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    usizatta

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    usizatta

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    花と海とポケモンの楽園※今までよりエグい話になっております。

    【長い三日間 二日目】
     宿で待機する警察の一行に対して、まずは昨日確保したユレイドルについて調査結果が聞かされた。
    「昨日のスピーカーの他、何か小さいものを飲み込んでいることがわかったようで、今は吐かせるか出てくるまで待つか、とにかく試しているそうです」
    「何を飲んでいるだろうか。前のスピーカーと同じようなカラクリの部品か……」
    と警官の一人が真面目に思案している隣で
    「吐かせるにしてもお尻から出てくるにしても、なんだかユレイドル可哀想。あとどっちから出るにしても、こっちに渡される前にはよく洗ってほしい……」
    と、場違いなことを思っている奴もいた。
    「ところで、カラクリ大王のところへはすでに警察が行くことを連絡したのですか?」
    ダイゴが質問した。
    「はい。これからすぐにでも伺います」
    こうして一行は宿を出た。昨日、自分の家にやって来た四人と今日も行動を共にするのだろうかとダイゴが思っていたら、一人はユレイドルの様子をもう少し見てくると言い出した。「何かありましたらすぐ無線を入れますし、腹の中の物が取り出せて必要そうならすぐに持って行きます」と彼は上司に伝えていた。そのため三人の警官と連れ立ってカラクリ大王の元へ向かうこととなった。歩きつつハイビスがダイゴに声をかけた。
    「あの……」
    「どうしました? ハイビスさん」
    「気になったんですけど、ユレイドルって……お尻どこですか?」

     カイナシティを北に進むと、サイクリングロードの入り口近くにカラクリ大王の屋敷がある。特に看板はなくとも、ここが彼の家だと多くの人が知る場所だ。小さいようで、内装は意外と奥の方へ長く広がっている。入ってすぐの一室に掛け軸があって、そこに隠された通路をくぐると、いよいよカラクリ屋敷の本番となっているのだ。
     警察が建物に入った時、中には誰もいないように見えた。しかしほとんど全員、特にリアクションもなく掛け軸をくぐり、隠し通路に入った。ハイビスだけが隠し通路の存在を知らなかったようで
    「すっごい! 隠し部屋!」
    「その反応、なんかむしろ新鮮だな」
    警官達がそんなやり取りをした。
    中には大王本人の姿をかたどったカラクリが数体置かれていた。「第二問」とか「第三問」などと喋る不気味なロボットだった。警官の一人が説明するにはこのロボット、三択の問題を出し相手の回答が不正解だと、部屋中の同じ型のロボットが間違えた人間を見てくるということだった。
    「ぶ、不気味すぎる!」
    「本当、新鮮だなその反応」
    事件解決に張り詰めていた警官達もさすがににやけてしまった。
    「ボクもちょっと怖いよ」
    同意して呟いたチャンピオンに、警官達はいよいよ微笑ましくなってきてしまった。彼らからすれば、自分の後ろに若い後輩と守るべき一般人がトコトコついて来ているようなものである。昨日の出来事からして、勝負ごとになったらその一般人に頼らなければならない情けなさも、まだ彼らの胸には残っていたが。
     しばらく歩いた先に施錠された扉が現れた。あらかじめ大王に聞いていたらしいパスワードを警官が入力すると開き、一行はさらに先へ進んでいった。土壁が剥き出しになっている通路を通ると簡素な畳の部屋が現れ、部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を前にカラクリ大王が座っていた。
    「本日はよろしくお願いします。お話を聞くだけなら、最初の部屋でも良かったのですが」
    と一行の中で一番上司が挨拶する。
    「電話で言ってたカラクリ、見といた方がいいかと思ってな。ま、はじめまして! こっち座って」
    それから大王はちゃぶ台をコンコンと突いて「発見したっていうスピーカーを見せてくれ」と言ったので、もう一人の警官がそれを置いた。
    「確かにこれはわがはいが作ったカラクリに入ってるやつと同じだ。ちょうど、一号機だけ人に貸していたんだ」
    「なっ⁉︎ そ、それは、それは誰に⁉︎」
    「……その反応、あの子は何かとんでもないことをやらかしたんだな。そうだろう?」
    警官達はかわるがわる事件のことや、昨日起きたことを説明した。
    「話からすると、犯人はわがはいが一号機を貸したあの子ということになってしまうかあ……なんということだ……」
    カラクリ大王は天井を仰いだ。
    「“あの子”っていうからには、若い人なんですか? ひょっとして子ども?」
    「大人にはなっとるぞ。子どもの頃からうちの屋敷のカラクリで遊んでいたのを覚えていたから、こういう表現になっただけだな。どこの町出身だったか……火山灰の話をたまにしていたから、フエンタウンかハジツゲタウンかもな」
    「もう少し、その人の情報をいただきたい」
    警察の人々が身を乗り出した。
    「ここにたまに来ていた子どもで、カラクリも好きだった。見た目があんまり機械をいじるように感じなかったから、珍しくて弟子にでもしてやるかあって声をかけた。大きくなった時の進路選択も、ポケモンのスクールではなくて、工業が学べるところに進んでいったよ。ポケモン育てるのも上手い子だったけどな。進学した後は、シーケンスがどうとか言って配線いじったり、コンセントの向こう側を勉強した、とか授業のことも話してたな。あと……」
    カラクリ大王が眉をしかめ始めた。
    「うがー今から思えばこれは犯罪くさいな……学校で金型だとか鋳造だとか習った時に『ニューキンセツ』の鍵をこの技術でコピー作れないかな……だとか、言っていた……入ってみたいってな……。それこそ在学中の何年も前のことだが……」
