それはそれ、これはこれ ガラル地方では、ハロウィンの時期になると街中がゴーストポケモンモチーフの飾りや色とりどりのお菓子を模した飾りで彩られ、ショップを覗けばポップな音楽に合わせてお菓子を寄越せと可愛らしく歌う店内ミュージックが繰り返し流れているのが定番だ。目にも耳にも賑やかなこの時期、キバナは例年よりも浮かれている自信があった。
「(一昨年は狼男、去年はヴァンパイア…今年は何の仮装すんのかな?ちょっと路線変えてチョロネコとか、ワンパチとかやってくんないかなぁ…)」
なにせ今年は恋人になって初めてのハロウィン。プライベートだと鈍くて、大変恥ずかしがりやの恋人の。仕事とはいえ、いつもは見れない姿にちょっと位期待したって良いじゃない。あわよくば、それをお家デートの時に着てもらえたら万々歳だ。なんて浮かれてシュートシティまでやってきて、手を振ってくれるファンへと軽く握手やバトルポーズをしながら、いつもより賑わっているタワーの入り口へと足を踏み出した。ダンデがいるであろう場所へと視線を巡らせると、仮装をしている恋人の姿が見えた。いや、訂正すると恋人なのか信じたくないけどきっとそうだろうなっていう姿が見えた。
タワーエントランスの受付前、スタッフ数人に付き添われてバトルタワーが立っていた。鈍色の三角柱みたいな胴体部分に、エメラルドグリーンの螺旋パーツが巻き付けられており、その両脇からニョッキリと黒いシャツを纏った腕が生え、タワーの下からは同じように足が生えていた。キバナは、今だけ自分の観察眼が憎いと思ったが気付いてしまったからには無視することは出来ない。というか、もうあっち側から気付かれているようで、現在進行形でタワーが此方へと走り出してきている。キバナは目立つ自分の長身もちょっと憎くなった。
「タワーくんだぜ」
「そう来るのは対策してなかったわ」
「タワーくんだぜ」
「会話をしような…いや、もしかしてそれが固定の鳴き声って設定なのか?」
「…」
「マジでそうなのかよ!?」
何も答えは帰ってこなかったが、ダンデ(タワーのすがた)が何かしらゴソゴソと身じろぎすると、途端に着ぐるみの螺旋部分が七色に光りだす。
「えっ…何っ怖……んー!?もしかして正解ってことか!!」
キバナの答えを聞いて、タワーくんは元気いっぱい飛び跳ねる。どうやら正解のようだ。
「なるほどなぁ…考えたな……ロトム、ダンデをピンで撮って」
「タワーくんだぜ」
「…タワーくんピンで撮って」
「一緒に撮らなくていいロト?」
「それはまた今度で良いや」
「タワーくんだぜ!!!」
「うわっ!ちょっとやめろ!!タックルしてくんな!!怖いっ!怖いって!!分かったよ!一緒に撮るから!!」
キバナが勢いに負けて一緒に撮ることを認めると、途端タワーは左右に揺れながら鮮やかなピンク色に光り輝いた。
「色のバリエあるんだ…」
そんな不思議な二人のやり取りを見て、タワーに来ていた子ども達は「光る変なのがいる!」と親の手を引き、大人達はその手をもう一度引いて「ポケモンウキウキふれあいコーナーで遊ぼうね」と優しく諭すのだった。
ダンデのタワー姿をピンで何枚か撮った後に画面を確認すると、無駄に造形の良い手足がタワーを模した着ぐるみからニュッと出ているのがよく分かり、キバナは自然と笑いが込み上げてくる。多分中ではドヤ顔をしてるんだろうな。なんてことも簡単に想像できるような元気いっぱいのリザードンポーズもまた更に笑いを誘う。自分の下心は完全に叩きのめされたが、ダンデがこうやってやりたい事をしながら全力で楽しんでいる姿を見るのは純粋に楽しいし嬉しい。ひとしきり写真をチェックして、ロトムにお礼を伝える。
さて、笑うのは良いが、この後はこの面白着ぐるみと並んで撮影するのか…と遠い目をしてウキウキと体を揺らしながらキバナを待つダンデを見る。
「ほら、ダ…タワーくん!写真撮ろうぜ!ヘイロトム!!」」
最早ヤケクソで声を掛けて隣に並ぶと、タワーは嬉しそうに駆け寄ってキバナの真横へとピッタリとくっつく。タワーの先端付近の装飾が肩に刺さってちょっと痛い。それを抗議しようとダンデの方を向いた時、とても小さな声でタワーの中身が話しかけてきた。
「キバナ、今日ってもう仕事は終わりだったよな?」
「まあな。終わったからここにいるっていうか。ナックルのイベントは午前中に盛大にやって午後からは家族や友達とってスタイルだし」
ダンデに合わせて、キバナも自然と小さな声になる。
「あの、あのな。これはタワー用の仮装だから…」
「うん。まあ、タワー用っていうかタワーそのものになってるけどな」
「そうじゃなくて…そのな…キミの為の仮装は別に用意してるんだぜ」
「……えっ?」
「今日、いつもの時間に!」
それは、どういう意味だと聞く前に、タワーはドタバタと走り去っていく。その奇怪な動きを見て、まるで波を掻き分けるように人が左右に離れていくのを、キバナは周りの人々とは違った意味で、暫く呆然と眺めていたのだった。
その日がどんな仮装だったのか、どんな夜を過ごしたのかは。次の日ユルユルの笑顔でジムに休みの連絡をしたキバナと、ぐったりした声で秘書へと休みの連絡をしたダンデだけが知ることだった。