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    リルノベリスト

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    リルノベリスト

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    ユメジャン箱イベ三つ目 杏バナー

    いつアイドルっぽいファンとの交流書くん

    今選ぶ、背中合わせの君を追加楽曲『私は、私達は』今選ぶ、背中合わせの君を
    奏はどうやら、雫のことも病室に一度連れてきたらしい。眠る男の瘦せ細った手を握って涙を流す、美しく、しかし憐れな光景だったと言う。憐れなのはその涙に馴染んだ奏もだろう、と杏は思うけれど、何も言わない。

    「ね、お見舞いのあとウチ来ない?」
    「……? カフェ?」
    「じゃなくて、フツーに遊びに来ない?ってこと。街のみんなにもまた顔見せたいし、私ばっか奏のプライベート空間に踏み込んでるからさ」
    「ああ……いいのに、そんなの」

    いつもの看護師がすれ違いざまにこんにちはと挨拶してきた。二人揃って挨拶を返し、忙しそうな彼女の背を見送って変わらず廊下を進んでいく。ダンス練習のあとに病院まで歩く道のり、誰もいないより隣に杏がいてくれる方がいい。なにより、臆病な自分が踏み込めないところも踏み込める杏は、自分にも父にも、影響を与えてくれる。良くも悪くも、かもしれないが今のところは良い影響ばかりである。
    以前杏とともに来たときに話したことを思い出し、そろりといつものドアへと手をかけた。……微かに、シャープだが優しい流れの音がする。思わず杏と顔を見合わせた。杏はぱあっと顔を輝かせ、勢いよくドアを開けた。

    「こんにちはーっ! 素敵な音色ですね!」
    「あ、杏、しーっ……病院だよ……」

    ベッドに腰掛ける血色の悪いままの父が顔を上げる。しかし顔つきはいつもと同じように優しげである。そして膝の上には、以前杏が置いていったエレキギターが抱えられていた。
    今日はどこまで記憶が戻っているのだろう。名乗れば娘と分かってくれるだろうか。にこ、と微笑みを浮かべた奏に、父は嬉しそうに微笑み返し、そして口を開いた。

    「奏ちゃん、杏ちゃん、また来てくれたんですね」
    「……えっ?」

    再び顔を見合わせる。記憶の混濁と退行は、ストレスから逃げて忘れるため。ゆえに記憶を積み重ねることさえままならない。一度眠りについたらまた苦しくない記憶だけを探す旅に出る、はずだった。

    「朝起きたらすごく時間が経っていて驚きましたよ、一晩寝たくらいの感覚なんですが……」
    「……そう、なんだ。えっと……」
    「ねえっ! 今弾いてたのは宵崎さんの曲?」
    「それが、分からないんです。ただなんとなく知っているような気がして……もしかしたら僕が作ったのかもしれませんね」

    奏は無意識に踵の靴底を床に擦った。父が何気ない手つきでギターを鳴らす。昔聴いたような音が流れ出す。いつだったろう。微笑ましい母娘を謳ったその音色、即興だから楽譜もなくて、でも自分の音にはしたくないから再現せずにいた曲。懐かしいそのメロディーに、流れ出すのは心からのささやかなハミング。

    「……────♪」
    「お……奏、歌詞付けてよ歌詞」

    杏の言葉にふるふると首を振る。いきなり言われたって、できないことはないけれど。
    そっか、と杏はベッドの端に腰を下ろした。奏の大切な思い出の曲なのだろう。そのままの形で取っておきたいと願うのなら部外者が口を出すことじゃない。目を瞑って、涼しい気温の空気とともに肌でその音を感じていた。……その曲は、散歩から戻ってきた同室の患者によって止まった。同時に入り口に目を向けてギターと歌声を止めた二人がちらりと視線を交わし、笑い合う。その幸せそうな様子に杏は目を細めた。奏の幸せが、何よりも嬉しい。いつまでもこの光景を守ってあげられたらどんなにいいことか。

    (……って、どの立場なんだって話だよね)

    ユメジャンは全員が一丸となる仲間だと思っているけれど、杏には奏を誰よりも大切にしている自覚があった。きっと志歩も雫も、そして奏もそのことは悟っているだろう。そして杏もまた、志歩と雫がお互いを杏たちよりも深く気にし合っていることを知っている。別に構いやしない。愛情が平等だなんて、その方がおかしいじゃないか。

    「そういえば、聞き忘れていましたね。奏ちゃんと僕はどういう関係だったんですか? どうもまだ思い出せていなくて」
    「どういう関係……うーん……」

    奏は考え込む素振りをして、視線を怪訝そうに上へ投げた。……脳裏に、いつかあのカーネーションの前での言葉がよぎる。僕の曲で奏とお母さんが笑ってくれれば、それで十分さ。今ならばその言葉の意味がよく分かる。

    「……宵崎さんの曲が好きで、ちょっとだけ手伝ってた、って感じかな……?」
    「おや、そうだったんですか、嬉しいな。だったら早くリハビリに入れるように頑張らないと」
    「うん、応援してる」

    今まで直接手渡したことはなかった着替えを渡しながら、奏は眉を下げて感極まったようにこみあげる笑みをその顔に湛えていた。嘘とも言えないその嘘が、いつか真実の意味として伝わるといい。杏は心から彼女たちの幸福を願った。父の曲は、家族への愛情から生まれる。

    笑顔で手を振り合って彼女たちが別れるまで、杏は古瀧凪の顔を思い浮かべていた。彼女から受け継いだ技術は、今でも杏の歌のすべてである。杏の歌は、彼女への愛情から湧くと言っても過言ではない。自分は既に彼女とは違う道を歩んでいるけれど、再び会えたらきっと自慢してやろうと決めている。今よりももっと有名で、1000人サイズのハコがいっぱいになるほど愛されるアイドルになって。

    「私アイドルになったんだよ、ビックリしたでしょ、ってさ!」

    ビビッドストリートに差し掛かったその頃に、杏は元気いっぱいにそう言ってみせた。せっかく奏をおうちデートに誘うのだからと雫と志歩も呼び、四人で待ち合わせ場所に集まったところである。

    「素敵ね! 杏ちゃんがそこまで言うんだもの。その凪さんって人、きっととても歌が上手なんでしょうね」
    「ま、大事な人に自慢したいって気持ちは分かるよ」

    志歩はそう言ってほんの一秒目を閉じた。とはいえ、志歩の「大事な人」は既に応援してくれているから自慢も何もない。つい先日とある複合施設でライブを開催したとき、ライブ慣れした友人らしき人物と並んで望月穂波がペンライトを振って右往左往しているのが見えた。一歌は分からないが、咲希もずっとイベントに来たりグッズを買ったりと日々常に声援を送ってくれている。

    「で、その凪さんは今何してる人なの?」
    「凪さんはねー、アメリカで修行してるんだよ!」
    「修行?」
    「そ! 元々全米ツアー濃厚ってレベルだったのに、まだまだーってどっかのストリートで強くなりつづけているってワケ!」
    「その言い方だと、なんか格闘技みたいに聞こえるんだけど」