    「鋳造って何? ニューキンセツって何? あとさっきちらっとでたシーケンスってのも何ですか?」
    「こらっ質問はひとつにせんかい!」
    「うわーごめんなさい!」
    ちゃぶ台の対面で、警官の一人がカラクリ大王に怒られた。
    「他のは工業の学校の勉強だから、ニューキンセツだけ説明するぞ。今キンセツシティのジムリーダーをやっている男は、その前は都市開発の仕事をしていて、途中まで手がけていた町がニューキンセツだ。開発が中止になって、作りかけの地下街の入り口は鍵がかけられた。その鍵はキンセツのジムリーダーが今も管理しているそうだ」
    「ニューキンセツの入り口自体はボクもキンセツジムリーダーから場所を聞いたことがあります。特に隠しているわけでもなさそうだったし」
    ダイゴが口にした。警官の一人がまた思案する。
    「……それはまずいのではないのですか? 犯人は、犯罪を犯す前までは、こちらのカラクリ大王さんとも、機械を通じて親しくなるような人物だったとして……」
    どうもこの警官は考察を深めつつ捜査する癖がある人らしい。場の空気が少し緊迫したその瞬間に、上司の無線機に連絡が入った。「出ていいぞ」とカラクリ大王が促すのに頷きながら、無線機をとった。
    「……ユレイドルの体から出てきたものは、『鍵』だった⁉︎」
    「そ、それ、ひょっとしたら、ひょっとしなくてもニューキンセツとかいう場所の鍵じゃ⁉︎」
    一番反応の大きな警官が反応した。この反応がいちいち大きな警官は、一番若手でもあるハイビスである。
    「今、無線の向こうではキンセツのジムリーダーに確認を取りに行ってるそうだ」
    上司はこう言って、一度無線を切った。
    「これで本当にニューキンセツの鍵ならなんのひねりもない……」
    推理好きの警官は少し拍子抜けしたようだった。
    「いいじゃないですか、先輩! すんなり進んだ方が!」
    「その通りだけど、くう、お前に言われると腹立つ。何でもいいからハイビスが内緒にしてることも誰かにすんなりバレちまえばいいのに」
    それからしばらく警察官達は次の連絡が来るまで、犯人と思しき人物の身体的特徴を言葉で聞いたり、なんなら写真を借りられないかなどを確認していた。
    「そういえば重要なことを聞けていませんでした。なぜ犯人はあのクイズを出すカラクリを借りていったのですか?」
    「気になる仕組みがあるから、作り方を知りたかったんだと。教えてやると言ったんだけどな、自分で調べてみたいと言っていた」
    「気になる仕組み……」
    推理好きの警官がまた腕を組み始めた。ダイゴは会話の様子を黙って聞いていたが、話が途切れた時に遠慮がちに警察の方へ質問した。
    「キンセツのジムリーダーにも、事情を説明して捜査協力をお願いするつもりですか……?」
    「お嫌ですか?」
    「……昨日、みなさんはボクにも、辛いなら我々だけで捜査すると言ってくれたではないですか。ボクは協力しますけど……」
    「こういう時、誰かを巻き込みたくないタイプ?」
    ハイビスがタメ口で聞いた。ダイゴも彼相手には少しずつ砕けた口調にしつつ答えた。
    「いつもなら、強い意思がある人ならどんな人でも協力してほしいし、一緒に頑張ろうってなる方だと思うよ。今回は、どうにも……正直なところ、怖くて……その人の好きなポケモンが悪意で傷ついている現場を見せることなんて」
    ここでまた無線が鳴った。上司が取りしばらく話してから切れる。その内容が、続いてこの場に報告された。
    「やはり、ニューキンセツの鍵と同じものでした。今話を聞いてきた者がキンセツのジムリーダーに確認したそうです。ジムリーダー本人もできれば案内したかったと言っていたそうですが」
    「ですが?」
    「異常事態が起きていてそちらの対応をしなければならないと。今朝から、サイクリングロードの橋の下にある川、キンセツ側の一帯に、丸い塊が大量の流れてきているそうです。目撃者が遠目でモンスターボールかと思って近寄ったらビリリダマだったとか。なんとか爆発させずに全て捕獲しようと奮闘しているらしい」
    「こっわ!」
    「なんだそれは、恐ろしい!」
    ハイビスとカラクリ大王がほぼ同時に反応した。カラクリ大王は、改めて胡散臭そうにハイビスを見た。
    「さっきから気になっていたんだが、あんた本当に警察なのか。楽観的な顔をしてからに」
    「なっ……あの……」
    「もちろんです。いつでも一般の人に友好的で気さくな態度であることは、良い警察官である証です」
    本人の代わりに上司が答えた。その返答で不思議なことに、ハイビス本人はますます「えっ」という顔をした。
    「それでは、我々は早速ニューキンセツに向かいます。捜査ご協力感謝いたします」
     上司は挨拶をして、一行はその場を離れることになった。建物を出るところまで、カラクリ大王は見送りに来た。
    「犯人は……」
    先ほど犯人の情報を伝える時、カラクリ大王は名前も伝えていたのだが、その名前をもう一度口にした。どうしたって悲しげな表情になってしまうようだが、きっぱりとこう言う。
    「……捕まえたなら、もう一度話をしたいから面会させてくれよ」
    警察の上司も深く頷き答えた。
    「分かりました」
     大王と別れニューキンセツに向かう道中では、あの推理好きの警官がうーんと考えながらパトカーの運転をしていた。同じパトカーの隣の席に上司が乗り込み、後ろにダイゴとハイビスが乗っていた。
    「一般の人に友好的で気さくな態度であることは、良い警察官の証」
    ダイゴが先ほど聞いた言葉をもう一度口にして、上司の警官に「確かにハイビスさんの明るさには助かってます」とお礼を言った。上司も笑顔を見せた。
    「我々はこのような制服を着てますでしょう。この格好だと、一般の人からすると真面目な表情をしていても怒っているような印象になるのです。そもそも少し怖いのでしょうね。制服に袖を通す時、私達は法律の守り手として毅然としようとも思うのですが、明るく優しい振る舞いもできるように気持ちを切り替えるのです。ハイビスは軽すぎるところがあるけど、人に警戒されないあたり素質があると思いますよ」
