもなんとか解き、シノを睨みつける。
    「逃げるな、臆病者」 
     気がつくと遠くからそう怒鳴る声がする。
     初めてあいつを、シノをその場に置いてきてやった。追いかけてくるかもしれない。そう考えて振り返ることもなくただ真っ直ぐに城内を目指す。それにしても、がむしゃらに走っているから心臓が痛いのか、それとも違うものが突き刺さって痛いのかわからないままだ。
     
     ぐちゃぐちゃの顔のまま、廊下を走り抜けて自分の部屋に帰る。すれ違う使用人たちは滲んだ視界の中で驚いた顔をしていたがそれも無視した。皆、なにかしらを言っている気もしなくはなかったが、自分の嗚咽まじりの呼吸と心臓のドクドクという音でなにも聞こえなかった。
     バタン、と勢いよくドアを閉めて、ずるずるとその場で溶けるように崩れる。既に日も傾いてきて、暗くなった部屋の中で深く息を吸い込み、吐いて、それと一緒にいろんな考えが浮かんでは消えてゆく。
     シノの言うことは乱暴すぎるし、賛成できない。でも、正しい部分がある。
     相手を理解しようと、知ろうとしたなんていうのは真っ赤な嘘だ。
     ほんとうは見たくないし、聞きたくも知りたくもなかった。
     
     膝の谷間を抱えていまだに泣き崩していると、コンコンコンと穏やかなノックが三回響いた。
     ドア越しに母の声がよく響く。
    「ヒースクリフ、泥だらけで遊んで帰ってきたって使用人たちから聞いたの。だから、さっき頼んでお湯沸かしたのよ。いま私以外誰もいないからどうか、出てきてくれないかしら」
     しばらく返事をロクに返さないままにしてみても、気配が居なくなってくれるわけなく。渋々ドアを開ける。みっともない姿を見てどんな顔をするのかと思って、恐る恐る顔を上げるとその顔は柔らかく微笑んでいた。
    「その、ごめんなさい」
    「あら、一体なにを?」
    「……いろいろ」
    「色々ね、そう。服や床は洗ったり、磨けばなんとかなるわ。なるべく早くしたほうがいいでしょうけど」 
     未だにはらはらと流れる涙を、母はガラスでできたかのようなその綺麗な指で拭う。
    「あと、ほかにもあるんじゃないかしら。はやく話すべきなのは私にじゃなく。メイドたちとか……だれかさんね」
    「間に合うのかな」
    「間に合わせるの」
     でも、その前にさっぱりしてきなさいというが早く母は涙と泥とでぐちゃぐちゃな子供を自分だって汚れることも構わずに小脇に抱え、浴場に放り込んだ。母は名門貴族のお嬢様だが、軍務伯であるお爺さまに鍛えられており、穏やかで優しくて、情に流されやすく、涙もろい。料理上手で腕っぷしも実はあるのだ。
     湯船に浸かるとじんわりと指先からほどけていくようで、別のちがう何かになれそうな気がした。そうすれば、気に入ってもらえるだろうか、やり直せるのだろうか。としょうもないことを考えて。湯船から掌を引き揚げてみても、何も変わらないふやけた手のひらがあるだけだった。ならば、中身くらいは少しは変えようとシノについて知ってることを思い浮かべると。俺はシノのことをほとんど知らなかったということが浮かび上がる。
     シノは、大きくて不恰好な使用人の褲褶を着ていて。ざっくばらんに切られた髪のわりに、どこかつるんとしてる。何もかものパーツが小さいのに、唯一大きくて真っ赤な瞳に見つめられると何もかも見透かされてるようで怖くて。おんなじ魔法使いの子どもということ以外は彼がどこからきて、どうして我が家で働いてるのか。なにが好きで、なにが嫌いで(俺のことが嫌いなのは知ってる)。それでそれでと考え出すとのぼせそうになり、お風呂からあがる。水を飲んでも頭がだんだんとぼうっとしてきて。でも、シノにとりあえずはやくあってみないと。それから――。
     
