大魔道士は追いかけたい オマケ01「入っていいぞ」
マトリフに促されてアバンが室内に足を踏み入れる。ベッドの上のポップは落ち着いた寝息をたてていた。
「有難うございます」
「礼を言われることなんざしてねぇよ。こいつは俺の弟子だ」
マトリフの口調から、ほんの少しの自己主張を感じ取れてアバンの口元が緩む。
「なんだよ」
「私を殴ります?」
「どこから聞いてやがったよ」
「寝るところはカール軍から借りてきたのがある、でしたっけ。正確には今、私が持ってきたんですけど」
「まだ無いっていったらこいつがまた『それまで代わる』とかなんとか駄々こねそうだったからな」
アバンは邪気のない笑顔を浮かべながら、野戦用の簡易ベッドを広げ始める。簡易ベッドとはいえフローラたちも使う王侯用のものだ。今度も客人用として使う程度には寝心地が良い。
しかしマトリフは簡易ベッドに目もくれず、ポップが眠るベッドに潜り込む。少々のことでは目が覚めないことを確認するとマトリフはポップを抱え込んだ。
「あの?マトリフ?何を?」
「さっき目が覚めている間にだいぶ落ち着いてきたからな。体ん中の魔法力の流れを補助できるようになったんだよ。ったく、思ったよりひでぇじゃねぇか」
どうやら疲弊しているポップへの治療の一環らしい。捕まえるところまではなんとかアバンひとりでも可能であったかもしれない。しかし魔法力の暴走による不調はアバンでは対処のしようがわからない。マトリフを呼んで正解だったと安堵する。
「さっきまでは補助しようにもこっちが押し負けるぐらいに大暴れしてたからな……かといってほおっておくとあぶねぇし。目を覚まして気を落ち着かせてくれてよかったよ」
ぶつぶつと言いながらポップの額にマトリフは手をあてる。
「こいつ、魔法力の回復を何度やりやがったんだ」
声を潜めながらマトリフはアバンに問う。
「私が知っているだけでも最低2度。それからカール軍の駐屯地にある魔法の聖水も結構な量でしたからね。何も知らない兵士が、この戦いの中心人物にであるこの子に『勇者のために必要』と言われてかなりの量を差し出したようですし」
本来、自然回復させるべき魔法力を緊急時に回復させる手段は幾つかある。アバンのフェザーや魔法の聖水がその類だ。
ただしこれは緊急時の手段である。命の前借りに等しい。幾度も行えば魔法力を制御する源である魂も疲弊する。そして魔法力の制御が正しく行われなければ、その魔法力は体内で荒れ狂うことになる。
「その体勢に言いたいことは無くなりましたが、もうひとつ確認です。あなたにも負荷はないんですね?この子の力の流れを整える作業は」
「ねぇよ」
「……」
「もぉねぇよ。こいつが自力で始めているのをオレが外から軽く補助する程度だ。それにオレの魔法力は殆ど使わない。寝ながらでもできらぁ」
アバンはじっとマトリフとポップを眺め「そのようですね」「瞑想の変形でしょうし」と納得する。それからポップを捕まえたマトリフが「連れ帰る」と主張した理由も理解した。確かにこれを大勢が出入りする場所で行うと諸々の誤解を招きかねない。
「まぁ、でも孫に添い寝するお爺ちゃんですかね」
「てめぇ、殴る。あとで絶対に殴る」
それでも声をひそめることを忘れないマトリフに、アバンは感慨深くなる。最後に会ったときは享楽的な態度でありながらも厭世感にまみれていたこの友人が。
「お稚児さん趣味は無かったでしょう。あったらすぐに引き剥がしますが」
「なんだか知らんが今すぐ燃やす」
同時に複数の呪文を発動させる大魔道士の真価が発揮されようとしている。ポップの魔法力を安定させる作業を続けながら、空中に小さな炎を生もうとしていた。
「そういう無茶をしないでくださいよ、異変を感じたポップが目を覚ましたらどうするんですか」
途端に炎が霧散する。なんだかんだいってこの大魔道士は自分の懐に入れた人間を大事にするのだ。
「ポップは任せてしまって大丈夫そうですね。いったん戻ります。食料など必要そうなものはまた明日の昼に差し入れします。もちろん、私が」
「てめぇも無理すんなよ。こいつが回復したら一緒に殴りに行くから」
「お待ちしてます」
「それから、リリルーラだっけか。後日でいいから詳しく教えてくれ」
マトリフが知りたい理由は、大魔道士としての性分とそれから愛弟子のためでもあるのだろうと先代の勇者は察する。
「オレも寝る。おまえも帰ったら休めよ」
マトリフの念押しに笑って頷くと、アバンも体を休めるためにフローラたちが待つ駐屯地へと戻っていった。