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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    POIPOI 192

    お題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。

    #魔法使いの約束
    theWizardsPromise
    #ブラネロ
    branello
    #ブラネロ版お絵描き文字書き一本勝負

    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
     初めてブラッドとキスをしたのは、盗賊団に入ってしばらくして、俺が酷い怪我をした時のことだった。骨を折って回復魔法もなかなか効かなかった俺はただ寝ているしかなかったのだが、見舞いに来たブラッドが魔力を供給してくれて痛みが引いたのだ。怪我はすぐには治らなかったが、それでも痛みがないだけ随分ましだった。そしてその時、俺は特に優しくもなかった家族が、たまに哀れみを見せてくれるのを思い出して、「キスを」とねだった。もちろん唇にじゃない。額にだ。でもブラッドは何を勘違いしたのか俺の唇に熱いそれを重ね、水を飲ませて寝かしつけたのだった。全部、忘れちまえと言って。
     でも、俺はブラッドのキスを忘れなかったし、結局は俺たちは共寝をする中になった。ブラッドは俺の側でだけリラックスするようになり、俺はそんな恋人に見惚れて、なんでもしてやった。ブラッドは俺を信頼し、なんでも任せてくれた。そんな彼を見限ったのは俺で、それでも、今でもそんな俺を信じてくれているのがブラッドリー・ベインという男だった。本当にどうしようもない、そんな男だった。
     
     
    「おい、つまみが尽きたぞ」
    「そんなこと言ってやって来るのはお前くらいだよ」
     皿洗いをしながら答えると、厨房の出入り口に立つブラッドは家探しを始めた。そうして戸棚からフライドチキンを見つけると、意気揚々とそれを持って俺以外に誰もいない厨房でワインボトルに口をつけ、そのまま飲み込む。俺はその下品さにため息が出そうになったけれど、彼は今日はかつての瞳をしていたので、そんなものだと思い直した。かつての瞳、盗賊団の頭だった頃の瞳、あらゆるものを盗んでも、義賊であり続けた男の瞳。
    「お前もワイン飲めよ。これ、なかなかいい出来だぜ」
    「俺はいいよ、飲み残しで腹がぱんぱんだ」
    「……残飯をつまみにするのはそろそろやめたらどうだ?」
     その言葉は軽かったが、それでも重いものだった。別に残飯を食べるのが嫌なわけじゃないんだ、ただ捨てられてゆく料理が可哀想なだけなんだ、でも、傍目から見たら、俺は可哀想な料理人なんだろう。誠心誠意料理を作って、残されて、それを食う男。
    「でもまぁ、お前が俺の残飯を食うと思うと興奮するよ」
     肉がまだついたフライドチキンを、ブラッドが俺の口元に押し付けてくる。俺はそれに齧り付き、そうして食べてしまうと、骨をシンクに投げ捨て、彼の唇にしゃぶりついた。ブラッドは咎めなかった。瞳はいつもよりずっと優しい色をしていて、過去を語る時の色でもあった。高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなどを俺は思い出した。彼の好きな武勇伝を、俺は思い出した。そして初めてしたキスのことも思い出した。
    「なぁ、俺の部屋に来いよ」
     ブラッドが俺の耳たぶをくすぐる。シンクにはフライドチキンの骨が転がり、脂が滲み出ていた。寸胴鍋には水が張られ、洗い終えるまでには時間がかかるように思えた。
    「いつまで? 俺は忙しいんだよ、ブラッド」
    「お前が満足するまででいいから、な、ネロ」
     ブラッドが笑い、俺にキスをする。ワインの味がうっすらとする。俺はそれを改めて味わいながら、彼には敵わないなと、真っ赤な血のような瞳に、かつても今も、それしかないと焦がれた瞳に思ったのだった。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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    TRAINING征陸さんとお母さんのオルゴールと狡噛さんと宜野座さんのオルゴール。
    学生時代から外務省時代まで続いた二人のお話です。
    800文字チャレンジ15日目。
    オルゴール(あなたを思うということ) 父が母に贈ったプレゼントの中に、木箱を薔薇模様を彫ったオルゴールがある。母はもう意識を失ってしまったが、まだ薬を打ちつつ俺の世話をしてくれていた頃に、夜中そのオルゴールを鳴らしていたことがあった。エリーゼのために。ベートベンが愛した女のために書いた曲。父は音楽知識も豊富だったから、それを贈ることに何か意味があったのかもしれない。母と示し合わせた何かがあったのかもしれない。けれど俺はそれが分からないで、悲しい曲を夜中、空を見ながら聴く母を、家に帰って来ない父を、そしてそんな両親と暮らしていかねばならない自分を不安に思ったのだった。
     だから狡噛がオルゴールをくれた時、それがエリーゼのためにだった時、俺は少し驚いた。何となく父を思わせるところのある彼は(会ったこともないというのに、狡噛は父に似たことをよく言った)、五年目の記念に、と進級したばかりの俺にそう言った。俺はいつものようにあたふたしてしまって、ちゃんと答えられなかったと思う。でもそれをもらった時、俺はもしかしたら、二人に別れが来るかもしれない、と思わずにはいられなかった。狡噛を思って、空を見上げながらオルゴールを鳴らす時が来ると思わずにはいられなかった。そして数年後に、それは現実となったのだった。
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    TRAININGcase3あたりの話。
    800文字チャレンジ74日目。
    迷い込んだ風(あなたのこと) 風が吹いていた。ここ高山地方では、珍しくもない風が。七色の旗がはためくごつごつとした道を歩いていると、外で編み物をしていた老婆が、「あれは、仏様の生まれ変わりの合図だよ」と言った。いつか旅立って行った家族がそろそろ帰ると、風を吹かせていることで合図をしているらしい。頭の中の槙島が言う。僕はまだ生まれ変わりたくないな、君の頭の中で遊んでいたいよ。馬鹿、出てくるな。死人はじっとしていろ。灰になって帰ってくるな。「誰が帰ってくるかは分かるのか?」俺はまだ編み物を続ける老婆に尋ねる。すると、皺の寄った顔でくしゃりと笑った老婆は、「今回はうちのじゃないね、あんたのだよ」と言った。誰だろう。俺が失った人々。とっぁんに、縢に、槙島。狡噛慎也、それは間違ってるよ、僕はまだここにいるじゃないか。それから、ギノ。もう会えないのなら、死んだのと同じだ。「あんたと縁の深い人が帰ってくると出てる。それに会いたい人にももうすぐ会えるよ。ほら、拝んで行きな」老婆はそう言うと小さな手持ちのマニ車を取り出して、しゃんしゃん、と鳴らした。俺はどう反応していいか分からず、ただ感謝の意を示すために、ここいらで流通する銅貨を何枚か彼女の前に置いた。ここに来て、しばらく経ってのことだった。
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