花と海とポケモンの楽園※バトルの描写あんまり書いたことないけど、とりあえずウンウン唸りながら挑戦してみたものなので、生暖かい目で見守ってもらえると幸いです
【長い三日間 三日目(二)】
「まあいいか。そろそろ勝負しましょう。ところで、ルールを決めていいですか」
犯人はそう言いだした。
「ポケモン勝負は、一体ずつポケモンを出して好きな時に交代できる。今回自分も一体ずつのルールは守るつもりですが……交代については特殊ルールでいきましょう。一対一の戦いごとに絶対交代、一度戦ったポケモンはもう出さない。自分かチャンピオンのポケモン、どっちがやられた場合でもです。だってチャンピオンのポケモン、全部見たいですし」
「お前はそのルールを守らせるために、今度はどんなカラクリを用意した?」
警察の方が問いかけた。犯人はわざとらしいほどボタンが分かりやすいスイッチを手で持ち、振ってみた。
「盗んできたポケモンを洞窟のどこに隠したか知りませんよね。このボタンを押すと一番分かりやすいですよ。ボカンと爆発しますので」
「押させないよ。そのルールで構わない。お互いの手持ちは六体で六回勝負、より多くの数を倒した方が勝ち……でいいのか?」
ダイゴが静かな声で聞いた。犯人はにっこりと笑って肯定した。さらに付け加える。
「よかった。今回の戦い、順番が大事なんです。途中で自分が四勝しても、きっちり六回終わるまでいじめさせてくださいね」
警察官は悔しそうに顔を歪ませながら、それでも自分のチョンチーとともに身構えた。
「もし試合の途中でダイゴさんに直接攻撃するような真似をしたら、私とチョンチーが黙っていないぞ」
チョンチーも持ち主の意思に呼応するように、二つの光る触手を動かした。犯人は聞いているのか聞いていないのか、上を向いた。
「私は無能な真面目。大真面目に狂おうとしている」
静かに呟きながら、モンスターボールを手にする。この人物が「私」という一人称を使ったのはここが最初で最後だった。
「さあ、ポケモン勝負」
「始めようか」
ダイゴも答えて、改めてエアームドに目配せした。
「アーマルド!」
犯人が最初に繰り出しのはアーマルドだった。ダイゴはアーマルドを確認して
「エアームド、まきびしを」
自分のポケモンに技の指示を出した。
「わあ、初手は地味な上に嫌らしい」
犯人が嫌味を言いながら喜んだ。
「アーマルドこっちは派手にいこう、ロックブラスト!」
犯人のアーマルドから岩の弾丸が数発、発射された。エアームドは飛び上がって数発避けたが、一発避けきれず、もう一発と被弾した。
「…………」
ダイゴが、犯人とアーマルドの様子を観察するような目を向けた。見守る警官の方がかえってハラハラしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい」
「そうですよ。まだ始まったばかりではありませんか」
続けてアーマルドはメタルクローの技を繰り出した。爪で袈裟斬りにしようとするところを、エアームドは燕返しの技で受け止めた。爪と翼が数回打ち合わされ、しばらくして刀の鍔競り合いのような押し合いになった。こちらのポケモンが少し押されたかと思うと、向こうが押し出されというポケモンの動きをトレーナーが読み合い、
「エアームド、鋼の翼!」
先に相手の隙を発見した方が指示を出した。エアームドの翼がアーマルドの爪をかいくぐって腹の辺りにぶつかり、アーマルドが衝撃で後ろへ飛んだ。
「負けちゃったね、アーマルド」
動かなくなったポケモンを見て犯人は言った。「では次、あなたのポケモンも交代してください」
二人は次のポケモンを選び、モンスターボールを持った。犯人は上から叩きつけるようにボールを投げ、ダイゴは横向きに薙ぐようにボールを投げた。二人とも出てくるポケモンの名を呼びかけた。
「ダーテング」
「ユレイドル」
