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    Ydnasxdew

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    Ydnasxdew

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    ウェド奪還編(まだ続いてしまう)

    #WT

    Break the Wave「来ると思っていたわ、テッド」
    ウェドの背後から、気味の悪いほど艶を帯びた声がした。岩壁に空いた穴の奥の暗がりから音もなくぬらりと姿を表したシーナは、見せつけるようにウェドの頬をついと撫ぜてテッドに微笑みかける。
    「さあ、こちらへ来て…今、貴方の魂が必要なの」
    唇はなめらかに弧を描いていたが、シーナの瞳は少しも笑っていない。背筋をぞわりと撫でられた気がして、テッドの身体に緊張が走り、無意識に後ずさる。甲高い金属音と共に、視界の端で火花が散った。テッドに注目がいった隙をついて飛びかかったアルダシアの大槍は、ウェドの恐ろしいほど正確な銃撃に弾き返された。
    「ちぃッ…!クソが…!」
    ウェドがおもむろに地に掌を向ける。突然足元の地面がわななくように細かく波打ち、青白い光が染み出してきた。それは宙に浮き出して次々とウェドの手元へ集まり、みるみる間にクリスタルの大槍となった。
    ウェドは槍を掴むなり凄まじいスピードでアルダシアに突きを繰り出す。アルダシアの脇腹を捉えていた穂先は、間一髪で刃を避けたジャケットの端を裂いた。勢いを殺さず回転した槍の連撃が、一瞬の隙も作らずにアルダシアを攻め立てる。
    「やはり惜しい男だな!感情を殺し思考を奪えば、本質はこんなにも凶暴…上等な兵器そのものだ」
    アルダシアが蹴った砂がウェドの視界を遮り、その肩口に大槍の一閃が振り下ろされる。が、挽回の攻撃は瞬時に跳ね上げたウェドの槍に阻まれ、逆にアルダシアの身体が大きく仰け反った。すかさず上半身を狙ったウェドの強突を、アルダシアは宙返りで躱して体勢を整える。
    「できれば殺さずに俺の駒としたかったが、そうも言ってられんらしい」
    テッドにはアルダシアがいかに強者であるか、嫌と言うほどよくわかっていた。その手練れが、先程からほとんど攻め手に回ることなく防戦を強いられている。
    (ウェドだって強いっていうのは知ってる。でも…まさか、あのアルがここまで一方的に押されるなんて…!)
    刃を交える二人を前に動けずにいたテッドに、シーナがゆったりと歩み寄ってくる。テッドは懐からナイフを取り出し、胸の前で構えた。
    「あんた、ウェドに何したんだよっ!あんなのウェドじゃない!ウェドを返せ!」
    「これが彼の本当の姿なのよ、テッド。ああ、怯えないで…貴方の魂はウェドに劣らず美しく輝いている…でもその器に収まっている限りは何の役にも立たない」
    「は?何言ってんのか全然わかんないんだけど!」
    シーナは腰につけた小瓶を一つ手に取りコルクの蓋を開け、妖しい微笑みを浮かべたままテッドへにじり寄る。
    「さあ、その魂を捧げなさい…ウェドは貴方を想うあまりまだ精霊の声に抗っているの。貴方の魂が彼と一つになれば、彼は抗い続ける苦しみから救われる。安息のうちに、昇華は果たされる…貴方の魂が、彼を救う…」

    ──俺の魂が、ウェドを救う?

