星呑み小話5ごろごろと、飲み込めないものがいつまでも残り続けているような。
他にどう表現したらよいのかも分からぬものが、睲壡と名乗ることにした妖の中で燻っていた。
全てはうまくいった筈だ。己の主は幻を見ることなく――。
『いや、あれは……どうなんだろうな……』
己の本体である鏡が置かれた部屋から、庭を見る。赤い花が咲き誇る先に主の後ろ姿と、もう一つ何かがいる。何かは酷く曖昧で、人のように見えた次の瞬間には妖にしか見えない形になってしまう。鏡にすらそう映るのだから恐ろしい。
主を想うのならば、引き離すべきなのだろう。けれども、それが主の隣に居て欲しいと願ったのは紛れもなく睲壡だ。同じように間近で星を見た男の声によって、主の目以外にも映ることとなった。
その日から、主はとても幸せそうに笑う。長いこと焼け跡だった此処にも、ようやく鏡越しでなくとも屋敷があるようになった。
全てはうまくいった筈だ。これでいい筈だ。分かっている。けれども、睲壡には飲み込めない。
――何かと主の姿が重なる。目を逸らした。ごろごろと、異物が燻っている。
「――鏡、鏡、私の鏡」
主の声に瞼を持ち上げる。いつの間にやら人型を畳んでいたらしい。自身の本体が主の手の中にあった。
『若、どうかされましたか』
「どうかしたのはお前の方では?返事をしないものだから、心配した」
『……オレの心配なんざ、しなくていいんですよ』
突き放すような声色に、言った側である睲壡の方が驚く。驚いたような、傷ついたような主の顔が己に映る。
『申し訳ありません、オレは』
「……」
ごろごろ、ごろごろ。飲み込めないものの、正体は何か。鏡にすら映らない。
「……いや、お前にそんな態度を取られるのも当然か」
『若』
「私はずっとお前に助けられていたのに……あの方ばかりに気をかけて……」
『それは、当然で』
「お前が寂しそうにしている、と言ってくれたのもあの方だった。私は何も気が付かなかった。私は……」
鏡面が濡れる。
『違う』
睲壡が叫ぶ。
「かが、」
『オレは、若のそんな顔を映したいんじゃない。オレは……オレはただ……』
名も意思も無き頃からあった、唯一のもの。
名前と姿を借りた職人が、呪いのように願ったもの。
『ただ、幸せに笑っていて欲しいだけなのに』
鏡としても、妖としても、戥壡の軸はそれしかない。
けれども、何かが飲み込めない。飲み込めないから、喜べない。ひびの入った鏡面の如く、歪みねじ曲がっている。
「……私は、お前もいないと幸せにはなれないさ」
それを聞いて、睲壡は「ああ」と自嘲した。
お前だけだと、言われたかったのだと。