    ここで車内の人間は、知り合って二日目のダイゴも含めて、ハイビスが上司の言葉にはしゃぐかと思った。しかし予想に反し、彼は曖昧に笑うだけに留まった。そのまま運転席の先輩の方へ声をかけた。
    「そうだ、先輩は何で警察を目指したんですか?」
    「探偵の話が好きだったんだよ。じゃあ探偵になればって言うなよ。事件を解決して人を救うところまで含めて好きなんだ。たまに謎を解くこと自体が楽しいってタイプの主人公もいたし、あれもあれで好きだけど、憧れのヒーローは人を救うタイプの探偵だったんだ」
    上司がもう一度笑ってダイゴに言った。
    「実際に子供向けのヒーロー番組が大好きだったことをきっかけに警察になる者もいますよ。意外とね、大人になってもヒーローは心に残っている」
    「ダイゴさん。昨日ちらっと言っちゃったけど、オレの憧れのヒーローは姉さんですよ」
    ハイビスも一言呟いた。

     サイクリングロード、キンセツシティ側の出入り口の近辺は、パトカーが到着する頃には騒然としていた。無線で聞いたビリリダマはまだ全てを川からあげられたわけではないらしい。キンセツシティの人らしき大勢の作業員やら他の警察の人々やらが遠目に見える。彼らもこちらに目を向ける余裕はなさそうだ。
     別行動していた一人が戻ってきて一行はまた五人になった。彼はニューキンセツの入り口はこの川を超えた先だと報告した。危険なものが浮く川を船や水ポケモンで進めるようには思えなかったので、ダイゴのエアームドに乗って空から行くことになった。と言ってもエアームドのサイズだと乗せられるのはトレーナーともう一人が限界のため、結果としてダイゴとエアームドは川を四往復した。警察の人々はそれぞれ黙って運ばれたが「メリーゴーラウンドの馬を思い出す乗り心地」と降りる時にぼそっとつぶやく者や、「何かに乗って空を飛ぶなんて初めて」と漏らす者もいた。
     ニューキンセツの入り口の扉を開ける直前、確保したユレイドルについて、さらに詳細も聞かされた。
     鍵という異物が腹に納まっていたこと以外は特にトレーナーから虐待されたような傷はなかった。そしてユレイドルがいた川の近辺には、最初に見つけた足跡以外にも彼が動き回った痕跡が少しずつ残っていた。ただしそれは川の中の方が多く、ユレイドルがここにいたと知らないと発見できなったとも、報告する警察官は話す。川の中の痕跡を見る限りでは、彼はたまに地上に出る以外はずっとそこにいたらしかった。あの小屋の見張り役だったのだろうか。鍵はきちんとしたケースに包まれていたため、おそらく、もしもの時のために犯人が合鍵を飲ませていたのだろうとも言われた。
     また犯人は、あの小屋の中で一度大王から借りたカラクリをばらしていたらしいことも分かった。小屋の中には片付けきれなかったかけらがわずかに残っており、それがカラクリ大王が持っているカラクリの材質と一緒だったことも確認されたと言う。
     一方で、ある程度元気になった犯人のユレイドルは、手当たり次第に近くにあるものを触手で掴んだり、自分の体の周りにしまったりする仕草が観察できたため、ひょっとしたらスピーカーの方は犯人の思惑と関係なく、このユレイドルの個体の手癖(?)が悪かったのかもしれない……とのことだった。
    「川にビリリダマを流したのも犯人だとして、ここから捜査を妨害するために流したと考えるべきか」
    「はい。ジムリーダーから聞いたところ、ニューキンセツはたまに古い機械が故障して電気が漏れることがあり、その電気を狙ってポケモンが住み着いているということでした。だからビリリダマも住み着いている奴をそのまま川の流れに放り込んだのではないかと」
    「私どもが昨日ユレイドルを確保したことを知り、鍵を発見することも予想したのでは? むしろ、ここにいることを知らせようとしたのかも」
     警察達がそんな予想も立てる。その予想通りなら、犯人は他にも行く手を阻む罠を仕掛けて待ち構えていることになる。十分注意しなければならない。中に入る時、警察達はダイゴをかばうように列の一番後ろに置いたが、ダイゴの方でも、いざという時に周りを守ることができそうなポケモンを選んでモンスターボールから出した。
    「ネンドール。いざとなったら自分の判断で光の壁やリフレクターを張るんだよ」
    細かな指示まで理解できているかは分からないが、ネンドールはトレーナーをじっと見た。そして中へ突入する一行から一定の距離をとって浮かび始めた。
     予想に反して、ニューキンセツの中は静まり返っていた。そして埃っぽかった。古い照明が出す、かすかなジジ……という音は聞こえてくる。よく分からない機械が出す唸るような音もあった。通路の様子はシャッターが降りた商店街のようであり、辺りにはなぜかたくさんのダンボールが散乱していた。
     しばらく歩いていくと、向こうからも複数の人影がカートを押してこちらにやってくた。商店街のような風景と相まって、警官達はその人影に買い物客のような錯覚も抱いたが、それにしては全く同じ速度で並列して一糸乱れぬ動きだった。
     近づいてきた。犯人の手先かと思って隠れていた五人がそっと物陰から覗くと、見覚えがあるカラクリだった。先ほどカラクリ大王の屋敷で見たクイズのロボットそっくりだ。ただし顔が違う。一人が先ほどカラクリ大王の家でもらってきた写真を手に取った。顔は、そこに映った容疑者とそっくりに作ってあった。
     そして、一つ一つのカートの中には眠っているビリリダマがおさまっていた。思わず一行が「うわっ!」「なんだ⁉︎」と反応したところ、複数のカラクリが一斉に声がした方に顔をグルンと向けた。そしてカートの中のビリリダマも起き出し、次々にその場で電撃を発した。
     一行が衝撃に体をかばった後に見ると、カラクリがバラバラになっていた。置かれていたダンボールなども吹き飛んでいたが、建物自体には異常はなかった。
    「カラクリ大王のところのカラクリ……こんな使い方をするのか……」
    「正確には、大王から借りたものを参考に新しいものを作ったんだろうな」
    「それにしても、ビリリダマどんだけいるんだ。ここ……」
    ビリリダマはカートに縛り付けられていただけで野生のポケモンのようだった。カラクリとカートが壊れ、束縛が解かれるとどこかへ逃げていった。
