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    リルノベリスト

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    リルノベリスト

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    ユメジャン箱イベ2 奏バナー

    リコレクション・チェリッシャー追加楽曲「ももいろの鍵」リコレクション・チェリッシャー
    個性派アイドルユニット『YUME YUME JUMP!』は今までにない形で話題になった。どちらかといえばベタで王道なアイドルイメージを大切にする保守派の事務所には良くも悪くも大打撃を与えたのである。

    「アンタたちさぁ、マジで何考えてるわけ?」

    良くも、悪くも、である。慎重派のマネージャーにはこれでもかというほど厳重注意をされたものの、よくやったもんだなぁと声をかけてくる職員もいた。すごいよねと羨ましそうに噂する同僚もいれば、直接喧嘩を吹っかけてくる勇気ある先輩もいる。奏は少し、自分たちを取り巻くその環境が嫌いだった。世の中には「良くも悪くも」がありふれていることは分かっている。それでも、絶対的正解も間違いも存在しないことが、ひどく億劫で、とても怖いように感じたのだった。

    「何考えてるって、聞いてると思いますけど? 実際ポップロックがコンセプトになったじゃないですか」
    「そりゃまー事務所の体裁的には良くないかもですけど、元はといえばムリなキャラ通そうとする上が悪いと思ってるんで」

    そして喧嘩を買えてしまう強気な仲間たちのことも、少し怖かった。いつかもっととんでもないことをしでかしてしまえそうで、いくら彼女たちの思いやりを信用していようとも、エゴがあくまでも自分のためでしかないことを知っている奏にとっては、頼れることと安心できることはまったく別問題なのである。
    同じ場所でイベントに出演する先輩たちは、そんなに嫌なら別の事務所行けばよかったじゃん、と吐き捨ててふんとそっぽを向いた。志歩も杏も背を向けて淡々とロッカーに荷物を入れる。アイドルの立つステージとしては小さく、控え室がひとつしかないためお互い出ていくこともできなかった。

    そんな裏事情など知らず、世間は新人アイドルに熱を上げた。

    「雫様ー!! こっち見てー!」
    「ありがとう、私も大好きよ!」

    うちわに書かれたポップな「大好き」に当たり前のように返す雫の背中を、いつも見ている。大好き、なんて、奏にはもう数年は縁の切れた言葉である。家族への「愛してる」はあっても、仲間への「あなたが大切」はあっても、「好き」だなんて浮ついた純朴な言葉をどうしたら口にできるのか、もうすっかり忘れてしまったのである。

    「奏ちゃーん!!」

    ステージの前にひとかたまりになったお客さんの後ろから呼びかける声が聞こえ、奏はそちらに目を向けた。
    自分の名前が飾られたうちわと赤いペンライト、それを掲げて振る、自分と同じくらいの女の子。嬉しくて、思わず笑みが零れる。こんな風に自分自身を見てもらえたこと、いったい何年ぶりだろう。アイドルになって良かったと心から思える。だからこそ、応援してくれるファンにはきちんと愛を返してあげたいのだけれど、自分は歌以外の言葉がどうしても出てこなくて、いつも手を振るだけで終わってしまう。それだけできゃあと歓声を上げて喜んでくれる彼女たちが、奏にとっては救いだった。そして、コンセプトのタイプが違うがゆえに事務所内であからさまに競争しなくて済むことも、また。


    ────────────────


    花瓶の水を捨てる。

    「…………」

    新しい水を入れて、サイドチェストに置く。買ってきたピンクのカーネーションの花束に、白いカーネーションを一輪挿し入れる。ベッドに眠る父の穏やかな顔を見下ろし、一度目を逸らした。ジャージのジッパーを少しだけ上げた。

    布団が微かに動いた。はっとして振り向くと、眉間に小さなしわが寄っている。……多分、もう少ししたら目が覚める。今はまだ逃避先と現実の狭間に追いやられているのだろう。

    「…………」

    なんとなく少し、気が引けた。もう一度家族と話したい。何一つ隠すことも、何一つ恐れることもなく他愛もない話をしながら晩ご飯を食べてみたい。
    だが、自分はもう父の知るかわいい奏ではなくなってしまった。家族を置いて成長してしまう。父の中では、どんなに育ったってまだ中学生でしかないはずなのに、もう高校二年生だ。父の期待通り人を救える曲を作り続けたけれど、今やそれさえも振り切ろうとしている。こんな娘、親不孝ではないだろうか。
    思わず、手を握り締めた。ぐるぐる靄のようなものが胸に渦巻いてやまない。

    後ろめたくて、逃げてしまった。ペンライトの眩しさに目を瞑る。セカイは好きだ。友達が好きだ。家族も好き、見知らぬ誰かの声が好き。この曲に救われたと言ってくれたみんなを愛している。
    でも最近、そんな気持ちが後ろめたくてたまらない。自分の愛が、無条件のものではないと知ってしまったから。

    「──……♪」

    どこかから声が聞こえる。奏はその音を耳に捉え、光の海の真っただ中からステージを見上げた。今まさにライブが始まろうとしているステージは、徐々にライトに照らし上げられ、その中心にいる人物の影を浮かび上がらせている。祈るように組んだ手を広げたその姿が、一気に灯ったステージライトに染め上げられる。薄紅色の髪が舞う。

    「……巡音ルカ……!」
    「ルカちゃーん!! 最高ー!!」
    「かわいいーっ!!」

    自分のすぐ後ろで上がった声に飛び上がり、奏はばっと振り返った。ミクとリンがペンライトを両手に振ってはしゃいでいる。

    桜の精が舞い踊っているかと紛うような流麗なダンスは、どこかいつも見ている雫の姿に重なったものの、彼女の笑顔とはどこか違うように見えた。とかく、何か、何から何まで、綺麗だ。なのに無邪気に見える。

    「……ミク、リン、あの子……」
    「あっ、ダメダメ奏ちゃん! ライブ中はアイドルに集中! だよっ!」
    「ほらこっち見たよ!」

    ミクのキラキラした目に押されて振り向くと、口から縷々と歌声を流し続ける彼女がひらりと髪とスカートを翻しながらこちらを見つめている。どこかぼんやりしているようにさえ見える細めた瞳は、ぱちりと片方をつむってこちらにキスを投げた。そうしてまた宙をふっと見上げて踊る姿にはっとした。無邪気に見えるのは、こちらを見ていないからだ。彼女はステージ下を見ていない。ただ一人だけで楽しんでいるかのような、吹けば飛んでいくような軽く儚いものがそこに宿っていた。

    歌が終わった後、ルカは奏をステージ上に呼んだ。奏ちゃん、と呼んだ声は優しく穏やかで、やはり雫を思い起こさせる。やはり、ここが雫の想いで形作られているからだろうか。カイトも雫に呼ばれたと言っていた。このセカイを作った他の三人は、もうここに来ることはないのだろう。であればセカイは唯一の主たる雫のために動くのではないか。……自分はあくまでも、そこにお邪魔させてもらっている立場。本当はまだ戸惑っているのだ。アイドルになったのは、父との愛という呪いから逃げるため。初めはたくさんの人に救いを届けるためだった。だがそれは、杏に手を引かれ、愛情を呪いと呼ぶことを認めてもらって変わってしまった。

