トラブルメーカーバスターズ閉店間際のホームセンターは客もまばらで、昼間の混雑が嘘のように静かだった。
レジに並んだ残り少ない客を捌き、閉店アナウンスが流れれば本日の業務は終了──そのはずだった。
「オラ、早くカバンに金を詰めろ!」
目出し帽を被った男に銃を突きつけられ、震える手でレジの中身を言われるがまま鞄に詰めながら、ホームセンターの店員は己の不運を呪った。
まさか客の少ない時間帯を狙って、強盗が押し入ってくるなんて思ってもみなかった。
強盗は二人組だった。レジに陣取り店員に銃を向けている男と、もう一人。店内に残っていた客数人と同じシフトに入っていた同僚を銃で脅し、レジ前に誘導して一箇所に集め見張っている。
さほど大きくもない街唯一のホームセンターであるこの店は、大した広さはないが日用品から食料まで取り揃えているため住人のほとんどが利用する。
犯人は二人とも目出し帽を被っているが、店員は直感的に流れ者の仕業だと悟った。
この街は他の大きな街へ行くために通る言わば中継地点だ。
本来なら通りすぎてしまうだけだが、たまに車の故障などのトラブルに見舞われた旅人が一時の宿を求めてやってくる。
きっとこの二人組もその類なのだろう。都会に自らの足で赴く輩の中にはたまに血気盛んな荒くれ者が混じるのだ。
そういう輩は大抵この街は素通りし大きな街で事を起こすものだが、こいつらの場合は予行演習のつもりなのかこの店を最初の標的に選んだ。街の出入り口に建てられているから、目に留まりやすかったのかもしれない。
折悪くオンボロの警備システムは故障中で、この時間帯は常駐している店員も自分ともう一人のみ。
頼みの綱の警備員は老齢で見回りをするだけしたらすぐ帰ってしまうし、もはや唯々諾々と犯人たちの言いなりに金を渡すしか助かる術はない──そう諦めかけたときだった。
「だから〜ごめんて!いい加減機嫌直してちょーだいな」
「……その言い方だとまるで私がずっと駄々を捏ねているように聞こえるのですが?」
「え、だって実際さっきからずっと不機嫌じゃない。予定通りいかなかったのが気に食わないのはわかるけどさあ」
「……そんなんじゃありません」
「ほらあ、やっぱりご機嫌ナナメじゃない!」
その二人は食料でいっぱいになったカートを引き、ごく普通の会話をしながら何事もなかったかのように店の奥から現れた。
店員もその場に集められた客たちも、犯人でさえも、今の今まで現状に気づかず平然と買い物をしていたらしい二人組を唖然とした顔で見つめる。
金を詰める作業を束の間忘れ、店員はその二人組を観察した。
一度会ったら絶対に忘れないような特徴的な二人だった。
まず自然と視線が惹き付けられたのは、仕立てのいいスーツをすっきり着こなし飾り杖を持った目の醒めるような美青年だった。輝くような金糸の髪に蠱惑的に揺らめく紫闇の瞳。同性に欲情する趣味はないはずなのに、もし彼に見つめられ微笑みかけられでもしたら──新しい扉を開いてしまうかもしれない。
カートを引いているほうの男は、どこにでもいそうなくたびれた中年男性だった。隣に並ぶ美青年とは似ても似つかないし、明らかに家族には見えない。美青年に付き従っているように思えるし、彼の家令か何かだろうか。それにしては会話が気安すぎる気もするが。
「っおい、なんなんだてめえら!死にたくなかったら大人しくしろ!」
ようやく我に返ったのか、客を見張っていたほうの強盗が謎の二人組に銃を向け怒鳴る。
その段になって初めて、二人組は強盗と拘束されている店員と客の姿を見留めた。だが二人は軽く肩を竦めただけで強盗の脅しを物ともせず、再びのんびりと会話をし始めた。
「こんなに長閑な街でも強盗なんているんだねえ。おじさんびっくりしちゃった」
「きっと大きな街では捕まるのが怖くて悪さが出来ないような小悪党なんでしょう」