     先ほどのカラクリは明らかに声に反応していたので(モデルのカラクリがクイズの回答に反応するカラクリだからだろうか)、物音を立てないように再び先に進み始めた。それからしばらく何も現れず、また分かれ道が増えてきたため、自然に手分けをしてそれぞれ建物を探すようになった。いざという時は無線で集まろうということになったため、ダイゴとネンドールは警官の一人のそばにいるようにしていた。
     その警官は、うーんと考えながら一生懸命ダンボールの中に犯人の手がかりを探していた。先ほどの車の様子からして、この人の推理を邪魔したら悪いかと思ったダイゴは、黙ったまま自分の持ち物からスコープを取り出した。父親の会社が発明した、見えないポケモンが見えるようになる道具「デボンスコープ」だった。犯人は人間だが、例えばカクレオンのような姿を消すポケモンも罠に使う可能性もある。(この事件とは関係ない話だが以前、同じスコープを人に渡したことがあったのを思い出しつつ)今回は自分ではめて確認してみることにした。
     スコープをつけて周りを見渡してみたが、何もいない。一緒にいる警官がダンボールを一つ一つ検分する移動に合わせて、ダイゴもスコープをつけたまま少しずつ歩いた。
     あるT路の通路に差し掛かった時だった。ダイゴの目の前をポケモンがさっと右から左に横切った。光の屈折で体を隠した、しかしスコープを通した目にははっきりと映ったそのポケモンの姿は、本当ならこんなところにいる想像すらできなかったものだった。先ほどのカラクリのことがあって大声を上げるのを警戒していたダイゴは口を覆って驚きを出さないようにした。
    「はあ、何もないな」
    警官がダンボールから腰を上げて、スコープを呆然としたまま外すダイゴを見た。
    「どうしました?」
    「……いえ」
    口では答えつつ彼は、頭の中で先ほどのポケモンの姿と、これまでの二日間で所々感じていた違和感を結びつけ始め、うわの空になってしまった。
    「あっ、先輩! ダイゴさん!」
    ハイビスが左から現れた。そして一応小声だが元気良く呼びかけた。
    「オレ、先にこっち探しましたよ! そしてそして! 犯人見つけました!」
    「な、本当か?」
    「まだちょっと先です。ここら辺で合流しときましょう」
    無線で呼び、全員が顔を合わせた。
    「本当に見つけたのかハイビス。だとしたらお手柄だが、犯人に気づかれなかったのか?」
    「そこらへんは完璧ですよ」
    上司に声をかけられて、ハイビスは自信満々に答えていた。
    「お前、罠とかカラクリとか大丈夫だったか? こっちはひどい目にあったが」
    警官の一人が言う。なんと彼が探していたダンボールのいくつかにはボクシングのグローブが飛び出してくる罠が仕掛けられていたのである。それを聞いて、ダイゴと行動していた方の警官が「こっちにはなくて良かった」と胸を撫でおろした。そしてハイビスは実に正直に「ごめんなさい、その様子見てみたかった」と吹き出した。
    「言葉にするとギャグっぽいけど、実際はそれどころじゃなかったんだぞ!」
    先輩がムッとしたところで、上司が切り替えるように咳払いした。
    「全員、気持ちは落ち着いたか?」
    警察官達は上司に顔を向けた。それぞれが真剣な目つきになり返事をする。
    「では、いくぞ」

     それからハイビスの案内のもと先に進んでいくと扉があった。ここに来る少し前に「この扉の中に犯人が入っていくのを見た」とハイビスは報告していた。一行はうなずき合い、そしてバンと扉を開けて突入した。
     広く、机などの家具がごちゃごちゃ置かれた部屋の奥に犯人と思しき人物が立っていた。そいつの顔を見て五人が犯人と確信する一方、犯人の方も相手を眺め、格好で四人は警察と判断した。
     もう一人いたダイゴのことも、以前写真を見たことがあったためすぐにホウエンのリーグチャンピオンだと気付いた。実物の瞳を見ながら「写真と同じだ」と思っていた。
     確保する隙を探ろうとジリジリと構える警察を睨みつけながら、犯人はズボンに留めたモンスターボールに手を置いた。チャンピオンの横にネンドールがいるのが目に止まり、出すポケモンを決めた。
    「『大爆発』しろネンドール‼︎」
    出すのと同時に指示を出した。
    「いけない下がって!」
    ダイゴが前方にいた人々を後ろに引っ張るのと同時に、犯人が出した同種のポケモンの眼前にダイゴのネンドールが飛び出していった。人間の目から見たら、全く同じ顔のポケモンが向き合ったと思った瞬間、片方が激しい光に包まれた。
     身構えていた犯人以外は全員、体が衝撃でどこかに吹き飛ばされ、視界が光に覆われて何も見えなくなった。しかし飛ばされ倒れた人々は、すぐに動けるようになった。警官の一人は年長である上司をかばって覆いかぶさっており、もう一人の警官とハイビスはダイゴをかばっていた。
    「ネンドール……」
     ダイゴが目をくらませながらフラフラ立ち上がりネンドールのところへ向かった。自分のネンドールは、爆発の瞬間リフレクターを張っていた。そして自分の体で爆風を一番前で受け止めていたことがダイゴには分かった。ネンドールはぐったりとして、地面に転がっていた。ダイゴはネンドールの体をよく調べ、用心深く体を持ち上げるとすぐに薬を飲ませていた。
    「ネンドール大丈夫ですか……?」
    ハイビスが泣きそうになりながら聞いた。
    「……うん」
    他の警官も寄ってきて口々にお礼を言いネンドールを心配そうに見たが、そんなに時間をかける余裕もなく、姿を消した犯人を探し始めた。犯人自体の姿は見つからなかったが、逃走経路はすぐに見つかった。部屋に先ほどまではなかった大穴が開いており、道が続いていた。警察達はすぐにその穴の中へ走っていったが、しばらくしてハイビスだけが戻ってきた。
    「先輩達が、ダイゴさん達のことを見ていてほしいって……。ダイゴさん、今日もオレは誰も守れなかった……守ってもらうばかり」
    「そんなことはないから。ごめん、お願いがあるのだけど……」
    ネンドールの頭を膝に乗せていたダイゴがこちらを見上げたので、何かと思ったら、犯人の方のネンドールを探してほしいと言い出した。昨日のユレイドルと同じく、確保して調査しなければと言う。