    新たなバーチャル・シンガー、その輝かしい初ステージに自分などが上がってもいいものか、奏は躊躇って一歩後ずさった。
    とん、と背を軽く指先で押し返された。驚いて振り向くと、ミクが真っ直ぐな瞳を奏に向けている。羨ましいくらいの穢れなき瞳だと思った。

    ステージに上がると、ルカは静かな足取りで奏のもとへと歩み寄ってきた。お互い、青い瞳を見つめ合う。ルカの顔は優しかった。そっと彼女が手を伸ばし、奏は、その腕に抱き寄せられて彼女の体に包みこまれた。

    「え、っ……?」
    「奏ちゃん、よく頑張ったわね。たくさん辛いことがあったでしょう」
    「な、何……? 初対面、だよね……?」
    「ええ。でも、私はあなたを少しだけ知っているわ。そしてあなたが幸せか辛いかは顔を見たら分かってしまうの」

    大丈夫、大丈夫。……奏が何を言うよりも前にルカはそう二度繰り返して、そっと体を離した。

    「私と一緒に踊りましょう? あなたの自由に、私の自由に」
    「自由に……?」
    「曲は用意してあるの。さぁ、start!」

    ぱちんと鳴らした指の細さに目を奪われ、流れ出した音楽に耳を奪われた。これは。……ポップで跳ねるような楽しげな音と、裏声や高めのミックスボイスが似合う可愛さを前面に押し出した曲。動き出した体は、その踊り方を知らなかった。その曲に何が込められたのか一番知っているにも関わらず。

    『Kの鋭い言葉選びが好きだったんだけどな』
    『流行りに乗ったの……?』
    『いい曲だけど、作者に何かあったのかな』

    分かってる。分かっていた。奏にとっての救いと、アイドルファンにとっての希望は、形がそもそもまったく違う。どちらかに合わせようと思えばきっとどちらかが破綻する。いつも「ありがとう」と綴ってくれる動画のコメントたちは戸惑ったりKを心配していたり、いつも通り感動したと言ってくれる人もいたけれど、中には攻撃的なコメントもあった。

    『Kがこんな幸福の押し売りみたいな曲作るとは思わなかった。今までずっと信じてたのに。失望』

    この曲を作ってしまってから、次の曲作りには取り掛かれていない。……呪った記憶が蘇ったのである。また自分の曲で誰かを絶望させてしまった。結局、自分はまだ「人を救うこと」に囚われている。そして呪ってしまった。こんな曲を作らせたアイドル業界に。悔いてしまった。アイドルになると決めたことを。自分は何もかもを愛する救い主ではなかったのだ。

    ルカの動きを真似して踊ってみる。動けはしても意味がない。曲と自分はやはり乖離した存在だった。
    本当なら、この曲はもっと雪の降る草原のようなしんと静まったものになるはずだった。静かな雪景色も見上げれば青空が広がっている。そんなふっと気が付くような希望を語るつもりだった。でも、マネージャーが「明るい曲なら見逃せる」と言うから、アイドルとはどこまで絶望を語ってもいいのか、ひょっとしたら一片の曇りも許されないものではないかと、重い指を動かしながら雪でくるむはずだった絶望をむりやり捻じ曲げてポップに詰め込んだのだ。
    何もないステージの床に爪先を擦って、つまずいてしまった。あっ、と言ったところで軟弱な身体はその衝撃を受け止めることもなく倒れ伏すことしかできない。……冷たい床の感触に驚いてじわりと涙がこみあげてきた。涙が零れたことにまた驚く。今まで、お父さんの日記を読んだ日から、泣いたことなんて一度もなかったのに。

    「奏ちゃん、大丈夫、一緒に踊りましょう?」

    床に力なく垂れていた手がふと温かい手に握られた。そのまま軽い身体はぶわりと布が翻るかのように持ち上げられ、ぱっと動き回る先へと導かれる。繋いだ両手に自然と足が動く。いつの間にかフィナーレに入っていた曲の残りをワルツのようにくるくる踊って締めくくっていく。ふわりと、彼女のつまさきがステージに落ち着く。握る手は優しかった。

    「とても素敵な曲だわ。でも……あなたにも見えていないんじゃないかしら、この曲の辿り着く場所が」
    「あ……」
    「あなたを迷路から救い出してくれるのは、何かしら。奏ちゃん、この曲だって誰かを救えるわ。でもあなたを求めている人は、あなたの真っ直ぐな希望で救われることを望むんじゃないかしら」
    「私の、真っ直ぐな希望……? そんなの……」
    「今までずっとそうしてきたんじゃない? 遠回りしないで、ちゃんと目の前にある悲しみや寂しさを通り抜けた先の希望に手を伸ばして」

    ルカは手を離し、ステップを踏むような軽快さで奏との距離を空けた。そしてもう一度指を鳴らす。……二曲目は、いつか上げた数多あるKの曲のうちのひとつだった。ルカが手を伸ばすのに合わせて、奏も自然とその瞳と向かい合っていた。何も言われずとも体が自然と動く。歩みたいだけ歩み、手を伸ばし、胸を押さえ、時にはルカと手を取り合って。気付けば目から純朴な涙が溢れ出していた。そうだ、作りたいのはこんな曲だった。届けたいのはこんな希望だった。悩んで悶えて苦しみ抜いてなお、いつかのために可愛くあろうとする少女の曲。それを作ったときの奏は可愛くなんてどうでもよかったけれど、父と再び暮らせるようになったらきっと笑顔を浮かべようと思っていた。

    呪いからは、解放されなければならない。そうでなければいつか目覚めた父をまた思い詰めさせてしまうかもしれないし、そうでなければ杏や雫に広い世界を見せてもらった恩返しができない。
    だが解放とは、父への想いを捨てることなのだろうか。それはただの非情なのではないか。ステージ上ですれ違うルカが、歌の隙間にやわらかい唇を開いた。

    「泣いてるの? それとも怒ってる?」

    生まれたての幼い声が問う。……奏が目を見開き、青空の奥に押し込められたような瞳の色が痛々しく輝いた。笑えては、いないだろう。大丈夫だよとは、奏には言えなかった。


    ────────────────


    「あ、奏ちゃん! どこに行ってたの? お父さん、今日は目を覚まされたわよ」

    二曲踊って、ルカはすぐに奏を現実世界へと帰るよう押しやった。言葉少なで、浮世離れした儚げな雰囲気を纏っているように見えながらもひとつひとつの言葉に優しさや意志の籠もった、まるで彼女自身がひとつの曲であるかのような救世主の姿をしていた。奏や雫が理想とするアイドルの姿だった。

    父が目を覚ましたことについては、やはりと思いつつも足早にならざるを得なかった。

    「すみません、どなたでしょうか?」

    やはりとは思いつつも、傷付かずにはいられなかった。

    「あ……覚えていなくて申し訳ない。どうも今仕事のストレスで記憶が混乱しているらしくて、思い出せないんです」

    こんな気持ちにならずに済むのなら、無理にでも娘としての愛情を捨て去るのもひとつの選択ではないか。父は、才能を持つこんな自分に愛されているから、戻ってきてまた潰されるのが恐ろしく戻ってこられないのではないか。
    さっさとKもアンダーグラウンドの救世主も捨てて、アイドルになりきってしまったら、複雑に絡み合った想いもまるごと消えるだろうか。ふと、父が続けた言葉に顔を上げた。

