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    usizatta

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    花と海とポケモンの楽園【本人の考えるところ五】
     カイナシティとムロタウンの間の海に「捨てられ船」と呼ばれる廃船が佇んでいる。こんな風に呼ばれているけど、実際のところは不法投棄してあるのではなく、廃船を利用してポケモンの住処を作ったり、海の調査をしたりするためにある。だからあそこは研究の施設に近いんじゃないかな。
     あと忘れられつつあるけど名前は「カクタス号」と言うのだと、カイナシティの造船所から出向している研究者さんが教えてくれるよ。
     でも、半分は観光施設かもしれない。危険物があらかじめ除かれているのもあって一般の人も自由に入れるようになっているから。どうだろう、最終的にあそこが何であるかうまく定義できないけど、とにかくあの船は佇んでいる。
     あそこは立ち寄ると探検気分の人がいっぱいいる。いるのになんだかいつも静かで寂しげな雰囲気がある。廃墟というのはそういうものかもしれないけどね。
     一方で、まだ役目を終えていないせいか、それとも厳密には建物ではなく船であるからかもしれないけど、寂しくなりすぎない落ち着く場所でもある気がする。あの船、もうすっかり絨毯の部分も水気を含んでぐっしょりしているものだから、うっかり裸足で歩くとちょっぴり気持ち悪いところではあるのだけど。あ、ボクは裸足で歩いたことはない。水着のまま上がってきてしまった人がそんな感じのことを言っていたんだよ。
     そういえばカイナの造船所の人は「船を作るのは、乗り物を作るというより建物を作るのに似てる」と話していた。
     そうなのかな。作っている人の感性の方が正しいかもしれないけれど、どうにもボクはやっぱり船は乗り物のように思ってしまうな。
     
     今もまさに世界中を巡る船に「サント・アンヌ号」という大きな客船がある。お客さんもまた世界中の人を乗せているんだ。
     サント・アンヌ号の模型をカイナの博物館で見かけたことがあるから、あるいはこの船自体もカイナシティ産なのかもしれない。それとも本当に有名な船だからただ模型が置かれていたのか。そういえば詳しいことは知らないな……。いや違う。サント・アンヌ号がどこで生まれたのかを書きたかったのではなくて、ボクもあの船に乗ったことがあるってことが書きたかった。このノートはちょくちょく自分の子どもの頃のことを書いているけど、これは数年前だから一応ボクが大人になってからの出来事だ。
     船の中にはパーティー会場があって、そこでは世界中から集まった旅行客が正装して楽しんでいた。大きなシャンデリアがあるのを下から眺めた覚えがある。ティアドロップの形をしたガラスが多くついていた。ああいう雫の形、ティアドロップって言うと思ったのだけど、ひょっとしたらシャンデリアを作った人のイメージは涙じゃなくて雨粒だったのかも。光が乱反射して下にいるボク達のところに落ちてきていたから。
     絨毯の貼られた赤い床でみんながダンスを踊っていた。音楽隊もいて人間の演奏家と、自分の手をチェロの弓のように使っているポケモンも音楽を奏でていた。ボクはと言うと、そうやって人に混じるポケモンを目に留めていたように思っていたのに、ダンスをする人波の中に黒いドレスを着た人型のポケモンが参加しているのに驚かされてしまった。ホウエンにいない種類だから、その時にはなんというポケモンかも分からなかった。後で調べたらゴチルゼルという子だったらしい。もちろんサント・アンヌ号の中ではボクが住む地方にいないポケモンも多く見かけたのだけれど、あの登場はちょっと意表を突かれたな。
     図鑑で読んだところゴチルゼルというポケモンは、自分のトレーナーの寿命を予知する能力があるのだとか。予知できるのは生き物の運命だけなのかな。最初に捨てられ船のことを書いていたから、なんとなくサント・アンヌ号の方はこれから先どうなるんだろうと思ってしまったので、ついこんなことを書いてる。
     ボクはやっぱり船って乗り物だと思う。サント・アンヌ号はこれからもどこか世界の海を進んでいき、ボクの知らない場所のいろいろなものを乗せていくように想像している。
     もし、以前、サント・アンヌ号に乗っていた時、本来降りなければならなかったタイミングで船を降りていなかったら、今のボクは自分の家でこれを書いてはいなかったのかな?