    「さっきのものすごい爆発でバラバラになっちゃったんじゃ……」
    そう漏らしてしまったところ、ダイゴがいよいようろたえた。ハイビスはこの二日間で、彼がこんな顔をしたのを初めて見た。だが、彼はすぐに表情を戻して冷静に言葉を足した。
    「ボクのネンドールがリフレクターで抑えてくれたのを考えなくても、死ぬほどの爆発じゃなかった。あくまで試合などのポケモン勝負の範疇の威力しか出せてない。だから出した本人も動けなくなっている程度だと思うよ……。現にボク達はすぐに動けているし五体満足でピンピンしている。犯人はそれを見越して逃げの煙幕に使った。第一、ここは地下で犯人自身も近くにいたから威力を出しすぎるわけにいかなかったんだ」
    推測を聞きながら、「もし犯人だけ安全な位置にいたならば」とハイビスは考えそうになってしまい、怖くなったので途中でやめた。
     ハイビスが犯人のネンドールを探している途中で、他の警官達も戻ってきた。犯人はいなかった……逃げ切られてしまった。しかし警官達はめげずに、ハイビスと一緒に犯人のネンドールを探し始めた。
     犯人のネンドールは少し離れたところで、ぐちゃぐちゃになった家具に埋もれていた。傷は負っていたが、バラバラとまではなっておらず、推測どおり息もあった。ここは町から離れた施設だったため、ダイゴが応急処置をした後、エアームドに乗せてキンセツシティのポケモンセンターに運ぶことになった。応急処置の間に、警官がポケモンセンターに運ぶ旨を伝えているのがダイゴの耳にも入ってきた。
     川に浮かんでいたビリリダマは無事に捕獲されたらしく、人のざわめきが対岸から聞こえてこなくなっていた。静かになった川の上をエアームドで飛んでネンドールを運んでいくダイゴを見守りながら、警官の一人が小さな紙を取り出した。
    「後で彼にも見せないとな……」
    紙は、犯人が逃走するのに使った道の出口に落ちていた。走り書きで「今日はカラクリを披露するつもりでしかなかった。そして、最後の決戦をもっといい場所に招待したかった。明日の朝九時にここに電話して。この前にかけたら、盗んだポケモンを一匹ずつひどい目に合わせる」と残され、電話番号も書かれている。犯人はどこかに身を潜め、今晩中に決戦の場所とやらの準備をしているのだろう。
    「先輩、さっき一瞬だけ不安そうな顔したんですよ。ダイゴさん……」
    「そうか。一瞬か。ちょっと普段は飄々とした感じするよな……」
    「ちょっとでも不安そうな……守らなきゃいけない人だと思ったんなら、今度こそ守るべきだよ」
    「今日まで何にもできなかったんですよ、オレ……」
    「それは私達も同じ……そして明日を最後の勝負だと思ってるのも犯人だけじゃない。みんなで頑張ろう」
    先輩達が肩をポンポン叩くのを受け止めながら、ハイビスは頷いた。

     ダイゴが戻ってきてから明日のことを彼に話し、少し早かったが警察の一行は安めのホテルにチェックインした。そして、自分達の体も軽く手当した。「爆発」を食らった割には擦り傷程度だった。本当に威力が抑えてあったらしい。何よりダイゴのネンドールがかばってくれたおかげだろう。
    (そういえば、「夕ご飯食べよう」って昨日オレ言ったけど、ダイゴさん覚えているかな)
    ハイビスはそんなことを思いだした。そして上司が今日のことを電話で報告したり、先輩がニューキンセツでの顛末をキンセツのジムリーダーに報告しに行ったりするのを見ていた。それから、しばらく休憩して体も心もだいぶ元気になったので、思い切って今日もダイゴの部屋に尋ねて、体調はどうかだけでも確認することにした。しかし部屋のノックをしても反応は返ってこなかった。そもそも気配がしない気がする。たぶん、どこかへ出かけている。
    (ネンドールのこともあるし、またポケモンセンターに行ってるのかな)
    そんなことを思いながら戻った。玄関まで行き、一人でご飯食べに行こうかな、などと考えているところに、外の道の向こうからダイゴが歩いてきた。
    「あっダイゴさん。ネンドール大丈夫でした? 犯人のもですけど、何よりダイゴさんのネンドール……」
    聞いてみると、相手が微笑んだ。
    「ハイビスさん。心配してくれてありがとう。大丈夫でしたよ。ボクもできる限りのことはしたし、あと念の為に今晩はポケモンセンターに泊めておくことになりました」
    「じゃあ今、そのモンスターボールの中にいないんだ」
    ダイゴは外に向かおうとするしているハイビスの様子を改めて眺め、
    「どこかへお出かけかい? 昨日別れる時には、またご飯に行こうと誘ってくれたけど」
    と言った。それを聞いたハイビスは「へえっ?」とおかしな声が出た。
    「あっ覚えてました? ひょっとしてオレを探してました? ええ、大丈夫? 今日行けます⁉︎」
    「……そうだね。ちょっと聞きたいこともあるから、大丈夫」
    「なら行きましょう!」
     ハイビスは途端に意気揚々として、外から帰ってきていたダイゴをもう一度連れ出していった。
     前に上司に好きな食べ物聞いたら茶碗蒸しって言ってたから、オレも食べてみたくなってきた。チェーン店でいいから、食べられる店がいいな。あと今日は個室がいいな。そんなことを思いながら、キンセツシティを歩いて行った。
     大きな十字の道を通りかかる。ハイビスはこの道の東西南北それぞれが別の町に繋がっているのを以前上から見たのを思い出し
    「南はカイナ、北はフエン、西はシダケ、そして東の海こえ新天地。この町の夕飯はどっち?」
    生まれて初めて歌ったかのような調子っぱずれな鼻歌混じりにまた進んで行った。
     店につき、座敷の個室に通してもらった後、それぞれ注文を考えた。「写真が多いメニュー表は助かる」などと思いながらハイビスが見ていると、ダイゴももう一つのメニュー表を持って見ていた。昨日に引き続き、そういう光景だけで早速ハイビスは面白くなってきてしまった。「そんなに珍しがるなんてひどいよ。ボクだってたまにはこういう店入るのに」とダイゴも苦笑いしていた。
     お冷を持ってこられて、注文をとられて、頼んだ定食がやってきて、というお店の人がやってくる一連の流れが済んだあたりで、二人のお喋りが始まった。立場を超えて仲良くなり始めた途中で、敬語とタメ口が二人共混じってしまっていた。
