ナーサリーライム(子守唄をあなたに) 狡噛は時折うなされることがある。何を夢見ているのか知らないが、眉間に深い皺を寄せて、苦しそうにうめいている。最初のうちは起こしていてやったが、そうすると彼は俺から離れてシャワールームに消えるか、リビングで水を飲んで顰めつらしい顔をするかだった。だから最近はじっと寄り添うことに決めている。狡噛が苦しんでいるのなら、俺も一緒に苦しもうと手を繋ぎ、朝まで一睡もせず夜を過ごす。それを狡噛に言ったことはない。目の下にクマを作った狡噛に、酷い顔だなと言われることはあっても、彼が自分の酷い顔に気づくまでは、俺は知らないふりをするのだ。
「あなたたち、揃いも揃ってひどい顔。出勤してすぐだけど、ちょっと仮眠でもしてきたら? 幸い仕事はないし」
そんなある日の朝、ともにちゃんと眠れず出勤すると、花城にそんなことを言われてしまった。俺はともかく狡噛は仮眠が必要だろう。あんなにうなされて、仕事に支障が出ないわけがない。
「俺は大丈夫だ。煙草を吹かしてりゃすぐに……」
「それじゃあそうさせてもらおうかな。何かあったらすぐに呼んでくれ」
だから俺は狡噛の腕を引っ張って、仮眠室に行ったのだった。
仮眠室では狡噛は機嫌が悪かった。仕事が出来ると思ったのに、それを否定された気分で嫌なのだろう。でも俺はこいつに子守唄を歌ってやりたい気分で、簡易ベッドに寝転んでデバイスを見つめる狡噛に毛布をかけてやった。
「なぁ、そんなに俺は眠れてないか」
狡噛が尋ねる。俺は真実を言っていいものかどうか悩んで、「目の下にクマが出来るくらいには」とぼやかした。狡噛はどう感じているのだろう、俺には分からない。
「眠ると地雷で吹っ飛んだ子供や、脳漿を吹き飛ばされた子供の夢を見るんだ。どうやっても治らない。サプリにも頼ったが駄目だった」
俺は狡噛がサプリに頼ったことに少し驚いた。あんなにシビュラを嫌っていたのに。けれどそれも彼なりに必死になっての方法だったのだろう。守ってやりたい。こいつを抱きしめてやりたい。
「仕事が終わったら一緒に寝よう、狡噛。それまでは俺が見ていてやるから。な、おやすみ……」
俺は彼の手を掴んで、小さくささやいた。狡噛はデバイスを閉じ目を閉じる。俺たちは暗い仮眠室の中で、お互いだけを感じている。