『荼毘に付す』の後日譚 宙を浮くマトリフの眼下には隕石で穿たれたかのような孔が大地に広がっていた。そこにはかつて街が一つあったが跡形もない。空から堕ちた隕石が何もかもを消し飛ばしたかのようにも見える。だが、これは違う。呪文や例えば何かの魔法具の爆発でもない。隕石が大地をえぐったのならば大量の土砂が舞った筈だ。これほどの量の土砂が空を舞ったのなら近隣の天候にも影響が出ることになるが、そんな報告は何一つない。それに、そういったことが原因で大地が抉れたのならば、こんな描いたように丸い孔とはならない。煤けた様子が、大火の跡もない。こんなことができるのは、それはたった一つの呪文だ。何もかもを等しく消滅させてしまう呪文。マトリフの知る限り、その使い手は自分を含めて世界に二人しかいない。
「そういうことかよ」
リンガイアのある街が消えた件について。調査してほしいというレオナからマトリフへの秘密裏の依頼。その秘密裏の依頼の真意をマトリフは理解しはじめる。マトリフの「ポップに調査させないのか?」という問いに、彼女は「ポップ君は『興味がない』そうです。ですから数多の知識を持つマトリフさんに是非」と答えていた。王家に関わりたくはないが、ダイを失って気力がないであろうポップの代わりになればとその時は思っていたのだが。
「何があった?」
ここにいない弟子に問う。マトリフの知る弟子ならば「なんにもねぇよ」と返すだろう。そう、きっとポップは何も無かったことにしたかった。ここで何かがあり、それを消そうとした。ここまでのことを彼の弟子が行うとすればその理由は1つしかない。ダイにまつわることだ。あの弟子はダイが絡むと世界を歪めることも躊躇わない。この街の住人を憐れに思う気持ちも無いわけではないが、マトリフとしてはポップの行いを非難できない。マトリフもそんな風に世界よりも仲間や弟子を優先する生き方をしてきた。
ダイの葬儀に出席した際に、ダイの遺体をよく検分すればよかったと今更ながらマトリフは思う。当時は、ろくに睡眠も食事も採らず、そのくせに目だけは光を失わない弟子のことばかり気にかかり、他の何も目に入らなかったのが実情だ。ダイの遺体に関して覚えていることはただ1つ、氷系呪文で優しく包まれて、しかし霜が覆うわけでもなく朽ちないように処理されていたこと。それがあまりにも丁寧な仕事で、マトリフはポップを褒めてやったものだ。その時のポップの「今にも生き返りそうだろう?」という誇らしげな物言いを思い出すと今でも胸が詰まるが。
「さて、どうするか」
幸い、極大消滅呪文の威力は殆ど知られていない。弟子の記載した記録をそのまま信じれば、地上で人目のある状況でも使っていない。魔法の知識があるアバンやレオナの前ではそこまでの破壊力を示していなかったと記憶している。いや、示していないくても、あの2人なら何かを感づくはずだ。感づいて、その上でレオナはマトリフに調査を依頼したのだろう。この街で何があったのかをマトリフに決めてほしい、と。
「ツメが甘ぇよ馬鹿弟子が」
焼け跡も、撒きあがった土砂の形跡もない奇麗がすぎる孔。これをみれば、自分を含めて何人かは何があったかとわかる。極大消滅呪文を用いた後に爆裂呪文か閃熱呪文の一つでも重ねて焼けば、隕石か他の呪文と誤魔化すこともできただろうに。告解のようにあえてそのまま残して罪を察してほしかったのか、それともやはりダイを想ってそれ以上のことを考える余裕がなかったのか。どちらでもポップらしいとマトリフは考える。戦闘においてはクールになったようだが、それ以外ではクールになりきれないマトリフの愛弟子らしいと思う。
「余計な手間ぁ増やすんじゃねぇよ」
マトリフはマトリフらしく狡さに徹しようと決断する。そう、これは狡い行為だ。弟子のためではない。極大消滅呪文を教えた責任を問われるのを回避するための行為だ。
「極大閃熱呪文」
その呪文をもって、大地に穿たれた孔を灼く。目撃者がいたとしても、孔の奥に魔物がいたとでも言えばいい。マトリフの真意を立証できるものは誰もいない。レオナへの報告書には「街が消えた原因は呪文か黒の核晶のような魔法具の暴発、あるいは隕石の落下と思われる。詳細は不明」と記載するつもりだ。
くらりとマトリフの体が揺れる。肺腑を何かが焼いて血を吐いてしまう。強大な呪文を使ったいつもの代償だ。今の呪文によって寿命が目前に迫ったことをマトリフは実感する。しかし後悔はない。この行為は、残り僅かな人生を己が平穏に暮らすために必要な行為だと信じている。灼かれた孔をポップが見れば誰が何をしたのかと察してしまうだろうが、それでも構わない。何かを為すときは最後までクールでいる必要があるという思いを新たにしてくれればそれでいい。師として弟子に遺せる教えとなってくれとマトリフは祈るだけだった。