    「そういえば、他の方はどこで食事をとられているんですか?」
    「ホテルの部屋の中でなんか頼むって言ってましたよ。外出る元気あるのは若いお前くらいだって」
    「警察の方だから体力自体は皆さんあると思うんだけどね。やっぱり事件のことを引きずってしまって食欲がなくなるのかもしれない。ボクも本当ならあまりものを食べる気になれないもの」
    ハイビスが驚きのあまり目を見開いた。
    「えっ嘘……じゃあ無理して付き合ってたんですか?」
    「あはは……実は昨日は少しそうだったけど、お話しているうちにご飯が食べられたんだ。だから今日は逆ですよ。今日もお喋りしているうちに食べられるかなって期待しています」
    「そ、そう……へえ! 分かりました、期待していてください!」
    「でも今日はボクから質問してもいいですか?」
    この言葉に「質問していいですかも質問だよなあ」と思ってハイビスは笑ってしまったが「いいですよいいですよ」とすぐにこくこくと首を動かした。
    「昨日見かけたラブカスだけど、あの子は捕獲したばかりのポケモンなんですか?」
    「あ~正直まだ育ってないなと思いました?」
    「そうだね、まだ野生が残っている感じがします。それに……ハイビスさんはキナギタウンの話をしてましたよね。キナギの近海で捕獲したのですか?」
    「……そう。はい。オレはキナギの出身でして。……あー、あー、あの、そうだ! せっかくですからチャンピオン直々に育て方教えてくださいよ!」
    苦し紛れに話題を変え、さらに目の前の汁物をググッと飲んだ。ハイビスからすると出汁がきちんと取られた食べ物は、美味しいけれど複雑で色々な味がする気がした。
    「地位がどうこうより、そのタイプの専門家に尋ねた方がいいかも。ホウエンには水タイプのジムリーダーもいるから彼を紹介しようか。ラブカスも育てているよ」
    「ふうん。どんな人?」
    「心配しなくても優しい人だと思いますよ。ミロカロスも育てている人だからね」
    「優しいのとミロカロスを育てているのって関係あります?」
    「ふふ、確かに関係ないって本人にも言われたな。というのもですね……」
     ミロカロスというのは「世界一美しいポケモン」と称されるが、図鑑では美しさではなく「慈しみポケモン」と分類されているらしい。なんでも図鑑には「湖の底に住んでおり、人々が争っていると現れ、怒りや憎しみの心を癒やしていく」と生態が記載されているそうだった。
    「ミロカロスを美しく育てるためには、ポロックっていうポケモンのお菓子が必要でね。水のジムリーダーは友達でもあるから、ある日一緒にポロックを作るマシンをぐるぐる回していたんだ。目も回したりしてね。一生懸命育てているなと感じて『ミロカロスを育てる人もまたきっと優しいんだろうね』と声をかけた。そしたら『そんなことはない。君こそメタグロスを育てているから頭がいい、などと言われたら困るだろう』と返ってきた」
    そのジムリーダーの言葉を真似する時、声が綺麗な人なのか、ダイゴが再現するように微妙に頑張って美声をひねり出したので、ハイビスはおかしくてしょうがなかった。そして気になったので質問したところ、メタグロスの方はスーパーコンピュータ並みの頭脳を持つポケモンだと言われているそうだ。
    「いやー本当、そのジムリーダーさんをミロカロス連れてるから優しいって主張したかったら、ダイゴさんもメタグロス並みに頭良くならないとね!」
    「うううん……」
    「あははは! それにしてもスーパーコンピュータ並みってすごいなあ! スーパーコンピュータがどんなことできるのか、よく知らないけど!」
    「たまに図鑑でそうした頭がいいと言われるポケモンの記述を見ると不思議な気持ちになるよ。人と同じかそれ以上に頭がいい、そして多分人と違う思考回路だろうから。どうなっているのか」
    ここで、不思議そうな顔でダイゴがハイビスの顔を見たため、ハイビスもまた不思議な気持ちになった。続いて、これはまずいのではないか、と感じるものがあったため、ハイビスは次の話題を探すことにした。そしてあれやこれやとごまかしながら、話の方向を変えていった。というより「そうだ、この人に伝えたい」と胸に灯るものがあったのだ。
    「昼間、先輩が自分にとっての憧れのヒーローは『人を救う探偵』だったって言ってましたよね」
    「そうですね。ハイビスさんは『お姉さん』と言っていましたか」
    頷いた。そして「姉さんの話をすると暗くなるかと思いましたが、伝えたいことがあるからやっぱり話そうと思います」と口にした。
    「姉さんは、ついこの間亡くなったんです。それまでオレは姉さんと暮らしていました。オレ達は仲が良くて、お互いの間に言葉なんていらなかった」
    ダイゴが驚いて、そして痛ましそうな表情になった。
    「……暗くなると話していたので、亡くなられているのかなとは思ったけど……最近のことだったんですね……」
    「姉さんは、優しかったです。本当に誰にでも優しく、気高い心の持ち主、さらに凛々しくって。マジでオレ、そう思ってます。それにひきかえ、オレは姉さんに甘やかされてばっかりの弟でした。姉さんが亡くなった今、オレは姉さんみたいになって、姉さんの分も頑張りたい」
    「ハイビスさ……」
    「オレは姉さんみたいになりたいんです。守る相手が自分勝手とか愚かとかそんなの関係ない。姉さんみたいに気高くて、誰だって包みこめるくらい優しくて、みんな守れるような存在になりたいんですよ!」
    話しているうちに熱がこもってきたのか、手を乗せている机も揺れ、食べ終わった食器がカタカタなった。ダイゴは口を挟むタイミングを見失っていたが、やっと一言こういった。
    「かなり大変そうだけど……」
    「はい! でも応援してくれませんか!」
    剣幕に押されつつ、「そういえば昨日も『守りたい』『守る』と何度も言っていたな」とダイゴは思い出した。
    「……きみが無理して潰れないところまでなら応援するよ。でも、気になることがあるんだよね」
    「なにがですか?」
