歌を聞かせて(眠り歌) なかなか眠れない日が続いて、花城にまで心配されて、俺は一日の休暇を与えられた。原因はとても簡単な話で、父の命日が近づいてきていたからだった。俺と似ているらしい目元は力を失い閉じられて、鍛えられたたくましい体は血に塗れて冷たくなっていった。腕をなくして出血が酷かった俺も頭がくらくらして、それほど悲壮感はなかった。現実味がなかったと言ってもいい。悪い夢を見ているとはこれだな、と思ったのも覚えている。でもあれは夢ではなかった。悪い夢でもなければいい夢でもなかった。父は俺を愛していると言外に言って、俺の目元を眺めた。幸せだった頃もそうだった。父は俺を愛してくれたけれど言葉が少ない人で、古い人だったのもあるだろうけれど、背中で語る人だった。そんな人に愛されたいと思ったのが間違いだったのかもしれない。人はそう変わらない。今だって俺は言葉少なな男を愛している。彼は滅多に愛していると言わず、セックスの最中も言葉は少ない。けれど彼は時折どうしようもなくなった時、俺に歌を歌ってくれる。眠れない俺が眠れるように、静かに歌を歌ってくれる。放浪の旅で覚えた各地の歌を、俺に歌ってくれる。
だから今回もそれが聞きたくて、俺は目の下にクマを作りながら彼の部屋を訪ねた。最初のうちは食事をしてリラックスをして、風呂に入ってベッドでじゃれあって、何もしないで布団をかぶった。すると狡噛は心配そうに俺を見て、「眠れないのか?」と尋ねた。俺は頷いて、でも「お前の歌があれば眠れるかも」とはしゃいでみた。そうしたら、彼の歌が始まる。俺はそれを聞きながら目を閉じる。彼の胸の中にいるからそこからも声は響いて、とても落ち着いた気分だった。眠れないのは眠れないが、それでも俺はこれまでの激務から来るストレスから解放された気がした。
こんなふうに歌をせがむのは、父にというより母にだったかもしれない。眠れないんだ、怖いんだ、そうねだった過去が思い出されて、俺は狡噛がとんとんと叩く腰にじんわり熱を感じながら、過去に愛されていたことを思い出し、今も愛されていることを思い出し、ただ、この幸せがずっと続けばいいのにと思った。