煌めきを放つもの 自室への扉を開けようとして、コツ、と音がして動きを止めた。視線を下ろしても一見引っかかりそうなものは見受けられない。
「……《アドノディス・オムニス》」
呪文に応えて姿を現したのは、小脇に抱えられるくらいの大きさの箱。一応罠の可能性も考えて触れずに検分して、見知った魔力の気配が残っていたので掬い上げてすぐに扉の中へと入り込む。
何で扉の前に置いたのだろうか。しかも隠すように。パーティーの場で渡すでもなく、バスケットにこっそり忍ばせるでもなく。そう思いながら箱をテーブルに置いて蓋を開けると、姿を現したのは3本のカトラリー。
ご丁寧に『明日はお前の作ったフライドチキンが食いたい』と書かれたバースデーカードが添えられていた。
「……『さっさと行ってこい』とか送り出しといて、自分は来ねえのかよ」
思わず口からこぼれた音が、想像よりも拗ねたような響きになっていて、ネロは少しばかりばつが悪くなった。一人なんだから、取り繕う必要もないのに。
ブラッドリーがネロの誕生日にカトラリーを贈ってくるようになったのは、それこそまだ盗賊団の下っ端だった頃だ。偵察隊として仕事でもそこそこ情報を取ってこれるようになって、料理番としても重宝がられるようになって。
仕事の戦利品を分配しているときだった。今回は活躍したんだからなんかもらっとけ、と戦利品の前まで連れてこられて、けど自分なんかにはまだ物の善し悪しもよく分からないし、特に欲しいものなんてないし。ぼっーっと突っ立っていたら、『おうネロ、いいもん見つかったか?』と背中をドンとはたかれた。痛んだ背中を擦りつつ振り返れば案の定そこにあったのはボスのニヤニヤした顔で。
『いや、俺は、別にいいっす……』
『またそれかよ。てめえはほんと欲のない奴だな』
いつもだったらそれで話は終わり、となるはずだったのに。
『ボス知ってます?こいつそろそろ誕生日らしいですよ』なんて当時の上司が言ったもんだから、へえ、なんて片眉上げたブラッドリーが、戦利品の中から手ずから選んで寄越してきたのだ。
『これだったら使えんだろ。魔道具にするにも良い代物だ』
放り投げられたのを受け止めて広げた手のひらで、意匠の凝ったスプーンとフォークとナイフが煌びやかに光を照り返していた。
魔法はそこそこ使えるようになったが、まだ魔道具を決めていなかったネロは、その言葉に従ってそれを魔道具にした。他の団員と同じようにブラッドリーに憧れて一発ずつでかい魔法を打ち込む練習をしていたがてんで上達しなかったのに、カトラリーはいともたやすく手足のように動かせるようになった。細かい操作をする魔法のほうが向いてたんだな、と上司に言われてちょっとだけ落ち込んだが、それで仕事の役に立てることが格段に増えたから、そこまで見越してこれを寄越したのなら、やっぱりブラッドリーは他人をよく見ているんだな、と改めて関心した。
それから毎年、ブラッドリーはネロの誕生日にカトラリーをプレゼントしてくるようになった。いつの間にか人間の寿命を越えて、ブラッドリーから相棒と呼ばれるようになって、そのくらい時が経っても、それは変わらなかった。
仕事で使うのなんて精々50セットなんだから、もういらないと言っても、『てめえのは使い潰しになることも多いんだ。余分に持ってるに越したことはねえだろ』と有無を言わさず懐に収めさせられた。まあ確かに一理あることはあるので、ネロは貰った分を磨きつつ、すぐに出す分を入れ替えつつ、カトラリーを売ることもなく持ち続けた。百年前に、彼の元を去ってからも。
『まだそれ使ってんだな』
賢者の魔法使いとして再会した後、ブラッドリーはカトラリーを指差してそう言った。一番最初に寄越されたあのカトラリーだ。
特に意識しなければ、一番最初に呼び出してしまうのはこの一揃えだ。手に馴染みすぎて、どうしようもなくなっているのだから。
非難する為に指摘したのかと思ったのに、睨み付けられたブラッドリーはなぜか嬉しそうだった。
そして魔法舎で初めて迎えた誕生日にも、カトラリーは贈られてきた。盗品じゃないだろうな、といつものごとく念押ししたが、実際盗品かどうかはネロにとってあまり重要ではなかった。今の状況でどうやってこんな派手な一流の品を見繕ってくるのか、少し気になっただけだ。ブラッドリーは『盗品じゃねえよ』と呆れた声をあげたが、それ以上は口を閉ざしていた。
今年のは少し上品な意匠だった。パーティーだと着飾られたこの服に、合わせたのではと思えるほどだ。
またこうやって、増えていく。自分とブラッドリーしか知り得ない記憶と共に。
ようやく魔法舎での距離感を見いだしてもらえて。それでまた少し居心地がいいと思えるようになったこの場所で、その記憶が何をもたらすことになるかは、まだ分からないが。
「……賢者さんのが最後だと思ってたのにな」
テーブルに置いたままだったロゼのボトルに目が行く。まだ残りが入っているからとありがたく拝借してきたものだ。
「今日中に一人で飲むには……ちょっと多いもんな」
まだ飲み足りない気分ではあったのだ。晩酌のついでに、礼を言いに行くだけ。
ボトルと箱と、それに少しばかりの作り置きのつまみを抱えると、ネロは上への階段を目指して部屋を出た。