    得意げに顔を輝かせる杏に志歩は顔をほころばせた。一本気の通った女でありながらも無邪気なのは彼女の大きな長所だ。自然と動き出した彼女の脚につられて他の三人もWEEKEND GARAGEに向かいだす。その道中、昔凪さんとはこんなことがあってね、こんなこと言われたことがあってね、とはしゃぐ杏の声に通りすがりの人たちがたびたび声をかけてくるものだから家までずいぶん時間をかけた。

    「ねー! 昔っからストイックなんだから!」
    「凪のやつ、今はどれくらい上手くなってるだろうなぁ」
    「そりゃあもう、あのRAD WEEKENDを作った立役者なんだから、世界一も近いでしょ!」
    「はは、だよなぁ。奏ちゃんたちにも会わせてやりてえなぁ」
    「ホントだよー、連絡もくれないんだから。なんか負けたくなくてこっちからもしないけどー」
    「いいじゃねえかそれくらいの距離感で。じゃあまたな!」
    「うん、またねー!」

    楽器屋で働いている二十歳そこそこの男性と気さくに話したかと思えば、もう初老にさしかかるのに元気なおばさんに背を叩かれたり、肩や腹を出したセクシーな女性に頭を撫でられたりもしている。口々に「凪さんは」「大河さんが」「謙さんも」と伝説らしき名が出てくる。けれども、時折どうにも不自然に話を切り上げようとする者がいるのが、奏や志歩には気になった。杏も首を傾げはするが、いつものことなのかさして気にした素振りは見せない。あるいは、人を疑うということを知らないのか。

    時折そうして立ち話をしながらようやく杏の家に着いた頃、奏はふと振り返った。

    「……雫? どうしたの、具合でも悪い……?」

    その声に、家の鍵を差し込んでいた杏も、そして志歩も振り向いた。いつも穏やかな笑みを浮かべる雫の顔が、今ばかりは唇をきつく引き結んで地面を睨みつけるように強張っていた。

    「……いえ……ええ、そうね。なんだか少し気持ち悪くて……」
    「うぇ、大丈夫!? 早く入ろ、冷たいお茶でも出すよ!」
    「ええ、ごめんなさい、ありがとう杏ちゃん」

    耳に髪をかける、その誤魔化すような仕草を志歩が横からじっと見つめていた。

    杏が冷たい緑茶を取りに行っている間、杏の自室に案内されてそれぞれ座った三人は誰からともなくそっと視線を交わした。雫は微笑む余裕もない様子で、切れ長の瞳は氷のように鋭かった。

    「お姉ちゃん、どうしたわけ? 人前でそんな顔見せるなんて珍しい」
    「ええ……杏ちゃんの前だから言わなかったのだけれど、私たぶん、この街の空気が合わないのね」
    「合わない……っていうのとは違うかもしれないけど、わたしもちょっとここの人たちが怖くて苦手かも」
    「そう? まあ二人みたいに大人しいのがいたら取って食われそうだもんね」

    雫と奏は顔を見合わせ、困ったように微笑んだ。曖昧な笑い方に志歩は首を傾げる。
    程なくして杏が戻ってきたとき、雫はぱっと表情を切り替えて何事も無かったかのように明るい笑顔を浮かべた。もう癖になっているそれを雫本人がどう思っているのか、志歩は知らない。

    「お、雫ちょっと元気戻った? よかった! はいみんなにお茶ー」
    「ありがとう杏ちゃん。……それは?」
    「あ、これ? 実は今日これ奏と見たくて呼んだんだよねー。こないだ父さんの部屋でたまたま見つけたアルバム!」
    「もしかして、凪さんの?」
    「ってか、多分RADerのだね。私もしばらくストリート離れてるし、せっかくだからみんなに思い出話付き合ってほしくてさ」
    「いいわね! 私も聞きたいわ、杏ちゃんの大事な凪さんのお話」

    少し埃の積もったカバーから分厚いアルバムを取り出し、杏は丁重にそれを机の上に広げた。肩を大胆に出したパンクなファッションの女性、それが「凪さん」だと杏は言った。隣にいるのが今や世界で活躍しているその兄で、一枚下の写真に写っているのは若かりし頃の杏の父。

    「うわー父さん若っ、えーっと、ちょうどRAD WEEKENDの頃のはどこかなー?」

    ぺらぺらめくっていくと、奏たちが先ほど見たばかりの顔もあった。街そのもののアルバム、それが彼らにとっての家族なのだろう。雫は先ほど合わないと思ったことを恥じた。杏が道中で話していた「家出した私を街総出で探してくれたこともあって」という話もそう、思いやりにあふれた、いい場所で育ったのだろう、彼女は。
    カバーを机の上から退けようとして手に取った志歩はふとその中に何か見えたような気がして覗き込んだ。一枚の、封筒だった。真っ白で何も書いていない。アルバムとともに入れておくということは思い出の品だろうか。たとえば、手紙。……自分一人で開けてはいけないことぐらい分かっていた。けれどもまるで魔が差したかのように、志歩は杏たちの目を盗んでその糊付けもされていない封筒を開け、中身を出した。折りたたまれた数枚の紙を広げる。

    「…………え……」

    微かな、吐息。杏の話し声にかき消されて、誰にも悟られることはない動揺だった。
    杏の話。街の人の話。古瀧凪はアメリカに行って今もなお修行を続けているという、話。志歩は慌てて机の下で紙を封筒に戻し、おそるおそる自分のスマホを取り出した。凪を含む彼らは全米ツアーも濃厚だと噂されていたと言う。古瀧凪、で検索。……ああ、と肩を落とした。

    楽しそうな彼女たちを前に、志歩は分厚いガラス壁を隔てたようにじっと座ったまま机のへり辺りを見つめていた。視線がブレる。指先が冷えていく。けれどもその指先で、志歩は封筒を摘まみ上げた。

    「杏、これ……」
    「え? 何?」
    「アルバムと一緒に入ってた、凪さんへの手紙……」
    「手紙? 見ていいのかな、まいっか」
    「……しぃちゃん?」

    先程の雫など比ではないくらい、紙のように真っ白な顔色をして、しかし志歩はしかと手紙を開く杏の顔を見据えていた。そんな残酷なことがあるだろうかと疑いながら。その真剣な視線に圧されるように、雫も杏の隣から紙を覗き込んだ。

    「……何、これ」

    杏の顔から表情が消えていく。現実に、嘘や矛盾は唐突に姿を現すものである。それを前に人間はいつも顔を強張らせることしかできない。……その表情にあるのは受け止めたくない絶望なのだ。目の前で見てようやく分かった。雫はふっと目を落とし、無駄だった気力を瞼の裏に隠す。

    手紙の内容は、RAD WEEKENDの感想と続いて綴られた死に行く者へとあてる別れの言葉だった。明るく、しかし死を受け止めようとしている者の言葉だった。一人だけではない。違う筆跡、杏の知っている数人の文字で一枚ずつ。


    ────────────────


    カフェは今日も賑わっている。夜にさしかかったビビッドストリートは今日も歌で溢れている。すべて、何年も前から変わらない光景だ。あの人が愛した、……あの人とともに愛していたいつもの風景。杏はついてくる仲間たちも意に介さず、ただ性急にWEEKEND GARAGEのドアを鳴らした。父と、常連の客。見慣れた顔がおっと振り向き、杏の顔を見て顔を曇らせた。後ろにいる奏たちには分かる、それはただ杏の異変を悟って彼女を心配する顔だった。