    少し落ち着いてきたのがわかった。ハイビス本人も自分が膝立ちになり、姿勢も前のめりになっていたことに気づいた。
    「さっきも言ったけど、ボクは本当なら食欲がわかないくらい昨日は気分が良くなかった、でもハイビスさんと楽しくお話ししていたら食べられたんだ。他の警察の方も言っていた、ハイビスさんは気さくな方だって」
    「オレ自身のいいところはそういうところって話ですか?」
    「そう。何より、お姉さんはそういう明るい弟さんと一緒に暮らしていたわけだよね? お姉さんが、優しい、気高いというのももちろん嘘だとは思わないけど、ハイビスさんと楽しく過ごしている瞬間まで、そんな感じだったのかなって」
    「オレ……? オレといる時の姉さん……?」
    ハイビスは、今度は静かになってしばらく考えこんでしまった。そして顔を前にあげた時、表情もぱあっと明るいものになっていた。
    「そういえば、そうか。うわー、ダイゴさんありがとう」
    「なにがだい?」
    「確かにオレといる時に姉さんは、追いかけっこをしてはしゃいだり、美味しい木の実食べて喜んだり、かわいいところもあったんですよ。まだ亡くなってそんなに経ってないのに、そっちは忘れてしまうところだった。ありがとう」
    死んだ相手のことは、重要な思い出、美しい思い出を優先的に覚えておこうとするものかもしれない。言ってしまえばくだらなくて、吹き出してしまうような思い出、かわいい思い出というものこそ、意識しないと消えるのかも知れない。二人はなんとなくそんなことを思った。思い出して、ハイビスはなんとなくほっとした。ダイゴの方も、相手に張り詰めた空気がなくなって内心ほっとしていた。
    「そうよかった。じゃあ、お姉さんを目標にするにしても、これからも追いかけっこしたり、はしゃいだり、美味しいものに喜んでも大丈夫ってことだね」
    「はーい! だから安心して応援してくださいね、明日こそ絶対に守ってあげる!」
    二人はまたひとしきり笑った。ここで、ハイビスは完全に油断してしまっていた。気がつくと、ダイゴがまた何か不思議なものを観察するような目でハイビスを見ていた。そして
    「ねえ、もし違っていたらとても失礼かもしれないけど……」
    声をかけてきた。目線が合わさったところで、こう続いた。
    「きみは、実はポケモンではないかと思っているんだ」
    瞬間、ハイビスの頭は真っ白になった。間をおいて言葉がしっかり頭に入ってくると今度は「ひっ」という音が口から出た。
     それからまた彼は返答に迷って黙り始めた。かなりの間、迷っていた。
    「ダイゴさん」
    呼びかけた後も、しばらく次が続かなかった。
    「……オレは、ずっと人間になりたいとは思ってません。でも、この事件が終わるまでは、オレは人間ってことにしてもらえませんか……?」
    ほとんど肯定したも同然のことを言った。そしてまた目線を逸らした。
    「なんで気づいたかオレも聞きたいけど、でも具体的に答え合わせするなら場所変えてもらえませんか? いくら個室って言ってもさあ……」
    「なら、ホテルのボクの部屋に来ますか?」
    「ううう、こんな時じゃなかったら『友達の部屋で枕投げとやらが体験できるかも』って喜べるのに……行きます」

     ホテルに戻ってきて、そのまま部屋の中に通された。ベッド以外に並んで座れる場所がなさそうだったのでそこに座ると、ダイゴも隣に腰掛けた。
    (本当にこんな時じゃなかったら、枕投げとかいうのできそうだったなあ。ああでも、この人、そういうのは付き合ってくれなさそうではあるかなあ)
    どんな状況でも、呑気なことが頭に浮かんでしまうハイビスだった。ダイゴはそれには気付かず、話を切り出してきた。
    「ボクは以前、事情があってカントー地方を探索していたことがあったんだ。一つは父の会社の用事で、カントーにある同業の会社に立ち寄ったこと」
    「あれ。カントーって昨日、博物館で隕石見たとか言ってた地方?」
    「……それは、完全にプライベート。用事の合間に行ってきた」
    「あはは、そうなんだ。趣味の時間まで確保しちゃうところ、好きだなあ」
    ハイビスがニヤニヤ笑ってみせると、ダイゴもわざといたずらっ子みたいな声音を出して
    「だって、せっかくカントーまで行ったんだもの」
    と答えた。そして真面目な口調に戻ってこう言った。
    「もう一つの用事は、ラティオスとラティアスというポケモンを調査することだった。ホウエンに生息するとても珍しいポケモン、同種のオスとメスで、どちらもガラスのように光る羽毛を持ってる。それで光を屈折させて姿を消したり、またテレパシーを使えたり……さらに、姿を変えたり、人の言葉を理解できると……本当に様々なことができると言われているね」
    「……!」
    ハイビスは自分の身体がその名前に反応するのを感じた。正確にはこの種族名だって、人間が名付けたものなのに。
    「本来、ホウエンの空を飛び回っているという言い伝えのポケモン達が、カントーで目撃情報があった。……これは『心の雫』という彼らに深く関わる宝石もカントーに行ったからではないか、そう考えていた。心の雫は、かのポケモンの死ぬ際に魂が結晶になったもの……」
    「いやいや、さすが石マニア。やっぱり知ってたんですね」
    「……結局カントーでボクが見た、きみとは別の個体のラティオスは、他のトレーナーが仲間にしていき、その時の調査は終わったんだ」
    そこで話も終わりそうなところへ
    「…………姉さんの心の雫、見たいですか?」
    ハイビスは静かに呟いた。ダイゴからは緊張した沈黙が返ってきた。ハイビスは、この姿に化けてからもずっと肌身離さず持っていた、美しく輝く玉を取り出し、手のひらに乗せ目の前に見せた。
    「……これは……姉さんの魂……全部だとは思わない、かけらです。ある日の晩、オレがふと目を覚ますと、姉さんの姿が消えていました。ラティオスとラティアスって言うのは、人間も知る通り、テレパシーで映像見せあったりして通じ合えます。でも、その晩、姉さんを心で探しても見つからなかった。出かけたらしい」
    淡々とハイビスは話した。
    「夜が明ける少し前、姉さんの気配を感じた。帰ってきたんだと思って気配のする方に行ったら、この石が落ちていた。姉さんの……なんて言えばいいんだろう、一部だってことは分かりました」
