交刃 アーロンとチェズレイの目の前で唸る男が三人。チェズレイが最後の一人を縛り上げ、その横でアーロンは鉤爪のベルトを外した。
汗と返り血でべたべたになったそれを払うと、チェズレイは心底不愉快そうな顔をして距離を取る。
「なんだよ?」「汚らしい」同時に文句を出そうとして、二人の意識が別のものに集中する。
アーロンは耳に、チェズレイは肌感覚に。極小の電子音、電波の気配。咄嗟に受け身の体勢を取った刹那、二人の間を爆風が抜ける。周りを巻き込んだ衝撃波が部屋を覆った。
天井からバラバラと何かしらの破片が落ち、熱風と火花に室内の備品が音を立てて崩れた。それから少しだけ間をおいて、騒がしいと足音が迫る。
品なく開いたドアからは黒服たちがどやどやと押し寄せ、受け身を取って立ち上がったアーロンとチェズレイを見、続けてその奥で拘束されているトップの姿に瞠目した。
先頭の黒服がわななく声で何かを叫んだ。「よくも社長を!」やら「たった二人、すぐに始末しろ!」やら、一人が喚けば連鎖的に叫び声が聞こえ、二人はあからさまに不機嫌な顔になる。
「自爆には規模の弱い爆破ですが、まさかエマージェンシーコール代わり? 馬鹿ですかこの組織は」
「てめえがちゃんと縛り上げねえからンなもん起動されるんだろうが!」
はァ? とチェズレイの柳眉がつり上がる。怒号の中でもお構いなしに、というか自分たちの置かれた環境など歯牙にもかけないといった態度だ。黒服たちは更にいきり立ち、ついに一発の銃声が鳴り響いた。それを皮切りに、雪崩れ込むようにアーロンとチェズレイに黒服たちが襲い掛かる。
めんどくせえことになった、とアーロンは舌打ちして腕を振る。3本の刃が格納された爪が展開される。――と思ったが、嫌に軽い腕に「あ」と思わず間抜けな声を出した。外していたうえに、爆破の弾みで鉤爪は飛ばされてしまっていたのだ。とりあえず、殴りかかってきた黒服は正面から殴り飛ばし、サイドから挟んできた二人は飛び避けて相打ちさせた。瞬時に周りを見渡すが、得物を見つける前に黒服が迫る。数が多い。一人一人は雑魚だが、いくら超人的な身体能力、戦闘能力を持っていても、相手にできる物理的な限界はある。探すよりも先に、相手を殴り飛ばさなければならなかった。
「よそ見すんな!」
怒鳴り声と共にスライドを引く音が聞こえた。アーロンはその銃口を見て身を伏せる。放たれた弾丸が、アーロンの元居た場所を貫き壁に着弾した。よくも社長を、と言っていた割には、後ろにその社長がいることを忘れているのか。アーロンは鼻を鳴らして呆れるが、手数の多い黒服たちは、身を倒したアーロンをここぞとばかりに狙い来た。
さすがに無傷は厳しいか、とナイフを振り上げた黒服にアーロンは最良の防御を考えたところで、ふと横に見慣れた得物があることに気が付く。若干の躊躇はしたが、傷を負わなくても済むならそれに越したことはない。アーロンはその得物を掴むと、眼前に振り下ろされたナイフをそれで受けた。
ギリギリと刃が黒い棒の上を滑り、アーロンは力任せにそれを振り抜いて、黒服の腹を蹴る。呻きながら吹き飛んだ黒服に一瞥もくれず、蹴り飛ばした勢いで立ち上がると、周りを脅すように黒い棒――チェズレイの杖を差し向けた。
一瞬の緊張が走って、相手の動きが止まる。が、黒服はそんな杖で何が出来ると眉を上げた。
アーロンはうっとおしい飾りだと思いながらも、グリップ部分を握って鞘から本体を抜き取る。が、切っ先が引っ掛かって上手く抜けない。細い刀身をぴったりと包む鞘は遊びが少なく、一定の角度で抜かなければすんなりと抜けないようだった。それは剣を杖としたものではなく、杖を剣としたものだからか。
アーロンが杖の取り扱いに不慣れと見るや否や、隙が出来たと嬉々とした表情さえ浮かべ、相手は突っ込んできた。
苛立ちを隠そうともしないアーロンは、中途半端に鞘と繋がった剣を力任せに振り上げ、苛立ちを込めて殴りつける。
ある意味刀身が伸びたようなもので、黒服はアーロンにたどり着く前に地面へ伏した。それでも抜けない鞘に、アーロンの苛立ちは最高潮に達し、床へ打ち付けようと振りかぶった。その時、背後からの強い殺気に、ほとんど反射的に振り返って不安定な剣を構える。
アーロンの耳元を、ナイフ投げのように刃が弧を描いて通過した。それはその後ろで黒服が構えた拳銃と相打ちするように弾き飛び、ざっくりと切れた手を押さえた黒服が、悶絶の表情でへたり込んだ。
「もっと丁寧に扱っていただけますかァ?」
ナイフ投げ――もとい、アーロンの鉤爪の一本を投げたのはチェズレイだった。片手に2本の爪を持ち、それが装着されていたはずの篭手は足元に転がっている。
「てめえこそ、勝手に解体すんじゃねーよッ!」
「勝手に抜けたんです。
だいたい敵地で武器を外すからこうなるのでは?」