    「どうも今は、家族のことぐらいしか覚えていなくて……」
    「……家族のこと?」
    「ええ。実は今度、子供が生まれるんです。このあいだ安定期に入って、妻のお腹がどんどん大きくなって……」

    また、泣きそうになった。なんだろう。今日はずいぶん涙もろいようだ。……大きくなったね、と最後に言われたのはいつだっけ。最後に頭を撫でてくれたのは誰だったっけ。

    「だからもっと僕がサポートしたいんだけど、こんなことになってしまって……本当にダメだな、僕は」
    「……宵崎さんは、家族のことを大事に考えてる優しい人だよ」

    ねえ、昔、白いカーネーションのお花畑でギターを弾いてくれたことがあったよね。お母さんと一緒に遊んでた私は、その曲が花よりも綺麗な音に見えて、聞こえて、お父さんがもっともっと大好きになったんだよ。お母さんとの日々を輝かせてくれたのはあなたの曲のひとつひとつだったんだよ。
    ……私の希望は、お父さんなんだよ。明日は記憶を取り戻してくれるかな。それとも明後日かな。一年後? 十年後? ……あまり遠い日でないといいな、と思った。あんまり時間が経ってしまったら、アイドルとしての旬を過ぎてしまう。どうせなら一番みんなと輝いているときに言いたい。友達ができて、たくさんの人を救ってるんだよ、と。

    今は、言えないけれど。いつかきちんと言えるように、今はせめて始めて会った他人として名前だけでも覚えてほしい。
    あの、と声をかけようとした奏の後ろで、ガラッと病室のドアが軽く開けられた。

    「お、やっほー、奏……って、えーっやば、目覚めてる! 起きてるときは初めましてですね!」
    「あ、杏……!? 何でここに……」
    「お友達ですか?」
    「は、はい。友達っていうか、仲間っていうか……」

    杏はきょときょと大きな目で奏と彼女の父の顔を見比べ、ほうと納得したように頷き、楽器ケースを背負い直して苦笑して言った。

    「じゃああれかな、お邪魔しない方がいいかな?」
    「あ、別に私は……その、入院中なのは宵崎さんだし……」
    「もちろん構いませんよ、こんな状態でひとりの方が良くないでしょうし。というよりも、君は奏と言うんですね」

    はいと返事をした奏の口調と「宵崎さん」という呼び方、以前聞いた話を思い出しながら杏はなるほどと即座に頷いた。目の前にある物事を「そういうもの」であると認識して受け止めることは杏にとって難しいことではない。理由があるのならそれはつまりそういうことなのだ。後は彼女たちの会話の流れからなんとなく状況を汲み取ればいい。杏は備え付けの丸椅子に大人しく収まった。
    奏の父はさも愛おしそうに続きを語った。

    「偶然ですね、さっきの子供の話ですが、僕も同じ名前を付けようと思っていたんです。僕も妻も音楽が好きなので、少しでも音楽に触れてくれたらと思って……」
    「そっか。家族のためにも早く元気になるといいね」
    「ええ、ありがとう。って、僕の話ばかりしてしまいましたね」
    「いいの、わたしのことは気にしないで。そういえば、わたしは着替えを渡すためだけど、杏は何しに来たの?」
    「あ、私? 私はねー、宵崎さんが作曲家って聞いてたから、これあったら暇なときいいんじゃないかなーって!」

    床に下ろした楽器ケースを開く。そこから現れたシャープなシルエットのそれに、親子はふたりで顔を見合わせた。
    赤い、けれどもどこかくすんだような浅蘇芳あさきすおう色のギターだった。宵崎家にあった優しい音を奏でるアコースティックギターとは違って、赤と白のエレキギター。杏は「病院だし生のエレキぐらい小さい音の方がいいと思ってさぁ」と言いながらそれを病人の真っ白い腕に持たせた。困惑しながらも受け取り、父は程なくして安心したようにほっと肩の力を抜いた。作曲のストレスでこうなっているのに、と思ってどうすべきか何も言いだせずにいた奏は、それを見てはっと胸を打たれたような気がした。

    「で、まぁ、あわよくばギター教えてもらえないかなーって思ってたんだけどさ、そしたらホントにこのタイミングで起きてるじゃん? 運良すぎてビックリしちゃった!」
    「え……杏、ギター弾くの?」
    「弾けないけど、弾けるようになりたくてさ。志歩はガッツリベースやりたいと思っててー、奏は私たちに合わせて曲作ってくれるしピアノ弾けるじゃん? じゃあもう演奏路線もよくない? みたいな。雫はー、まぁ雫はトライアングルでも絵になっちゃうし何でもいけるよね」
    「え、ええ……」

    それは、果たしてアイドルなのだろうか。彼女にとってアイドルとは何なのだろう。奏には分からないだけに杏の考えはなおさら分からなかった。
    父が「曲?」と首を傾げる。興味深そうな視線にうろたえ、つい目を逸らしてしまった。それが恥じらったように見えたのか、父は「曲を作るんですか?」と重ねて訊いた。今まで、こうも踏み込んだ話をしたことはない。音楽の話をして彼はまた追い詰められやしないだろうか。今はまだ思い出してはいけない記憶がうっかり蘇ったりしないだろうか。そんな奏の心配をよそに、杏は彼女の肩を抱いてにっぱりと笑った。

    「そうなの! 奏は音楽好きでー、私たちグループの自慢の超天才なんですよ!」
    「そうなんですか。グループということは作曲家として活動を?」
    「あ……その、まあ一応……」
    「若いのにすごいですね、聴いてみたいな……なんて、いきなり失礼ですよね」
    「……じゃ、じゃあ……次、調子が良ければ、持ってくるくらいは……」

    嬉しそうに微笑む父にまた罪悪感が募り、奏はそっと肘の辺りに手を添えた。きっと次に来たときは、今日のことなんて覚えていない。杏のことも忘れるし、奏のことは中学生か小学生だと思うだろう。今日はずいぶん昔に戻っているけれど、かえってよかったかもしれない。なんにせよ、元気な姿が見られてよかった。

    父はそれから眠るまで、杏にギターの弾き方を教えてくれた。鳥が囁くくらいの小さな音がいつも静かな病室を一音ずつ満たしていくのは、奏にとっても新鮮で悪くはない気分だった。


    ────────────────


    「いやーホントごめんね!」

    せっかく親子水入らずだったのにさ、と抜けるような青空のもとで言った彼女は、ぐっと両腕を上げた伸びをして何一つ隠さずに笑っていた。

    「ううん、お父さん、すごく楽しそうだった。ありがとう」
    「……おお、奏が笑った」
    「え……そんなびっくりされるようなことかな」
    「そうだよー、ファンからも『こっちの世界とは違う次元にいる妖精さん』とか言われてるんだから」
    「そ、そうなの?」

    杏は可笑しそうに笑い、病院からの帰り道を歩きだした。どこへ行くのか分からないけれど、なんとなくまだ話したいことがあるような気がしてついていく。杏はそんな奏をちらりと見下ろし、頭の後ろに手を組んで道の向こうを見ながら大したことではなさそうに口を開いた。

