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    はるもん🌸

    @bldaisukiya1

    BL小説だけを書く成人です。

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    はるもん🌸

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    切ない→ハッピーエンド、含光君があのまま夷陵老祖と逃避行してたらifです。

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #忘羨
    WangXian

    含光君があのまま夷陵老祖と逃避行してたらif早10日。藍忘機は魏無羨を連れ立って逃げ続けていた。

    「藍湛…なぜ、俺を助ける」

    「失せろ」以外の言葉に、藍忘機はハッとする。

    「君と共に生きたいからだ」

    魏無羨の意識はハッキリとしていた。身体中にズキンとした痛みを感じ、唇を噛んで堪える。

    「藍湛がこんなに友を大事にできる男だったとは。俺の事は見放せ。お前まで殺されるぞ」

    藍忘機の膝の上に頭を乗せたまま忠告した。恰好の悪い状況だが、仕方ないのだ。体と精神に相当な負担がかかっていた。

    藍忘機に額を撫でられ、くすぐったそうに目を細める。
    返ってきた藍忘機の言葉は予想外のものだった。

    「本望だ」

    魏無羨は目を見開いた。優しい日の光と緑の木々、そして今まで見た事もない表情の藍忘機が見える。愛おしい相手でも見ているような眼をしていた。

    「愛している」

    魏無羨は息が止まった。何も言えず、目を大きくして藍忘機を見つめる。藍忘機が魏無羨の手をとり、自分の頬に当てた。真剣に、魏無羨を見つめる。

    「君の側にいたい」

    魏無羨の冷たかった体はだんだんと熱を帯び、そして顔が朱に染まっていった。

    「藍湛、ほ、ほんき…?」

    頷く彼を見上げ、魏無羨は自分の鼓動がうるさいほど早く鳴るのを感じた。ゆっくりと藍忘機の顔が降りてくる。魏無羨はぎゅっと目をつぶって唇の感触を受け入れた。
    二人は来たことも無いような地域まで走り続け、転々と逃げ続けた。魏無羨の体が尽きるその時まで。すでに邪気で深く体は蝕まれていたのだ。

    吐血が多くなった魏無羨の背中を藍忘機はさする。もう魏無羨は体を動かすのも辛いような状態だった。

    「魏嬰、休もう」
    「うん…」

    一緒に逃げ始めてから冬と春を共に経験した。短いような、長いような時間だった。

    「なぁ藍湛。俺しあわせだ」
    「私もだ」
    「俺が死んだら、ちゃんとした嫁を探せよ」
    「…そのような事は言うな」

    「お前の事を愛してるから言ってるんだ。約束しろ、ちゃんとお前を幸せにしてくれる嫁を見つける事」
    「君以外など、考えられない」
    藍忘機の声が震えていた。魏無羨は体を起こし、藍忘機に触れる口づけをする。
    「いい子の藍湛、わがままいうな」
    「君がいい、君でないとだめだ」

    「嬉しい事言ってくれちゃって…」

    魏無羨は横になった。笑ったまま、その後彼は目を覚まさなかった。
    藍忘機は魏無羨の遺体を持って雲深不知処へ戻った。藍忘機は罰を受け、背中には数十本の戒鞭の跡を残している。一日のほどんどを魏無羨の墓で過ごした。彼が喜びそうな酒や珍しそうな玩具を集め、彼に語り掛ける。

    「君に会いたい」

    藍忘機は招魂の儀を行った。招魂 は一度しかできない。しかしもう、我慢ならなかった。
    魏無羨の魂がスゥ、と目の前に現れる。

    『呼ぶだろうと思った』
    「魏嬰…」

    触れないのはわかっていた。まるで触れているように魏嬰の頬を撫でる。

    『何日我慢できた?』

    「二度の冬を越した」
    『へぇ、我慢できた方じゃないか』
    「君はどうしてた?」
    『眠ってたよ。すごく安らかにね。悪くない心地だ。お前はどうだ?』
    「君の事ばかり考えている」
    『やっぱり。この調子じゃ新しい奥さんは見つかりそうも無いな』
    「君以外、いらない」

    夜が明けるまで、こうしてたわいもない話をして過ごす。だんだと魏無羨の体が透けてなくなっていく。

    『藍湛、時間だ』

    藍忘機は今回ばかりは涙を我慢することが出来なかった。

    「魏嬰、魏嬰…ッも、もう少し、」
    『藍湛、俺にはどうにもできないよ。頑張って生きろ、俺の分まで。......愛してるよ』
    「魏嬰!」

    魏無羨を胸に抱きしめるように、両腕を広げる。そんな事は無意味だとわかっていても、彼を天に帰すのが嫌だった。
    何もなくなってしまった両腕を見て、藍忘機はうつむいた。

    「魏嬰、愛している....」

    藍忘機はその日、初めて目を腫らすまで泣いた。胸が裂けそうだった。
    次の日、彼は決行する。

    招魂は一度しか出来ない。それは周知の事実だ。しかしそれはただ修練が足らないからなのではないのか?そう、藍忘機は考えた。もう一度、魏無羨を招魂で呼んでみる。

    『あれ?』
    「…できた」
    『藍湛、招魂って一度しか使えないんじゃなかった?藍先生はそう言ってたよな』
    藍忘機は触れない彼の体を包むように抱きしめる。