    シーナの声が反響して聞こえる。シーナの言っていることは何一つ理解できないが、今のテッドが心から望んでいる〝ウェドを救う〟という言葉は、異様な力で意識を掴んだ。目の前に差し出された小瓶の口が、ゆらゆらと水面のように歪んで見える。じっとみていると、吸い込まれていきそうな…
    「貴方もウェドと一つになれるのよ、幸せでしょう?」
    その一言に、ハッと我に返った。
    構えたナイフで大きく前方を薙ぎ払う。切りつけられたシーナの手から小瓶が滑り落ち、岩に当たって砕け散った。
    「…ウェドと俺が、一つに?冗談じゃない」
    テッドはその瞳にシーナを捉え、力強い眼差しをもって対峙した。
    「確か前も言ってたよね。ウェドと一つになって究極の愛を手に入れるとか、完全な女神になるとかなんとか…でも、俺はそんなのまっぴらごめんだ」
    シーナの冷たい視線がテッドを刺す。それでもテッドは、シーナに啖呵を切った。
    「あんた、なんにもわかってない。俺は俺、ウェドはウェド、二人いるから…だから、隣にいることがこんなに幸せなんだ。一緒に冒険して、一緒に笑って、一緒に美味しいもの食べて、一緒に眠って…たまにはすれ違ったり、ケンカになったりしても、それが幸せなんだ。それが、愛するってことなんだ!俺はそれがいい。そうじゃなきゃ嫌だ!一つになんて、絶対になりたくない‼」
    シーナは表情を変えることなく、静かに割れた小瓶の欠片を拾い上げる。ぱっとシーナの手のひらがしなり、振り投げられたガラス片の先端がテッドの頬を切り付けた。
    「つっ…!」
    「愚かな…貴方にもこの愛がわからないのね。こんなに輝く魂を持つ貴方さえも、本質はただの卑しい矮小な男だというのね。嘆かわしい…」
    テッドは頬に薄く滲んだ血を拭い、はっきりとシーナを拒絶した。
    「わかってたまるか、そんなもの」
    「そう。なら死になさい。どうあれ魂をウェドに注いでしまえば肉体は滅びるのだから変わらないわ」
    シーナの声が低く静かに響くと、不意にあたりが冷気を帯び始めた。シーナの後ろ、揺らめく薄霧の中に、いくつも青白い影が浮かび上がってくる。人型を取った液状のそれは、グロテスクな水音を立てながらテッドたちへ向かってきた。
    「ふふ、まだ見れたものではないけれど、たいしたものでしょう?ウェドがこの島へ来てクリスタルの力が強まったおかげで、ここまで昇華させられるようになったわ…さようなら、憐れな容れ物。次に会うときは魂の輝きだけしか残っていないでしょうからね」
    シーナの姿が霧に溶けていき、声も遠く薄らいでいく。霧の中の妖異は次々と数を増やし、テッドに迫っていた。逃げるにしても、背後はまもなく崖になっているだろう。得体の知れないものを前にして恐怖に竦んだテッドの頭を、今までにないほどのスピードであらゆる策が巡っていく。
    (考えろ、考えろ!とにかく動け!このまま終わってたまるものか…!せめて時間を稼げれば!)
    テッドが魔道書に手を伸ばすのと、妖異がテッドの身に襲い掛かったのが同時だった。テッドはきつく目を閉じ、来たる痛みに備える。
    …が、その痛みが身体を襲うことはなかった。おそるおそる目を開ける。そこには見慣れた二つの背中があった。
    「あっぶな!危機一髪〜!」
    「ふう…転移してみれば直後にこれとは。危うく全員無事では済まないところでしたよ」
    二人の女性は振り向くことなく、目の前の妖異へ攻撃を放つ。最前で列を成していた液体がバラバラに弾け飛び、地に落ちて溶けた。
    「ヤコちゃん!ムーさん!どうして⁉」
    「カナさんがアンバーに手紙と転送装置を持たせて届けてきたのですよ。付き合いの長い同業者の危機です、事情を知って放っておけるわけがありません」
    「自警団もグランドカンパニーもまぁ〜腰の重いことよ!その点私たちは自由な冒険家業、そのうえ実力も経歴も申し分ないときた。遅れてくるヒーローには最適ってやつ」
    ムーの白杖が眩い光を放ち、妖異の動きが止まる。ついでヤコブの構えた細剣が輝き、魔法を帯びた一閃が辺りを薙ぎ払った。
    「で?噂の問題児は?」
    ヤコブに問われてテッドが目をやると、アルダシアがいつの間にか姿を消しており、ウェドが虚な瞳でふらりと立ち上がったところだった。
    「…俺が相手する!」
    「そうこなくちゃね!」
    「妖異は私とヤコさんでなんとかします。さあ、行って!」
    「二人ともありがとう!」
    駆け出したテッドを追撃しようとした妖異の身体を、ヤコブの剣戟が切り裂く。
    「聞こえなかったかな?あんたらの相手はこっちだってーの!」