言いながらチェズレイは篭手を蹴る。床と金属が擦れる嫌な音がして、殴りかかってきた黒服の足を絡め取った。つんのめった黒服の腹を蹴り飛ばし、落ちた背中を踏みつける。体重をかけるとくぐもった呻きが聞こえて、チェズレイは嫌そうな顔をした。
「おい詐欺師! それ返せや!」
「あなたこそ、杖を返してください」
踏みつけた黒服の上を渡り、迫る敵のナイフを爪でいなす。刃同士が擦れ合った鍔迫り合いの音は一瞬で、鋭利な爪先で絡め取られたナイフは空を飛び、無手となった黒服の横っ面をチェズレイは爪の側面で平打ちして張り飛ばした。頬が切れ、黒服は血を流しながら倒れ込む。チェズレイは舌打ちをした。
「あァ、服が汚れます。
ふざけた形状なうえに両刃とは……。
殺さずに加減するのが面倒だ」
鉤爪の扱い辛さに、チェズレイは珍しく連続して舌打ちした。冷静に見えて、相当の苛立ちを醸している。爪を見ながら眉根を寄せたチェズレイは、倒れた黒服から拳銃を抜き取った。
「ハッ、銃にはトラウマがあんじゃねーのか?」
「ふっ、照準が狂ってあなたの脳天をぶち抜くかもしれませんねェ?」
黒服を投げ飛ばしたアーロンが、視界の端でチェズレイの行動を捕えて罵る。使い辛い武器に、湧き出る雑魚たち。どれだけぶちかましてもストレスは溜まる一方で、発散の先が今回の相棒を言い負かす暴言しかない。
しかし、言われて堪えるチェズレイなはずがない。口端を上げて、チェズレイはアーロンに銃口を向ける。
「こいつら伸すついでに
てめぇもぶっ飛ばしてやろうかあ?」
「望むところですよ」
互いに目線を合わせず言う。トリガーに指をかけるチェズレイは、その指をひっこめてグリップを握り直すと、サイドから飛び出た黒服を弾倉底で殴りつけた。ここで放てば銃撃戦にもつれ込むのは目に見えているし、そうなればこちらに分がないことも分かり切っている。チェズレイはあくまで鈍器として使うために銃を持ち、トリガーを引く選択肢はない。倒れた黒服の頭を蹴り飛ばして意識を奪う。続く後ろからの気配に、爪を逆手に持って黒服のジャケットを突き刺さすと、横へ凪ぎ、バランスを崩した相手に翻って、その口に銃を突き立てた。
がくがくと震える顎を殴って意識を飛ばすと、先ほど投擲した爪を拾い上げる。立て続けに昏睡させ、チェズレイを囲む黒服達も躊躇して立ち竦むが、もう後には引けないとほとんど捨て身で迫ってきた。
その咆哮のような怒鳴り声に触発されてか、アーロンに対峙する黒服たちも特攻する。
集団となって強襲する黒服に、アーロンが打撃武器のように鞘やグリップの装飾で相手を殴りつければ、チェズレイが傷を付けるなと睨みつける。間合いを詰められる前にとチェズレイが爪を投擲すると、投げるもんじゃねえ! とアーロンが唾を飛ばした。次々と黒服たちを卒倒させながら展開される罵りの口論は、相手達が取るに足らないものだというようで、現に二人の意識は互いにしか向いていない。
口論と慣れない武器。お互いにさっさと取り換えたいとは思っているが、倒しても倒しても湧いてくる黒服は、その隙だけは与えなかった。互いにストレスはピークに達し、散乱した備品を蹴り上げ投げ付け、互いの得物を無茶苦茶に使う。
「ッぁああ! まだるっこしい!」
「同意見です。不愉快ですがね!」
鞘でサイドの敵の鳩尾を突いて蹴り飛ばし、返す刀で正面の敵を杖の刃で斬り付ける。
散乱した書類を器用に爪に引っ掛けて投げ付け、視界を奪われふためく敵を、へし切るように篭手で制圧する。
武器の特性など完全に無視をして、お互いに黒服を殴りつけた。飛ばされた黒服が床に激突して沈黙すれば、二人の足元、というか部屋の中には黒服の山ができていた。ようやく全員伸したところで、ほとんど同時に得物を投げ出す。カラン、カツン、杖と爪が床へ落ちた。
「もちろん、弁償していただけるのですよねェ?」
「こッッッちのセリフだわ!
滅茶苦茶な使い方しやがって」
ようやく持ち主の元へ戻った得物は、双方が見るも無残な姿に成り果てていた。
杖はもはや鞘に納まらず、金で出来た装飾はそこかしこに傷やへこみがある。一方鉤爪も、バラけたものは元に戻らず、刃こぼれし、固定用のバンドも千切れていた。
「いっそのこと、なまくらにしてやろうかその杖」
「既になまくらですよ。触ることすらおぞましい。
それに、もう片方も
解体してほしいとおっしゃるので?」
「やっぱてめぇが解体したんじゃねーかッ!」
止まぬ口論に、どちらともなく一歩踏み込んで距離が詰まる。互いに傷んだ刃が交差した。拮抗する剣戟音がギリギリと鳴り、交わった目線に火花が散る。
しかし遠くに聞こえたサイレンに、その火蓋が切られることはなかった。
アーロンとチェズレイは舌打ちして得物を降ろすと、転がる黒服を踏みつけながら現場を後にした。