大魔道士の蒼い竜 冥竜王を前にして、その少年は己が竜の騎士の名代であると告げた。地上の死の大地に似た荒涼とした風景の中、その少年に臆した様子は一切なく、いっそ陽気に冥竜王に言葉を投げかけた。
人界の何もかもを奪おうとするならば容赦はしない。だが和平に応じるならば、魔界が望むものを差し出す用意がある、と。
人の身で魔界の最奥に訪れることができるその力量。脆そうな外見には似合わぬ力の持ち主であろうことは想像に難くない。とはいえ、望むものを用意できるという物言いは不遜の極みであった。冥竜王は目をすがめ、この少年をどのように引き裂けば竜の騎士へのよい返礼になるかと考えた。
しかしその少年は飄々と言葉を続ける。
「欲しいだろ、太陽」
少年が手のひらに魔法力を込めるとその手から炎が大きく舞いあがり、炎が生き物のように象られていく。かつて魔界の神と称された王による火炎呪文のように。かの王によって象られた炎は紅き不死鳥。そしてその少年の炎が象るのは竜。その色は至上の炎の色である蒼。
「綺麗な色だよなぁ。オレ、この色が好きでさ」
うちの竜の騎士の魂と同じ色なんだよ、と添えながら少年はさらに魔法力を蒼い炎の竜に注ぐ。炎の竜は、実体の冥竜王と変わらぬ姿まで膨れ上がると少年の周りを静かにたゆたいはじめる。竜のたゆたいと共に膨大な熱流が生まれる。冥竜王は咄嗟に氷系呪文を身に纏って熱流から身を守ろうとするが、熱流は容赦なく氷の幕を侵食し尽くして冥竜王を灼きはじめる。
「あ、悪い。攻撃の意思はないんだ」
竜を産みだした少年は、しかし灼かれる気配もなく平然と手をくゆらせるように動かすと、蒼い竜は上空高く舞い上がる。光源としか視認できない高さに竜が留まると、穏やかな暖かさだけが冥竜王を包む。
「こいつが魔界の空をゆるりと舞えば魔界に昼と夜ができるだろう。こいつの魔法力が切れそうになればオレがまた魔法力を注いでもいい。あんたが注いでもいい。もう少し大きいほうがいいなら調節もする。要らないなら消す」
太陽が欲しいからって地上を無くそうとしたやつもいたけども、そんな力があるなら太陽を作ればいいんだよ。そんな言葉を少年は更に重ねた。どこか軽薄な物言いが冥竜王には不快ではあった。しかしこれほどのことを成し遂げる存在と敵対するのは得策とも思えなかった。
そして魔界に蒼い太陽が、人界には安寧が生まれることとなった。