花と海とポケモンの楽園※今までよりエグい話になりそうなので注意。
【ことが起きる少し前】
今日は、リーグにやってくる人達がいなくなったタイミングで休憩室に行った。一休みをしていた時にプリムさんがやってきた。
「クッキーを買ってきたのですが、いかがです?」
そう言って、細かな模様が入った缶を取り出してきた。
「そうそう、この間はオニゴーリのグッズを教えてくださってありがとうございます。買いに行く途中で、このクッキーを売っているお店も通りかかりましたので」
プリムさんが言っているのは、ボクがたまに使っている制汗シートの話だった。あるメーカーの制汗シートがオニゴーリのイラストを新デザインに使っているのを発見し、自分の分を買った時に「こういうものが発売されたみたいです」と伝えたことがあったんだ。体に関する品なのでさすがに彼女の分まで買ってくるのは遠慮したのだけど、彼女は「まあ」と声を出して、「わたくしも買いにいきます」と言っていた。
「いざこういうデザインに使われると、やはり嬉しくなるものですね……」
そう言って、少しはにかんでいた。そんなわけで、別にボクの方は何かプレゼントしたというわけでもないのに、買ったついでにわざわざクッキーも持ってきてくださったらしかった。「一人では食べきれないと思ったからというのもあります」とプリムさんは言った。
「あっクッキー」
フヨウちゃんもやってきた。ボク達が向かい合って座っているソファのプリムさん側にポンと腰掛けた。
「ええ。量が多いですから、皆さんで食べましょう」
さらにカゲツもやってきた。何を話していたのかも聞かれたので軽く説明すると
「プリムにもそういうの喜ぶ気持ちあるんだな」
と笑いながらボク側の方に座った。プリムさんもちょっと冷たく笑いながらやり返す。
「フフ……カゲツもご自分のポケモンはお好きでしょう。あんなにポケモン側からも好かれているのですから」
「嫌味かよ」
「アハハ! 相変わらずカゲツのグラエナちゃん、人前で甘えてくるよね」
「あいつ、自分が悪タイプだっていう自覚なくなってきたのかね……」
ここまで四天王のみんなが揃うと、最後の一人であるゲンジさんも来て欲しいなという気持ちになりしばらく待っていた。彼はまもなく部屋にやってきて、揃って座っているボク達を見て少しだけ驚いた様子で言った。
「会議か何かの存在を忘れてしまっていたか?」
「大丈夫、ただの雑談です。クッキーを買ってきましたので、少しいかが?」
「何だそうか。ふむ、いただこうか」
こうして空いている席に座った。
「ダイゴよお。お前はもうちょっと石っぽいクッキーが欲しかったんじゃないか?」
「石っぽいクッキーって? 硬いってこと?」
「ああ、そういうのも売ってるかも知れないけど、言おうとしてたのは違う。なんかさ、宝石を再現した凝ったクッキー売ってたりするだろ?」
「わたくしが立ち寄ったお店には、売られていませんでした。確かにお好きそうね」
「いえこれ、美味しいですよ。それにオーソドックスな形のクッキーだって」
真ん中に赤いジャムが入ってるクッキーをつまんでみた。
「こういうのは宝石のブローチみたいですよね」
「アタシはね、普通の形なら白と黒のチェックになってる四角いのが好き」
フヨウちゃんもそういう形のクッキーを手に取り、そのまま口に運んでサクッという音を立てた。
「市松模様だな」
とゲンジさんが、フヨウちゃんが手に取ったクッキーを見て言った。
「そうだな、おれはチョコチップ入ってるやつがいい。今回の缶には入ってなさそうだな?」
カゲツも好きな種類を告げると
「つまりなんですか、また買ってこいと?」
「そうだよ。頼んだ、プリム」
プリムさんは返事の代わりにカゲツに向かって軽くため息をついた。
こんな何気ないやり取りをしているところへ、あるお客さんがもともとの約束の時間より少し前に顔を出してきた。
「休憩中のところすみません。わあすごい、四天王とチャンピオンが同じ空間に揃っているわ!」
「こんにちは」
お客は、マリさんというインタビュアーと、ダイさんというカメラマンの二人だった。この二人、ホウエンを旅しているポケモントレーナーにとってはなかなか有名な存在だ。駆け出しのポケモントレーナーに声をかけ、勝負し、その様子をよくテレビで紹介しているコンビで、「インタビュアーのマリとダイ」に取材されたというホウエンのトレーナーは本当に多いんだ。
「こんにちは。まだお約束の時間まで少しありますよね?」
ボクは一応マリさんの方に確認した。
「ええ、ごめんなさい。少し早く着いちゃって……」
「まあ、お互い知らない奴じゃないからいいだろ」
カゲツが言った。確かにボク達も、リーグの裏方の人も、割と話したことがある二人なので、それもあって休憩室にも気安く通されたのだろう。