    *****

    「ウェドーッ!」
    強く名前を叫ぶ。
    それに反応したのか、単に目の前に『敵』を認識したのか、ウェドが歩みを止めた。テッドはその対面に静かに佇み、深く息を吐く。ウェドの胸元で、テッドの薬指で、青い光がゆらゆらと明滅した。
    「…あんたが俺を忘れても、俺はあんたを諦めない。一緒に生きていくって決めたから、俺は絶対に…ウェドを連れて帰るよ」
    大斧を構え、ウェドを見つめる。その瞳は暗く、いつもの面影はない。だが、一瞬だけその青が揺れた気がした。
    「…っりゃあっ!」
    自身を鼓舞するように叫びながら、斧を大きく振りかぶった。ウェドは槍を軸に身体を回転させ、テッドの攻撃を躱すと共に背中へ踵を入れる。
    「ぐッ!…ぅ」
    吹き飛んだテッドは受け身を取り転がると、斧を前方へ投げつつ勢いをつけて地を蹴った。小柄なことを活かし、一撃目の斧を避けた足元へ飛びつこうとするが、これも簡単に躱された。テッドはすかさず、ブーメランの要領で戻ってきた斧を横薙ぎにして再びウェドの足元を掬う。が、その斧の刃は槍に絡め取られ、逆に地に縫い付けられてしまった。叩きつけられた衝撃が身体にも伝わり、小さく呻く。細い首が片手で乱暴に握り取られ、再び地面に頭を叩きつけられた。
    「あっ…!ぁ、が…っ…」
    ウェドが無言のまま、静かにテッドを見下ろす。力の入った指が、確実にテッドの気道を締めていく。感情の伺えない、仮面のような瞳のその奥で…
    青い光が、確かに揺れた。
    「っ!」
    テッドは一瞬力の緩んだ隙を突いて勢いよく跳び起き、斧の柄を力任せに握りしめて放り投げた。重い金属音を立てながら、絡め取られたままだった槍と共に二人の武器があらぬ方向へ飛んでいき、地に刺さる。間髪をいれず、テッドは懐から取り出したナイフをウェドへ向かって投げつけた。
    ──ヒュ、と音を立てて空気を切り裂いて行ったナイフは、しかし次の瞬間にはウェドの掌の中にあった。
    「…さすが、ナイフは得意だもんね。初めて会った時の事思い出すよ」
    ウェドがナイフを胸の前で構える。あの構え方。これからの動き。ウェドからナイフ術を教わったテッドにはよくわかっていた。切れた口の端を拭い、そのまま拳を頬の横で緩く握る。
    「でも、素手だったら俺だって負けないから」
    言葉が合図だったかのように、ウェドが襲い掛かってきた。素手なら負けない、そんなの嘘だ。ウェドには敵わない。…だが、幾度となく見てきたこのナイフの動きなら、わかる。次々と迫り来る斬撃を、テッドはひらりひらりと蝶のように躱していく。
    (まだ。まだだ…もう少し…!)
    横薙ぎの連続切り。逆手に持ち替えて、振り下ろして回転蹴り、その勢いでまた横に斬撃──テッドの思うように、ウェドは淡々と技を繰り出してくる。
    (…今!)
    テッドはウェドが振り下ろしたナイフに向かい、左手を突き上げた。ナイフの先端がテッドの掌に深く刺さり、鮮血が流れ落ちる。それと同時に、テッドは太腿に取り付けてあったケースから毒薬のアンプルを取り出し、ウェドの背中側から首元に針を突き刺した。途端、ウェドが叫び声を上げて苦しみ出す。
    「ガァッ…グ、ア、アアアア…!」
    「ぁぐっ…!う、うう〜っ!」