    『ふふ、おかしいな。死んでるのに、お前にこうされるとなんだかあったかい気持ちになるよ』

    魏無羨の明るい声が藍忘機の心を癒す。

    『あ、コラ。藍兄ちゃん、泣いちゃってただろ。目が腫れてる』
    「....君のせいだ」
    『俺のせいか?含光君を泣かせるなんて、俺も罪な男だな』

    招魂の儀で毎日魂の姿の魏無羨と会う事で、藍忘機は十分ではないにしろ、空虚なあの感覚からは逃れる事が出来ていた。だが突然、別れがやってくる。

    『!』
    「どうした?」
    強張った顔をする魏無羨に、藍忘機は尋ねた。
    『....誰かに呼ばれてる』
    「拒否をすればいい。君ならできるだろう」
    『でき、できない!藍湛、これ、むりだ…!引っ張られる!』
    「魏嬰?!」

    忽然と魏無羨は消えてしまった。以降何度招魂の儀を行っても、二度と魏無羨を呼ぶ事ができなくなってしまった。


    * * *

    目が覚めたら別の人間の体に入っていた。名は莫玄羽。復讐のために蘇らせられた。左腕を抑え込んだあと、藍湛と再び出合う事になった魏無羨は自分が別の体になってしまった事も忘れ歓喜する。

    「らぁーんじゃあーん!」

    まるで魏無羨のように親し気にしてくる男に藍忘機はぴくりと片眉を上げた。

    莫家の幾人かの人間と、藍家の弟子たちがこちらを注目している。周りに聞こえないようにコソっと藍忘機の耳もとで言った。

    「俺だよ俺、魏無羨」

    藍忘機は魏無羨を突き飛ばした。

    「魏嬰は…死んだ」

    魏無羨はポカンとした。何が起こったのかがわからない。きっと抱擁されるものだと期待していた。

    「君は誰だ」

    だから、魏無羨だ。そう言おうと口を開くが、ひくりとのどが動くだけで声を発することはできなかった。ジワジワと涙があふれてくる。藍忘機はたじろぐ。

    「なぜ君は自分を魏嬰だと名乗る?」

    魏無羨の顔はくしゃくしゃに潰れた。鼻をずずっと啜り、立ち上がって歩き出す。

    「どこへ」

    藍忘機が魏無羨の背中に声をかける。魏無羨はズビっともう一度鼻をすすり、言った。

    「お前に信じてもらえるように、出直してくる」

    悲しく感じながらも、どこか冷静に今の状況を考えていた。これほど人が多い中で自分が魏無羨だと騒いでは危険だ。藍忘機だけには気づいてほしかったが、この場は引くことにする。
    藍忘機が魏無羨の方へと一歩足を踏み出したその時、左腕がまた動き始めた。藍忘機が琴の音で鎮めるが、左腕が落ち着く頃にはもう魏無羨はいなくなっていた。


    魏無羨はまずこのめちゃくちゃな化粧を落とすことにした。川で顔や体を流し、ついでに汚れた服も木からサイカチを引きちぎって洗った。あとは髪を綺麗に結う。思っていたよりもこの顔は見目麗しく、以前の魏無羨にさほど引けを取らない。

    しかし藍忘機はどれだけ美しい人間が目の前にいたとしても、なびかない事はわかりきっていた。二人しか知らないような会話をすればきっと信じてもらえるはず。一抹の不安はただひとつ。あの男は良くも悪くも一途だ。大人しく話を聞いてもらえるだろうかと魏無羨は腕を組んで考えた。

    話している途中で突き飛ばされたら今度は目の前で泣きわめいてしまいそうだ。途中で盗んだロバに乗って大梵山 へ向かっていると、甥と出会ってしまった。

    そしてひと悶着あったのち、再び藍忘機と会えた。目の前に江澄がいたせいで気安く「らんじゃんっ」などと愛しさを込めて呼ぶ事ができずに内心地団駄を踏んだ。江澄と金凌が去ったあと、がしっと藍忘機の肩を掴む。
    「藍湛、聞いてくれ」
    「また自分は魏無羨だと言うのか」
    憎らし気に藍忘機は眉を寄せた。


    10代の時でさえ藍忘機にこのような顔をされた事はない。泣きそうになりながらも、へこたれず魏無羨は言った。

    「ああそうだ。俺は魏無羨だ。お前しか知らない秘密を知っている。言ってやろうか?」
    「くだらない」
    藍忘機は肩に乗せられた手をバッとふるい落とした。
    幸い、藍家の弟子はもう見えない。


    好きなだけ藍忘機の癖や好きなものをつらつら並べるつもりだった。

    「お前は…むぐっ... むーーー!」

    禁言術だ。忘れていた。藍忘機はこの術が使えた事を。

    「む、むう!(ま、待て!)」

    藍忘機は魏無羨など始めからいなかったかのように無視をし、歩き始める。魏無羨は逃すもんかと決めていた。


    裾を掴み、藍忘機を引き留める。藍忘機にジトリとした視線を向けられた。むぅむぅと言いながら、自分の口に指をさして「解け」と目線で訴える。藍忘機は一つ溜息を吐き、強い力で魏無羨を振りほどいたあと、避塵に乗って空へ飛んだ。

