chocolat et vanille 寒空の下、二人の少年が手を繋いで街歩きをしている。一目見ただけでは見分けがつかないほどよく似た姿のふたりの少年の内、ひとりは片手にカップを持っていた。街で人気のスイーツスタンドのもので、中にはクッキーを添えたアイスクリームが二個盛られていた。
お揃いの服、色違いのマフラーを身に着けた愛らしい少年たちを、すれ違う人々は皆振り返るが二人は気にも留めない様子でてくてく歩いている。
そうして、少年たちは川辺のベンチへやってきて二人してすとんと腰かけると、顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「「北国生まれなら、凍えそうな冬でもアイスクリーム!」」
「粋じゃな」
「粋じゃのう」
二人の少年―スノウとホワイトは、中央の国で任務をこなした後に寄った栄光の街で長めの自由時間をもらい、久しぶりの街歩きでご機嫌だった。このところは依頼、訓練、調査ばかりであまり楽しい外出がなかったのだが、今日は運良く用事が早々に住んだので、少し遊んでいきたいと賢者にわがままを言って聞いてもらったのだ。賢者と今回同行した他の魔法使いたちも、今ごろは街のどこかでなにかを楽しんでいることだろう。
「しかし西の国では野暮なんじゃと。この季節、西の国の粋というとホットチョコレートを飲むことだと聞いたが」
「イカれておるくせに、そういうところは存外普通じゃのう」
アイスクリームやソーダは夏のもので、冬になってもそういったものを口にしているのは野暮であるというのは、先日シャイロックから聞いた話だ。しかしここは中央の国だったので、何を粋とするかは異なる。少なくとも、この寒い中でもアイスクリームを売っている店はあったので粋とか無粋とか、そういったことにはあまり関わらないのだろう。
カップにはバニラとチョコレート、二種類のアイスクリームにルージュベリーのソースがかかっていて、付け合わせにクッキーが二枚添えてある。シンプルながら、押さえるところを押さえてあり二人は口に運ぶ前から満悦だった。ただひとつ、スプーンがひとつしかついていなかったという点を除けば。
「困ったのう」
大して困っていなさそうにホワイトがそう言えば、「そうじゃのう」とスノウがカップとアイスクリームの隙間にささっている薄い木のスプーンを手に取った。スプーンが足りないアイスクリームは完璧ではないが、ふたりは大して困りはしないのだ。
「最初の一口は譲ってやろう」
「やったー! スノウちゃん大好きー!」
スノウはバニラのアイスクリームを小さなスプーンにきれいに乗る程度の量掬って、小さな口を開けて待っているホワイトに差し出した。
「はい、あーん」
「……うん、うまい!」
「どれどれ、我も……」
ホワイトに食べさせたあと、スノウも同じようにバニラのアイスクリームを口に運んだ。乳白色で、バニラの種の入ったアイスクリームは香りがよく、舌触りも滑らかで濃厚な味わいだった。この寒い中、といっても二人にとっては中央の国の冬などさしたる寒さではないのだが、並んでまで買った甲斐があるといえる味を、二人は交互に楽しむ。
スノウが食べて、ホワイトが食べて、バニラを食べたらチョコレートを食べ、アイスクリームの後は付け合わせのクッキーを齧る。
しかし、自分が食べながらホワイトに食べさせているスノウはやや忙しく、少し経ったあたりで「ふう」と息をついた。
「スプーン、もうひとつもらった方がよかったのう」
「もしかして我のことが見えなかったのかのう? 幽霊じゃし」
「いやいやそんな……」
「冗談じゃ……んぐ」
カップを受け取った時にスプーンがひとつしかないと気づいたには気づいたのだが、自分が食べさせてやればいいと思ってしまったのが失敗だったかもしれない。その上、寒空の下でアイスクリームを食べるより余程堪える冗談なんか言われてしまい、堪らなくなってスノウはチョコレートのアイスクリームを掬ったスプーンをホワイトの口に突っ込んだ。
「……乱暴じゃのう」
「寒い冗談言うからじゃ」
ホワイトは木のスプーンをスノウの手から奪い、自分がそうしてもらったようにアイスクリームを掬うとスノウに差し出した。
「スノウ。バニラの花言葉は『永久不滅』なんじゃと」
そうして、スプーンを口づけるように食んだスノウにそう言ってみせる。これも、西の魔法使いたちと話したときに得た知識だ。花言葉という文化は知っていても、どの花にどういった言葉が与えられているかまでは把握していなかったので、スノウに教えてやらなくてはと機会を待っていたのである。
「永久不滅か……」
「ロマンチックじゃな!」
「皮肉じゃな」
しかし、それぞれトーンの違う声が同時に発せられ、それによって見合わせる顔もスノウは少しばかり浮かないような表情を浮かべていて、ホワイトだけが風で雲がちぎれて飛んだ青空のような清々しさをたたえて笑っていた。
「え……?」
「え? なに? 聞こえなかったのう?」
「恥ずかしくて小声になっちゃっただけじゃよ」
「そっか」
それでもスノウが口にした言葉を聞こえなかったことにして、ホワイトはただ笑みを返しもう一度アイスクリームを掬ってスノウの口許へやった。スノウに食べさせ、自分が食べて、それを何度か繰り返して、なるほどこれは楽しいけれども面倒だと知る。
「バニラの花言葉が『永久不滅』なら、チョコレートの花言葉は何じゃろうな?」
「聞いたことも考えたこともないのう」
きっとバニラの花言葉を知らなければ興味を持つこともなかったであろうことを話しながら、二人は二色のアイスクリームを平らげてしまうと、どちらからともなく立ち上がった。待ち合わせまでまだ時間はあるし、折角賢者にわがままを聞いてもらったのだから、ぼんやりしていてはもったいない。
「次は何を食べようかの」
「冷たいのを食べたから、今度はあったかいのがいいじゃろう」
持ち帰りのできるスープ専門店に行ってみようか、それともカフェに入ろうか、相談しながら二人はまた普通の双子を装って街歩きを始めるのだった。