    「奏は、なんていうかさ、自分と他人が違うって感覚があんま無さそうな感じがするんだよね」

    振り向いても、杏は奏に一瞬の視線を返すだけだった。奏も前を見て歩く。

    「どういう意味……?」
    「んー……人の喜びが自分の喜び、人の悲しみが自分の悲しみ、みたいな? そういうのって誰にでもあるけどさ、奏はなんか、人のそればっかで、『自分だけが嬉しい! やったー!』みたいなの全然なくない?」
    「……それは、そうかも……?」
    「だからかもね、『K』と『アイドルの奏ちゃん』みたいに求められるものが変わると困っちゃうのって。自分がどうしたいじゃなくて人がどうしてほしいで考えるから板挟みになっちゃうんだ」

    杏は淡々としていた。それが奏にとっての当たり前であることを受け入れ、ただ理解している。一人で奏を分析して納得するような、そんな口調だと感じた。

    本当は私たちより、意志が弱くてやりたいこともないような子と一緒にいる方が良い気がする。彼女はそうとも言った。相手のことを優先してしまう奏には、それでも二年間閉じこもって曲作りに自分を追い込むくらいの意志の強さがある。ならばきっと自分自身を持たないような子供を救わんとすれば気持ちがきちんと彼女自身に聞こえるだろう。
    奏はその言葉を聞きながら、街角の広告に映る女性モデルの笑顔を見つけた。自分は悲しげに眉が寄るばかりで、みんなが求めるように笑えもしない。

    「だから今、安心したよ。奏にもちゃんと自分自身の希望があるんだね」
    「……え?」
    「お父さん、元気でいてくれることが奏の笑顔になるんでしょ? たとえ娘だって分からなくても。それってすごいよねーって私は思うんだけど」

    すごい、のだろうか。笑顔でない自分を覗き込む彼女を見つめ返しながら、奏は臆するように目を伏せた。
    家族がどうしようもない理由でいなくなってしまうかもしれないとなれば、もう生きていてくれるだけでいい。その上苦痛を味わうことがなくなるというのであれば、その手段が忘却であろうと何だろうと躊躇わずに取るべきだと思う。それは奏にとって、愛している以上当たり前のことだった。ただひとつ、彼が愛する妻と過ごしたすべてを覚えていられないことが悲しいだけ。最後に言った「愛してる」はいつだった? あなたが妻のお葬式で告げた別れは、彼女の人生の美しさを証明するものだったと思うんだ。

    「……じゃあ、杏にとっての希望は何?」
    「へ、私?」
    「うん。杏にもあるの? それだけで生きる希望になって、ファンのみんなに教えてあげたいっていう希望」

    街中の大きな公園に出た。色とりどりの花咲く花壇が取り囲むその場所で、遊歩道に一組の老夫婦が、向こうの遊具では子供たちが、遠くのベンチには少女がひとり、……穏やかな日常の風景だった。
    杏はその入り口で、歌かなぁ、と呟いた。ずいぶんと抽象的なワードに奏は首を傾げた。どんな歌の、何を希望と呼ぶのだろう。きっと奏の胸の底から湧き出でるようなそれではない。もっと情熱的で、もっと凛々とした。

    「あ、でも」

    杏は前にある太陽に引っ張られるかのように遊歩道の中にある芝生へ飛び出していった。両手を広げてこちらを振り返る、その様こそがまるで太陽のようで、しかしどこかにまだ知らない不幸の予感が潜む花弁の影のような気もした。無垢な人間は好きだ。無垢な想いはもっと好きだ。だがここに来てからというもの、無垢とは利用され穢されるものではないかという予感が付き纏う。杏の瞳はいつでも、誰かを想う夕日の向こう。そんな色をしている。

    「私の希望の原点はね、凪さんって女の人!」
    「凪、さん?」
    「うん! 私、ずっとビビッドストリートで暮らしてるんだけどさ、三年前アメリカに行っちゃうまで私のこと産まれたときからずーっと可愛がってくれた人でね、私に歌を教えてくれたのもその人なんだ!」
    「あ……それって、杏の憧れの、愛情・・の人……?」
    「そう、私にとっての呪いの人。実際あの人から貰った歌をアイドルでも貫いてるんだから、やっぱまだまだ囚われちゃってるよねー」

    そう言いながらも、彼女はさして後ろ暗いこととは捉えていない。ただひたすらに、想いの強さを信じている。それで何もかもが、そして誰もかれもが幸福でいられるのならそれこそが真実だ。
    彼女のその心意気に、奏は救われている。自分の生き方を彼女は肯定してくれるから。

    「……囚われてても、いいんだよね。どんな形でも人の幸せを願えるっていうのは良いことだから」

    ふ、と唇に微かな弧を描いた奏の顔を見て、杏の瞳がきらりと光った。片方のつま先でステップを踏んでくるりと回る。軸のしっかりした体を長い髪が包み込む。そうして彼女は華やかに笑うのだ。

    「そりゃそうだよ! でさ、思いついちゃった!!」
    「思いついた? って、何を……」
    「実はさ、ほら、あのライブ配信からチャンネル始めたじゃん? 私は歌ってみた動画でー、志歩は弾いてみた動画でー、雫は一回フリートーク配信してー、まだ奏だけ露出ないから何かやってくれって声が上がってるっぽくて」
    「……そうだったんだ」
    「もー、人気に疎いんだから! でね、やっぱ今話してて、奏は曲で生きてる子だと思った! だから奏、作曲風景の生配信なんてどう!?」

    一瞬、言葉を失った。……何も言えない自分に驚いて、なおさら言葉を返せなくなってしまった。

    結局返せたのは「そうだね、やってみようかな」なんて月並み以下の意思も宿らぬ言葉だけで、杏は何を思ったか苦笑したもののすぐに上着を翻し踵を返し、いつも通り奏の先を行く彼女の顔でまたねと言って公園を突っ切って去っていった。

    「……作曲の配信か……」

    帰ろうか、それともCDショップに寄ってから帰ろうか、ともかくこの公園を抜けていこうと思って遊歩道へと足を踏み出す。自分の曲が誰かを救えればうれしい、その作曲過程でさえ誰かを楽しませることができるのならそれほど嬉しいことはない。だが、気がかりなことがあるとすれば、今の曲に対する迷いである。今、特定の誰かではない誰かに曲を届けたい。だがそれは、これまでKの曲を聴き続けてくれた人へか、これから自分と大切な仲間たちを好きになってくれる人へか。曲調はどうすべきか、歌詞はどんな雰囲気にするべきか。頭を悩ませる奏の見つめる足先が、こつんと小さな石ころを蹴飛ばした。

    はあ。零れた深い溜息が、傍の誰かと重なった。誰かの溜息は、弾けるような機械音と重なり合っていた。

    「……? この曲、わたしの……」
    「え? か、奏ちゃ……!?」

    茶髪のウェーブがふわりと揺れる。がばっと立ち上がった同い年くらいの女の子は、しかし奏がきょとんとしているのを見て駆け寄っていいものかその場でおろおろしだしている。奏は首を傾げ、おもむろに彼女の座っていたベンチに腰を下ろした。どうやら顔も曲も知ってくれているようだ。ちょうどそんなファンと話がしたいと思っていた。ファンかどうかは分からないが、ともかく意見が聞きたくて。
    普段から何かに耐えているかのような引き結んだ唇と、引き締めるのが癖らしい眉とそのわりに甘いブラウンの大きな瞳。彼女は信じられないものを見ているかのようにぽかんと口を開け、慌てて奏の隣に座り直した。