     気がつくと自分の部屋のベッドの上だった。
     揺れるカーテンごしに、ちらちらとまだらに光が入り、かすかに鳥の声なども聞こえる。
     勢いよく起きあがろうとすると、視界がクラクラとしてまたベッドに沈んでしまう。そんなところでタイミングよくノックがまた鳴って。顔を見せたのは案の定、母だった。
     ヒースクリフが起き抜けにベットに沈んでいるのを確認して。おはようとそのまま交わしながらまた一笑すると、用意させていたらしい水差しからグラスにトクトクと水を注いで、話すならこれを飲んでからとグラスを手渡した。ありがとうございます、とヒースクリフは上体だけを起こして一気に飲み干す、スゥッと水が体の中心から指の先まで通っていき、感覚がより冴え渡る。そのままグラスをテーブルに置いて、出て行こうとすると待ちなさいと止められた。
    「でも、行かないといけなくて」 
    「起き抜けで、説明もなし。しかも着替えもしない子がどこに向かおうというの。それに、ずいぶん前からシノにちょっとしたお使いを頼んでしまって、今の時間は出払ってる予定なのよ」
     ほかの仕事もあるから遊ぶ時間も今日からここ数日なくなるんですって、そう伝える母の顔は困ったという一心で、ヒースクリフは同じような顔を自分も今していることだろうと頭の隅で思った。
    「その……今日は授業を休んでもいいでしょうか?」
     その一言に母は感心したような、それでいて興味深そうに、きらりと瞳を輝かせた気がした。
    「それはヒースクリフにとって、授業や稽古を休んでもしなきゃならないことなの?」
    「はい。きっと頼めばシノのこと、呼び戻してもらえるでしょう。けれども、それはシノの与えられた仕事を奪うことになるし、自分から見つけて、話したいんです。ちゃんと、ともだちになりたいから……」
     母は、最後のひとことを聞き終えるとうんうんとゆっくりうなづいてからわかりました。父上にも伝えておきましょうと言ってくれた。ぱぁっと視界が明るくなった気がしていると母はでも、と付け加えた。
    「今日一日だけです。それと日が落ちたら帰ってこなきゃダメよ。これはなにがあっても」
    「はい」
     本当に俺の勝手だと思う。謝りたいのも、そこから期待するのも、失望するのも彼が言った通りに全て自分勝手だ。もしかしたら、さらに拒絶されるかもしれない。だってはじめに俺がそうしたんだ。シノはそれを最初から多分見抜いていて、それをそっくり返しただけだ。でも、これはあくまで想像でしかない。
     だからこそ、聞いて、知らなきゃならないとも思う。
     普段は手伝ってもらう着替えも洗顔も全部自分で済ませて。いざ部屋を出ようとしたところ、袍の襟元だけ直されて恥ずかしかった。
    「いってきます」というと、次は止められることなく「いってらっしゃい」という言葉に背中を押された気がした。
     
     そこからはまるで、探偵小説のようだった。シノは外使用人だったから、外使用人を中心として手当たり次第に彼のことを尋ねてまわり、彼の痕跡だけをとにかく辿る。その中でも返ってくる彼に対する様々な反応が見てとれた。魔法を使ってくれるから、生き生きとよく働くやつだという評価もあれば、お言葉ですが、小さくてつかえない生意気な子どもですよ。なのに飯だけはしっかり食べていくという評価。仕事の教えがいがあって面白いやつだという評価。魔法使いなんて、恐ろしくてたまらない。あんなやつブランシェットに必要なのか、と魔法使いの自分のまえで言ってしまい汗を滲ませて青白い顔をさせるもの。
     いろんな人のいろんな目を通した彼の断片が部品のように組み上がっては壊される。
     シノのことをみんな知ってるように語るのに、其の実知らない。話を掘り下げてゆけばゆくほどにその持ちうる感情も様々だ。自分は彼をどう思ってるのだろうかと考えるとあまりにも部品が足らなくて組み立てることすらできないことが悔しかった。
     しかも証言の通り、彼は様々な場所で活躍しているようで、これがどうした中々に捕まらない。大人しくどこかで待ち伏せするべきなのかと思いつつも城中を歩き回り、森の入り口に差し掛かりそうなあたりまで大移動した。探偵小説ならば、いい加減捕まってもいい頃合いなのに。焦るほどに時間は早まってるような気がして、 ふと見上げれば、茜の中にいちばん星が光り出していた。
     
