シーズンが、終わった。
「よかった……」
おととい、灼熱の決勝戦が行われたここ、シュートスタジアム。今日はユニフォームを脱いでおめかししたポケモントレーナーたちが、そのシーズンの功績を称え合う式典が行われる。これをもって、今シーズンは終了。試合はないが後夜祭のようなもので、それなりに大切なイベントだ。
「よかったです」
「いやぁ、本当によかった」
なにがよかったかって? レンタルされたタキシードのサイズがピッタリ合っていることだ。もちろん試着はするんだけど、成長期真っ最中のオレさまはそれこそ文字どおりに毎日少しずつ大きくなっている。去年はキツキツ、一昨年はブカブカだった。一ヶ月前に衣装合わせなんて自殺行為だとローズ委員長に文句を言ったところ、衣装屋さんが気を利かせてくれたらしい。レナとヒトミもホッとした表情を浮かべている。
「リハーサル開始までごゆっくり」
「あぁ、サンキュ」
顔を作って、髪型もしっかりキメて。あとはお呼びがかかるまでしばしの休憩だ。とはいえ、タキシードを汚したら大変だからおちおち食事もできない。とりあえず、
「おー、ルリナ、今年もいい感じだなぁ」
「本当に? ありがとう」
こうやって次々と現れるジムリーダーとかジムトレーナー、チャレンジャーたちとお喋りするくらい。オフに入るとこんな機会もないし。
「ダンデ見てない? ヘアメイクさんが探してるのよ」
「ここには来てねぇなぁ」
「また迷子かしら、ここ彼のホームなのに……ちょっと探してくるわ」
美しいドレスに身を包んだルリナが、これまた美しく整えられた髪をなびかせながら控室をあとにする。キマッてんだからもう動き回らなくてもいいだろうに。でもそうやってドレスアップした状態での身のこなしは、さすがモデルといったところだ。
それから控室のドアが開いては、チャンピオン見てませんか、の繰り返しを三回。
「キバナ!」
みんなの探し人の声がしたのは、リハーサルの開始が遅れています、との連絡が入ってから数分後のことだった。
「探したぜ!」
「それはみんなのセリフなんだよ、オマエどこにいたんだ?」
「キミを探していたんだ、」
部屋に入ってきたダンデは、しろがね色のタキシード。ガラルのみんなが楽しみにしている煌びやかな式典で、オマエだけが着ることを許されている色。それジュラルドンの色なのになぁ、意味わかんねぇよ、似合うけど。
「オレさまを? なんで? ずっとここにいたけど」
「そうだったのか」
ゆっくりと立ち上がる。うん、今年のタキシードは本当にピッタリだ。こうして動いてもつっぱりもダブつきもない。
「衣装屋さんから預かり物をしていたんだ」
「ん?」
「これを」
ダンデの手から出てきたのは、濃い青と赤のポケットチーフ。言われてみれば、オレさまの胸元はどこか寂しげだ。
「渡しそびれてしまったと言われたから、オレが届けようと思って」
「……オマエに預けるとは、ホントにいい仕事するなぁ」
頂点をずらして折られた、ナックルジムカラーのポケットチーフ。このままだと、ダンデの手の中でしわくちゃになってしまう。
「さしてよ、ここに」
「わかったぜ」
ダンデの手が、オレの胸に触れる。ポケットに差し込んで、真面目な顔でその角度を整えて。……いつの間にか、こうして見下ろすようになってしまった。出会ったころは大して変わらない背丈だったと思う。別にダンデも小さくはないが、なんだかオレさまはこんなに大きくなってしまって。
「ダンデ、……」
まるで、この屈強な体を抱きしめるため、守るため、手に入れるためなのだと、言わんばかりに。
「できた」
ずいぶんと時間をかけて、スタイリスト・ダンデがようやく仕事を終えた。
「ん、ありがと……どうした?」
ダンデがオレさまをじっと見上げている。控室にジムリーダーたちがぞろぞろとやってきた。リハーサル開始はさらに遅れるらしい。あぁいたこんなところに、ルリナとネズの疲れた声。
「い、いや、その……今日のキミは、か、かっこいいなと、思ったんだ……」
そのしろがね色のタキシードは、ダンデの顔色を美しく映す。オマエは今日、本当に綺麗だよ。
「……今日だけなの?」
ゆっくり、首を横に振る。……あぁこれは、今日もらうどんな賞よりも光栄かも。