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    murrchannkawaii

    ムルチャンカワイイ

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    murrchannkawaii

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    まほやく落語。江戸パロ。ブラネロ♀文七元結です。まほやくの世界で古典落語をやってみたくて書きました。「文七元結」という落語をベースにしていますが、ものすごくご都合解釈です。
    完全になんでも許せる方向けです。(ニッチすぎて誰にも読まれないのかもしれない)
    前半です。後半はこの後愛憎が活躍します。

    #ブラネロ
    branello
    #まほやく落語
    mahomayakuRakugo
    #江戸パロ
    edo-parody

    【ブラネロ】江戸パロ落語パロ 登場人物
    ・北3+ネロ♀:ボロ長屋に一緒に住んでいる。ブラッドが今の所クソですがこの後頑張ります。(CP要素はありませんが)ミスラもオーエンもネロのことが大好き。
    ・ムル、シャイロック:大金持ちのお屋敷の旦那と番頭。ブラネロに華を添える人たち。
    ・ファウスト♀ :吉原の女郎屋の女将。ブラッドを叱咤激励する人。
    ・ヒースクリフ♀、リケ、ミチル:ファウストのお世話係。
    ・シアン:ムル・ハートのお屋敷で働いている女の子。


    「おい、お前ら、いねえのか?」
    「はあ」
    「遅かったじゃない」
    「暗! なんだよ火ぐらいつけろよ」
    「どこにそんなお金があると思ってるの? 馬鹿じゃないの」
     オーエンの目が刺す。
    「お前のせいでぼくたちは凍えてるんだけど」
    チッ。ブラッドリーはその辺に転がっている草履を蹴る。
    「ねえのかよ。しけてんじゃねえよ」
    「あなたのせいですよ」
     ミスラの目が据わる。包丁が投げられる。
    「あなたが散々遊び散らかしてるから、この家には火種もないんですよ。殺されたいんですか」
     包丁が刺す。刺す。刺す。
    「知らねえよ。俺のせいにすんじゃねえよ」
    「お前が帰ってこないせいで、ネロがいなくなっちゃったよ。どうするの」
    「は? ネロが? なんで」
    「知りませんよ。昨日の晩から帰ってきませんね」
    「……あいつも年頃だろ。モテるし。どっかで遊んでんだろ」
    「は? ネロはそんなやつじゃないでしょ。とにかくお前のせいだから。どうするの。探しに行ったらどうなの」
    「大方あなたに愛想を尽かしたんでしょうね」
    「っせえな。知らねっつの」
     なんなんだよ。ネロ。どこ行っちまったんだよ。
     
     ドンドンドン。ドンドンドン。
    「こんにちは。ブラッドリーさん、いますか」
     ドンドンドン。ドンドンドン。
    「ああ? おう、いるよ。開いてるよ」
     一瞬間の沈黙。扉は開く。おそるおそる開く。現れたのは。
    「こ、こんにちは。ミチルです」
    「リケです」
     きらきらの目が四つ。澄んだ鶯色の子はミチル。凛とした萌黄色の子はリケ。
    「あ? なんだ、ちっちゃいのじゃねえか。どうした」
    「あの、僕たち」
    「僕たち、佐野槌のファウスト先生のところから来ました」
    「佐野槌のファウスト? ああ、へえ、あの吉原の女将」
    「最低。お前ネロを放って女のところに行ってたわけ。こんな子どもまで使って。何考えてるの最低」
     ミスラとオーエンの声がブラッドリーを刺す。刺す。
    「ちげえよ馬鹿! あー……、すまねえがちょっと色々ゴタついてんだよ。今日は行けねえんだ。明日も、無理だな、明後日には行くってそう伝えて……」
    「あの」
     ミチルの震える声、に被さるようにリケが、
    「ゴタついてる、というのは、ネロのことではありませんか」
    「ああ? ああ……まあ、」
    「ネロは今、佐野槌のファウスト先生のところにいます」
    「は? おい、なんだと」
    「ネロは、ファウスト先生のところにいます。昨日から」
    「だから僕たち、迎えに来たんです。ファウスト先生が、ブラッドリーさんを連れておいでって」
    「すぐに来なさいと、そう言っていました。ブラッドリーは僕たちと一緒に来るべきです」
    「ちょっと、待てって待てって。ネロがいるのか? なんでだよ」
    「詳しいことはファウスト先生に聞いてください」
    「……わかった。すぐ行くから。あとから追いかける」
    「そうですか。では先に行っています。ファウスト先生に知らせておきます。僕たち、待ってますからね。行きましょう、リケ」
    「ブラッドリー」
     萌黄色の瞳がほんの少し曇る。そして俯いて、
    「ネロは、泣いていました」
    「……わかったよ、わかってるよ。わかってる。……悪いな」
    きっと来てくださいね。すぐに来てくださいね。