    「むぅぅう?!(藍湛?!)」

    魏無羨は空を見上げ、頬を膨らませてぼろぼろと涙を流して泣いた。

    空からその様子を見下ろしていた藍忘機は少し後ろめたいものを感じ、禁言術だけ解いてやった。
    莫玄羽に助けられたと藍思追に聞いた時、藍忘機は噂を思い出したのだ。

    修行よりも男と遊ぶ事を好み、そのせいかあまり成果が出なかった莫玄羽はあろう事か血縁者である金光瑤に色仕掛けをしたと。
    なんとも信じがたかったが、これだけ積極的ならあの噂も頷けるかもしれないと藍忘機は思った。

    しかしなぜ自分がこれほどまでに莫玄羽に好かれるのか、そのあたりが皆目見当もつかない。

    「藍湛、らんじゃんっ、話を聞いてくれよぉぉっ」

    泣いていたかと思ったら、今度は怒り始めた。

    藍思追は莫玄羽を大層褒めていたが、藍景儀からも彼がどういう人間かというのは聞かされていた。「お前の秘密をーー」と言い始めたのでやはりもう一度禁言術をかけておいた。付き合ってられないとばかりに藍忘機は首をふり、魏無羨から離れた。遠目から、今度はうずくまってべそべそと泣き始めているのが見える。

    どうしたものかと考えていると、莫玄羽はフラリと立ち上がり、ゆっくりと歩を進め始めた。どうしてか、藍忘機は彼から目を離すことができずに空高くからしばらく様子を伺う。

    何を馬鹿な事をしているのだろうと我に返った藍忘機はその場からしばし離れたが、莫玄羽の様子が気になり、また彼がいたところへ戻ってしまった。

    洞窟の中が騒がしいようだった。少し下降して何が起こっているのか見てみると、莫玄羽が「金凌!金凌!」と、周囲を見渡しながら叫んでいるのが見える。

    異変を感じ、藍忘機は琴を取り出した。ふと、彼も金家の跡取り息子を上空から探してみる。藍忘機は目を見張った。人が食われている。

    「藍湛?!」

    藍忘機に気づいた魏無羨が声を上げた。呼ばれた事に気づいたが、藍忘機は彼に一瞥もくれず人を食らう化け物に攻撃をしかける。魏無羨が到着する頃にはすでに全てが終わっていて、藍忘機は修士に囲まれていた。

    こんなに人が多いところでは話しかける事もできない。魏無羨はただ藍忘機を見ている事しかできなかった。藍忘機が歩きだした。魏無羨は後ろから離れてついていく。姑蘇の弟子達が藍忘機に問うた。


    「含光君、あの痴れ者がついてきています」

    嫌そうにする弟子がほとんどだが、内2、3人は尊敬の眼差しを含めた視線を後ろにいる男に向けていた。
    藍忘機は歩を止めずに冷たく言い放つ。

    「放っておきなさい」

    雲深不知処までついてきた彼に藍忘機が言った。

    「何か用があるのか」
    「あるよ!いっぱい!」

    かなり怒っている。そして目が腫れている。どうやら歩きながら泣いていたらしい。

    「今、言いなさい」
    「……俺を姑蘇の弟子にしてほしい」

    聞こえていた子ども達は驚く。莫玄羽はどう見ても20歳を超えたそこそこの年齢の男だったからだ。今から修行するには遅すぎる年齢である。

    「だめだ」

    藍忘機の返事に弟子達は胸に手を当ててほっとする。


    莫玄羽は悪い意味で有名な人間なのだ。あのような趣向の男などがいては、雲深不知処がどうなってしまうものやらと、全員が思った。藍思追だけを除いて。

    「含光君、私達は彼に恩義があります。藍先生に一度話を通されるのはいかがでしょうか」

    魏無羨は藍思追に抱き着いた。

    「ありがとう!」


    まだ返事ももらえていないのに喜ぶ様子に藍思追はふわりと笑顔を見せる。

    「まだ弟子になれると決まったわけではありませんよ」
    「うんうん、お前は良いやつだ。将来有望な子だよ、なぁ、らん…含光君、頼むよ、藍先生に話をさせて」

    ぱちっと片目を瞬かせる様子が魏無羨の仕草にソックリで、ドクンと胸が騒めいた。

    どうにか雲深不知処の中へ入る事が出来た魏無羨はロバに跨りニコニコとしていたが、久しぶりに藍家の家訓がびっしりと書かれた石を見て口をへの字にさせる。藍忘機の側にいるためとはいえ、今からこれらを守らなければならないのかと思うとげんなりした。もう藍忘機を諦めようかなとさえ思ってしまう。

    「忘機」

    藍忘機と瓜二つな人間が出てきても、魏無羨は驚きはしなかった。すこぶる機嫌が悪そうだね、と兄に問いかけられるのが聞こえて魏無羨は胸がザクザクと剣で貫かれているような気がした。藍忘機に不快に思われているのがつらかった。