    「えっと、今の、YUME YUME JUMP!の曲だよね。聴いてくれてたの?」
    「はわ、は、はいっ! リリイベの時から大好きで……!!」
    「そんなに前から……嬉しいな。でもそっか、それ、YUME YUME JUMP!のために書いた一番最初の曲なんだ」
    「えっ、そうだったんですか!? 最初からこんなイメージ固まってるなんて、やっぱりすごい……!」
    「……? イメージ……?」

    てっきり歌声やダンスが可愛いという話だと思っていたから、なんだか意外だった。この子はもしかして「『YUME YUME JUMP!』の音楽」を聴いているのだろうか。そしてまたひとつ意外だったのは、それが「固まっている」と評されたこと。その曲は一番最初、杏のことも志歩のこともほとんど知らなかったときに書いたメロディーで、雫のために書いたと言ってもおかしくないくらいのものだ。
    奏がじっと見つめていると、少女はぱっと頬に紅を差して俯いた。恥じらった少女の複雑な感情の垣間見えるその顔に、とっさに何かもっといじらしい光景を描きたくなった。

    「奏ちゃんの曲は、どれも新しい場所に行くことに希望を持ってるような雰囲気があって、それがアイドルとしては珍しいタイプばっかりのユメジャンにぴったりだって思ってて……」

    はっと、息を呑むと同時に目の前が光ったような気がした。
    一番最初に描いたのは、そう、そうだ、……Cheerful*Daysという大きな塊から抜け出して、無名の三人を率いるプロジェクトに参加した日野森雫が、まるで平和を望んで静かな森に逃げ込んできた狼のように感じて、ならば狼の夢見るであろう風景を描こうと思って。

    「……あなた、もしかして音楽を作るの?」
    「え? は、はい、どうして……」
    「曲を見る視点が作る側だなって思って。そういえば、まだ名前聞いてなかったね」
    「は、長谷川里帆です。作るって言っても、再生数も全然伸びないホント素人なんですけど……」
    「そうなんだ、いつから作ってるの?」
    「えっと、中学生から……あ、でも一番最初は親のタブレットで、小学生のときに……」
    「あ、じゃあわたしよりも先輩だ」
    「えっ!? そ、そんな、経験だけ長くても、実力にならないんじゃしょうがないっていうか……それに私は、希望って何だったのか分からなくて……」

    新たな旅立ちへ陽の光を浴びて目を細めるその光景を見出した彼女は、そう言って肩を落とした。その気持ちが奏には分からない。音楽は、作者の気持ちよりも聴いた者の気持ちを選ぶ。彼女が曲に希望を見出したのなら、それこそが彼女の希望ではないか。……奏の曲が見せた希望は、彼女の力にはならなかったのだろうか。
    いや。いいや。奏はとっさに首を振った。それは、希望や救いの押し付けだ。何“だった”と言うからにはきっと、特定のそれを求めているのだろう。

    「長谷川さんの希望って?」
    「あ……えっと、その……あんまり他のアイドルの名前出すのもなーとは思うんですけど……私、元々遥ちゃん、桐谷遥ちゃんのファンだったんです」
    「桐谷遥……」

    一面の、光。そして杏の呟き。

    ──……遥?

    「……青の人!」
    「そう! ASURANのこと知ってるんですね!」
    「え、あ……いや、ほとんど知らないんだけど、友達から聞いたことがあるだけで……」

    会ったこともないけれどなんとなく気になって顔だけ調べたことがある。杏と友達らしいからそのうち会うこともあるのだろう。我らがステージのセカイを作った希望に満ちたはずの彼女。もうセカイのペンライトたちはあの鮮やかな青には染まらないけれど、つくづく縁があるものだ。

    「けど、桐谷遥ってもう……」
    「はい、辞めちゃってます」

    里帆は軽く笑って言った。それ自体にはもう傷付き終わったような顔をして、けれどもその後にまだかさぶたになりきれない痛みを胸に抱くように唇を微かに噛んだ。

    「……遥ちゃん、今は違うところで歌姫になってるんです。でも私、その歌が、いえ、遥ちゃんの演技がすごく苦手で、追いかけられなくなっちゃって……上手く言えないんですけど」
    「演技?」
    「はい、ステージはステージでも演劇で……って、せっかく奏ちゃんと話せてるのに他の子の話ばっかりになっちゃってる!」
    「ううん、聞かせてほしいな」
    「え、でも……」
    「元々訊いたのはわたしだし……それに、わたしの曲を聴いてくれたあなたに、あなたの希望になるような曲を作りたいと思うんだ」

    まんまるになった瞳が飴色に光った。驚きばかりで思わず奏をまじまじと見つめた里帆は、これまた思わずといった風に「どうして?」と独り言のように零した。

    奏は曖昧に笑った。ただ、自分がそうしたいだけ。そういう性分なのだ。
    アイドルであっても、今まで経てきた人生は何も変わらない。奏の生き甲斐はいつだって音楽で、奏の喜びはいつだって愛だった。
    いや、それもまた誤魔化しだろうか。奏は自分自身が曖昧だった。確かな形で笑えない。確かな形で嘆けない。……少し前まで、曲を作るときの気持ちはただ一心に「救わなきゃいけない」だった。けれどもそれが、少しずつ少しずつ、雫たちと出会ってから変わり始めていたのを感じる。

    期待に応えたい。ファンが愛してくれたお礼として、愛として救いを与えたいと思う。

    「困っている人がいたら放っておけない。それがわたしのこと好きだって言ってくれる人ならなおさらだよ。だってわたし、YUME YUME JUMP!の宵崎奏なんだから」

    贔屓かな、なんて。照れくさくなって茶化すように付け加えてみたら、里帆は吹き出して笑ってくれた。そうして語った。桐谷遥の歌を初めて聞いたときの胸の高鳴り、辛いと思っていた学校にも行ってみようと思わせてくれた彼女への感謝。そして、今の彼女がショーステージで歌う氷のように透き通った声に感じる、ぞっとするほどの我欲への恐れを。観客を支配するような恍惚の笑顔が、果たして魔女の演技だったのか。

    「私は、遥ちゃんが歌うような希望を生み出したかったのに、なんか、希望って正しかったのかなって思っちゃって……」

    奏はじっとその話を聞いていたが、続いた彼女の言葉に目を瞠った。

    「だからそもそも音楽が人に与える影響って何なのかなって色々探してて、いつも真っ黒画面一枚のKって人を今は研究してるんですけど」
    「えっ?」
    「その後にアイドルな上に作曲者ってことで奏ちゃんのこと知って、一回聴いたときから曲ごとファンです!」
    「……そう、なんだ……」
    「あーっ、もうなんかごめんなさい! ごちゃごちゃしちゃって結局何話したかったのか分かんないですね。とにかく、私は一ファンとしてファンと対等にいようとするアイドルの奏ちゃんが好きだし、作曲者の端くれとして明日は何か見つかるかもって希望を与えてくれる宵崎さんを尊敬してます!!」

    恥ずかしさからか逃げるように走り去ろうとするパーカー姿を奏は思わず呼び止めていた。ぱっと振り返った顔のどことない憐れっぽさに息を呑んだ。……こんな子が、こんなに一途な子がわたしのことを好きでいてくれるんだ。アイドルってすごいな。それとも、音楽が? ……わたしの曲が?