犯人が繰り出してきたのは、鼻が高く、手が団扇のような形の葉になった草タイプのポケモン、ダーテングだった。最初の戦いでダイゴのエアームドが巻いたまきびしが足に刺さり、顔をしかめた。ここから先に犯人が繰り出すポケモンはまきびしに少し厄介そうな反応はするものの、戦意自体を衰えさせることはなかった。犯人はまたはしゃいでいた。
「草タイプ対決だ」
「……ダーテングは悪タイプも入っているね」
ダイゴはにこりともしないで小声で呟いているのを、隣にいた警官とチョンチーは聞いていた。
「さてダーテング、影分身」
素早い動きで分身を作り、こちらを惑わしてくる作戦のようだ。ダーテングは分身とともにユレイドルをぐるぐる回りながら囲んだが、ユレイドルは大した不都合ではないと言わんばかりにどっしりと構えていた。
「ヘドロばくだん」
ダイゴが指示を出すと、ユレイドルは敵の分身の中から的確に本物を見抜いて泥を当てた。犯人はしかし、ニヤリと笑った。
「ダーテングムカつくほど威張っていこう」
トレーナーが行儀のよろしくない指の形を作りつつ言うと、ダーテングは分身したままユレイドルの周りをピョンピョン飛び跳ね鼻を鳴らし、最後には団扇のような葉っぱの手でユレイドルの顔をサワサワと撫でた。
「ユウウ……」
ユレイドルの目つきが明らかに変わった。
「さて、ユレイドルが《混乱》しましたかね」
「……まさかそれで次は、『守る』の技を使うつもりかい?」
少し焦った声でダイゴが口を開いたが、その焦り方がまるで、予想通りになってしまったことに驚いているようあった。
「どういうことですか? 相手の戦術がわかるのですか?」
チャンピオンがダーテングというポケモンを使っているという話は聞いたことがないが。警官が質問したが、返事はなかった。
「……ユレイドル!」
ダイゴは自分のポケモンに呼びかけたが、ユレイドルは頭を振るばかりで体をうまく動かせなかった。無理に動かそうとした結果、自分の触手で自分の体を締め付け始めた。ポケモンは混乱すると、訳も分からず自分に攻撃をしてしまう。それも「威張る」という技は、混乱させるのに加えて相手を怒らせることにより、より強く自分で自分を痛めつけるように仕向けるものだった。
「一度止まれ。ボクの声だけ聞くように、ボクの声を」
ダイゴができるだけ落ち着いた声でそう呼びかけると、ユレイドルは体の力を緩めた。犯人は姿勢が崩れたユレイドルにダーテングを差し向けた。
「ギガドレイン」
向かってきたダーテングを迎え撃つように、ユレイドルは指示された技をなんとか聞き分けて放った。
「残念でした」
犯人のその宣言と同時にダーテングは飛び退いた。そして口から種を吐いてユレイドルにぶつけた。隣の警官が「また犯人のポケモンは飛び道具を……」と思っている中、ユレイドルは倒れた。
「はい、今度はあなたのポケモンの負け。次いきましょう」
続いて、犯人がジュペッタ、ダイゴがネンドールを繰り出した。ジュペッタは自分の口にチャックをつけてしまったかのような見た目のぬいぐるみのポケモンだった。
「今度はお人形さん対決って感じがしますね。特に手持ちを真似しなくたって、自分はチャンピオンとポケモンの趣味が合うのかも」
ダイゴはジュペッタというポケモンを分析していたようだった。
「……ジュペッタか……。ネンドール、まずはリフレクターを」
「へえ……ねえ、昨日の大爆発でさあ、その子を自分の盾にした時もリフレクター使わせたんですか? 逃げるのに夢中で爆発の瞬間は見てなかったんですよ」
この言葉に対してはさすがのダイゴも顔を歪めてしまった。ネンドールがギラリと目を光らせた。
「あはははは。ジュペッタ、鬼火だ!」
ジュペッタは自分の体の周りに青い炎を纏い、続いて炎をネンドールに差し向けた。青い炎はネンドールの体を撫で上げ、焦げ跡をつけて消えた。さらにジュペッタは攻撃を仕掛けようと動いた。
「だまし討ち!」
暗がりから突然抜け出るように現れて小さな足で蹴りを入れ、背中に受けたネンドールはつんのめった。ネンドールは頭の全方位にある目を使い、体の向きも変えずに応戦する。目が全て光ると同時に地面が激しく揺れた。ジュペッタはひび割れた地面に落ちていった。