    「父さん、みんなも……これ、どういうこと。凪さんはもう、凪さんって」

    カフェを沈黙が襲う。空気さえもなくなったかのような恐ろしい空白だった。奏が凍り付いた空気に首をすくめる。その肩をほとんど無意識に引き寄せて庇った志歩は、どうしたものかと杏の冷えたのか茹だったのか分からない頭を見つめていた。そしてちらと見た横顔は、姉の見たこともない冷たい無表情。

    「お前……その手紙、どこから……」
    「どこって、父さんの部屋だよ。こないだCD借りるときに勝手に入っていいって言ったのは父さんでしょ」
    「ま、まあまあ杏ちゃん、落ち着けって……」

    いつもコーヒーとサンドイッチを頼んでいくお客さん。杏はキッと鋭い目を向けた。決して誰かが傷付けられたときにしか向けなかった、人を焼いて呑み込まんばかりの夕焼け色である。古瀧凪の死を知らない数人、街の外の人間だけがぽかんと呆けていた。

    「落ち着いたよ、もう。ちゃんと調べてきたんだよ。凪さんは、RAD WEEKENDの、あの夜からたった三週間で亡くなってるんでしょ」

    角の席には、かつて同じ夜に呑まれた東雲彰人の姿もあった。その仲間たちの怜悧な瞳もまたこの場の空気を切り裂いた杏に集まっている。杏は、その姿に気が付いていないけれど。

    「何で私は知らないの? 何でみんな、今もアメリカにいるなんて言い続けてたの?」
    「……分かった、事情は話すからこっちに来い。彰人、お前も聞いてけ、気になるだろ」
    「え……あ、うっす……」
    「それぞれの連れはまぁ、好きにしてくれ。気分の良い話じゃあないと思うがな」

    大人たちが謙の前を明け渡し、奇妙なまでに落ち着いた後ろ姿の杏はしずしずとその席に腰を下ろした。彰人と冬弥がその様子を気にしつつ、そして突然の出来事を受け止めきれない様子で隣に座る。奏は、少しおろおろしながら迷っていたが、入り込んでいい雰囲気ではないと思い志歩と雫とともにボックス席に落ち着いた。志歩はあまり真剣に、それこそ杏と同じ立場のつもりでいてはいけないような気がして、持ち歩いていた楽譜と運指確認と洒落こみながら聞き流すことを決めた。対照的に、雫はひどく、真剣だった。悲壮感ではない。どこか、怒っているような。

    杏の父は滔々とその時のことを娘たちに語って聞かせた。凪の病名と余命を聞いたときのこと、そして凪が街の人全員に言い含めた嘘の内容。最期に会ったときに言っていた言葉、息を引き取るときは穏やかだったこと。
    杏には歌を好きでいてほしい。自分が死んだと知れれば彼女は歌が嫌になるかもしれない。世界に行く夢は、どうか次の世代に引き継いでほしい。きっとそこには杏がいる。

    杏はただ黙ってそれを聞いていた。痛々しいような顔さえしなかった。しかし無気力ということもなく、ただ、ただ。

    「……ふざけるな」

    凪さんは、私のために、私に黙っていた? ……いい。死の間際だ。何を考えようとも、のうのうと生きている人間に何を追及する権利もない。
    ぐつぐつと胸の底で煮えたぎっている怒りが向かうのは、目の前にいる父、そしてここを取り囲んでいる街の人間たち。あったかい街だと思っていた。事実温かい想いで繋がった場所だろう。だがそれなら、同じ想いではなくなったら?
    古瀧凪が次の世代に超えてもらうことを望むのはいいだろう。だが、それが古瀧凪の有終の美であることにのぼせた者であったら?

    「……みんな、私や彰人がRAD WEEKEND超えるって言ってたの、どんな気持ちで見守ってたの?」

    隣に座る彰人、そして彰人越しに冬弥が彼女を見る。少し離れた位置に座りなおしていた楽器店のオーナーがカフェオレを飲んでからなだめるように口を開いた。常連客もそれに次ぐ。

    「杏ちゃん、俺たちだってなにも平気で嘘ついたってワケじゃねえんだぜ」
    「ああ。けど、凪ちゃんの最後のお願いとあっちゃ聞かないわけにはいかないじゃないか」
    「凪も杏ちゃんを信じてたんだ、最後まで優しさを……」

    口々に言う顔見知りの大人たちに、杏が振り向く。ようやく見えた横顔に奏が恐ろしさに息を吞んだ。

    「優しさって、何? 信じるって何を? 私が凪さんの、みんなの理想通りに動くこと?」
    「杏……」
    「ねえ父さん。父さんは私がアイドルになるって言ったとき、どんな気持ちで笑ってくれたの?」

    あの人が自分を信じてくれたのは嬉しい。古瀧凪の歌が好きだったし、自分の歌は彼女から受け継いだもので出来ている。彼女の信頼は、彼女を愛する気持ちを受け入れてくれていた証だろう。

    「みんなは、違くない? 私はさ、凪さんじゃないんだよ。私だって子供以前に一人の人間なんだよ。私にだって大事な人の最期を悲しむ権利くらいあるでしょ! 私にだって歌わないことを選ぶ権利、あるんじゃないの!? それでも私は自分のやりたいように歌うよ、だって全部大好きだもん! それが、何、何でこんな、素直に絶望もできないなんて」

    蹴られた椅子が大きな音を立てる。杏の体はふらつくにも似た動きで立ち上がった。髪が柳のように滑らかに動いた。

    「みんなが信じてるのは、『ストリートの私』でしょ」

    最期に挑むには、せめて誰かに愛という名の呪いを託さなければ正気ではいられないのだろう。誰だって死にたくはない。あれほど己の生に想いを漲らせていた者ならばなおさら。だが、呪い続ける役割を誰かが担うのは、それは話が違うじゃないか。

    飛び出していく杏に口々に呼びかける声が追う。すべて振り切って、彼女は行ってしまった。追いかけようとしたまだ若い大人を遮ったのは雫である。

    「……お姉ちゃん……?」
    「……やっぱり、間違いじゃなかったのね。気持ち悪いわ、人を騙し通そうとみんなで話し合うのも、それを愛や優しさだと言い張るのも」
    「し、雫、何言ってるの……」
    「エゴを責任転嫁するのは、そんなに簡単? 自分がそうあってほしいだけなのに、『大事な人がそう望んでるんだよ』って言えば拒んだこちらが悪者なのに。とても、ひどいことなのに」
    「お姉ちゃん! それこそ責任転嫁っていうか、勝手な自己投影はやめなよ。私たちは部外者だよ」

    志歩が雫の肩をつかんで引くと、彼女は想定外のように志歩の顔をまじまじと見つめた。それから、ひどく悲しそうに眉根を寄せ、憐れな目元を振り切るように瞑ってから志歩の手を振り払った。足早に、靴のヒールを高々と鳴らして外へと出て行く。穏やかなベルの音だけが余韻までゆっくりとその場に居座っていた。