    「……き、今日、ユメジャンのチャンネルで作曲をリアルタイムで配信しようと思ってる……!」
    「へ……えっ!? ほ、ホントに!?」
    「多分長いし、後からアーカイブ見返すだけでいいから……あなたに見てほしいな」

    リアタイします、と即座に返し、あっという間に落ち込みも吹き飛ばしたような彼女は走り去っていった。重たそうなブラウンの髪が日差しを浴びながら動くからキラキラと輝いていた。その後ろ姿を見つめて、思わず自分の手のひらを見つめる。

    『奏ちゃん?』

    びくりと肩が揺れた。今見つめていた手が自然とポケットのスマホを取る。聞こえた声通り、桃色の美しい立ち姿が後ろ手を組んで浮かんでいた。

    「ルカ……」
    『今来たばかりなのだけれど、みんなの前で曲を作るの?』
    「……どうしてそんなこと言っちゃったのかな。わたしまだ、Kと奏の……ううん、『K』と『宵崎さん』と『奏ちゃん』の境界線もできてないのに。どのタイプで作ればいいかも決まってない」
    『……? よく分からないのだけれど、奏ちゃんが描きたい光景をそのまま描くのではいけないの?』
    「書きたいことはたくさんあるよ。でも、活動する場所によって求められるものが変わってて」
    『奏ちゃんはいつでも全員を満足させる結果を出さなきゃいけないの?』
    「……え……」
    『奏ちゃんがやりたいことを求めてくれる人がいなくなったらどうするの?』

    責めているわけではなさそうだった。それどころか同情も慰めも見えない。ただ、疑問。年月を重ねたように思わせる綺麗な長い髪と甘い顔立ちとは裏腹に、やはり彼女はどこかで成長の止まった青年のように幼かった。
    無邪気っぽいその心から湧き出た疑問に、え、と言ったきり奏は二の句が継げなかった。誰からも見捨てられるのは、怖い。

    自分が消えることは怖くない。消えた後にこれまで作った曲が人を救い続けてくれるのなら、人が死ねども呪いは続く。……少し前までなら、それでよかった。父から貰った願いだけが生きる理由だったから。奏の曲が人を救い続ければ、それは奏の生そのものだ。
    だが、今はもう違う。志歩はいつでも自分自身の気持ちを大切にする。杏は奏を大切にしてくれる。雫は自分の生き方を探している。
    勝手なライブ生配信を敢行したあと、清々しく笑う彼女の顔が眩しくて、つい訊いたことがある。志歩はどうしてそんなに自由にこだわるの。志歩はきょとんと目を丸くして、意識したことがないらしく顎に手を当て、やがてあっけらかんと言ってのけた。

    「だって、人生より先はないんだよ」
    「……?」
    「自分の人生、自分が妥協できないものまで捻じ曲げるなんておかしいでしょ。終わった後じゃ後悔してやり直すこともできないのに。仮にできたとしても時間の無駄が私は嫌」
    「……志歩、すごいね」
    「自分勝手なだけだよ。つらい思いしたくないの」

    それがすごいのだと言うのに。奏は彼女がそれを当たり前のことと受け止めていることにくすりと頬を緩めたのだった。
    奏にとって、つらい思い、というものは理解しがたい。杏の言った通り良くも悪くも奏に重たくのしかかるのは家族の存在で、アイドルのこともファンとのことも動画のことも、現実は現実、必要ならばそれは必要で、我慢も忍耐も必要だと言うのならそれをつらいと感じるべきではないのだと。そう、思っている。

    『…………』
    「……私より、みんながどうしてほしいかの方が、大事……」
    『…………Hey Kanade』
    「え?」

    ルカはスマホから身を乗り出して遊歩道の向こうにある噴水広場を指した。

    『Can I go to beside that flower bed』
    「え、あ……えっと、オーケー……?」

    花壇の傍へ。向こうにある花壇を探すと、白い花の咲き誇るそれが見えた。歩み寄っていくにつれ、だんだん足早になっていく。その花に、見覚えがあったから。あれはカーネーションだ。真っ白の、優しい色をしたお花畑だ。

    「…………」

    花壇の目の前に立ち尽くし、奏はその花をただただ見下ろしていた。ルカは「It’s beautiful, right」と英語で続けた。日本語ならばもっとしみじみした響きがあるはずなのに、こちらに問いかけるその言い方は奏の視界を妙にクリアにした。

    「うん。……何で急に英語なの? 確かに巡音ルカは……」
    『Nah』
    「あ……うん、と……Why are you speaking English」
    『I keep it in secret(まだ内緒)』

    しぃ、と人差し指を立てて片目を瞑った彼女の顔には悪戯っぽい可憐さがある。奏とて英語が得意というわけではない。学校で習う範囲や歌詞に使えるものくらいである。ぐ、と首を捻りながら頭をそちらへ切り替えていると、ルカは面白そうにくすくす笑った。人が困っているところを見て笑うなんて子供だな、と仕方なく肩を落とす。

    『Then, please talk with me.(じゃあ、話してちょうだい)What do you thinking(あなたはどう思うの?)』
    「……Well……I want to save……everyone’s life(私は、みんなの人生を救いたくて)」

    みんなの人生の、希望になりたくて。しかし希望とは人によって違うものだから、どうしたら多くの人を救えるのかが分からない。思えば、自分はとても狭い世界にいたのだろう。パソコンの前に座って、同じくパソコンの前に座るしかできないような人ばかりを救って、それで父の願いを叶えたような気になっていたのだ。

    「……I don’t know that why is(どうしてそうしたかったんだっけ)……」
    『you should cherish only your heart(大切なのはあなたの気持ちだけよ)』

    気持ち。……奏はそっと胸に手を添え、その中に渦巻いている感情の複雑さに驚いた。自分はそんなに感情豊かだったのか。ぎゅっとジャージを握りこむ。
    父の音楽が大好きだった。父を絶望させてしまったことを今でも悔やんでいる。だが、あの時そうしないでいられたかと問えばそうではない。後悔はしているが、やり直せるとも思っていない。きっと遅かれ早かれその現実はやってきた。悪いのは自分の才能と無知だった。ならばその才能を、今度は希望のために使いたい。……ああそうだ。父の最後の言葉など関係なく、それは自分の望みではないか。

    しゃがみこんで、花越しに前を向いた。上からよりも広く見える、そこは確かに白い花畑だった。……自分の望みと父の優しさを、呪いだなどと呼ばなければいけなくなったこと。人のためにやりたいことを、人のために抑えなければいけないこと。そのことが。