    痛みに苦悶の声を漏らしながら、それでもテッドは目の前でもがき苦しむ恋人に手を伸ばした。
    「ウェ、ド…!ごめん、苦しいよね、つらいよね、ごめん…!でも、お願い、ウェド!思い出して…帰ってきてよ、ウェドぉ!」
    「グァ、アッ、ガアッ!」
    腕の中で暴れる身体を、必死に抱きしめる。叫び、もがき、痛みに喘ぐ姿を見ていられず、テッドはぎゅっと目を閉じて、ひたすら大きな背中にしがみついていた。しばらくすると叫び声が止み、ウェドの身体がびくりと跳ねたきり動かなくなった。
    「…ウェド…?」
    ──反応がない。サッと血の気が引くのを感じながらテッドが身を離そうとすると、まるで深い海から水面へ上がってきたかの如くウェドが大きく呼吸をし、縋るようにテッドの身体を強く抱きしめた。
    「っはぁっ‼は、…がはっ、ごほっ…て、っど…テッド…っ!」
    「…ウェド…?本当に?ウェドなの…?」
    「ああ、そうだ…!テッド、君のおかげで俺は俺でいられた…君が俺を呼び戻したんだ!」
    テッドの目から安堵の涙がこぼれ落ちる。
    「俺の、声、聴こえた?」
    「ああ、聴こえたとも。君の声がするたび、ずっと君を…俺の中にいた君のことを、必死に抱き締めていた。絶対に、それだけは離さないように…!」
    「うっ…うう……俺、俺っ、ウェド…簡単に、諦められないよ、だって、おれ…っ、う、うああ…ぁあ…!」
    堪らず声を上げて泣き出したテッドの小さな背を、ウェドは優しく撫でる。
    「すまなかった。怖かったよな。つらかったよな。テッド、よく頑張った。君はやっぱりすごい男だ。俺を諦めないでくれて、ありがとう…」
    子供のように泣きじゃくるテッドの掌に刺さったままのナイフを見て、ウェドが青褪める。
    「…酷い怪我だ。俺のせいだな、本当にすまない。早く治療をしないと」
    手首を強く圧迫しながら、慎重にナイフを抜き取る。ウェドは葉巻入れから薬草の葉巻を取り出すと、ばらして切り口に被せ詠唱を始めた。淡い緑色の光が揺らめき、焼け付くような痛みにテッドが顔を顰める。ウェドが口を閉ざし葉巻を取り去ると、出血は止まり、傷口もほぼ塞がっていた。
    「幻術も使えたの?」
    「カナの癒術を少し齧った」
    ゆっくりと立ち上がったウェドが、ふらついてテッドに寄りかかる。
    「大丈夫⁉」
    「ああ、問題ない…まだエーテル酔いをしてるような感じだ…君、俺に打ち込んだあれはなんだったんだい?」
    テッドがカナの推論と用意された毒薬について話すと、ウェドはカナの大胆で容赦ない荒療治に眉を下げて笑って見せた。それもつかの間、首にかけたペンダントを手に取り、深刻な顔で俯く。
    「…まさかこれが仇になるなんて…」
    「これ、ウェドの故郷の島で採れるクリスタルだって言ってたよね」
    「…そうだ。俺はこれを糧に…故郷へのよすがにして生きてきた。このクリスタルが俺のエーテルを乱していたのだとしたら、例えこいつを砕いたとしても油断はできないだろう」
    「え、それって…どういう、こと…?」
    ウェドは眉を寄せ、重く言葉を紡いだ。
    「ここが…この島こそが、俺の故郷だからだ」
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