星呑み小話9「まだ険しい顔をしていますね」
晶の声に楓星は「していない」とぶっきらぼうに返事をした。子供のような有様に、晶はこれ見よがしに溜息をつく。
それを無視する楓星は、ただひたすら一点を睨んでいる。先にいるのは、旋葎と石動だ。
『……なんであればかり気にかけるんだ』
低い声で楓星が吐き出す。
「数百年ぶりに死んだと思っていた親同然の存在と再会すれば、普通そうなると思いますが?」
楓星は返事をしない。
恐らく、楓星も全く理解していないわけではないのだろう。それでも、旋葎の全ては自分のものであり、他者に分け与える部分なぞないと考えているから不満が湧き上がってしまう。
だとしても旋葎のあれは、嫉妬するのも馬鹿らしくなる程微笑ましいものではないか――と晶は思うが、口には出さない。出したら面倒が増えるだけだ。
『普通なんて知るか』
「それは……貴方からすればそうでしょうけれど。貴方だってあったのでは? 誰かと共に過ごしたことが」
『……』
そんなものはない、と一蹴しようとした楓星だが、何やら引っかかりがある。
朧げな記憶だ。どれだけ昔のことかも分からない。それがどういう形をしていたのか判別がつかない。ただ、生意気だと思ったような気はする。それ以上は分からない。
……恐らく取るに足らないことなのだろう。その程度にしか他者と関わりを持たなかった。そもそも、自分以外を餌と敵以外に判別し始めたのは旋葎からの筈だ。
『……とにかく、もう十分だろう』
大股で旋葎と石動が座る縁側へ近づく。
『おい』
怒気を隠しきれていない声に、石動の顔が少し強ばる。無理もない、と晶は思う。幸運なのは、それが恐らく楓星には分からないということだ。
「どうした?」
対する旋葎は平常通りだ。
今までの二人であったなら、ここですぐ言い合いでも始まっていただろう。それが無くなっただけ深まったのであろうが、完全に平穏にならないのがらしいとも言えなくはない。
『……。別に、どうもしない、が』
「へえ? の割には少し雷が出てるがな」
この状態で笑えるのは旋葎ぐらいだろう。確かに楓星の髪は少し雷を含んで逆立っていたが。
『お前……』
「ああ、悪い悪い。……ほら、面白いだろ石動。コイツお前に妬いてるぞ」
「他人を無闇に煽るのを止めろと昔から言っているだろう……」
「記憶にないな」
『……』
ぎり、と楓星が石動を睨みつける。
「まあ落ち着け。……良いことを教えてやるから」
『何を……』
「お前の話をしてた」
『は?』
「石動とは、お前の話をしてたんだよ。……お互いの空白期間の話をするとな、俺の場合殆どお前の話になるんだ」
『……。……そうか』
口が達者に育ったもんだ、と石動は思う。煽る癖を直す代わりに、こうして補うように育ったのだろう。あまりいい方法ではないが、今更どうしようもない。
とにかく、張り詰めた空気が緩んだのは石動にはありがたい。
「しかし座ってるのにも飽きたな。散歩でもしようか……楓星」
旋葎が手を差し出す。
『仕方ないな』
その手を取るが否や、突風が吹いた。
石動が思わず閉じた目を開ける頃には、二人の姿はもう何処かに消えていた。
「……上手くやっている二人でしょう?」
空いた場所に晶が座る。
「まあ……そうかもしれないな」
見上げた空には、鳥の影が小さく見えた。