愛執 今日は朝からバタバタと身支度に奔走している。
グランヴェル城のお茶会に招待されたのだ。どうやら、招待されたのは私だけらしい。昼過ぎに使いをやるから準備していて欲しいと言われたので朝から準備に励んでいた。
クロエに相談してアフタヌーンドレスを仕立ててもらっていた。
すみれ色のくるぶしまであるワンピースでシフォンのような素材がふんわりしてかわいい。後ろにあるリボンも心をくすぐるのだ。ノースリーブの上半身は後でショールを羽織るつもりでいる。
クローゼットからワンピースを出し、袖を通すと少し背筋が伸びた。後ろのリボンがうまく結べなかったのであとでクロエに頼んで結んでもらおう。
あとは髪とお化粧だ。化粧道具は一式揃えられているので、元の世界でやってたことを思い出してなんとなく整えた。
髪の毛はどうしよう……
どうにもヘアアレンジは苦手で、何度やってもうまくいかない。むむむと鏡とにらめっこをしているとノックが聞こえた。
「賢者様、よろしいですか?」
シャイロックの声だ。朝から彼が部屋を訪ねてくるのは珍しい。なんの用だろう。
「はい、どうぞ」
ドアを開けるとシャイロックは失礼しますと言って入ってきた。
「賢者様、リボンがほどけていますよ」
「あっ、えへへ、うまく結べなくて……」
後でクロエに頼みます、そう言う前にシャイロックがリボンに手を伸ばしていた。ふっと指が腰に触れた気がして、どきんと心臓が大きく跳ねる。
「しゃ、シャイロック!?」
「いかがしました?」
いつも通りの顔でリボンを結び終えるとにこりと笑う彼に何も言えなくなって、小さくお礼を言った。
「っ、……朝から、どうしたんですか?」
「そろそろ、私の出番かと思いまして」
にこりと笑った彼の手にはコームが見える。それを使うことと言ったらひとつだろう。髪を結いにきてくれたのだとわかった。
慣れた手付きで髪をまとめる様子を鏡越しに見ていた。
器用だな……
あっという間に編み込みされたハーフアップにまとめられ、感嘆の声が漏れた。
「さすがですね……」
「よし、かわいい」
鏡越しにさらりと言われ、ドキッとしたが髪の毛のことかと心を静める。
吸って吐いて……
恥ずかしさを誤魔化しながら、お礼を言おうと立ち上がろうとしたところを、シャイロックに止められる。
「少々お待ちください」
「は、はい!」
出ている肩に直接触れられ、誤魔化そうとしていた恥ずかしさがぐんぐんと大きくなっていく。
そんな私をよそにシャイロックは呪文を唱えると、箱を差し出した。
「こちらを」
彼が箱の蓋を開けるとそこにはピアスが入っていた。
パールが下がり、蝶があしらわれたそれには彼の瞳と同じ色の石がついている。
「これは……?」
「プレゼントです」
急に差し出されたそれにどうするべきか悩んでいると、シャイロックが耳朶に触れた。
触れる指がひんやりとしていてびくっと肩が揺れる。もう片方にも同じ感覚がして、彼の指が冷たいのではなく自分の耳が真っ赤であることに気付いた。
「……っ」
「よく似合ってますね」
鏡の中の彼と目が合うと、シャイロックはピアスの石に触れて微笑んだ。
「楽しんできて、賢者様」
「……っ、ありがとうございます……!」
彼がつけてくれたピアスは私の耳元でしゃらりと揺れた。揺れる石と同じ色の瞳がうっすらと細められ、微笑む彼は耳元に口を寄せる。
「これは、変な虫がつかないように」
耳元で囁かれたそれはいつまでも頭の中でぐるぐる回っていた。