    ひそひそと噂する声が聞こえる。居心地が悪くて、志歩はすぐに奏の腕を無理矢理引いて外へと出ようとした。同じタイミングで彰人が立ち上がる。

    「彰人も冬弥も、すまねえな。伝説の実態はそんなもんだ」
    「いや、むしろやっと一区切りついた気がするんで、ありがとうございます」
    「……最期を送り出すライブだと知らずとも、白石や彰人は人生を変えるほどの音楽だと感じたということでしょう。俺はそれを信じます」
    「そうそう。貰ったもんは変わんねえっすよ」
    「……そう言ってくれると助かる」

    少しだけ頭を冷やしたいからと言って、彼はそばの席にいた毒々しい色の衣装を羽織っていた長身の男を連れてライブスペースに行った。その歌声は、もう店を出てしまったから聞いていない。志歩はただ奏を引きずって、杏と雫の姿を探していた。暗い夜でもネオンライトに輝く街を、今はどう見ればいいのか分からなかった。杏には一体どう見えたことか。途中でリンが知らせに来てくれたので、ふたりは恐る恐るセカイへの曲を繋いだ。

    なんとなく、今日降り立つ場所はここだろうと思っていた。どうやらセカイに出るときの場所は思い浮かべれば指定できるらしいというのは最近気が付いたことである。杏がいるだろうと思って志歩が来たのは、以前ゲリラ配信をしたネオンライトのステージ。ステージ裏にいつの間にか置いてあった誰のものでもないベースの弦を、杏の細い指先がベンと弾いた。

    「杏。……お姉ちゃんは?」
    「は……? 知らないよ、見てないし……」

    大方、このステージにいるとは予想しないまま曲をかけたのだろう。奏もそうだ、バラバラに来たから、きっといつもの場所に出ている。
    照明の落ちたステージは、ネオンサインが仄かに光るばかりで、杏の後ろ姿はただ頭頂部が紫がかるばかりである。

    「……それ考えたらさ、笑えるよね。『遠くに行っちゃったんだよ』『修行に行ってるんだよ』って、もうそれ、幼稚園児に対する誤魔化し方じゃん。三年前って、中一なんですけど」
    「……凪さんのことが嫌いになったの?」
    「まさか。嫌いになんかなれるわけないじゃん。けど、信用はできなくなったかもね、凪さんの言葉も街のみんなも」
    「優しい嘘だとは思わないんだね」
    「何が優しいの? それって私への優しさじゃなくて凪さんへの優しさでしょ」
    「……そう、かもね」

    杏はステージの壁に背を凭れて座った。志歩は取り残されたベースを抱き上げ、隣に腰を下ろした。冷たいボディに彼女の体温が移っていく。ふと、顔を上げた。ステージに真正面から上がってきて、ひらりと衣装を揺らすのは、物寂しげに佇むミクの姿。彼女はおもむろにやってきて、杏の体を抱きしめた。杏は、動揺もないまま肩にうずめたミクの頭を横目に見ていた。

    「とってもつらいことがあったんだね」
    「……分かんないよ。ちゃんとお別れできれば泣けたはずなのに、こんな知り方って無い。凪さんの命が、私の青春劇の一イベントに消費されたんだ」

    どきりとした。ベースに触れていてなお初めて、この子を今は弾けないと感じさせられた。

    志歩は、あの街の人たちの気持ちが分かるのだ。志歩にもまた、大切なまだ幼い子供を守るために、その無垢な子供を傷付ける嘘を吐いたことがあるから。しかし杏のやるせなさもまた分かる。いつかまた四人でと願ってくれたその子供の前で、志歩はアイドルになる道を選んだ。あの時の嘘は確かに、自分が妥協できないものと幼馴染の平穏をどちらも守ろうとした自分のためだけのエゴだったと今なら分かるのである。そしてその嘘は、一歌に消えない傷を残している。……張り付けただけの冷たい笑顔と鋭い瞳。その顔と、目の前でかじかんだ心を抱きしめる杏の顔が重なった。

    「今は、ライブを見て元気が出る気分じゃないかな?」
    「……ごめんミク、今は、歌とどう向き合えばいいか分かんない。凪さんのおかげで音楽が好きになったのに、凪さんから貰ったもの全部、街で育ててもらった全部、信用したくないよ」
    「うん。ごめんね」
    「何で、ミクが謝るの?」
    「アイドルは明日を……今日を生きてく勇気をあげるものだもん。だけどわたしたち、まだまだバーチャル・シンガーでしかないから。歌うことしかできなくて、ごめんね」
    「そ、ッ……そんなことない!!」
    「わっ……!?」

    固く抱きしめてくれるその小さな肩を両手で掴んだ。驚いたミクがぱちぱち目を瞬かせる。……抱き締めてくれるじゃないか。無力を嘆いてくれるじゃないか。人間と同じステージに立ってくれる、それのどこが「歌うことしかできない」存在なものか。
    しかし杏の言いたいことはすべて胸元に溜まったまま上がってこず、ぱくぱくと二度三度口を開いたばかりだった。最後にとうとうこぼれたのは、すべての建前や優しさを剥ぎ取った、どうしようもない本音だった。

    「ミクは、セカイのみんなは、私に嘘、吐かないよね……?」

    ミクは即座に、真剣な顔つきをして答える。

    「吐かないよ。歌は絶対に嘘が吐けないし、わたしたちは歌姫だから」

    かつん、とステージへ上がる階段につま先のぶつかる音がした。素敵ね、と優しげながらに冷えた声色がミクに向かう。凍えながらにして穏やかなようにも志歩には聞こえた。雫と奏、ふたりはそっと寄り添いあうように手をつないでいた。

    杏が下を向く。ミクの肩にかけた手もだらりと落ちていき、ただ無力だけが残った。どうしてみんな集まってくるのだろう。ちゃんと元気になるから、今は一人にしてほしい。だがいざ一人にされても何を考えることもできないような気がして、できるとしたらそれはきっと思い出の否定ばかりだから、一人にしてくれとは言えなかった。……ふ、と視界に赤いものが映った。

    「話は聞かせてもらったわ!」
    「……え……」
    「何がウソで何がイヤか何がアリで何がナシか、しょうがないものはしょうがない! スパッと諦めましょ!」

    杏は呆然とその赤い差し色の衣装を、綺麗に整った茶髪の先を、生命力に満ち満ちて輝くブロンズの瞳を見上げ見つめた。この状況でよくもそんな無神経なことが言える。大人びた声の低さ、しかし活発な高い声調子。

    「……MEIKO?」
    「ええ、初めまして杏ちゃん! 志歩ちゃんも! めーちゃんって呼んでね!」
    「よろしく……いや、『めーちゃん』はさすがに、遠慮しとくけど」
    「えっと……めーちゃんには雫が話したの?」
    「呼ぶんだ……」

    彼女に対してすら荒みかけていた気持ちも、かわいい呼び方をすれば良い具合に気が抜けた。雫が強い足取りで杏に近寄ってくる。それと入れ替わりに、志歩はベースを置いてひとり取り残されている奏の隣へと寄り添った。あたたかく手を握ってあげるのはちょっとガラじゃないけれど、ぴとりと肩を寄せるくらいならできるような気がした。腕の触れ合う距離で、奏とともに雫の方へと不安の宿る視線を向ける。そっと奏の耳元でささやいた。