    「莫公子」

    藍曦臣と話す藍忘機の背中を黙って見ていた魏無羨は突然話しかけられ、面食らう。

    「ハイ」

    「弟子になりたいそうだね。なぜなのか聞いてもいいかい?」
    「えっと…」
    応えあぐねる様子を見せた魏無羨を見て、藍思追が助け船を出す。
    「彼は莫家から大変ひどい扱いを受けていました。しかし、修士としての志を捨てきれなかったようなのです」


    魏無羨は目を丸くして藍思追を見る。「そうですよね?」と藍思追に問われた。

    「そ、そうです、そうです!」

    コクコクと魏無羨は何度も頷く。
    「なるほど…残念ながら私の一存では決められない。しかし、私は歓迎するよ」

    藍曦臣は藍忘機に顔が似ている。魏無羨は知っていた。微笑んだ時の藍忘機の顔は、藍曦臣と特に似る事を。

    まるで藍忘機に歓迎する、と言われたようで、ぽろりと涙が出る。「ありがとうございます」とか細い声でしか返事が出来ない。藍忘機はその様子をじっと見ていた。

    「本当に、ここの弟子になりたかったんだね。私からも叔父に言っておこう」

    涙で視界がぼやけるせいで、藍曦臣が藍忘機に見えてしまう。藍忘機に優しくしてもらったような気持ちになれた。ぎゅっと藍曦臣に抱き着き、ありがとう、ありがとうと言い始める。藍忘機は「おやおや」と驚いている兄と魏無羨をべりっと引きはがした。

    「含光君、どこへ連れていきますか?」
    「…どこか空いている部屋へ」

    それだけ言い、藍忘機は離れた。部屋で一人待たされている間、近くにあった鏡で自分の身なりを確認する。

    「悪くないと思うんだけど」

    服は農民のようで、ほつれたり破れたりとみすぼらしい。それでもできるだけ整えたつもりだ。髪はきちんとひとつにまとめて結っているし、顔は自分でも驚くほど整っている。これなら少しは藍忘機も話を聞いてくれるかと期待していたが、まったく聞く耳を持ってはくれなかった。

    機会を見て二人きりになり、ゆっくり話をしなければならない。そのためには姑蘇藍氏の弟子になるのが一番いいはずだと考えたのだ。足音が聞こえる。藍啓仁の足音だとわかり、魏無羨は背筋を伸ばす。かなりの緊張が走った。なぜなら藍啓仁は何かと魏無羨との相性が悪いのだ。

    魏無羨も、規則で凝り固まった頭で出来ている藍啓仁とはできる事なら関わりたくない。しかしここは堪えなければならないのだ。正座をして背筋を伸ばした。藍啓仁に挨拶をして、ここの弟子にしてほしいと願ったが、却下をされた。

    「その年で結丹もできなかったのなら諦めた方がいい」


    魏無羨は食い下がる。
    「な、なら家僕でもいいです。どうか、ここに置いてください」

    藍啓仁は魏無羨の言葉に肩眉を上げ、甥を見る。藍忘機が言った。

    「修士になりたくてここまでついてきたのではないのか」

    うぐ、と魏無羨は詰まる。しかし生前何通りもの嘘をついてきた魏無羨はこの事態をなんなく乗り超えた。

    居場所が欲しい、働かせてほしい、これが本当の気持ちだと。姑蘇藍氏のような立派な修士の下に仕えられるのなら本望だと、真摯な目で藍啓仁に訴える。魏無羨は藍啓仁の人柄はあらかたわかっていたのだ。

    「忘機、彼に服を与えてやりなさい」

    魏無羨は心の中で万歳をした。

    しかし藍啓仁は許可を出した事をすぐに後悔をした。真面目に働いていたが、弟子の食事を全て真っ赤にしてしまった。とても辛くて食べられたものではない。指示していない事を勝手にやったのだとわかり、藍啓仁は出合って数時辰もたたない内に魏無羨を罰した。

    「美味しくしてやろうと思っただけなのに」

    魏無羨は跪きながら木の棒でいじいじと穴を掘ったり絵を描いたりして拗ねていた。



    * * *



    話を聞いた藍忘機は厨房に行き、捨てるはずの食事を見て言った。

    「味見をしてもいいか」

    厨房を任された者が驚く。それらはもはや常人が食べられるような代物ではなくなっていた。香りだけで喉がヒリヒリと痛くなりそうだ。目も背けたくなるほど赤くなってしまった一品を味見したいと所望する藍二公子の意図がわからない。

    「構いませんが…口に入れたらすぐに後悔しますよ」

    藍忘機は木でできたさじで一口分をすくい、口に入れる。ケホ、と咳きこんだ。言わんこっちゃない、と家僕が藍忘機が持っているさじを受け取ろうとする。家僕は驚いた。藍忘機がほほ笑んでいるように見えたからだ。
    なつかしい味だ、と藍忘機が呟く。

    「辛いものがお好きになったのですか?」

    家僕の問いに、藍忘機は首を振る。

    「好きだった人が…いや、なんでもない」

    うっかり関係の無い話をしそうになり、藍忘機は口をつぐんだ。
    静室に戻る際、あの辛い料理を作った張本人が罰せられているのが見えた。肩が震えている。本来は修士として世に出たかったに違いないはずだっただろうと、藍忘機は少しの同情をした。藍忘機は考え直した。莫玄羽は自分に好意を持ってあのように馬鹿げた事を言っていたのではないのだと。