「この間の『トレーナーを求めて』も見てたよ」
「それどころか、あんたらがインタビューしたトレーナーで、ついにこのリーグに挑戦しにきた奴が現れ始めたぞ」
フヨウちゃんとカゲツがそんな風に教えてあげると
「まあ、本当ですか。うーん! やっぱり私達の、トレーナーを見る目は確かなようね!」
そうマリさんが胸を張っていた。
「あなた方のような報道の仕事も、そうしてホウエンのトレーナーが強くなることに寄与しているなら結構なこと」
プリムさんも声をかけた。ところが、二人のインタビュアーはここで少し表情が翳ってしまった。
「ええ、私達の役目って本来そこだと思って頑張ってたんですけどね」
「ここ数日、上からストップがかかってしまって」
二人はそのまま自分の状況を説明し出した。今日リーグに訪れた理由にも繋がっていたからだ。
「最近、いろいろ犯罪者の噂がありますよね。マグマ団だとか、アクア団だとか……あと……」
「人のポケモンを盗んだり、野生のポケモンを乱獲したりした上で殺す犯罪者の話とか。コイツは単独犯らしいんですけど、どうも有名なトレーナーの強い手持ちをわざわざ真似して、そのポケモンを使って犯罪に及んでる……という話が」
「それで、上司から『お前達の番組を参考に犯人が誰かの手持ちを真似しちゃ困るー』って……なって……」
ここまで話すと、マリさんが「正直、すごく悲しいし悔しいわ」と小声でもらした。
「確かに悔しいことだ。だが上司の言う通りにした方がよかろう。普段取材されているトレーナーの大概は、将来有望な子どもだったとワシも記憶にある。本当に上司が言ってるような事態になって、自分の好きなポケモンが人のポケモンを殺すなどということになったら、真似された子が心に傷を負うだろう。もちろん取材したそちらも」
ゲンジさんの言葉は正論だけどあんまりに悲しかった。ボクは今日この二人が依頼するつもりだった件の話を聞いてみることにした。
「今日来てくださったのは、事件解決を待ちながら、別のお仕事をするための相談でしたよね」
「そう、ここはできる仕事をするしかないんです。そこで……」
ダイさんがマリさんを膝で軽く小突くと
「ええ! リーグの方へのインタビュー企画を立ち上げました!」
彼女もまた明るい顔に戻って言った。
「ふーん。まっ、おれ達やジムリーダーなんかは、調べればすぐ手持ちポケモンはバレちまうからな。今更隠すこともできないと。だからあえておれ達の特集で場を繋ぐんだな」
「いいよ。たまにはインタビュー受けてみたい。何を聞きますか?」
「ありがとうございます。カゲツさん、フヨウさん。では、企画書はこちらに。取材スケジュールはこちらに」
机の上に紙が何枚か置かれた。見てみると、数日に分けてリーグの施設を見たり、ボク達を順番にインタビューしたりと予定が仮に組まれてある。
「リーグのスケジュールを組んでる方とも相談して、こんな感じでいこうと予定してみました。確認ください。あと一言いいですか? 場を繋ぐとかじゃないです。インタビューするからにはこのリーグの意義とか、リーグのみなさんが抱く挑戦者への思いとか、ばっちり聞き出しますからね!」
そう宣言して、「インタビュアーのマリとダイ」は帰っていった。
ボク達はそのまま五人で座っていた。みんなテレビ局の人達の窮状はなんとなく察したので、インタビューの企画自体を受けることに文句を言わなかった。でも「当日はどうしよう」という空気にはなっていた。
「今日はもう、リーグに挑戦する人もいないようですし、このまま話し合いに入ろうか」
ボクが声をかけると
「結局、会議となったな」
とゲンジさんが呟き、プリムさんが黙ってクッキーの缶を片付けた。
「リーグの意義かあ」
フヨウちゃんが少し上を向きながら考えた。
「やっぱり高い壁みたいな役割じゃないのかな? ここに挑戦する人とポケモンの絆がより強くなるための」
プリムさんが硬い口調で、フヨウちゃんの言葉に意見した。
「しかしここ最近は正直なところ、真剣味が足りないトレーナーとポケモンが多いですね。わたくし達がいくら全力のバトルを望もうとも、挑戦する側がまるで観光に来るような態度では」
「そういう面はあるでしょうね。リーグに来る、特に子どものトレーナーというのは、初めての冒険でジムバッジを集めるだけでなく、本当に色んな思い出を作って町を巡ってくるんですから。その最後の町がここになるわけで」
ボクが言うと
「ええ、歯がゆいことです。そもそも、真摯に強くなることを目指し、『バトル』というものに一心に向き合うような施設も、世の中にはあるのです。そのような中、このリーグに来るトレーナーと、迎え撃つわたくし達はなんだろうと思うのです」
プリムさんは悩むような口ぶりだった。