    「お姉ちゃん、配信のコメントとかイベントへのメッセージのこと、ずっと気にしてるんだ」
    「メッセージ……?」
    「『安易なキャラ変やめて』とか『どっちが本当の性格ですか?』とか」

    青色の瞳は大きく見開かれ、やがて行き場を失ったようにふらりと下っていった。そうなんだ、と言うしかなかった。奏は、杏も、そのことは知らなかったのだ。
    けれど配信のコメントの方は知っている。

    『こんなの雫様じゃない』

    アイドル業界の「キャラクター」というものに慣れている浅く広く楽しんでいるのであろうファンからは、ごく普通に雑談配信として楽しまれていた。けれどもその合間に訊かれることごとくに、雫が曖昧に笑って流していたのはリアルタイムで見ていたから。
    杏の手を引き、立ち上がらせた雫はその手で杏の腰を抱いた。ぐっと近付く顔に、今は恐怖を覚えるほどの余裕はない。

    「杏ちゃんは間違っていないのよ。嘘は、吐いた人と吐かせた人が悪いの。優しい嘘なんてないわ」
    「……そう、なのかな……」
    「嘘を吐いていいのは、それがバレたときに相手が傷付かないと断言できる人だけよ」
    「…………」
    「そうじゃないなら、杏ちゃんなら許してくれるっていう甘えだわ。大人が寄ってたかって、気持ち悪い……」
    「っ、おねえちゃ……」
    「はいはい! 雫ちゃん、杏ちゃんもビックリしちゃってるから一回離してあげましょ!」

    メイコが彼女たちの間に割って入る。押しのけたとも言えるが、その際に彼女の広い手のひらは雫の肩をぽんと優しくたたいていた。

    「杏ちゃん、私と一緒に歌ってくれる? 初ライブはあなたとがいいと思ったの」
    「は……話聞いてた? 私今は音楽とは……」
    「歌は嘘を吐かない!」
    「……!」
    「誰の歌が嫌いになってもしょうがないわ。だけど、あなたがあなたのことを嫌いじゃないのなら、自分の歌だけは信じ抜いていいはずよ」
    「……私の歌……」
    「あなたは、凪さんって人じゃなくて、杏ちゃんなんでしょう?」

    杏の目から静かに、にじんだ涙が一粒となって流れ落ちた。……まだ、何を信じればいいかは分からない。整理なんてそう簡単にはできないし、結論を出すのはもっと難しい。でも歌だけは、何もかもを受け入れてくれる。どんな決意も、己の弱さも、ぐちゃぐちゃのままな気持ちも、迷いそのものさえも。杏はしっかりと、メイコに頷いてみせた。

    「だったら、私もあなたを信じるわ!!」

    自由気ままに、まるで竜巻でも巻き起こすような力強いターンを見せる彼女の勢いにつられる。流れ出した曲は、メイコの歌で有名なジャズロック。示し合わせずとも、杏が前に出るのも声を飲むのも、メイコは逐一合わせてくれた。彼女の歌声はとても力強く、向かいのステージのもっと奥にまで響き渡るかのように伸びやかである。ビブラートもこぶしの利かせ方も自然と耳に馴染む。

    かっこいい大人の歌い方だ。ああ、そんな人に憧れたんだった。そんな人と一緒に歌いたかったんだ。
    大好きだったよ、凪さん。私に人生を歩ませてくれてありがとう。あとはもう、一人でも大丈夫だから。守られることはないかもしれないけど、守りたいものがたくさんあるんだ。
    見守ってくれている奏に両手を広げ、精一杯満面に笑みを湛えた。エアハグして見せると、彼女も照れ笑いをしながら返してくれた。

    ようやく、泣けた。


    ────────────────


    「杏ちゃん……家に帰るの?」
    「え? うん、帰るよ? みんな心配させちゃってるだろうし」

    雫はひどく不安そうな顔をして杏を見つめた。どうして、とすら言いたそうだった。思いきり歌ったあとにはバーチャル・シンガーたちも交えて昔の話などをして、時刻はすっかり夜中だった。

    「……一緒に来てくれる?」

    あやすように頭に手を伸ばし、杏は彼女にそう微笑みかけた。傷への恐れと痛みを知った女の、曖昧な微笑み方だった。傍で見ているだけの志歩までもその表情には傷付いてしまう。頷いた雫とともに、志歩と奏も一緒にビビッドストリートへと戻った。ミクやレンたちは笑って「頑張ってね」と見送ってくれたが、メイコだけはどことなく思い詰めたような憂いを帯びた目でじっと杏を見ていた。

    彼女たちがビビッドストリートへ戻って一番最初に目にしたのは、路地から路地まで暗い中を懐中電灯やランプを持って駆け回る大人たちの姿だった。

    「杏ちゃーん!」
    「杏ちゃん、どこ行っちゃったの?」

    みんなもう、杏が凪について聞いたと知っているのだろう。だから出ていった杏がショックを受けていることを知っている。

    「……だからって、ああ……」
    「杏……泣かないで。わたし、そのためにそばにいるよ」
    「うん、ありがと。……みんなの中ではさ、私ってずっと小さい子供のままなんだね。見守ってなきゃ心配で、仮の幸せだとしても嘘付いて守ってなきゃ壊れちゃうって思われてる」
    「……おかしいわ、そんなの。杏ちゃんは何も嘘なんか吐かなくたって一人で立てる子なのに。誰も杏ちゃんのことなんて見てないのね」
    「お姉ちゃん」
    「歌が好きでいてほしい、凪さんが好きでいてほしいって、ただのあの人たちの理想でしょう。杏ちゃんがどんな音楽を好きになるのか、これからのことを何も考えずにただ凪さんの言うことに何年も従い続けていた人たちのところへ、どうして杏ちゃんが帰らなくてはいけないの?」

    お姉ちゃん、と志歩がひときわ強く呼び咎める。

    「……はは、そうかもね。正直ここがあったかい街だっていうのはもう信用してないよ」
    「凪さんだって酷いじゃない、本音のお別れすらしてくれないなんて薄情だわ。大人ってみんなそうなのかしら、人の幸せを考えてるようなことを言って結局自分のことしか見ていない」

    杏がギリリと強く拳を握り締める。無理に笑って捨てるかのような皮肉っぽい目つきは、決して雫を否定しなかった。代わりにその薄い肩を掴んで振り向かせたのは志歩である。

    「お姉ちゃん!! お姉ちゃんこそ杏のことちゃんと見なよ!」
    「っ、しぃちゃんは誰の味方なの……!?」
    「私は私! 誰の言うことも分かることは分かるし嫌なところは分かりたくない、だから……! だから今は、少なくともお姉ちゃんの味方はできない……」

    志歩の大きな声に近くにいたらしい大人が気が付いた。光の届かない路地に懐中電灯のあかりが差し込むその瞬間に、杏、と心配そうにかけられた声がふっと杏の顔を上げさせた。

    「杏は、お姉ちゃんじゃないんだよ。嘘を吐いて今更ファンを傷付けた自分が許せないのは分かる、だけどこの街に自分を重ねて責めるのは、それこそ自分のことしか見てないんじゃない?」
    「……! それは……それ、は……」
    「お姉ちゃんの言葉で杏が傷付いてたの、今、見えてた?」

