ごめんもありがとうも、今だけは「藍湛、藍忘機!なんで俺より先に死ぬんだよ…!」
冷えた体を抱きしめ、魏無羨は涙が枯れるほど泣いた。
それから数日後、固くなった遺体から離れようとしない彼の為に、藍啓仁は琴を置いた。魂を呼ぶ旋律だ。
「藍先生…?」
食事をしようとしない魏無羨の体はやせ細り、衰弱していた。
「魏嬰、忘機の声を伝える」
「え…」
魏無羨は空を仰いだ。どこにも藍忘機の声は聞こえない。姿さえも見えない。
「ど、どこにいるんだ?藍湛はどこに…!」
「見えないだけだ。すぐそばにいる」
藍啓仁は二音の音を奏でた。すぐに数音の音が返ってくる。
「食べて、養生をするように」
夫らしい言葉を聞いて、魏無羨はボロ、と涙が出る。
「ごめん、藍湛。俺、ちゃんと食べるよ」
袖で涙を拭き、鼻をすする。音を奏でると、やはり素早く返事が返ってくる。
「体を適切に処置してほしい」
藍啓仁の言葉に、魏無羨はウン、ウンと、頷く。藍啓仁が音を奏でるもなく、次々と琴の音が鳴る。
「忘機、ゆっくり話しなさい」
どうやら魂となった藍忘機も、魏嬰に言いたいことがたくさんあるようだ。魏無羨がハハ、と泣き笑いをする。
「琴を覚えなさい」
「琴?琴ぐらい、ひけるよ」
「違う、招魂の技を磨くように、と言っている」
魏無羨は驚く。
「そうか!それなら俺も藍湛と話せる!」
高く、胸に響く音色が奏でられる。
藍啓仁が眉を寄せた。まさか招魂の術を教えるのが嫌なのだろうかと魏無羨は心配する。
「忘機、それは本人に言いなさい」
「?」
「もうこのへんでいいだろう」
「あ、待って、まだ話したいことがたくさん…」
「僕が訳してもいいですか?藍先生」
藍思追もついてきていたのか、と魏無羨はハッとする。藍啓仁は好きにしなさいと答えた。
「愛している、魏嬰。そう言っていました」
一時は止まったはずの涙がぼろぼろと溢れる。
「藍湛、俺も…俺も愛してるよ。琴、練習するからな。待っててくれ」
遺体を抱きしめる。
涙はもうしばらく止まりそうになかった。
* * *
―――――――魏嬰、魏嬰!
目を開けると、そこには珍しく声を荒らげる藍忘機がいた。
「藍湛!お前、夜狩りで死んだんじゃ…?!うぅ…っうっ…よかった…!」
藍忘機の首に腕を回し、わんわんと泣く。
「私はまだ一度も死んだことは無い」
よしよしと魏無羨の頭を撫で、優しく抱きしめる。
「藍湛、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
「琴、おしえて」
「なぜ?」
「教わるなら、藍先生よりお前から教えてもらう方が断然いいからだよっ」
「わかった」
姑蘇藍氏には予備の琴が複数ある。
まだ卯の刻で、曲を奏でるに早い時間だった。しかし魏無羨が今すぐ覚えたいと言ってきかなかったのだ。藍忘機が基礎の型を教え終わった頃、魏無羨が言った。
「なぁ藍湛。俺たちのあいだで、ごめんもありがとうもいらないって話、今は無しにして聞いてくれる?」
藍忘機が視線だけ魏無羨に移す。
「何年も、お前の招魂に応えてやらなくて…ごめんな」
藍忘機は琴から手を放し、魏無羨の腰を抱き寄せる。
「君が今ここにいる。それで、十分だ」
溢れだしそうな涙をぐっとこらえ、魏無羨は愛しい夫の首筋に顔をうずめた。
fin.