    年齢が年齢だ。しかし藍忘機に気に入られる事ができれば、姑蘇の弟子にしてもらえる、そういった目論見があっての行動ではないかと考え始めていたのだ。泣いているのだろうか気とになり、藍忘機は莫玄羽の側による。ヒク、と藍忘機は口を引きつらせた。

    「あ、含光君!」と振り向いた男が嬉しそうに言う。

    魏無羨は絵を描いていた。藍忘機とわかる者と、髪を一つに結った人間が口づけをしている。「うまいだろう?」と魏無羨が聞いてきた。

    「なんだよ、その顔」

    なんとも言えない顔をするので、魏無羨が右の頬を膨らませる。


    藍忘機は何も答えず静室へと戻った。魏無羨もああして木の棒で蟻を探していた事があったと思い出す。愛しそうに魏無羨の墓を撫でた。

    一時辰後、叔父に応援を頼まれ、夜狩りに出る事になる。やっかいな相手で、全て狩りきるまで時間がかかってしまった。月が上り、亥の刻はとうに過ぎている。藍忘機は驚いた。

    莫玄羽が倒れていたのだ。

    スースーと眠っている。叔父が罰する時間を伝えておらず、こうして今まで許しが出るまで待っていたのだ。ふと、片膝に穴が開いてるのが見えた。素肌に血が滲んでいるのが見える。

    尖った小石が多いのこの場所で長時間跪いていたのだ。穴が開いていれば傷ができるに決まっている。
    藍忘機が莫玄羽をゆすって起こす。

    「起きなさい」
    「んん~」

    何かむにゃむにゃと言うだけで、全く起きる気配が無い。藍忘機はフ、と笑う。魏無羨も、一度寝るとなかなか起こすのが難しかった。藍忘機は莫玄羽を横抱きにかつぎ、静室に向かうことにする。藍忘機も疲れていた。明日は午前中から左腕の対処をしなければならない。

    今から寝所の準備をするのは一苦労だと思った。横たわらせた時、莫玄羽が藍湛、と言って袖を掴む。藍忘機は魏無羨に会いたくてたまらなくなった。




    ―――翌日。

    鐘が鳴る方へ魏無羨は走った。手負いの弟子に何が起こっているのか聞き、扉をこじ開けて中へ入る。魏無羨は近くで倒れて血を流している弟子から笛を奪い、旋律を奏でた。

    左腕を浄化させる手伝いをしたいと魏無羨は手を上げ、無理やり藍忘機と旅をする口実を作った。これならきっとゆっくり話し合える機会が来ると信じていたが、考えが浅はかだったと魏無羨は肩を落とす事になる。
    魏無羨が自分が藍忘機の想い人だと主張しようとすると必ず禁言術をかけてくるからだ。

    結局、左腕の事件を解決した後も、自分の正体を信じてもらう事は出来なかった。

    聶明玦の件での功績から、魏無羨は姑蘇藍氏の弟子として修行する事ができるようになった。あとは藍忘機から信じてもらだけだ。一緒に旅をしたことである程度の信頼は得ている。

    藍忘機の機嫌を損ねないように説明すればいい。藍思追や藍景儀たちを導き、隙を見ては藍忘機に好きだと言いに行く日々が始まった。

    しかし毎度泣きを見る結果になる。藍忘機は好意を寄せる者に対しては冷たく、相手の話をまったく聞こうともしない。今日こそはうまくやろうと心を落ち着かせ、静室に向かおうとしていた時、藍啓仁に呼び留められた。

    「な、なぜですか?」

    雲深不知処から出ろ、と言われて魏無羨は慌てる。今回の左腕の功績がある。役に立つと証明されたはずだ。なぜ出て行けと言われるのか魏無羨はわからなかった。

    「お前の戦い方は弟子達に悪影響を及ぼす」

    結丹できていない魏無羨は邪気を操る。その様子を見ていた藍啓仁は魏無羨を追い出す事を決断したのだ。

    「でも、俺行く所ないんです、料理…は苦手ですけど、掃除とか…あ、夜狩りに行くときの注意する点とか、俺なら色々姑蘇の弟子達に教えられ…」
    「莫玄羽」

    言葉を遮られた。

    「はっきり言わないとわからないか?」

    藍啓仁は出ていけ、と言いたいのだ。察した魏無羨は下を向く。藍啓仁の良心に訴えるのは難しそうだと魏無羨は諦めた。

    「最後に、含光君に別れの挨拶だけしてもいいですか?」

    魏無羨は許可をもらい、静室へ向かう。墓の側に藍忘機はいた。愛おしそうに墓に触れている。藍忘機もこんなにも自分を愛してくれているのに、と魏無羨は歯がゆさを感じた。
    雲深不知処を出ればこうして藍忘機の顔を見る事すら難しくなる。慎重に言葉を選ばなければと魏無羨は息を吸った。