「呪いをかけよう」
ひび割れから抜け出たジュペッタに、犯人が冷酷に言い放った。するとジュペッタは、明らかに苦しげな呻きを上げながら、ネンドールに向き直った。苦しそうな顔のまま呻くのを止めると、身の毛がよだつような笑い声がチャックで閉じた口から漏れ出すように響いてきた。笑い声はネンドールの体内へと染み込み、呪いがかかった。
そのまましばらく技の応酬が続き、ジュペッタがついに倒された時、浮かんでいたネンドールの方もよろめき地面に落ちた。ジュペッタの技による火傷、そして呪いにより、内と外からじわりじわりと身体を蝕まれたのだった。
「引き分けですかね。自分の次のポケモン……何が来ると思います? チャンピオン」
「……氷タイプ……」
犯人はますます楽しそうに微笑む。隣の警官は驚いてダイゴを見た。ダイゴも一瞥だけ警官に投げ、視線は犯人に戻しながらも答えた。
「犯人は、ボクだけでなくリーグのことも一通り調べていたのでしょう。所属する四天王、どのタイプのエキスパートなのか、ホウエンのリーグでは戦う順番が決まっていること……」
なっ、という声が警官から聞こえてくる。
「育てていたのですか、あなたの……仕事仲間も……ダーテングや、ジュペッタを……」
ダイゴが頷いた。それこそ、今も瞬時に四天王達がポケモンを育てる様子を思い出せるのだった。
アブソルやグラエナといった毛並みの手入れが必要なポケモンも連れながら、いそいそと草タイプのポケモンを育てるための肥料や水を「世話の方法が全然違って大変だ」などと言いながら用意しているカゲツ。
ジュペッタと体を寄せ合いながら「この子はね、持ち主に捨てられて寂しくて動いちゃったぬいぐるみ。でももう大丈夫。これからはアタシがずっと一緒」そう言って目を閉じたフヨウ。
そんな光景も、実際にそのポケモンを試合に出した時にどのような戦法も組み立てているのかも、自分は知っている。知っているのに同じポケモン、戦法をとる犯人に負けている。これは間違いなくトレーナーである自分のミスだ。ダイゴはそう思った。だが。
「よく弱点をついてくるものだ。相手の弱点を突くのはバトルの基本。ボクも普段の試合はそうしているよ」
出会った時から笑顔を崩さない犯人に向かって、ダイゴは話しかけた。
「ボクもそうしてる? 本当に? あなたのポケモン、あとボスゴドラとアーマルドとメタグロスですよね。というか、あなたの手持ちって水タイプや地面タイプの技に弱い子多すぎ。ここから先もすぐ弱点つかれて負けちゃうんじゃない?」
「それはどうかな。きみのような上部だけ真似て満足するような人相手ならば、タイプ差の不利くらい覆せると思っているよ」
犯人はまだ余裕そうに笑っていた。
「強がりますね。そもそも別に真似したトレーナーになりきりたいわけではないんで。特に好きでも嫌いでもない人適当に選んで嫌がらせしているだけですから」
「なるほど。きみの犯行の目的を少し知ることができたよ。ありがとう」
ここで初めて、犯人の笑顔が崩れてきた。
「思っていたより……腹が立つ人。もう次の戦いにいってもいいですか」
「そうしようか。ここから先は全て勝たせてもらうよ」
犯人はトドグラーという氷と水のタイプを持つポケモンを繰り出した。繰り出しながら不機嫌な顔が隠せなかった。強力な技を先に覚えさせるため、トドゼルガまで育てていなかったことが気にかかってしまったのである。
チャンピオンの方は、タイプでは不利なボスゴドラをモンスターボールから出したのでこれもまた犯人の癪に触った。そして自分の戦法でバカ正直に弱点を攻めていいのか迷いが生じてしまった。
「トドグラー、霰を降らせて」
結局これからとる戦法もまた、真似した四天王がよく使うものだった。
