いつもと違う海を見て「なあ、忠さんの行きたいカキゴヤ?ってどこにあんの」
「ナビの言うことを信じるならこの近くにあるはずなんだが……」
那覇空港から飛行機に乗った後、電車や特急をいくつか乗り継いだ先でレンタカーを借り、二人は忠が行きたがっていた牡蠣小屋へ向かおうとしている。
珍しく張り切っている忠が事前に予約していたらしいそこへの行き方をスマホで調べ、レンタカー備え付けのカーナビにも目的地設定をする程の気合の入れようだった。
だが、土地勘がない上にあまり大きいとは言えない建物を探すのは運転慣れしている忠にも大変だったようで先程から似たところをぐるぐると回っている状況に陥ってしまっていた。
「まだ予約の時間まではあるんだが、本当にここで合ってるのか……?」
「忠さん、オレが周り見てるから運転に集中してよ」
「ああ、そうだな……すまない」
相当落ち着かない様子の忠を宥めつつ、暦は先程忠が言っていた店名を検索して出てきた外観の建物を必死で探す。すると、視線の先にスマホに表示されている画像と同じ建物がちらりと見えた。
「忠さん、この先のあの看板のとこ、左に入って」
「わかった」
暦のアシストもあり、無事に目的の牡蠣小屋の駐車スペースに車を停める。エンジンを止め、シートベルトを外した忠が暦の方へ向き直り、頬へ軽くキスをした。
「わなに?」
「暦、ありがとう。もう駄目かと思った」
「いちいち大袈裟だなあ……」
「そうか?」
まあでも、忠さんめっちゃ牡蠣好きだから多分一番楽しみにしてた場所だろうし、そりゃあ大袈裟にもなるか──
「ほら、行くぞ暦」
「ちょ……!置いてくなよ!」
「そろそろ時間だからな」
愛之介のようなタップを踏みかねないほどそわそわした様子の忠が引き戸に手をかけ、がらがらと音を立てて開けた瞬間、熱気といい香りがぶわりと二人に降りかかる。
「予約していた菊池ですが」
店員に案内されて席に着くと、忠がメニューに飛びつきすぐさま注文する。
「ほら、暦も好きなものを食べるといい」
「うん、ありがと」
いつもは暦のことばかりを気遣い自分のことは二の次の忠が、自分の『したい』を優先したのを久しぶりに見た暦は心の奥が暖かくなり、自然と笑みが溢れていた。
「どうした?暦も牡蠣が楽しみなのか?」
「ん?うん、まあな」
「ここの牡蠣は大きさや味、焼き加減が最高だそうだ。だからきっと君も気に入ると思う」
待ち切れない様子の忠を暦はこっそりとスマホのカメラで撮影し、後で食べる様子の動画も撮らせてと頼んでみようかなと思いを巡らせていた。
◇
「水族館?」
「ああ。デートっぽいだろう?最近あまりデートらしいデートをしていなかった気がして」
「あ〜……確かに、そうかも」
「これから行く水族館の延床面積は地元のものより大きい上に、飼育種類数は日本一だそうだ」
その他にもジュゴンがいるだとかアシカが見てみたいだとか色々な話を聞かされつつ、車はその水族館に到着した。
「うわ、確かにでけえかも」
町中にどん、と建っている様子に圧倒された暦が入り口はどこかときょろきょろしていると、事前に下調べしていたらしい忠が暦の手を引いてチケット売り場まで向かう。スムーズに購入を終え入館すると、広めのエントランスが二人を出迎えた。
「のっけからお土産屋があるのなんかウケるな。順路はどこかな……」
「ここには順路というものがないそうだ。さあ、気になるところがあればまずはそこは向かおう」
いつの間にか館内マップを手にしていた忠に驚きつつも、一緒にそれを覗き込む。暦はあるゾーンが気になったのでそこを指差すと、奇遇だな、私もそこへ行ってみたかったんだと忠が微笑んだため、そっと小指を絡めてそこへ向かった。
「見て忠さん!アンモナイトいる!」
「暦。それはオウムガイだ」
水槽に張り付いてはしゃぐ暦を忠は後ろから見守り、自身も水槽の中にいる生物に目を向ける。暦にアンモナイトと間違えられたそれは、じっと水槽の隅で固まっている。