    語り続けるハイビスにあまり表情の変化はなかった。
    「……朝日が顔を出した時、海が赤に染まっていました。赤い潮の流れは、オレ達の寝床近くのキナギタウンまで続いていて、町の人が怖がっているのが見えた。赤になった原因……死んで浮かんでるラブカスの群れの中に、一匹だけ息のある子がいて、オレは助けようと思った。だから……」
    ここで一旦大きく息を吐いた。だが声の調子は変わらない。
    「人に化けて、キナギのポケモンセンターに行こうと思った」
    ダイゴは黙ってハイビスの顔を見ながら話を聞いていた。淡々と話し続けるハイビスの顔に、ポロポロ、ポロポロと、涙がこぼれ始めた。顔自体にはむしろ感情が見られず、彼は涙をこぼれるままにしていた。
    「助かったラブカスを、トレーナーのフリして引き取って、モンスターボールに入れて……オレは日が沈んだタイミングで今度はキナギから出ていった。その日一日、人の町をうろついて今回の事件の噂を聞けたから……犯人は人間って分かったから……姉さんの心の雫をずっと握り締めてたら何故か……姉さんもまた、そいつに殺されたんだって直感したから」
    「警察の人々に紛れ込めたのも、テレパシーで自分のイメージした映像を相手の心に映す能力を使ったんですね」
    「そう言われると、オレは先輩達を騙したってことを実感して悲しいです……一緒にいて、みんな優しい警察官なんだなって分かると余計に……。この事件終わったら、オレはちゃんとみんなの記憶元に戻して帰らないと……それも悲しい、もう悲しい……」
    「……ボクの記憶は、このままで大丈夫だよね?」
    ダイゴの一言に、ハイビスは涙をまったく拭わないまま、それでも少し笑った。
    「ハハ……そうですねえ。ここまでばらしちゃったし、もう誤魔化しようがないかも、アハハ……」
    しばらく笑って、また大きく息を吐いてから声をかけた。
    「ねえ、ダイゴさん。本当に言葉って面倒くさいですね。オレは姉さんや他のポケモンと言葉でコミュニケーションを取らなかった。今まで生きてきた間、何度か人の町に忍び込んで人が喋ってる言葉を聞き取ったりはしても、自分から喋ったことは一度もなかった。今回初めて喋ってみようと決めた時も『分かるんだから大丈夫でしょ』って思ってて……でも、自分が喋るって人の話聞くだけなのとは全然違うって気づいた」
    話しながら彼は、「よく考えれば、今までの話も口で言わないで、イメージを見せてあげれば早かったかなあ」と呟いた。「でもなあ」とまた一人で言葉をとめどなく口から出していく。

     映像を見せるって、あんなに死体が浮かんだ赤い海をあなたに見せるってことかあ。そんなの嫌だな。誰にも見せたくないよ。そもそも今ここにいるのが、夢みたいだよ。現実に思えない。ここにある、こんな小さな玉が姉さんだなんて思えない。こんな玉拾いたくなかった。幻ならよかったのに。なのに拾えちゃったよ。姉さんが死んだの、夢ならよかったのに。
     オレ、人間の習慣って、興味があるのも全然興味がないのもあるんです。最近いいなと思ったのは、ポケモンにニックネームをつけること。だから真似してつけてあげようと思って、考えたのが「ハイビス」だったんです。姉さんに。本当は姉さんに似合う名前だと思ってた。
     本当は、本当は……生前「姉さん」と呼んだこともなかった。だって、オレ達の間に言葉は使われてなかったんだから。この人間の習慣を知ったのが、あの日。初めて言葉使ってものを考えて……姉さんの名前を考えて、夜に思いついたから次の朝発表しようって寝て、そしたら姉さんは消えていたんです。
     オレは、人に化けている間、姉さんのことは「姉さん」と呼ぶことにした。もう死んだ生き物に名前つけたってしょうがない。でも姉さんを忘れないように、自分というポケモンに、姉さんにつけるはずだった名前をつけとこうと思った。
     なんでですかね。生き物っていうのは、世界の中で一時そういう塊になっているってだけ。死んだらくずれるけど自然にかえる。だから死ぬっていうのは、厳密には世界から消えちゃうわけじゃない。そんなのポケモンならみんな本能で悟ってる。寂しくないことなのに、今のオレは姉さんという生き物の形が惜しくて仕方がない。こんな石、姉さんと思えない。思いたくないのに、今も大事に持ち歩いているのはなんでですかね。

    「ハイビスさん」
    相変わらず表情は淡々と、涙はポロポロとこぼしながら話していた彼の名前をダイゴが呼んだ。思わず返事しながら、ハイビスは「この名前はすっかりオレの名前になっているんだな」と思った。そして「名前を呼んでくるから、やっぱりダイゴさんは人間なんだな」とも思った。
    「もう一回、お姉さんの名残を見せてほしい」
    ダイゴはそう続けた。
    「あっ心の雫ですか? 触る?」
    言われた通りにしようと、手をもう一度前に出しながら聞いてみたが、そこから先はダイゴは何も言わなくなった。ただ黙って、心の雫を手のひらに乗せたハイビスに自分の手を重ねて、ハイビスの手に心の雫を包み込ませるようにした。そして、何も言わないままもう片方の手を添えて、ハイビスの手をさすり始めた。
     お互いからしばらく声はでなかった。だがやがて、ハイビスの方の顔が始めて歪んだ。目が開けてられなくなり、嗚咽しながらようやく空いている方の手で、濡れてしまっていた頬をぬぐった。
    (ほらやっぱり、言葉じゃなんにもできないよ。オレがこんなにぐちゃぐちゃに泣いちゃうのも、ダイゴさんが手を撫でてくれる気持ちも、きっと言葉なんかじゃ、説明できないんだ)
    ひぐ、ひぐ、と息を漏らす泣き声が続いた。やがて嗚咽がおさまってきて、ハイビスの気持ちも少しずつ落ち着いてきた時だった。ふと彼は自分の手に伝わる感触で気づいて「にしても、ダイゴさんって割とゴツい指輪つけてるんだな」と感想が頭をよぎった。
    (ほら、こんな局面で、こんなくだらないこと思い浮かんじゃうから、やっぱり言葉は面倒だよ)
    この日の結論はこんな風になった。そうして二日目が過ぎた。
    【続く】
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