    「含光君」

    藍忘機が目線を莫玄羽に向け、なんだと聞く。静室に近づくなと藍忘機に毎度言われていたが、言う事を聞かないため咎める事すらなくなった。

    「俺、藍先生から出ていくように言われちゃったんだ」
    「話は聞いている」

    それを聞いて、藍忘機はどう答えたのだろうと考えた。きっと、何も言わず頷いただけだ。魏無羨は泣きそうになる。何度藍忘機の前で泣いたかわからない。泣いたらきっとまともに話を聞いてくれない。涙をこらえ、魏無羨は話を続ける。


    「お別れを言いに来たんだけど、話を聞いてくれる?」
    「自分が魏嬰だと嘘をつかないと約束するなら、聞いても良い」

    やはりそう来たか、と魏無羨は下を向く。

    「悪いが俺は何度でも言うよ、本人なんだから」

    喋れなくなった。これが藍忘機の答えなのだ。むぐ、と開かなくなった口に手を当てる。口元と頬が震える。もう、ずっと抱きしめてもらえる日は来ないのだろうかと不安になった。

    どうすれば信じてもらえるのだろうと、今日も藍忘機の前で涙を流してしまう。魏無羨が泣いていても、藍忘機は一瞥すらしない。ずっと魏無羨の墓だけを見続けている。
    藍啓仁から夕刻には出るようにと言われていた。魏無羨は何も言えず、雲深不知処を出る事になってしまった。


    江澄にさえ見つからなければ、行先はどこでも良かった。藍忘機にはまったく信じてもらえなかったのに、江澄にだけは自分が魏無羨だとバレてしまった。
    運よく藍忘機と一緒だったから襲われなかったものの、丸腰の今の状態では命が危うい。剣は手元になく、笛は藍家の弟子に返している。呪符も左腕の一件ですべて使い果たしてしまった。まずは武器の調達かと考えるも、資金は無い。


    「貧乏ってつらいな、林檎ちゃん」

    泣き声がうるさいという理由で、魏無羨が盗んだロバは雲深不知処の外で放し飼いをされていた。

    「俺が大金を渡してやろう。お前の命と引き換えに」

    魏無羨は完全に気を抜いていた。紫電のビリビリとした痺れに、くらりと意識が遠のきそうになる。容赦の無い刺激だった。

    奪舎じゃないのか?!と驚く江澄の声が聞こえる。

    「違うよ、俺は魏無羨なんかじゃない…ああ!」

    痛む背中に眉を寄せ、魏無羨は答える。たった一撃でも、紫電の攻撃力はすさまじい。今度は手加減をせず打ったようだ。口笛を吹いた。なんでもいい、誰かこの馬鹿を止めてくれ―――。

    「魏無羨、舌を引き抜くぞ、その口笛を止めろ」

    どうせ捕まっても引き抜かれるだろうと思った魏無羨はやめなかった。チャリン、チャリン、という音が聞こえる。音がした方に魏無羨は顔を向け、驚愕する。

    「なんでお前が…‥‥!!」

    突如現れたその男は江家の者を次々となぎ倒す。


    * * *

    藍忘機は聞こえた曲に耳を澄ませた。

    「この…曲は」

    急いで笛の元へ向かった。姑蘇の弟子たちが複数いて、そのうち二人が笛を吹いていたのだ。藍思追と藍景儀だった。

    「君たち、その曲をどこで」
    「さっき莫先輩が来て、せっかくだから笛を伝授してやるってこの曲を教えてくれたんです」

    藍忘機は動揺した。同時に大きな後悔の渦にさいなまれた。

    「私は…なんてことを」

    含光君が取り乱すところなど見たことがなかった姑蘇の弟子達はおろおろとした。

    「含光君、どうされましたか?何かありましたか?」
    「君たち、魏嬰は…莫玄羽は今どこにいる?」

    藍忘機の問いかけに答えたのは藍思追だった。


    「さっきと言っても、莫先輩が来たのは昼ごろでした。そのあと、どこに行かれたのかは知りません」
    「彼ならもうここにはいない」

    藍啓仁の言葉に、その場にいた全員が驚いた。彼を頼りにしていた弟子達は悲しそうに声を上げたり、連れ戻しましょうと藍啓仁に訴えたりした。藍忘機は御剣し、魏無羨を探しに行った。


    結界を出てすぐ、瞠目する。門のすぐそばに、ぼーっと空を見ている鬼将軍がいたのだ。そしてあたりには紫色の布がちらばってる。それだけではない。土がめり込むほどの鞭の跡と、点々と赤い血が長く続いている。
    その血が途切れた場所には、魏無羨の髪紐があった。


    * * *


    どこもかしこもズキズキと痛む。鎖に繋がれた魏無羨は己がどこにいるのかを把握した。

    江澄が雲深不知処の外で待機していたなんて、予想していなかった。そして、温寧がまだこの世に存在していたことも。
    頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。

    「藍湛に、会いたいな」

    また死ぬのなら、あの温かい目で見守られながら死にたい。

    生前の自分は本当に幸せ者だったなと思い出す。左腕の件のあと、雲深不知処でコソコソと隠れ、藍忘機が魏無羨の墓に語り掛けるのを聞いていた。早く藍忘機に抱きしめてもらいたいと願ったものだ。
    グルルル…と獣の声が聞こえ、魏無羨は青ざめる。


