普段の戦闘で怪我をするのは大抵エリジウムの方であり、気づいたら医務室にいたり自室に運ばれていたりすることがたまにある。そんなときはいつも友人であるソーンズにため息をつかれたり無言の圧を食らったりして、ごめんね、迷惑かけたね、などと言って笑ったりしていた。
通信員という狙われやすい立場であるから、それは仕方のないことなのだ。悪いとは思っても、特に反省するようなこともない。
眉間に盛大に皺を刻みながら、それでも彼は最後には、仕方のない奴だ、と許してくれていた。それが、いつものやり取りだったのだ。
その日。作戦中、先鋒が待機していた路地裏に伏兵がいて、強襲を受けた。
向けられた銃口にヤバいと思った瞬間、目の前になにかが飛び込んできた。黒い髪に、白いコート。体勢も整えられない勢いで飛び込み地面に転がったのは、ギリギリで駆けつけた前衛であり、友人だった。
銃声の余韻が響く。僅かに跳ねたソーンズの身体が転がった地面には、赤い帯が伸びていた。
理解が追い付かないまま思わず伸ばした指の先で、赤い液体が吐き出され、頭のなかが真っ白になる。地面に広がった赤い染みを見つめる目が見開いた。
ソーンズとほぼ同時に到着したもう一人の前衛が、伏兵を斬り倒しながら、そいつを連れていけとエリジウムに叫ぶ。は、と我に返ると、震える手で反射的に友人を抱えて走りだした。
自分にとって、ソーンズは仲間の中でも最優の一角で、弱ったところなどほとんど見たことがない男だった。フォローをされるのはいつも自分の方であり、助けてくれるのが彼だった。
強い人だ。いつも凛と立っていた。
……だから、知らなかったのだ。意識のない体がこんなに重いことも。
赤い染みが大きくなる程に、掴んだ指先が──冷たくなっていくことも。
焦燥に縺れる足に力を込めて、最短距離を選んで走り抜けていく。
いつも、迷惑かけてごめんね、なんて軽く笑って、ソーンズが眉間に皺を刻むのを見ていたけれど。
「……ごめんね、」
……本当は。いつも、どう思っていたのだろう。彼は表情が乏しいと、自分は誰より知っていたはずなのに。
「……ごめん、ごめんね……」
何に対しての謝罪なのだろう、混乱した頭ではそれすらわからない。でも。
幾つか路地を通り抜けたところで上着を放り出し、その上にソーンズを降ろして無線機の飾り布を引き千切る。
基地と無線を繋ぎながら、止血のためにその身体を縛り上げていく。
彼の目が覚めたら、これまでの事を謝ろう。そして無謀な行動を諌め、最大級の感謝を贈ろう。
「頼む……、もう少し……頑張ってくれ……!」
話したいことが、たくさんあるんだ。
だから。
──居なくなるのだけは、許さない。
置いていかれる覚悟が出来ている男と、置いて逝く覚悟しか出来ていなかった男の話。