照れてくれ!シャイロックのバーでお酒を飲んでいた。
お酒といってもほぼジュースのようなそれを私は勢いよくあおった。
たまたまお客さんが私だけで、これは今までにないチャンスかもしれない。
グラスを磨く彼に思いきって打ち明けよう。
「……シャイロックのことが好きです」
「おや、急にどうしました?嬉しいことを言ってくれますね。私も好きですよ、賢者様」
グラスから顔を上げたシャイロックはいつも通りの顔で、にこりと笑ってそう言った。また簡単にあしらわれてしまう。これは何も伝わっていないと肩を落としたが、まだ諦めてはいけない。更に言葉を重ねた。
「~っそうじゃ……なくて、ですね!シャイロックのことを、い、異性として、好きだ……とそう言っているんです!」
友人への好きではなく、異性としてあなたのことが好きですと、しどろもどろになりながら一生懸命伝えた。
「……そうですか」
一瞬目を見開いたあと、はにかむように笑った彼は、カウンター越しに私の頬を撫でると、その指で顎を持ち上げ、触れるだけのキスをした。
いきなりの出来事に固まった私の顔を見てもう一度笑った。
「もう閉店にいたしましょう。部屋まで送ります」
そう言われてからどうやって部屋に帰ったかあまり覚えていない。
確かにお酒の力を借りて、みたいなところはあったと思う。でもちゃんと思いは伝えたし、意識もしっかりあった。あのキスの感触も……覚えている。
モテる彼にはこの手のことはよくあることだったのだろうか。
キスに有耶無耶にされて、返事は聞けていない。悶々としながら浅い眠りについた。
*
次の日も彼の様子は変わらず、私だけがどぎまぎしていた。
「しゃ、シャイロック、おはようございます」
「おはようございます、賢者様。よく眠れましたか?」
「……っ、はい」
顔を覗き込むように腰を屈めたシャイロックの顔が近くて、飛び退いてしまった。
それを見て微笑む彼の様子が、あまりにいつも通りすぎて、ドキドキしている自分が馬鹿みたいだ。全然眠れなかったことは秘密にして、小さな嘘をついた。
「今から朝食ですか?ご一緒しても?」
「……はい」
シャイロックは相変わらずニコニコしていて、私は気を取り直して平静を装う。彼のペースに呑まれてはいけない。まだ返事も聞けていない。あのキスの意味も……
悶々としながら食堂へ移動すると、朝食はガレットだ。ネロのガレットは美味しい。ちょっぴり嬉しくなって頬がゆるむを感じた。ふと視線を感じ、顔を上げると楽しそうな顔をしたシャイロックがいる。
なんだかすごく食べにくい。
「賢者様、ついてますよ」
「へ?」
黙々とガレットを口に運んでいた時に不意に声をかけられ、返事をする前にシャイロックの指が口の端を掠める。驚き顔を上げると、彼はそれを舐めていた。
「~っ!!」
声にならない悲鳴を上げて下を向いたが、シャイロックが笑っているのがわかる。いつものようにからかわれているのだ。ショックな気持ちと同時に苛立ちを覚えた。
朝食を食べ終え、部屋に戻ろうとするシャイロックを引き留め、彼の腕を引いた。
一生懸命背伸びをして、ギリギリ届くかどうかのどうかの距離。
勢いのままに口付けた。ちょっぴり、唇に触れた気がする。
ちょっとは私のことを意識しなさい、そんな気持ちを込めてキスをした。
彼がびっくりして固まってるのは無視をして、くるりと踵を返す。
やられっぱなしではいられない。