人と関わるのは煩わしい。話すことも億劫だし出来ることなら部屋からも出たくない。
ただ一つ、一人だけ。山頭火だけは俺の手を離さないだろうということだけは分かりきっていて。
感謝している。俺の詩を理解してくれた彼に何かしてやりたくて、でも何も思いつかなくて。それでつい、彼の押しに負けたりもしてしまうのだけれど。
きっとこれは、その結果。その結末。この感情を、衝動を、今すぐ詩にしたいぐらいだ。両手も口も塞がれているからそんなこと、出来るわけもないのだが。
「……っ、さん、とう……っ」
口を離されたと思ったらまた角度を変えて塞がれる。0距離で触れる他人の体温が気持ち悪くて心地良い。唇に山頭火の舌が触れるたび身体がびくりと震えるが嗅ぎ慣れた山頭火の匂いに気を許しそうになる。
「放哉、口開けてよ」
「な、んで、こんな……んぅっ」
言葉の途中でまた口を塞がれた。開いた口に山頭火の舌がねじ込まれ、自分のそれを絡め取られる。口内を勝手に動き回り蹂躙する舌に体が跳ねて力が抜けていく。腰にピリピリと電気のような感覚が走って喉がひくつく。
手がそっと解かれて、山頭火の手が頬に添えられた。その時に体に走る感覚に思わずぎゅうと目を瞑る。尚も続く蹂躙に口から涎が垂れてくるが気にしている余裕もなく、山頭火の手を汚してしまっているはずなのに頬から手が離れることもなく、山頭火は口を塞いだままだ。
息はなんとか吸えているので窒息、なんてことにはならないが制限されているのも事実で少しずつ息が苦しくなっていく。目に涙が滲み視界に水の膜が張る。
解放された両手で山頭火のパーカーを掴む。引き剥がしたいのに力が入らずまるでしがみつくような格好になっていることに放哉は気づく余裕もなかった。
「んぅ……っ、あ、んっ、うあっ!」
足が震え出し崩れ落ちそうになってようやく解放された。それでも砕けた腰を支える力もなくずるずるとへたり込んでしまったが。
「放哉、大丈夫?」
体を支えるように抱き寄せて山頭火は眉尻を下げた。息をようやく満足に吸うことができて肺や心臓が大きく動いているのを感じる。
「……何、してんだ」
「ごめん、したくなっちゃった」
困ったように眉を下げながら恥ずかしそうに笑みを浮かべる山頭火に放哉は呆れたようにじっと見つめた。
さすがに生前の記憶ぐらいはあるわけで知識もある。初心ではないのだから、あの口付けがどういう意味を持つのかも知っている。そして、腰に体に走ったあの感覚も。
「付き合ってないだろ、おれたち」
「うん……」
裾で口元を拭いながら山頭火の様子を見た。明らかに視線を逸らしながらも放哉の側を離れる様子もない。
「嫌だった……?」
「それは……」
気持ちよかった。でもこれが他の人、たとえこの図書館にいる文豪であったら。きっと体当たりしてでも中断させて逃げていただろう。
山頭火、だったから。
手を握られる。熱く、確かに生きている体温。山頭火の視線がしっかりと放哉に向けられた。意を決したようにじっと見つめるその視線がなんだか恐ろしくて、でも胸に広がるこの浮ついた心地に息を呑む。
山頭火の口付けを強く拒絶できなかったのは。素直に感覚に身を委ねられたのは。結論なんてすでに決まっているじゃないか。
「なあ……なんで、突然したんだ」
「放哉が好きだから。我慢できなかったから」
そっと、けれどしっかりとした力で抱き寄せられた。