    そういえば、飛び出す前に言った質問の答えを、まだ聞いていない。アイドルになるよと言ったとき、どんな気持ちで笑って応援してくれたの? だけどその前に、心配してくれてありがとう、だけ言いたいな。「父さん」と小さく零れた声とともに、杏は顔を仄かに綻ばせた。いっぱいに見開いた雫の目が、悔しいように悔いるように、震えながら地面に視線を落とした。


    ────────────────


    集まってくれた街の住民たちに謝罪とお礼を言ってから、父についていって家へ向かった。大きな背中の後を追うその背に躊躇ってしまった三人も、振り向いた杏の微かな微笑みに手招きされればついていかざるを得なかった。

    「今はさ、『部外者』の友達にこそいてほしいんだよね。程よい距離感みたいな? 志歩と雫も、今のままで同じ家になんか帰れないでしょ」

    杏の父も快く招いてくれたから、三人は素直についていくことにした。自分たちを取り巻く状況の中でひとりになりたくないのは誰しも同じなのである。夜の灯りの真っただ中、カフェへ向かう途中、ふと志歩の手の甲に何かが触れた。驚いて下を見ると、隣を行く雫の指先である。顔を上げれば、縋りつくような情けない瞳の煌めきがじっとこちらを見据えていた。もはや何が演技で何が本音なのか分からなくなってしまった日野森雫の、最後に残った本当の姿、……家族としての不安。みっともないお姉ちゃんでごめんなさい。あなたのお友達を傷付けてしまってごめんなさい。お願いだから、見捨てないで。
    ひとりぼっちになれない悲しい人。ゆるされないままではいられない優しい人。仲間になるほど近付いてみれば見えた姉のそんな本質に、気が付いてしまって良かったのかどうかは分からない。それでも、知らなかった程よい家族の距離には戻れない。もう仲間なのだ。そして親友ですらあるのだろう。

    ──一緒にアイドルになろうよ、雫。

    家族としての距離を壊し、ラインを踏み越えたのは自分からだった。

    ──いいのかな、なんて考えなくてもいいんだよ。
    ──お姉ちゃんが思ってるよりずっと、みんなは他人の持ってる『自分』に対して寛容だよ。

    姉をアイドルに引き戻した、あの時の言葉に、志歩は最後まで責任を持つと決めている。……小指だけを引っかけるようにして絡めた。カフェまで、ずっとそのままだった。なんだか子供に返ったかのようで、きゅっと引き返されるその感覚がくすぐったかった。

    カフェに着いたらその指はぱっと離したけれど、同じ席には座った。二人席にそれぞれ腰掛けた子どもたちに謙も改まるように椅子を引っ張ってきて腰を落ち着けた。カウンターよりこちら側にいる父を見るのはずいぶん久しぶりな気がして、自分が起こした非日常に杏はぐっと肩肘を張った。

    「杏、すまなかったな、凪のことは」
    「もういい、それはもう……受け入れたし」
    「……そうか。強いな、お前は」
    「強いって……そうは思ってなかったから黙ってたんでしょ? それともタイミングがなかったって言うつもり?」

    ぼろ、ぼろ、と棘にまみれた言葉が喉から口へと転がり落ちる。違う、こんなことが言いたかったわけじゃない。もっと優しい人でありたいのに、もっと素直で、正しくありたいのに。……それは、アイドルとしてか。いや、違う。それは街の子供としてか。それも違う。この父の子供としてか。大人に向かう青年としてか。一度しかない女子高生としてか。全部違う。違う。違う。こんなはずじゃなかった。もっとキラキラした、そう、キラキラした人の顔が見たいのだ。そのためには自分がまず輝かねば望んだ光景は巻き起こせない。信用だの何だの、自分はそんな土台に立ってはいけないはずではないか。

    杏は、するりと組んだ指を組みかえた。父が申し訳なさそうに頭を掻く。それでも彼は決して情けない男にはならず、険しい顔つきが杏の憧れたミュージシャンのままだった。

    「……あのアルバムな」
    「え、ああ……」
    「俺の部屋にあったって言ってたけど、クローゼットの上にあっただろ」
    「……うん。あったけど……?」
    「俺はな、だから見つからないと高を括ってたんだよ。凪が人から貰った追悼の手紙も、凪も大河も受け取らなかったから俺が代わりに持ってたもんだが、捨てられなかったから一緒に置いてた。今思えば、俺は今まで、凪が信じてたことを信じきってなかったってことになるのかもな」
    「……『遠くにいるってみんなが言ってくれれば、この街とつながっていられるような気がする』って?」
    「ああ。……杏。ちょっと立ってみろ」

    怪訝そうに眉をひそめながらも杏はそろりと立ち上がった。父もまた立ち上がり、彼女に歩み寄る。娘のつむじをまじまじ見下ろし、彼はぽんと広い手のひらを彼女の頭に乗せた。どこか躊躇いがちに、あるいは控えめに、娘の頭を撫でる。

    「……大きくなってたんだな、杏」

    はっ、と見開かれた目が光を反射して煌めきを散らす。そうして悔しさのままに歯を食いしばる。当たり前だ。そんなの、そんなの。今までいったい何を見てきたっていうんだ。
    もしかしたら杏は、何事もなくビビッドストリートで生き、理想通りに相棒を見つけて今もなお伝説の夜に固執していたら、ならば憧れの人の死にかかったすべての想いを飛び越えてしまえばいいと今考えていたかもしれない。それが愛した人との過去を障害と認識することになることであろうとも。だって、ここで生きていた自分にはその夢しかなかった。
    だが、今は違う。雫のことでアイドル業界の裏側を垣間見て、奏との交流でひどく歪な家族愛を知り、それでも目の前にいる人全員が自分色に染まるステージからの光景を愛したのだ。それは想いを聴衆の心に突き立てるストリートミュージックよりももっと穏やかで、憧れるくらいに眩しい木漏れ日。その向こうにあるものへと手を伸ばしたその時、杏は故郷を飛び出して大人になったのである。

    「……あのさ、杏……」

    自然と、全員の視線が集まる。おずおずと声を上げ、視線に首をすくめたのは奏である。

    「マネージャーさんに掛け合って、この街のライブハウスで、歌ってみない?」
    「え……」
    「杏はアイドルだよ。嘘を許せない強さも、嘘で傷付く繊細さも、……わたしがお父さんに吐かなきゃいけない嘘を許してくれる優しさも、杏だけの気持ちで、想いだと思う。守られる子供じゃない、みんなを守るアイドルだよ。歌えばみんな、認めてくれるんじゃないかな」
    「へえ……いいじゃん、やろうよ。ここって、音楽の街なんでしょ?」
    「そうね、私もそうしたいわ。このまま杏ちゃんが守るべき子供として見られ続けるのも嫌だけれど、なにより、このままではいつまた『優しい嘘』を吐くか分からないもの。杏ちゃんが大好きな家族を信じられないままでいなくてはいけないのが、私はつらいわ」

    優しい、けれど強い、そんな仲間たちが何よりも好きだ。好きだ、けど。今はそれが杏を苦しめる。凪の死、そしてそれがとうに過ぎ去った悲劇である事実は受け入れた。彼女のことは悼もう。そして愛そう。だがそれゆえに、このままアイドルでいていいのかが分からない。だって、だってあの人は、あの人が望んだ杏の姿はアイドルではない。