    「I’m sad」

    ああ、そうだ。口に出してしまえばシンプルだった。抱えている複雑な想いを英語で表現できないからそう言っただけなのに、それこそが奥底にある真実のように思えた。

    「I’m sad now, I hope to I will be satisfied(幸せになりたい)」

    ぽろ、と瞼に隠した瞳のもっと奥からあふれてきたものが零れ落ちた。
    悲しい。悲しくて、不幸だ。分かっていた。本当はずっと前から分かっていたはずなのだ。それでも奏には自分のことで嘆くという感情を知らなかった。奏に悲しめるのは自分の罪ゆえであり、他のことはただ、人の心に寄り添って同調するのみ。奏のことを「妖精さん」と勘違いしていたのは、ほかならぬ奏自身だったのだろう。自分の存在価値は、人のためであると。だが違う。自分は今この瞬間もその前までも、ずっと一人の人間だった。

    『……ふふ、単純でしょう。語彙が少ないと素直になるのよ。身振り手振りで表現するしかない子供みたいに』
    「ルカは、そのために?」
    『ええ、それと、英語は必ず主語があるでしょう。“わたし”というものを考えるためにはきっとそちらの方がはっきりするわ。それと……奏ちゃん、性格には話す言語が影響するというのは知ってるかしら?』
    「あ……ドイツ語を話すと四角定規になりやすい、みたいな……?」
    『そうよ。私は日本語と英語の両方が話せるし、話したり歌ったりしている言葉によって見え方が変わるのも本当。だけどね、どちらにしても奏ちゃんと一緒に綺麗なお花を見たかったのも、奏ちゃんに向き合ってほしかったのもおんなじなのよ』

    花壇の前にしゃがみこみながら、奏はカーネーションをバックにスカートを揺らす小さな彼女の動きに見惚れていた。

    『確かに人はいくつもの立場を持ち、考え方も変わるのでしょう。それでも、届けたい希望はひとつじゃないのかしら』

    美しい、言葉だった。ルカの踊るような爪先がくるりと回って、奏に向けて優しい笑みが向かう。……書きたいものは決まっている。作りたい音は次から次へと湧いてくる。わたしを好きでいてくれるすべての人に、すべてのわたしを好きになってもらいたい。そうしたら、すべてのわたしから愛を返そう。わたしの愛情は生きている。初めてYUME YUME JUMP!に来たとき、あの日描いた夢の色は、今もなお鮮やかになり続けている。


    ────────────────


    「え、っと……これでいいのかな……声、ちゃんと入ってる?」

    こんにちは。聞こえてるよ。奏ちゃんの喋る声新鮮。次々とコメントが流れてくる。今みんなの画面には奏が使っている作曲ソフトの制作画面が共有されているのだろう。

    「じゃあ、始めていこっか。集中しちゃうだろうし、コメント読み上げてもらうようにしておくね」
    『もうメロディーできてる?』
    『なんか既に進んでるw』
    「あ、うん。始めるの待ちきれなくて、ちょっと早めに打ち込んじゃった。今はこんな感じだよ」

    再生ボタンをクリックすると、まだラフ状態の音たちが整列する。しっとり系だ、と読み上げボイスが単調な声でヘッドホンの中に囁いた。

    『珍しいね』
    『雫様のイメージっぽい』
    「ふふ。今日はとりあえずこの曲を仕上げるまでにしようかなって思ってるよ。数時間前の告知だったのに見に来てくれてありがとう、なんかユメジャンっていつもゲリラっていうか、追いにくいユニットでごめんね?」
    『全然いいよー』
    『作業のお供に来ましたー』
    『そういう営業戦略かと思ってたけど違うの?』
    「営業? あ、お知らせの通知をオンにしてもらえるようにってこと? ううん、普通に思い立ったらすぐ行動ってタイプなだけだよ。雫は違うけど……杏と志歩は知らないうちに撮ってるのを急に渡されてね、志歩なんて最近は動画編集の勉強してるんだって。ホントにスピードタイプっていうか」

    メロディの裏にコーラスラインを置いていく。一オクターブ高いものをただ置いて、一度再生してみて、主旋律で下がる部分を上げるように変えてみる。一か所、あえて半音をずらす。再生してみるもなんだか微妙な気がして元に戻した。サビのコーラスだけ整え、一旦そこで終えてリズム隊を作ることにする。ドラムパートをクリックし、Aメロに一拍ずつ置き、イントロは少し考えてからハイハットを三連系で初めてみた。再生してみて、うん、と頷く。

    『奏ちゃん、制作スピードえぐくない?』
    「えっ? そう、かな? あ、わたし雫みたいに雑談動画なんて上手くできないし、こういうの黙っちゃうから、もしよければ質問とかコメントしてくれるといいな」
    『喋りながら進めてんのやば』
    『ユメジャンサービス精神旺盛なとこある』
    『雫ちゃんが上手く雑談動画できてたかは割と疑問』
    「あははっ……雫、もうファンからもそういう認識なんだ。それでも一人で成長しようって配信決めてたんだよ、わたし、雫のそういうところ尊敬してるの。みんなにはどう見えてるんだろう」
    『あいどるになった』
    「……ん、ああ、誤送信か」
    『読み上げ使ってるんだっけ。いちいちうるさそう』
    「そんなことないよ、新鮮で楽しい。いつもひとりだから」

    微笑み混じりの自分の声が静かな部屋に落ちる。誰かと話しながら作曲することも含め、こんなことは初めてだった。自分はまだ、音楽とともに笑うことができるのか。そんな驚きさえもあった。

    昼間、里帆と話をしたときに、彼女が奏のことを「ファンと対等でいようとするアイドル」だと称したのがひどく意外だった。奏はいつでも自分のことよりも人を救うこと、人に愛や希望を与えることにこだわっていて、そのくせ声援に大声を返さない、……神か救世主のような気持ちでいたのだ。だからこそKの動画についた批判的なコメントに戸惑った。自分が与えるものを拒絶されるとは思っていなかったから。父との悲劇は、もう終わったもののように思っていたから。

    だが、道は続いていく。しかし過去は既に遠い。でも。ところが。だけれど。逆説だらけ、迷い道。それでも今日、杏のいる病室で、ふとその道を振り返った。アイドルになると決めた分かれ道は模型のように小さく、可愛かった。もう、思い出なんだ。それくらい奏は自分がアイドルであることに馴染んでいた。

    『アイドルになったきっかけはなんですか?』

    単調な声が、そんな質問を投げかけてきた。ヘッドホンを耳に押さえつけなおし、ぐっと右の肩をすくめた。

    「……わたしがアイドルになったきっかけ、か。うん、話そうか」

    ふと、振り返る。この部屋はかつて父が自室として使っていた。この部屋で父は記憶を失い、この部屋から奏は彼の苦悶を綴った日記を見つけた。それでももう、そんな部屋にいながらにして追い詰められる気持ちは消えかかっていた。父を絶望に突き落としたあの分かれ道は、もはや見えないほど遠く、……忘れられはしないし、忘れもしないけれど、既に受け入れているらしかった。そうして記憶は、写真立てにしまったかのように。
    杏の手を取ったあの日、アイドルになりたいと言ったあの時の道端から、奏は前に進み始めた。ファンを見つめる雫の目の、夢を見つめる志歩の目の、未来を見つめる杏の目の、その星の輝きが褪せないように願ったのである。そして奏にとっての救いは、眩しさのその先にあった。