     結局のところ小説のように上手くいくことはなく、時を止めることはどうやったってできない。
     気もそぞろなまま、城内に帰り。あっという間に寝る時間になってしまう。夕食時に父も母も今日のことをなにも聞いてこなかった。多分、自分から結果をいわなかったからだ。信じて話してくれる時を伺ってくれてるのだろう。ともかく、明日からは短い時間でもいいから作ろう、まずは早起きをしないと。決意をあらたにして、蝋燭を消したそのときだった。
     はじめ、強い風が窓を叩いたのだと思った。しかし、おかしなことに規則正しく徐々にスピードを上げて窓を叩き出す。 ヒヤリ、とある一つの考えが浮かび、深呼吸してみても。音は止まらずにむしろ大きくなっていく。
     まず、おばけにあったらするべきことはその正体を見破ってやることだ。と本で読んだことを思い出し。そろそろと窓辺に近づいて、ええい、と勢いよくカーテンを開くと目の前にいたのは、黒くて赤い目の亡霊が青白い光を放っていた――シノであった。
     
     気まずかった、自分で彼を見つけるはずが向こうから来てしまった、見つけられなくてごめん。と心の中で勝手に謝罪する。
     困った、何から言えばいいのか、うろたえて迷ってる間にも言葉たちが喉の奥で行き場をなくしている。 
     緊張した、知るのはやはりとても怖いから。聞きたくないと未だに拒否する身体が強張った。
     
     お互いに何も言わずにジリジリと視線だけを合わせていると、シノが懐に持っていたものを差し出した。
     小さな花束だ。
     これを自分に? と信じられずに受け取ることを躊躇ってると。ん、と小さく唸るシノは箒を窓辺に寄せて花束をヒースクリフに押し付けた。ヒースクリフはこんな小さな花束を誰かから貰ったことは一度たりともなかった。見たことも、名前も知らない、小さな花たちだったがそれはシノが自分で考えて、一つ一つの感情を拾い集めて束ねられたものだということだけをささやいてくれた。
     それだけで、胸がギュッと期待して熱くなってしまう。
     喉の奥からなんとか出てきた言葉を使って伝えられることは少なかった。
    「ありがとう、ごめん……また遊ぼう」
     シノが嫌じゃなければまた遊びたい、そう祈りながら問う。
     シノはちょっと黙ってから、うん、と言って笑った。ひとを小馬鹿にするような笑い方ではなくて。はじめて見る、ほんとうの笑い方だ。それから照れ隠しなのか、その場で一回転してみせた。
    「今度、魔法も教えて」
    「うん」
    「箒も教えてやるよ」
    「うん」
     二人は同時にまた明日、と言い合って別れた。
     初めて互いに取り残されることもなく別れることができた。
     テーブルに置かれたグラスに水を注いで急遽花瓶にしてみる。ぼんやりと小さな花束を眺めるだけでいまだに嬉しくて一人でクスクスと笑っていれば、本当にそろそろ寝なくてはいけない時間で。慌てて鼻先まで布団を被る。
     目を閉じると今日のことが思い出されていき、こんなに色濃く、鮮やかに残る一日は、人生においてなかなかないだろうと思った。
     それと同時にいまこの時、この瞬間にヒースクリフがたしかに知ったことがある。
     それは損なわれたり、増えたりする。
     それを全てを理解するのはやはりむずかしいし、多分いくら努力しても途方もないであろうという予感。
     幾つになってもそれが怖いのはきっと変わらないという不安。
     でも、それを理解しようと手を伸ばして確かめねば始まらないことも知った。
     けれど、始まったと思うのはあるものにとって、終わりなのかもしれない。
     そして、それは鋭い棘になりうる時もあれば、こうして柔らかな小さな花たちにもなるのだということを思うとその頃には、もう安心して深い眠りにつけるのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🍋😭😭😭😭👏👏👏🙏🙏🙏🇱🙏😭🙏💯💯💯💯💐💐💐💐💯💐💐💐👏👏💕💕💕💕👏👏👏😭😭😭😭🙏🙏😭😭😭😭😭🙏🙏👏👏👏👏👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works