ポケモンが天候を変更させる技を使うと、室内だろうが一時的に雨でも雪でも降ってくる。そして、霰を降らせた場合は氷タイプ以外のポケモンは徐々に体力を失っていく。だがボスゴドラは霰がどれだけ体にあたり跳ね返ろうとも構わず、トドグラーの方へ地響き立てて走ってきた。
「吹雪!」
犯人はまた技の指示を出した。吹雪という技はポケモンから吐かれた冷気を風に乗せてぶつける技だが、予め霰を降らせておくとより敵にあてやすくなる。氷の四天王は、そうしてリーグの挑戦者を容赦無く氷漬けにしてきたのだ。
だが、氷の四天王と同じ手を使っているはずなのに、そして先ほどは悪やゴーストの四天王の戦法には引っかかり負けたくせに、今回のボスゴドラは止まらない。正面から吹雪をぶち破ってきた。
「さっき自分で言っていたじゃないか。ボクの手持ちは水に弱いって。水の技を使うべきだったね」
チャンピオンの声が聞こえたと同時に、ボスゴドラがトドグラーの体を掴んだ。
「雷!」
今度はチャンピオンから技の指示の飛ぶ。そうだチャンピオンのボスゴドラは地面タイプのくせに……と犯人が悟った瞬間、二匹の頭上へ稲妻が落ちてきた。
「この一戦はボクの勝ちだ」
見ると、トドグラーは電気に痺れ動けなくなっていた。ボスゴドラはいつの間にやら自分のトレーナーのところへドスドスと足音を立てて戻っていく。冷気をまとったままの体でダイゴにくっつき
「あ、ありがとう。でもちょっと寒いよ」
などと言われながら、ボールに戻っていった。
「調子に乗らないでください。次、ドラゴンタイプ出します。と言っても、果たしてどれが来ますかね」
「……どのポケモンでも負けないつもりだけど、きみは参考にしたゲンジさんのことを、どの程度知っている?」
「はあ? 写真で、船長みたいな格好したおじいちゃんだなって思っただけですよ」
「そう」
ゲンジは戦う前、いつもリーグの挑戦者に問いかける人だった――ポケモンはもともと野生の生き物。時に人を助け、時に人を困らせる。では、トレーナーがポケモンと共に戦うのに必要なものは何か……――。ダイゴはすでに彼がなんと答えるか知っているし、その話題について父にも話したことすらある。この場では、それを戦いで直接示したかった。
「いこうアーマルド!」
ダイゴはゲンジの教えを示すべき五体目にアーマルドを選んだ。
「フライゴン!」
犯人のポケモンは、砂漠の精霊と呼ばれる地面タイプのドラゴン、フライゴンだった。出てきてすぐに、羽で砂を巻き上げ、砂嵐を起こした。
「言っときますけど、あなたのポケモンに砂嵐が効かないことなんか知ってますから。今回は自分の作戦でいきます!」
犯人がそう吠えて、フライゴンは砂嵐の中へと身を隠した。普通の人の目では、最初のうちはなんとか影を追うことできる程度で、すぐに開けることすら難しくなっていく。
「こ、今度は砂嵐……あなたのポケモンには効かないとは本当ですかダイゴさん」
「ええ」
「うう、人の身には痛みますが……」
警官は、犯人が持っているスイッチさえ取ってしまえば、馬鹿げた試合を中止できるとずっと隙を窺っていた。しかし今は隙を見つけるどころか、先程から霰だの砂嵐が降ってくる戦場に自分が立ち続けるのが精一杯になってきていた。
「チョンチーをしまってあげてください。チョンチー、助かったよ」
犯人のフライゴンに意識を集中させる前に、ダイゴは少しだけ声をかけていった。警察官のチョンチーは、ダイゴが直接攻撃されるとまではいかなくとも岩のかけらなどが近くに飛んでこようものなら、触手で落としたり電撃で砕いたりと、小さな体で必死に対応していたのだった。しかし先程から降ってくる霰や砂嵐はカバーしきれず、自分のダメージが深くなっていた。警官はチョンチーを労ってボールの中にしまい、もう一度ダイゴとアーマルドを見た。
アーマルドも一度自分のトレーナーの方を向いた。一本爪のポケモンだったが、まるでピースサインをしたかのように腕を上げ笑顔を見せた。そして敵が起こした砂嵐に向き直ったかと思ったら、おもむろにざぶんと飛び込んでいった。
