ひねもすカイアサ《7時》 久しぶりの共寝も目覚めはあっさりとしたもので、二人とも睦合うのもそこそこにベッドから降りて身支度を始めた。
ゆっくり過ごしたい気分ではあるのだが、揃って遅起きをするわけにもいかない。まだ少しばかり残る夢見心地を惜しむようにゆっくりと着替えながら、ふたりは顔を見合わせて面映ゆそうに笑みを浮かべた。
身だしなみを整えて、互いに確認し合う。自分自身では見られないところを特に確認するのは、そのまま自分が気になる箇所だからだ。
誰にも言ってはいない関係なので誰も知らないはずだが、何も言わなくても気づかれていることというのは不思議とひとつやふたつではない。相手への感情に後ろめたいことなどありはしなくとも、どちらかといえば他人には知られてない方がいい―おさまりの悪いところもある。しかし、おおっぴらに「つきあっています」だなんて言って回れるかといえばそんなことはまったくないので、こればかりは仕方ない。秘密。そういうことにしている。
確認を終え、部屋の主であるカインがドアを開けて先に部屋から出ると、「きゃっ」と高い声と共に誰かにぶつかられた。朝一番にはたまにあるちょっとした事故だが、今朝は普段の朝とは違う。一瞬遅れて声のした方を見やれば、廊下にスノウが尻餅をついていた。
「あいたたた……」
「スノウ様! 怪我はないか!?」
「大丈夫じゃ。受け身をとったからの」
尻餅をついているのに受け身とはどういうことか分からないが、とにかく大丈夫らしい。
スノウは傍らにいるのであろうホワイトの手を借りてよいしょと立ち上がると、二人一緒にカインの手に触れた。そうしているうちに、カインの後ろにいたアーサーも出てきてスノウとホワイトに朝の挨拶をする―。アーサーと同伴で部屋を出たことを除けば普段とそう変わりない朝だ。気を付けていたつもりでも片手落ちだったかもしれないとカインは内心焦っていたが、アーサーは動じているように見えないし、スノウとホワイトも特に気にしてはいなさそうなので、自分も気にするのをやめようかと思ったそのときだった。
「ところで、どうしてカインの部屋からアーサーが出てくるのじゃ?」
目を瞬かせながらスノウが言った。訊かれるかもしれないと予想していたことだが、一瞬でも気を抜いた自分の甘さを悔いながら、カインは答えようと口を開く。
「あっ、あー……それは……」
「スノウちゃん、それ本気で言ってるー? ボケるには早いでしょっ」
「あいたっ! ホワイトちゃん、朝からどつき漫才はきついから~」
咄嗟に言葉が出てこなかった時点で早々に諦めようと思ったカインだったが、ホワイトの出方の意図が読めない。助けてくれているのか、それともみなまで言うなということなのか、彼ら二人の調子は独特で時々乗るのが難しい。
少し後ろでアーサーが「どうする」と耳打ちしてくるのに、様子を見ようと仕種で返してどうかわすか考えていると、ふとスノウが曖昧に振ってきた。
「……とりあえず、天気予報でも聞く?」
「何でそうなるんじゃ」
「ぜひお願いします」
「そうだな! 今日の過ごし方の参考になるし、頼む」
これを好機と見たのか、アーサーはすんなりと頷いて笑みを浮かべてみせる。
気まぐれかもしれなくても、もはやこの場の主導権を握っているのはスノウとホワイトといっても過言ではない。いまは作った流れに乗る場面だと判断し、カインもアーサーに続いて賛成を示した。
すると、スノウがむむむと神妙な表情を浮かべ怪しい手つきで胸の前に円を描いた。占いをするときにもしばしば見せる動作なので、これで集中力を高めているのかもしれない。
そして三人がそれを見守ること数秒、スノウが口を開いた。
「空がにわかに曇ってまいりました……」
「天気予報っていうか、天気実況じゃない?」
「でも、どんどん曇ってきましたよ」
窓の方を見ながら、ホワイトが少し呆れたような表情を浮かべる。確かに、部屋から出たときは朝日が射していた窓辺から見えるのは雲ばかりだった。
「朝ごはんのいい匂いもしてきます……」
「天気に関係なくないか?」
「おなかが空いて頭が回らんのじゃ。以上、朝の天気予報でした~」
「「ありがとうございます……?」」
「ふたりともすまんのう。寝起きはちょいとポンコツなんじゃ」
「昨日の夕ご飯から時間が経っておるからのう」
唐突に始まり、そして呆気なく終わってしまった天気予報にカインとアーサーは戸惑ったが、曇ってきたことには違いないし、階下からいい匂いがしてくるのも事実だ。パンが焼ける匂いかスープの匂いか、断定はできないが朝の幸せな匂いに腹を減らした四人は誘われるように誰からともなく階下へ降り始めたのだった。
《続》