    * * *


    「くそ、忌々しい!」

    温寧と対峙した江澄は深手を負ってしまったのだ。温寧が江澄の腕を引きちぎろうとした時、魏無羨はピィ!と口笛を吹いて温寧を下がらせた。あの鬼将軍は消滅させておきたかったが、その場にいた全員が重傷を負っていてそれどころではなかったのだ。

    「叔父上…何かの間違いじゃないかな、あいつは何度も俺たちを助けてくれたし....何も、結界まで張って牢に閉じ込める事…」

    江澄の咎める視線に、金凌は口を閉じた。あの場にいなかった金凌に、江澄は教える。

    「鬼将軍を操っていた」

    鬼将軍、と聞き、金凌の顔が強張った。父の敵だったからだ。忘れるはずもなかった。


    * * *

    「ひっ…ひっ…藍湛、藍湛…っ」

    躾のなっていなさそうな黒い犬がヨダレを垂らしてこちらを見ていた。再び温寧を呼ぶため、口笛を吹こうにも、うまく音を出せない。ガタガタと歯が落ち着かず、口元からはかすれた音しか出ないのだ。

    唯一助けてくれていた藍忘機はこの場にいない。
    魏無羨は忍ぶしかなかった。江澄の腕が温寧に引きちぎられる場など見たくなかった。あの時、考えるよりも早く下がる命をだしてしまったのだ。すぐに自分を連れて逃げる指示を温寧に出そうした瞬間、後頭部に強い打撃を受け、魏無羨はそのまま意識を失ってしまったのだった。


    * * *

    「莫玄羽はここにはいません」

    藍啓仁と藍忘機が突然やってきて早々、莫玄羽を返すようにと言ってきた。江澄は知らぬふりをする。

    「江晚吟。嘘を私に吐かないように。もう一度問う。莫玄羽はどこだ」

    「藍先生。礼儀は雲深不知処で学びました。教えた貴方がその礼儀をかいてどうするんです」



    「話をはぐらかすな」

    藍忘機は叔父に事の詳細を話し、協力を求めた。しぶしぶ、藍啓仁は重い腰を上げたのだ。この当主に魏無羨を返す気が微塵もないとわかり、藍忘機は席を立つ。

    「帰ります」

    もちろん、魏無羨を連れて。今からこの建物内をくまなく調べるつもりだ。嘘を言ったつもりはなく、飄々と藍忘機は出て行く。

    江澄はフっと口の片方を上げて藍啓仁に言った。

    「まだ話しますか?」
    「当り前だ」

    藍啓仁は甥の考えている事が容易にわかった。ならばと自分はこの執着心で凝り固まった若造を留まらせる役割を買って出る事にする。
    蓮の池の近くで金家の跡取りを見つけた。顔色を悪くして、一点の部屋を見つめている。他に二人の屈強な男が居た。藍忘機は何も言わずその部屋に入ろうとする。「待て」と呼び止められる前に藍忘機が二人の男を術で停止させる。

    「含光君、な、何をするんだ」

    うろたえる金凌に藍忘機は言った。

    「数時辰で動けるようになる」


    金凌を押しのけ、部屋の中を調べる。思った通り隠し扉を見つけた。金凌は後ろから含光君を見ている事しかできなかった。莫玄羽を助けてやりたいという気持ちと、もう一つの復讐心が渦巻いていたのだ。藍忘機が見つけた隠し扉の向こうは地下へ続いていた。藍湛、藍湛と小さく泣く声が聞こえる。


    檻の隅で体を震わせて小さくなり、泣いていた。魏無羨だ。藍忘機がすぐさま結界を解き、避塵で檻を切り裂く。ガラガラと崩れる音に顔を上げた魏無羨を藍忘機が抱きしめた。剣は舞い、魏無羨に繋がれた鎖も断ち切る。

    「魏嬰…!」
    「らん、じゃん…?」

    ひしっ!と藍忘機に抱きつき、魏無羨は何度も藍忘機の名を呼んだ。


    ワン!と鳴く犬の声がして、魏無羨は大きく体を震わせる。藍忘機の体に埋もれるように身を寄せた。

    「やめろ、お前のかなう相手じゃない」

    藍忘機に噛みつこうとした犬を制止し、金凌が尋ねた。

    「莫玄羽、お前は本当に魏無羨なのか?」

    金凌の問いに、魏無羨は「…ごめんな」と言う。

    金凌が目を吊り上げて言った。

    「どうして、俺の父を殺した!」
    「殺したかったわけじゃない!」
    「なら,なぜ、おい!待て!」

    藍忘機は金凌を無視し、地下牢を出た。金凌が追いかけてくる。

    「こんな事なら、先にお前の舌を抜いておけばよかった!」

    そうすれば、莫玄羽の口から決定的な言葉を聞く事も無かった。

    左腕事件のさなか、魏無羨は戦い方を金凌に教えていた。
    断袖男だと馬鹿にしていたが、これ以上ない師を見つけられたと、金凌は内心喜んでいたのだ。悲しくて、憎くて、しかし魏無羨を憎み切れない。金凌は走る事をやめてその場でガクリと跪いた。