先の戦いでのボスゴドラは吹雪を無理やりぶち破ったが、アーマルドは砂の波に合わせて泳ぐような動きを見せながら、少しずつ渦の中心にいるフライゴンに近づいていった。もちろんフライゴンも敵がやってくることは察知していた。
「竜の息吹!」
「原始の力!」
トレーナー達はここぞというところで技を出すように告げ、そのタイミングはほぼ同時となった。ドラゴンが出す吐息は炎にすらなると言わんばかりの技と、アーマルドが繰り出した岩の塊がぶつかりあった。
二つの技はぶつかって相殺されたが、原始の記憶を呼び覚ましたようなアーマルドの体はツヤツヤと輝き始めた。最も砂嵐の中のことで、外の人間には見られなかったが。
フライゴンの方は砂の中を飛び続けながら、アーマルドの進行方向に岩を落としていった。少しずつ相手の動きを抑えていく岩石封じという技だった。自分は自由に飛び回りながら、相手の自由と体力を奪おうとするフライゴンの立ち回りは見事だった。アーマルドはついに立ち止まった。フライゴンは砂に隠れながら、止めの一撃にでる瞬間を見定める。しばらくしてアーマルドの目の前にフライゴンが出てきた。
「燕返し!」
トレーナーは技名だけを口にしたが、アーマルドは自分の技と向かってくる相手の勢いを利用して、フライゴンを地面に引き倒した。そのまま続いてフライゴンが苦手とする水の技を浴びせかけた。太古から覚えている水の感触、そしてこの時代の人間が編み出した機械により覚えた技「水の波動」だった。
フライゴンが倒れ砂嵐がおさまった時、アーマルドの自信満々な顔が人間達の前に現れた。自分の居場所は、ここだ、この時代だ、そう聞こえてくるかのような表情だった。
「これで三勝した。きみはジュペッタとネンドールの戦いを引き分けと言ったね。それならもう一戦をする必要はない」
ダイゴが犯人に言う。
「お互いの最後の一体を無駄に傷つけることもないだろう。これで……」
「い、嫌だ……」
二人のやり取りを見ながら確保に近づいてくる警官に向かって、犯人はスイッチを持つ手を振り上げた。
「逮捕されるにしても、それでも……後一戦、やりたい。せっかくあなたは最後の切り札にメタグロスを残したのに、それを見れないまま終わるなんて嫌だ。こんな、バカなことやって、見れないなんて嫌だ」
「いい加減にしないか!」
ここにやってきた警察官はどちらかといえば穏やかな人だったが、さすがに声を荒げた。
「もともとチャンピオンと勝負することが目的でもなんでもなかったくせに、気まぐれでこんな真似をして、いちいち自分の要求を通すためにポケモンの命を弄んで恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいですよ! 恥ずかしいに決まってる! 惨めそのものだ!」
警察の言う通り、チャンピオンが来るのかと思って気まぐれを起こして、逃げるチャンスを捨ててこんなバカな勝負を始めてしまった。狂った自分を演出するために、狂った勝負を強要するために、バカみたいにせっせと準備をした。アホ、アホ、アホだどうせ自分は。そこまでファンだったというわけでもなんでもない。ただ、気にかかることがあっただけ。ポケモン勝負をする世界でトップをとる人というのは、それだけ激しいバトルにポケモンを出しても平気な顔をしている冷徹な人なのか、それともポケモンが好きだという感情も誰よりも強いのか。
今まで真似してきた有名人の中には、自分の犯行を通して辛くなってポケモンを手放した人もいる。この有名人ならどうだろう、この立場の人ならどうだろう、そんなことを考えて犯罪を続けてきた。どこまで痛めつけてもポケモンを好きでい続けるだろうか。自分は、自分の「好き」という感情がとても脆弱に思える。他人は、というよりか……「好き」には、強いとか弱いとかあるものなのだろうか。
「……惨めだけど、見てみたい。それに……メタグロスも、見てみたい……」
犯人を確保しようとする警察官にダイゴが近づいていった。
「少しいいですか。ボクからも」
