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「オスカー!」
「っはい!」
はっと顔を起こした瞬間、そこにはオスカー先生の顔があった。
驚いた様子のその表情はすぐにくしゃりと緩んでいく。
「ブラッド先生が居眠りなんて珍しいですね」
数回まばたきをして周囲を見回す。
国語科教員室の見慣れた机と、おそらく俺に声をかけに来たオスカー先生。
「すみません、ノックしたんですが返事がなかったので覗いてしまいました」
その手には行き場を失った、おそらくオスカー先生が脱いだのであろうジャージの上着。
オスカー先生は何食わぬ顔で、それを羽織ると袖を通した。
スムーズなその動作に魅入って、頭の隅に残っている何かを反芻する。
目の前に広げていた資料の内容ではない。
ぼんやりとした夢のような。
「急に名前を呼ばれたので驚きました」
オスカー先生は照れたように言って、頭をかく。
「しかも強い口調で呼び捨てされたので」
その言い方に不快感を持っている様子はない。
どちらかといえば。
「すまなかった、夢を見ていたようだ」
言いながら、そうか、夢を見たのか、と思う。
両手で顔を覆って思い出そうとするが、思い出せない。
ただ。
「オスカー先生がどこかに行ってしまって」
帰ってこない夢だったような気がする、と。
呟けば、オスカー先生の口元が緩む。
「それは・・・ありがとうございます」
「何の礼だ?」
「呼び止めてくださったことへ、でしょうか」
または、ブラッド先生の夢に登場できたことへ、ですかね。
言いながら思考が飛んでしまったのだろう、オスカー先生の視線が揺らぐ。
「あとは、その、オスカー、と呼んでいただけたので」
と言われて、ぐ、と息が詰まった。
「そうか」
夢の中ではとても自然にそう口にしていた。ずっとそうしていたかのように。
今の自分の中にも、いまだにその自然さが残っている。
一度だって、そう呼んだことなどないのに。
俺は立ち上がってオスカー先生に向き合う。
「あ、帰りますか?」
オスカー先生は足元に置いていた自分の荷物を掴もうと屈む。
そうして低くなったオスカー先生の肩に両手を置いて、頭部、その耳元にそっと顔を近寄せて。
「帰ろうか、オスカー」
と囁けば、オスカー先生の動きが止まった。
その後、ゆっくり顔があげられて、その顔は真っ赤だった。
その色と表情に言いようのない感情の波が襲ってくる。
自分の顔に歪みが生じているのがわかった。
このまま抱きしめてみたい。
そして。
「ブラッド先生、早く、帰りましょう」
そう言ってオスカー先生が自分の肩にある俺の右手を握ってくる。
そのまま視線がふい、と床の方に逸らされた。
「キス、したいので」
呼吸が止まる。早々に白旗を上げよう。
「同意だ」
ここでするわけにはいかないのだから。