    * * *


    藍忘機は魏無羨の口の中と指を確認する。

    「なんだよ?」

    口の中は切れていたが、舌は無事だった。檻の中には拷問器具があったのだ。本で見かけた事がある。あれらは舌を抜き、爪をはぐための器具だ。もし、来るのが遅かったらと、藍忘機は背筋が凍った。騒動に気づいた江澄が外へ出る。

    「魏無羨!!」

    紫電を鞭に変え、藍啓仁の目の前である事も忘れて藍忘機に攻撃を放つ。

    世家同士の関係など、頭に血が上った江澄にはどうでもよくなっていた。魏無羨を逃がしはしない。それだけしか考えられなかった。

    「私がいる事を忘れられては困る」

    体が動かなくなった江澄はハッとする。藍啓仁は姑蘇藍氏を取りしまる力量を持つ存在なのだ。江澄は悔しげに空を見上げ、逃げていく藍忘機の背中を目で追う事しかできなかった。


    「江宗主、姑蘇の家僕があなた方に一体どのような迷惑をかけたのか説明してもらおう」

    江澄は紫電を小さな指輪の形に戻し、言った。

    「彼は、魏無羨です。その彼を匿うのは罪ではないのですか?」
    「どこに莫玄羽が魏無羨だという証拠がある?」

    江澄は何も言えなかった。しかし、莫玄羽の言動、犬を見た時の反応、そして戦い方、全てが魏無羨そのものだったのだ。兄弟のように過ごしてきた江澄にはわかる。

    「あいつは…魏無羨なんだ…」

    嗚咽を漏らす江家の当主に藍啓仁は言った。

    「復讐はもうしただろう。仮に彼が魏無羨だったとして、これ以上、何を望むというのだ」

    何も望んでいない。苦しめたいというわけでもない。ただ、許せないのだ。
    江澄は唇を噛む。
    拷問器具を用意したが、いざその時になると何もできなかった。


    * * *

    追ってこない江家の様子に、藍忘機は御剣する速さを緩める。

    「魏嬰、すまない」
    「ほんとーだよ。俺がどれだけ頑張ってたか」
    「すまない」
    「なんで今頃になって信じるようになったんだ?」
    「曲」
    「曲?」
    「思追達に教えていたあの旋律でわかった」
    「あんなので…ハァ。もっと早くにお前に披露しておけば良かったよ」

    雲深不知処の前で棒立ちになっている温寧を見つける。藍思追も一緒だった。魏無羨が口笛を吹き、隠れるように指示をする。


    突然動き出した鬼将軍に姑蘇の若い弟子達が慌てて剣を構えた。
    誰かが、「捕まえないと藍先生に怒られる!」と言っていたが、温寧の速さについていけるわけもなく、途中で断念していた。藍忘機が静室の寝台に魏無羨を寝かせ、傷の状態を確認する。

    「いたた…」
    「どこが一番痛む?」
    「紫電でやられたとこ…」

    薬を持ってくると言った藍忘機を引き留め、聞いた。

    「なぜ温寧を殺さないでおいてくれたんだ?」
    「君を助ける事を優先させたまで」

    殺す時間がもったいなかったと。なるほどと魏無羨はうなずいた。

    「藍湛、薬はいいから、ここに座って。離れないでくれ」

    藍忘機は寝台に座り、唯一無傷な左手を握る。魏無羨は藍忘機のその行動に満足する。しかし、もっとほしいと思った。痛みに耐えて、両腕で藍忘機に抱き着く。


    「俺の藍湛。ずっとこうしたかった」

    藍忘機も魏無羨の傷にあたらないよう、体を包むように抱き返す。

    「私もだ」
    「なぁ、なんであんな頑なに莫玄羽だった俺を冷たくあしらってたんだ?」
    「好きになりかけていた」

    藍忘機の回答にぷっと噴き出す。

    「なんだって?魏無羨に一途なお前が?俺に?ん?ややこしいな」

    魏無羨はクスクスと笑って藍忘機の顎をくすぐる。

    「話し方も、考え方も、すべてが君だった」
    「気にしてる風には全く見えなかったぞ。むしろ嫌われてると思ってた」
    「生涯君しか愛さないつもりだった。なのに、魏嬰の真似をしているだけの莫玄羽を好きになる自分が腹立たしかった」


    あの憎らし気に向けていた視線の理由がわかり、魏無羨はまた笑った。あれは藍忘機自身に対して怒りを感じてああなっていたのだ。

    「ふふ、死ぬ前に俺は言ったよな?新しい奥さん見つけろって」
    「君以外、いらない」
    「可愛い奴め………藍湛、ん」
    目をつぶり、口づけ待ちをする魏無羨に思わず腕に力が入る。
    「いッ!」

    痛がる魏無羨に、藍忘機はパっと手を放す。

    「すまない」
    「はは、相変わらずだな。やっぱり薬を塗ってから、こういうことをしよう。痛すぎる。薬を頼めるか?」

    藍忘機は動かずジッと魏無羨を見つめる。この表情を読みとることができるのは恐らく自分と沢蕪君くらいだろうと、魏無羨は口元を弧にする。

    「しょーがないな。一回だけだぞ?」
    「うん」


    ひんやりとした藍忘機の口づけを受け止める。幸せに包まれたその口づけは長く、なかなか終わらなかった。









    Fin.

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