「えっまさか……」
ダイゴが頷いて、犯人に声をかけた。どうしても普段のダイゴと比べれば冷たい口調にはなったが、それでも言った。
「きみに強要されてばかりというのはさすがに気分が良くないな。もう一戦するのなら……ボクが勝った時に、少し話を聞いてもらおう。それならボクとメタグロスは構わない」
「勝ったら……でいいんですか」
「ああ、当然ボクが勝つからね」
「どっから出るんですか、その自信」
「一言では言えないな。きみの方こそ、戦いを始める時に『途中で四勝しても六回終わるまでいじめる』などと言っていたけど」
「……本当、いちいち人の言葉の揚げ足をとって!」
「きみの言葉にもちゃんと耳を傾けているのだと解釈して欲しいものだ」
踵を返して、ダイゴが先ほどまで立っていた位置に戻った。メタグロスが入っているであろうボールを手にする。犯人はふ、ふ、ふ……と、笑ったようなもしくは息が漏れたかのような音を口から出して、こちらもモンスターボールを構える。犯人の残り一体も分かりきっている。ダイゴの手持ちを真似したボスゴドラだ。
二人のモンスターボールからポケモンが出てきた。メタグロスは地面に着地しただけでズシンという音がするほど重く、そして鋼の体からは威圧感が放たれていた。
「わあ、すごい。これがメタグロス。本物は初めて見た……」
連日ポケモンの命を奪うような犯行を行った人物とは思えないほど無邪気な反応を見せ、ダイゴの方もその反応にはつい、悲しさが混じったような笑顔をかえしてしまった。ダイゴは今向こうで喜んでいる人物のことを、バトルが始まるまで犯罪者だと認識していたし、この勝負が終わった時点で再び犯罪者として扱わなければならなかった。だから最後にトレーナーとして向き合おうか、そう思いながらメタグロスと共に最後の一戦に臨んだ。
「まずは弱点を攻めます! メタグロスは地面タイプに弱いからね!」
犯人のボスゴドラが足踏みをすると、それに呼応するかのように地面が割れた。巨体で重量もあるメタグロスには割れた地面の方が耐えられず穴が開き、メタグロスは穴に落とされた。冷静に対処したメタグロスが磁力で浮き上がり戻ってきたところに
「アイアンテール!」
ボスゴドラが尻尾で激しくメタグロスを打ち、再び穴の中に叩き落そうとした。だがメタグロスは手の一つでパンチを出し、受け止めた。
「もう一発コメットパンチを打て、メタグロス!」
受け止めた方とは反対の手で、ボスゴドラの腹を打った。ボスゴドラは後ずさりした。犯人は「負けるなボスゴドラ! 頑張って!」と叫ぶ。
(頑張って……? 今、頑張ってって言った……?)
慌てて口を塞ぐ様子を、ダイゴは観察するように見ていた。メタグロスは腹をおさえたボスゴドラに次の技を打とうと構えたが、
「待つんだ、もっといい技がある」
ダイゴは構えでメタグロスが打ちたい技を判断し、そして止めた。大概はメタグロスの方が勝つのに最適な技を選べるが、自分のトレーナーが選ぶ技は最適でなくとも「いい」技になることが多いと分かっているメタグロスは従った。
「ボスゴドラ、ボスゴドラ……破壊光線!」
犯人はぎゅっと拳を握り、そして突き上げた。ボスゴドラが答えるかのように口から強烈な光線を打った。閃光が自分達の方向に向かってくるのを確認しながらダイゴがフッと笑ったのが犯人の目に映った。
「きたよメタグロス、破壊光線!」
同じ技を打ち返すように指示したのだった。わざわざ真似をするなんて、嫌味な……犯人は最初そう感じた。だがすぐ違うだろうと思った。なぜなら、今この時、光線と光線がぶつかりあい、どちらが押し出すかというやり合い、最高にクライマックスという気がしてワクワクしたからだ。そうだ、こんなビームのぶつかり合い、漫画やゲームのラストシーンみたいだ。実際に自分という人間が捕まる前のラストシーンかもしれないが、それに合わせてこんなことするのか。どういう性格をしているんだ。この人。
「――勝ちたいね、ボスゴドラ!」
※続く