寄せては返し。どこまでも深く、どこまでも黒い。どこかの夜の海。
潮の満ち引き、寄せては返し。そんな言葉が脳裏によぎっていく。
黒はかつての絶望のような。それともトラウマのような。それか一種の虚無の様な。うっかりしてると底なしの闇に引き摺り込まれそうな、だだっ広い暗闇。
任務後だった。ボクらは大した傷もなく生還したけど、寒空の下、疲れた身体に、休憩したいとベンチに腰掛けたのはボクが先だった。
それから、ベンチ裏の暗闇...波の動きを、ボクらはただ黙って、眺めている。缶コーヒーをたまに啜って、また眺めてを繰り返していた。ゆったりと、波の音だけが聞こえて、心地よい。
「...なあ、狛枝」
突如。沈黙を破ったのは日向クンだった。
「怖いよなあ。海って」
ポツリ、キミは呟く。突然言い出すから、何か続くのだと思い、小さくうなずいて次の言葉を待つ。
.....
それ以上続かない言葉を、噤んだままの唇を確認して、あまりにもあっさりした感想にボクは再びきょとんとした。
海が怖いってこれまで飽きるほど、海ばっかりの場所に、ジャバウォック島に居たくせに?それどころか住んでたくせに。…それはボクも同じだということは、ひとまず置いておいて。
野暮なこと考えてるのはボクの方だって分かってる。そういうことじゃないよね。けれど、キミの絶望ってそんなものなのって。キミとボクじゃ暗闇の広さが違うんだと感じて。
さっきまで自分が考えてたことと照らし合わせてしまって、なんだか思い詰めることの落差が激しいなって。キミを遠く感じてしまった。
何を言ってるんだろう、と。訝しげにしばらく睨め付けていたからか。キミは苦笑して何か言葉を探し出した。
「ほら、ここの海って綺麗だけどさ、深いだろ?落ちたら出てこれるのかなって」
「ふぅん。...で、ちょっとそこまで落ちに行く気なの?」
「まさか。そうじゃなくて…」
空になったコーヒー缶を回収して、ゴミ箱がないので袋に詰め込む。
意地悪な言い方をしたのはボクだ。けど、そういう言い方をしなければ、誰かが馬鹿馬鹿しいと気づかせなければ、キミとボクは迷わず暗闇に呑まれてしまうだろう。それも二人揃って。ブレーキがないくせ愚直だから、誤っていようとただ真っ直ぐ歩を進めようとする。とんだ間抜けたちだ。
だけどボクは生きなきゃいけない。そんな間抜けに絆されてしまったのだから。
キミといると、真っ黒な夜の海にすら、眩い黄色の朝日が毎日差し込むことを思い出せるんだから、不思議だ。
今日も今このときもまさに、暗闇だった景色を指さしてキミが笑うから。
「見ろ。日が昇るぞ。」
ふにゃりと笑って手を緩く握られて、ボクも握り返した。
帰ろうか、と呟かれ、応じるように歩きだす。
ひとりじゃない、ボクは、今確実に、キミと未来の道を進んでる。そう、確信できる。
ねえ、これが本当の、希望の朝ってやつなのかな。