     そもそもどうして、今日の文章は「捨てられ船」のことから書き始めたのかだけど、昨日から今朝まで滞在していたムロタウンからの帰り道で、あの船に寄ってみたからだ。今日聞いた研究者の方の話では、浸水した船底にはすでに何種類かのポケモンの住処ができ始めているのだそうだ。いよいよ、捨てられ船はポケモンにとっての「建物」になりつつあるのかもね。
     それからの帰り道は、またエアームドに乗って飛び自分の家があるトクサネシティを目指した。ムロからだと、ほぼホウエンを横断する形になる。だからと言うわけでもないけど、捨てられ船を始め、気になるところでは寄り道で降りて休憩しながら帰ったんだ。
     ホウエンは町と町の間にちょっとした川や海の挟まるところが多く、水の流れを一つ挟んだ先では天気が違っていることがよくある。岸のこっちでは曇りなのが、向こう岸では雨が降っているという風にかな。今日もそうだった。キンセツシティの上空を通るあたりから雨が降り始め、内海を超えたところで雨足が強くなった。
     さらに川や谷を幾つか越えたところでもっと雨がひどくなってきたのでエアームドから降りた。彼をよく拭いてからモンスターボールの中に入れて、そこからは歩いていくことにした。
     雨の方がむしろアメタマなどのポケモンが元気になって川を走っていくのが見えた。
     ふと見かけた洞窟に「あそこはまだ調べたことがないな。珍しい石がありそう」とワクワクもしていた。雨が降る時に入ったことがない洞窟を調査するのはとんでもなく危険なので、この時は入っていかなかったけれど。天気が良くなった時がチャンスだね。
     天気といえば、帰り道の天気も途中で晴れた。
     晴れたことに気づいたタイミングが、水溜りの中に青空と雲が映り込んでいたのが、ボクの目に入った時だった。
     雨が降っていると、降ってくる雨粒を観察しようとでも思ってない限りあまり上を見上げない。雨が上がってからもそのまま下を向いて歩いていた。だからなんだか不思議なことに、地面にあった水溜りの景色に、自分の頭上にある遥かな青空の存在を気付かされたのだった。
     それでしばらくの間、頭上の青空を直接降り仰がずに、水溜りに映る空とそこを流れていく雲を眺めてしまった。

     もしも自分が、細胞くらい小さな生き物だとしたら、あるいは反対に山や陸地くらい雄大な生き物だったとしたら、その場合のボクという存在は、「光」を認識できるだろうか、「空」を認識できるだろうか、たまにそんなことを考える時がある。
     そしてボクは、どういった存在でも、生き続けていればいつか「空」や「光」の断片を感じることができるのではないかと想像する。
     特に理由はないよ。今のサイズ感のボクが日々生きている瞬間にも、例えば海底から海面に上ると見える、あの網のように広がる光を突っ切って水から顔を出し空気を吸う瞬間や、もしくは空から降ってきた隕石を地中から発見し手に取る感触や、今日みたいに水溜りに広がる青空を見た時に、なんとなくそんな気がするだけだ。
     それにしても、自分で書いていて随分恥ずかしい文章になってきている。もう夜中になってしまって、眠いなと思いながら書いているせいだと思いたい。そもそも日記の類というのは、誰がどう書いても読み返すと恥ずかしくなるものだと開き直ろうかな。
     後こうして自分しか読まないものにあれこれと綴っておけば、いざ人に手紙か何かを送る時には、余計なことを書かなくて済むかもしれない。渡した人の心に不快なものを残してしまうような言葉や気持ちは伝えたくないから。
     ただ、別にボクもこれを毎日きっちり書いているわけではないのに、なんで今日は書いているのだろう?
     もう少しで終わるからそこまでは書こう。結局徒歩でミナモシティまで着いた。この町から先はちょっとした島の上に町が作られているところが多く、ホウエンを構成する陸地自体はミナモシティが東の端。ここから先のホウエンの風景は、ずっと海とともにある。
     だからなのか「陸地の最果て 海の始まり」とこの町は紹介されている。すごく印象的な一文だよね。ボクがちょうど着いた時、ミナモシティは夕日が沈むところだった。
     ……ということは、ここからさらに進んでトクサネシティの自宅まで帰り着く頃にはもう夜になっている。そう気づいて、のんびりしすぎてしまったと慌て始めた。雨が上がったことだしもう一度エアームドに飛んでもらってトクサネに帰り、明日の準備や寝る支度を急いで済ませて今に到っている。
     本当になぜボクは、こんなに急ぐ思いをしてまで今日はこれを書いたのだろう?
     まあいいけれど。おやすみ。
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