    「……父さん、私、どうしたら……」

    ああ、何もない。あのとき見た希望は? 昔憧れた歌は? 目指したいアイドルって何? 音楽で沸く熱狂って何? 目に焼き付いた記憶こそが完璧なものだった。夢を見せてくれたあの夜。夢を見せてくれたセカイの真っ青な海。
    あの夜にいた父は、今もなお杏にとっては理想とするものだった。突っぱねたくせに、すぐ完璧さに縋ってしまう。今まで一人で立てているような気になっていた自分が怖くなるほど。

    「杏。人ってのはな、いつだって平等じゃないんだ。どうやったって未来がある奴より未練のある先の短い奴の方が可哀相だし、優先しちまうもんだ」
    「……え……?」
    「けど死んだらそれでおしまいだ。なんとなく、今日分かったよ。俺たちはずっと、凪が死ぬ直前の時間を生きてたんだな」
    「…………」
    「死んだら終わりだ。あとは生きてる若者の出番だろ。凪のことを忘れるのも大事にするのも、託されたものを受け継ぐのも受け継がないのも、お前の自由だ」
    「……そんなの、自由じゃないよ。やめてよ、何で? 何でそんな、急に放り出すわけ?」
    「大人になったんだろ。親に頼らない、一人前のお前が見たいんだよ」

    それから、気が付いたら自室のベッドに顔をうずめていた。自分からまた飛び出したのか、そろそろ寝ろと言われて戻ってきたのか、あまり覚えていない。見捨てられたようでショックだったわけではない。父の言うことは尤もで、理解するには難くない。元よりひとり立ちを選んだのは自分である。ただ、奏たちのことを、奏のことを考えていた。

    奏が父親に娘だと言い出さないこと、あなたの妻はもういないのだと言わないことを杏が悪いことだと思わないのは、街の大人たちが杏に凪の死を言わないこととはワケが違うからだ。事実、奏の父はストレスで記憶障害となっている。彼の強さを信じることはできない。……そして彼は、自然と記憶を取り戻していけば、きちんと妻の死を弔い別れを告げた過去がある。
    だから杏は奏のそれを決して責めはしないし、その末の幸福を願う。それを奏は「優しさ」と言ったが、杏はそうとは思わない。ただ、当たり前のことである。

    シーツに顔を押し付ける。意識が沈んでいく。まだ風呂にも入っていないし歯磨きもしていないけれど、もうこのまま眠ってしまおうかと考えたその時だった。

    『杏ちゃん、いるかしら?』

    驚いたわけではないが、何故かぱっと跳ね起きてしまった。そこまで反応されるとは思っていなかったか、そして杏自身そんな反応をするつもりでもなかったから、メイコと杏はお互いに目を丸くして瞬きをしていた。

    「あ……ご、ごめん、めーちゃん」
    『いいのいいの! 急に出てくる私も悪かったし!』
    「どうしたの? 歌い足りなかったとか?」
    『いえ……今ね、ミクがライブをしてるの。それを一緒に見られないかと思って』
    「ミクの……? 別にいいけど……」
    『ありがとう。実はね、杏ちゃんに言い忘れたことがあったから、それを言いたくて』

    最後にそう言いながら少し寂しそうな横顔を見せた彼女のその続きを聞くべく、杏は曲を再生してセカイへ飛んだ。いつものステージ袖へ出て、そこでメイコも待っていた。言い忘れたこととは何だろうかと首を傾げた杏は、危うく触れそうになった黒い幕から一歩離れた。そのまま視線は、幕の途切れる先のステージへ。横からでも目を引くのは、今や世界的歌姫である初音ミクの限りなくリアルな姿。

    「ミクの歌う姿、いつ見ても可愛いでしょう?」
    「うん。最初はああいうのが良いのかなって、私もああいう風に歌おうとしてた時期があったんだ。けどやっぱ、ミクはミクだね」
    「ええ。杏ちゃんはミクにはなれないし、ミクだって誰にもなれないわ。まあ、バーチャル・シンガーっていう視点で見ればむしろ誰にでもなれると言えるけど、それでも誰かに成り代わることはできないものね」

    メイコの横顔を見る。隣り合って立つ彼女は自分より少し背が高かった。光を半身に浴びるその顔はずっと前を向いている。杏も、ミクの姿をもう一度見た。弾む歌声がステージ中を舞い散っている。声そのものがライトに煌めくかのようだった。

    「……杏ちゃんと凪さんの話ね、私はどちらかと言えば凪さん側なの」
    「え……」
    「だって私はMEIKOで、あの子は初音ミクだもの。自分よりももっと愛されるようになってほしいって気持ちはよく分かるわ。だけど私のことも忘れないでほしいって気持ちもね」

    メイコも少し首を傾けて杏に目を向けた。すっと細い鼻筋が可愛らしく、活発そうな目が細められる様は優しげだった。
    杏は「あ」と声を漏らして気まずいような気持ちで一度目を逸らした。けれども続いたメイコの言葉にまた顔を上げる。ステージの上ではライブが最高潮を迎えていて、大人しいBメロからサビの力強い盛り上がりに移り変わる音はまるで波のように袖のふたりにぶつかってきた。

    「託すのは、託す側の勝手よ。どう受け止めるかだって、託された側の勝手でいいの。たとえ自分の後を継いで夢を叶えてくれたって、夢を叶えたのは結局自分じゃないんだもの。頂点に立てなくなった時点でどのみち後悔は避けられないわ」
    「……凪さんたち、きっとたくさん後悔したんだろうな」
    「そうかもしれないわね」
    「けど……そうだよね。後悔を誰かに押し付けられるような人じゃなかった。あはは、だから呪っちゃうんだなぁ……」

    光が眩しくて、腕で目を覆った。ずる、と滑らせ、手の甲を額に押し付ける。光の降り注ぐステージを見つめながら、杏はぼんやりと、凪が死ぬ直前の時間を生きていた、と父が言っていたことを思い出した。それこそが凪のかけた街への呪い、誰よりも強い愛情だったのだろう。
    杏も、同じ気持ちだった。一緒に生きてきたみんなを愛している。いつまでも自分を中心とする家族であってほしい。雫や奏のような慈愛などではない、無邪気な愛とはワガママだ。けれどもひとつ、純朴な想いがあるとするならば。

    「……その呪い、解いてあげたいな」
    「いいの?」
    「だって私、アイドルだもん。だれかに明日を生きる希望をあげたくてここに来たんだ」

    笑うと、覗いた白い歯がきらりと光った。メイコはその母のような若々しく瑞々しい笑顔を前に、ぽかんと驚いて、けれどもすぐに頬を緩めて静かに笑った。


    ────────────────


    それからは早かった。翌日すぐに奏たちの提案を受け、マネージャーとの交渉に向かった。また自分本位なことばかり、と大層呆れていたものの、集客は見込めると杏が断言するのでしぶしぶ受け入れてくれた。既に発表したことのあるものを数曲アレンジし、奏が杏のために作った新しい曲をライブの頭にするべく練習を重ねた。仕上げるために短くはない時間こそ費やしたが、その時間が、その時間に交わした言葉や笑顔の数々がまだ新しい傷を癒してくれた。……何度も、泣いてしまったけれど。大丈夫。仲間たちは涙を受け止めてくれるから。その分ファンやこれからファンになってほしい人たちの前では精一杯の笑顔でいよう。街の人にも、涙はもう二度と見せないから。大丈夫。心は昨日よりも今日、今日よりも明日、強くなっているはずだから。