「そういう施設を目指す奴も、まずはここを通るだろ? ならおれ達には意味がある。何より、リーグでのバトル、四天王に勝ち抜いて、チャンピオンと出会って……っていう流れ、ここでしかできないじゃないか。ここでしかできない楽しいバトルがあるなら、おれはそれが何より一番の存在理由だと思うが」
今度はカゲツが答えた。今日に限らず、ボクは彼の言葉を聞いてると、ちょくちょく「カゲツの考え方って好きだな」と思う。でもボクの考えはフヨウちゃんに近いだろうかと思った。だからそのまま口にした。
「ボクが思うものは、ちょっとフヨウちゃんに似ています。倒したい相手として存在してるかなと」
「ええ」
「まずトレーナー達はジムバッジを集めるごとに、海も、山も、空も、ポケモンとどこまでも冒険できる力を得ていきます。多くの人とも出会います」
「そうですね」
「そして冒険の最後に出会うのが、ボク達です。例えば、本で読むような冒険譚なら、最後に待ち受ける敵って世界を脅かすような存在の場合が多いと思うんです。世界を守るために戦う主人公はとてもカッコ良いし、尊い存在ではありますけど……このリーグに向かう冒険は違って、最後の相手はボク達です。倒せないと世界がどうなるって相手でもなんでもない、でもそれはとても大切なことだと思います」
きっと、旅をして様々なものを見た改めてトレーナー達は考えるだろう。なんで、この人達とバトルするのだろう? なんで、この人達に勝ちたいのだろう? きっと、勝負ごとだから純粋に勝ちたい人もいる。ただ強さを証明したい人もいる。ポケモンが好きだから、その気持ちだけてもここに来たと言う人も。
「ボクは、ホウエンを一通り巡ってもらうことと、巡ってきた人の理由と思いを受け止めることが、ジムやリーグの意義だと思います。胸に思いが膨らんできて、それを示してもらうための場所だと思います。何より、相手に自分の思いをぶつけてほしいのはボク個人の希望です」
「チャンピオン」
ゲンジさんがボクの方をジッと見てきた。
「あなたの言う通り、その地方を始めて巡って来た子ども達が、最後に戦うのがチャンピオンだ。あなたの前のチャンピオン達もみなその役目を果たし、『最後』にふさわしい姿を見せてきた。間違いなくあなたの次のチャンピオン達もそうする。そして、間違いなく、あなたの次にチャンピオンになる人間は、あなたより、強く、気高く、優しい心の持ち主だろうよ。もし、これまでのチャンピオンをずっと見てきたワシが、あなたのことを、歴代の中でも、特に俗物で、そう大した人物ではないと評価したら? あなたはそれでも自分は『最後』に立つと言うか?」
「立ちますよ。言い切ります」
自分でも即答したと思ったくらい、早く返事した。ゲンジさんもフッと笑い始めた。
「まあ、実際のところ、歴代でもどのくらいかなどとは比べる気はない。比べてもしょうがない。だがひとまず現在のチャンピオンは、以外と躊躇いなく『自分は強い』と言ってくるところが好ましい」
ここで一旦会話が途切れた。そのうちフヨウちゃんがまた口を開く。
「あっでも、アタシやダイゴくんの言葉じゃ、プリムさんへの答えになってないかな?」
「いえ。まあいいですわ。気が緩んだトレーナーが来たら、わたくしのところで身も心も凍らせ、砕いてやることとしましょう」
「砕くのか」
ゲンジさんが苦笑しながら指摘した。
「フフ……わたくしのところで砕かれる程度のトレーナーは、その先にあるリーグの真の恐ろしさを知らなくて済むのです」
「こら、話を聞いていたのか。ワシとチャンピオンにそんな恐ろしいイメージをつけるな」
そしてまた会話が止まった。でもカゲツがしばらくして
「当日までにお互いにマイクでも向けて練習するか?」
と言い出したのに笑ってしまって、そのまま話し合いが終わった。
今日はそのまま割と早くサイユウから帰ることになった。建物を出ると、昨日より季節が少し変わったことが、花の匂いで分かった。香りが強い花って、姿よりも先に香りが届いてしまうことがあって、「どこの花かな」なんてボクにキョロキョロ探されることになる。
ふと遠くの方に、ゲンジさんがボーマンダに乗って帰ろうとしているのが見えた。飛べることを信じて、自分の力で翼を生やしたと言われるボーマンダは、トレーナーであるゲンジさんの方の生き様も象徴しているようで、両者合わせてとてもかっこいい、と思った。
最初にプリムさんとオニゴーリのことを書いたけど、親しくなったトレーナーを思い浮かべる時って、その人が心を通わせているポケモンの顔も自然と頭に浮かぶ感じがするよ。
今このホウエンで起こってるらしい事件を思うと複雑だけど、ボクというトレーナーもそうなんだろう。
【そして、事件に巻き込まれる直前の日記】
しばらくは、何かを書いている心の余裕がもてないと思う。