「んだとぉっ!!!!」
「あらやだ、図星?」
「弱い犬ほどよく吠えると言いますからねぇ」
犯人か激昂し引鉄に指を掛けても、二人は微塵も動揺した素振りを見せず、犯人を煽る会話を続けながら顔を見合わせる。
「ん〜……このまま放っておくわけにもいかないし、やっちゃう?」
「まったく……とんだ時間外労働です。ではモクマさんは左を。私は右を片付けます」
「りょ〜かい〜!」
そんな会話をしたと思ったら、視界からくたびれた中年男のほうが消えた。ぎょっとしたのも束の間、レジ側で店員を脅していた犯人の目の前に一瞬で距離を詰めた中年男が、呆然とする銃を握る犯人の手に「ほい」と手刀を落とす。
痛みに呻き銃を取り落とした犯人の首にすかさず手刀の二撃目を加える。
「なんなんだよお前らはああああああ!!!!????」
一人を沈めてしまうとパニックになったもう一人の犯人が今度こそ銃の引鉄を引く。
「──お静かに」
だがその引鉄は引かれる前に、美青年の振るった杖が銃を弾き飛ばす。宙を舞った銃を中年男が回収したのと、青年がもう一人の犯人を昏倒させたのはほぼ同時だった。
あっという間に解決した事態に、固唾を呑んで見守っていた客たちがワッと歓声を上げる。
店員も思わずガッツポーズを取り、我に返ると犯人の一人をふん縛っている中年男のほうに駆け寄った。
「あの、ありがとうございました……!助けていただいて……」
「ん?ああ、いいのいいの。成り行きってやつだし。それよりお兄さん、はよ警察連絡したほうがいいよ」
「あっ、はい……!」
指示を受けて慌てて犯人から取り上げられていた携帯を探し当て、警察の番号をダイヤルする。
犯人の片方を縛り終えた中年男は、続けて青年の足元に転がる犯人のほうも手際よく縛り上げていく。
「はい、終わりっと!」
完全に犯人を無力化してしまうと、自分含め客たちも皆ようやく安堵の表情を見せる。
しかしそんな緩んだ空気を青年の一言が切り裂いた。
「あぁ、モクマさん。こちらの彼も拘束してください」
青年が指したのは、客と一緒に人質になっていた同僚の男だった。
「え……おれは……何も……!」
一斉に視線を向けられ、真っ青な顔で首を横に振り否定する同僚に青年は艶やかに微笑み告げる。
「今ここで否定するのは構いませんが、どうせすぐにバレますよ?これから一つ一つ、あなたが犯人一味であるという証明をしてもいいのですが……生憎とこちらも疲れているもので」
──手っ取り早く、時間を省きますね?
そうして青年は艶やかな笑みのままに、薄い唇をゆっくりと動かす。
──ド、レ、ミ…………
ゆっくりと紡がれた音階を耳にした途端、同僚の目が虚ろになり、店員自身も意識が混濁し始める。
「あちゃ〜……ごめんね、お兄さん」
でも大丈夫、目が覚める頃には警察も来て、なんもかんも解決してるからね。
中年男の申し訳なさそうな声を聞いたのを最後に、店員の意識は途切れた。
──数時間後。通報により駆けつけた警察官たちは昏倒している数人の客と店員、既に縛り上げられていた目出し帽の二人組と店員らしき男を発見した。
唯一その場で意識があった縛られていた店員は、警官に声を掛けられるなり、
「私がやりました!私が強盗たちを手引きした共犯者です!」
と捲し立て、警官たちは皆狐につままれたような顔になったという。
こうして平和な街に起きるはずだった凶悪事件は人知れず幕を閉じ、陰ながら活躍した通りすがりの二人組の話は今後も密やかにこの街に語り継がれていくことになるのだった。
「それにしてもよくあの店員が共犯だって気づいたよねぇ」
「ああいった強盗は大抵内部に手引きする人間が潜んでいるものですから。それに彼だけ拘束が不自然に緩かったので一目瞭然でしたよ」
「う〜ん、さすが」
「恐れ入ります」