    だから、奏は語る。眩しさを届けてくれるファンのみんなに、自分の生い立ち、絶望を。曲にはトライアングルの音を付け加えながら。鈴の音を転がしながら。

    「……それっきり、今でもお父さんとは時々しか話せないの。だからわたし一人暮らしなんだ」
    『一人!?』
    「うん。って、全然コメント流れてこなくなっちゃったね。長々と暗い話しちゃってごめん」
    『全然いいよ!』
    『プライベートな話しすぎじゃない? 大丈夫?』
    「あ……そうだね、大丈夫なのかな」

    他人事のように呟く奏にコメントから総ツッコミが入った。ふ、と頬を緩めながら言ったのは話の続き。でもね、もう「人を救える曲を作り続けるんだよ」ってお父さんの呪いにかかってるわけじゃないんだよ。……どうしてか、じわりと涙がこみあげてきた。受け入れても、寂しさは消えない。でも今の自分には寄り添ってくれる人がこんなにいる。
    このコメントを打っているのが実際に何人かは分からない。しかし奏にとっては、たとえたった一人だったとしても多いのだ。

    「ライブに出て、みんなの奏ちゃんって呼んでくれる声を聞いて、今まで頑張ってきたことが全部報われた気がしたの。それで、ああ、わたし、自分でこの場所を選んで輝くステージに立とうとしてるんだ、って思った。わたしの曲は、わたしがみんなに届けたくて作ってる」
    『奏ちゃん、泣いてない?』
    『一回切ってもいいよ。無理しないで』

    無理なんて、本当にしてないのだけれど。カメラを接続していれば思いのほか平気な顔を見せられるが、しかしきちんと笑った表情ができない顔で映るのも気が引ける。今こそ、みんなに曲を届けたい。

    ピンポーン、とヘッドホン越しにインターホンの音が聞こえてきた。あ、宅配かな。視聴者が一斉にずっこける。

    『いやタイミング』
    『コントみたいなタイミングwww』
    『雫ちゃんに似たものを感じる』
    「でも何か頼んでたっけ……」
    「奏ちゃーん……!!」
    「あれ、雫の声だ、ちょっと出てくるね」
    『ホントに雫ちゃんだった』

    読み上げボットを繋いでいるヘッドホンを机に残し、玄関に向かう。画面の向こうにはマイクが拾ったドアを開ける音が伝わる。そして程なくして、雫の「奏ちゃんっ!!」と泣きついた声が届いた。

    『なんだなんだ』
    『いつの間にか曲めっちゃ出来てて草』
    『雫様が泣いておられる……!?』

    一方、奏は玄関の冷たい床に倒れていた。ドアを開けてすぐ長身の彼女に飛びつかれればそうもなるのは必然である。不覚にも覆いかぶさることになった雫は慌てて体を起こし、しかしゴメンの一言よりもぽろぽろと小さな涙の粒が頬を伝いだした。

    「ど、どうしたの雫……とりあえず部屋入ってよ、一緒に喋ってほしいな」
    「う、ううっ……」

    散らかし放題の部屋に座るスペースを作り、急いでマイクの感度を調節して二人の中心に置いた。座布団に座った雫は涙を拭いてから奏の顔をじっと見上げた。部屋の白い蛍光灯に照らされた奏の顔は星のように煌めいているように見えた。

    「ごめんなさい……さっき、奏ちゃんにアイドルになった理由はって訊いたの、私のコメントなの……」
    「え、そうだったんだ」
    「そんなつらい理由だったなんて思わなくて、みんなの前でそんなことお話させてしまって、本当にごめんなさい……」

    奏はぱちぱちと目を瞬かせ、すとんと肩の力を抜いた。それを言うために、わざわざ家から飛び出してここまで走ってきたというのか。どこまでも、優しい人。前を見るといつも彼女がいる。奏にとって、やがて背負うことになる自分の音を託すのは、こんな彼女であってほしい。そのままの日野森雫が好きだ。

    「……雫、むしろありがとう」
    「え……?」
    「私はもう、黒い画面に曲を流すだけのKじゃない。誰かの影で曲を預けるだけの作曲家でもない。それと、アイドルは、これまで信じてきた救世主じゃない」
    「……それじゃあ奏ちゃんは、何?」
    「その全部。全部まとめて、わたしなんだってみんなにも思ってほしい。だから全部話したかった。だから話した。機会をくれてありがとう、雫」

    世界の輝かしい頂点に煌めくライトも、照らされる世の中の下に落ちる影も、すべて愛していたいから。……奏はしばらく作るのに没頭していて流していなかった製作途中の曲を、サビから再生した。雫がぱっと目を瞠る。はじめは、あんなに大人しく呟くようなメロディーだったのに。

    『綺麗!!』
    『別の曲かと思った……』
    『キラキラした音好き』

    ふたりの会話が気になる者、奏の「K」という発言に心当たりがある者、いくつか散見されるそれらも曲の輝きに呑まれていく。奏にとって、何よりも愛しい声だった。ライブのとき、声援を送ってくれるファンへ。里帆のように曲に惹かれてくれる人へ。
    どんなにつらい過去があっても、それを口にしていても、心配いらないよ。笑えてるよ。……その気持ちは、表情よりも言葉よりも声よりも、歌にする方がきっとよく伝わる。だってわたしは、アイドルだから。だってわたしは。

    「宵から救える音を奏でて、『YUME YUME JUMP!』の宵崎奏。このキャッチコピーには、ファンの声がわたしを救ってくれるって意味も入ってるんだ。その声に応えて、わたしはもっとみんなの明日を生きる救いになるような希望を届けるの」

    まだ作っていない二番のサビ前で曲は終わる。その続きは既に頭の中に流れ出していた。
    里帆の言った「対等」とは、そういう意味なのだろう。本当はキャッチコピーにそんな意味などなかった。しかし、嘘だったはずのその言葉は既に真実となっているのである。その声を奏でて。それが宣誓からお願いに変わる。救い救われる二重奏。……流れ続けるコメントの数々に、奏は笑みを零した。そして雫の手のひらをそっとすくって、片膝をついて目線を合わせた。強い優しさを孕んだ大きな瞳に見つめられ、雫は彼女のそれから目を離せなくなってしまった。
    共に行く彼女の手、自分を中心にした期間限定プロジェクトが掴んでしまったその手を、痛くないようにと守ってあげなければいけないと思っていた。なのに、いつしか願われる立場になっていたのだ。奏までも、もうそちら側にいる。

    「さぁ、曲作り、そろそろ再開しようか。みんなも待ってるよ」

    パソコンに向かう奏の横顔はとても楽しげだった。アイドルであることの誇りが、練習だけで倒れていたあの奏を、こんなにも笑顔にしている。雫はどこか現実離れした光景のようにそれらを見つめ、唇を引き結んだ。自分は見失ってしまったアイドルの煌めきも、まだある。仲間たちが見つけてくれるのだろう。だったらまだ、頑張れる。明日はなにかひとつ、ちいさな希望が見つかるような気がした。


    追加楽曲「ももいろの鍵」  宵崎奏・巡音ルカ・日野森雫・日野森志歩・白石杏
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