    チケットを渡したビビッドストリートの面々は、みな楽しみにしていると言ってくれた。……まだ、子供。あくまでも子供の成長を見に来るだけのつもりでいる大人たちの言葉に傷付いてしまったのは本当だ。けれども杏はその裏側にある子供の気持ちで素直な笑顔を返してみせた。来てくれるならそれでいいのだ。あとは杏の力量で決まる。もう迷うことはない。

    YUME YUME JUMP!初のワンマンライブを開催したのは、ライブハウス『COL』だった。仲間たちも、客の半数以上も、杏のためにライブを開き杏のために集まっている。その我儘に胸を痛めはするが、恐れはしない。希望を届けるために、全員が踏み切ったのだ。まずは、杏自身が仲間に届けてもらった希望を受け取らなければ。
    観客席は街の人間と志歩たちが捌いたチケットで来てくれた人、事務所のプロデュースで集まったファンでいっぱいだった。客席脇の扉からそれを覗き込んで確認した雫はほっと息を吐いた。ワンマンはどう考えてもこのグループには早すぎるが、ビビッドストリートが「家族」でよかった。これだけの成果があるならこの件に関してはあまり怒られずに済みそうだ。

    客席はペンライトを持つファン層とタオルを持つファン層とが混じり合い、ビビッドストリートの住人は街の外の人間がこのハコに大勢混ざっていることに困惑し、純粋なアイドルファンや志歩や雫の顔馴染みなどはアイドルとは程遠そうな客を怪訝そうに避けていた。
    だが、どの人間もステージの前では平等である。次第に照明が暗くなり、やがて、ざわめきをも咎めるようなブザーがなった。まるで演劇が始まるときのような開演ブザー。
    しんと静まり返ったライブハウスに、「ああ」と吐息のような第一声と転がる鈴のような音楽が響いた。そのまま流れ出す曲と歌声に合わせ、スポットライトが四つの姿を照らし出す。しっとりした曲の雰囲気に合わせてか、きゃーっと上がった声はまだまだ控えめだった。シンセサイザーと鈴の音色にアイドルたちの歌声が、そしてもっとたくさんの音が重なっていき、杏に似合うポップでロックな曲になる。見慣れない杏の姿と、そしてそれを見慣れたファンがうちわやペンライトを振る姿に、街の常識が塗り替えられていく。

    さぁどうか、大人なのだと認めてくれ。ダメならもっと、何度でも歌ってみせよう。杏が歌しか知らないからではない。杏が凪に憧れているからではない。伸びやかに、ムラのない歌声を届けていく。伸ばした手に最前列のファンが歓声を上げる。なんだか嬉しくて、杏に歌わせてくれる曲自体がもう愛おしくて、杏はふと、ポジショニングを変える道すがら奏の手を取った。パートのなかった奏がかろうじてえっと飛び出しかけた声を抑える。……この曲を作ってくれる、最高の“相棒”が隣にいるからだ。

    ぶわ、と奏の体が浮いた。杏の歌声は止まらないまま、彼女の奏と繋いだ両手が軽々とその軽い身体を振り回したのである。ぐるりと一回転する中で、驚いていた奏は、自分を見上げる彼女のきらきらした表情に見惚れ、体が地に落ち着く前に花咲くように微笑んだ。

    本当は、もう一度凪に会えたら訊いてみたいことがあった。宵崎奏は、一体自分にとって何であるのか。友達、と呼ぶにはお互い献身的すぎるようだ。けれども親友と呼ぶのは躊躇われる、志歩と雫のことだってそう呼びたい。だが奏は誰より特別なのだ。誰より、守ってあげたいと思う。だからこそ相棒だとは思えなかった。一方的な寵愛は切磋琢磨ではない。

    しかし、もう、自分で決めていいのだ。もはや相棒とは何なのかさえ、あの憧れていたRADerの関係にこだわらなくたっていい。ただ、ただ。

    ──私だって、『RAD WEEKEND』の思い出に追い立てられてるから。

    初めて弱音らしくそう言ったとき、奏は笑って問うた。

    ──それでも、やめられなかった?

    ああ、あの時、どれだけ自分が救われたことか。杏はずっと前からただ奏を守るための仲間ではなかったのだ。
    同じ痛みを知っている。同じ痛みを分かち合い、嘘を吐く側と吐かれる側、立場を違えてもなおその痛みを分かち合ってくれる、……それを自分は、相棒と呼ぼう。

    ライトに染め上げられた中、暗闇に沈む客席が見えた。きっとそこからは、あの伝説の夜とはまるで違う景色が見えているのだろう。ぽかんと口を開ける者、他のファンのノリに乗って応援してくれる者、吹っ切れたように涙を流す者。ここから見える光景も、いつ見たどの街の姿とも違う。
    ああ、お互いに新しい一面を知ることができた。歌えば、言葉や態度ではどれほど身を守らねばならなくとも、声の奥からは本当の自分が現れる。……今、ようやく見えた素の自分、その姿は果てしないほどの純白だった。

    私は、この街が大好きだ。私は愛してくれたみんなが大好きだ。私は応援してくれるみんなが大好きだ。私は私を傷付けるものでさえも、きっと誰かの大事なものだから。

    「──私は、私達は! すべてを愛するアイドルだ!!」

    曲がしんと、雪が降り始めたかのように収まっていく。その代わりに前に出た杏は一輪の炎のように堂々と輝いていた。

    「白い杏の花を咲かせて! 『YUME YUME JUMP!』の白石杏だよ! どんなことがあっても、どんなに傷付いても、咲く花の色は変わらない。そして枯れない! もっと輝く! 私はいつまでも真っ白な可愛いアイドルとして、落ち込んだって大丈夫ってみんなに希望を届けるから、これからも末永く応援してね!」

    今日は来てくれてありがとう、最後まで聴いてってね! 無邪気そうに大きく手を振る杏に、新たな歓声がいくつもステージへと向かって飛んだ。いくつもの見知った顔に笑顔を振りまく。そうして杏は先ほど繋いだ奏の手を取った。一緒に上げて手を振れば、奏は照れくさそうにはにかみながらも自己紹介に移った。きっとその彼女たちの笑顔を見てビビッドストリートの者たちは悟っただろう。あれこそ長らく杏が探し求めていたものの、最近はめっきり口にすることもなくなっていた彼女の相棒だと。
    杏も、きっと相棒だとは口にしない。ひそかに自慢にするだけだ。そして支えにするだけだ。自分がこの先いつだって選ぶのは、愛と名の付く呪いを孕んだ過去ではなく、痛みも喜びも悲しみも、同じ景色をまったく違う視点で見ながら二人で守り支え合う、背中合わせの隣を行く彼女だと。


    追加楽曲『私は、私達は』  白石杏・宵崎奏・日野森志歩・日野森雫・MEIKO
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