     苦い残響。
     静謐を、
    「で」
     オーエンが破る。
    「なんでネロがお女郎屋にいるのさ」
    「俺だって知らねえよ。なあ、……昨日あいつ、どんな感じだった」
    「は? どんなって。一昨日の夜お前が帰ってこなくて」
    「飯作ったのに、馬鹿野郎って。言ってましたね」
    「そう。このやろう、今度こそ、今度こそって」
    「…………そうか」
    「あはは。馬鹿だねお前。今更ネロのありがたみを思い知ったってわけ? 本当にどこまでも愚かだね。失わないと気づかないんだね」
    「……行ってくるよ。行って、ネロを連れて帰ってくるよ」
    「あっそ。僕は手伝わないよ」
    「はあ、馬鹿だな。あなたも、あの人も」



     鄙びた家を出る。進む。進む。進む。進む。
     大門をくぐる。絢爛。賑々しさを横目に見ながら進む。進む。進む。
    「よう」
    「ブラッドリーさん! 」
    「ブラッドリー。よかった。来たんですね」
     童たちは笑った。ブラッドリーの手を取り、くるくると客間に案内する。
    「せんせい、せんせい」
    「ブラッドリーが来ました」
    「ミチル、リケ。そうか、ありがとう。下がっていいよ」
     はあい、と童はかけてゆく。二人とも、ちら、と一瞬振り返ったが、何も言わずにかけてゆく。
     
     せんせい、と呼ばれたその人は煙管をくゆらし一言、
    「さて」
     その目に篭るは怒りの炎。静かに燃ゆる青き炎。
    「久しぶりだな」
    「ああ。店は相変わらずの繁盛だな」
    「お前も相変わらず、と言いたいところだが、残念ながらそうでもないな。なんだその姿は。ずいぶんやつれてるじゃないか。それに、ずいぶん博打に入れ込んでるそうじゃないか」
    「あー……、」
     くそ、誰に聞きやがった。
    「それでお前、この子が誰だかわかるか」
     す、と女将の後ろから一人の娘。
    「あっ……、ネロ! お前、なんでここにいるんだ」
     声に滲むは諦念か。悲願か。
    「ブラッド……すまねえ」
    「すまねえって、お前、一体どうしたんだよ。なんで急にいなくなったんだよ」

    「おい」
     ブラッドリーを制した鋭い眼光。乾いた声。
    「『北の国のネロです』って」
    「あ? 」
    「『いつもブラッドがお世話になってました』って。昨日の晩、店を閉めた後にこの子が訪ねてきたんだよ。驚いた。君が昔ここに棟梁として出入りしていたときに、かいがいしく昼食を届けに来ていたあの子じゃないか。聞けば、君が毎日毎日うちでも外でも喧嘩ばかりで生傷が絶えない、博打に入り浸って借金だらけだって。『俺が止めても聞かねえんだ、先生から言ってやってくれないか、それならきっと聞くだろうから』って。おい。どういうことだ」
    「あー……」
    「君、なんとも思わないのか。ここはいろんな子が出入りする。僕はたくさん見てきたよ。それでも、同居人のために自分を売ろうとする子なんてのは、初めてだ。恥ずかしいと思わないのか」
    「ああ……」
    「おい」
    「うっせえな! わかってるよ。悪かったよ俺が」
    「君は、変わったよ。昔はいい仕事をしていたじゃないか。君の作品はとても評判がよかった。ここを通る者は皆足を止めて君の仕事ぶりを褒めた。それが、どうだ。話によれば博打というのはどうしたってやめられない、死ぬまでやめられない、骨になるまでやめられないという。君は博打が好きでやっているの。それとも、お金が欲しくて負い目になっているの。おい。どっちなんだ」
    「っせえな……んん……、どっちって……あー……、ったく、くそ、何でもかんでも喋っちまいやがって。だからまあ、きれえじゃあねえけどよ……。死ぬほど好きってわけでもねえよ。ちょっと誘われて、付き合いでやり始めたらおもしれえぐらい勝ちまくって、普通に働いてるのがばからしくなっちまってよ。それからついつい負けが込んでもやめられなくなって、気づいたら莫大な金がよ、」
    「ふーん。莫大な金。ああそう。それじゃ、君はその莫大な金があるなら、商いに就くというのか」
    「おうよ! 」
    「ああそう。……その話、乗ってやろうか」
    「お? 」
     女将は眼鏡の縁を上げる。ブラッドリーを上目で見る。
    「どのくらいあればなんとかなるんだ。君も馬鹿じゃないんだろう。頭で弾いてみなさい」
    「どのくらいって、あー……何しろがんじがらめになっちまってるからな。そりゃまあ、全部ってなわけにはいかねえしよ、諸々見繕って、三十両、いや、四十両、ありゃあ、なんとかなる」
    「ふん。四十両あればなんとかなるの。ヒースクリフ、来なさい」
     
     はい、と返事をした娘が出てくる。結い上げた金髪に光るかんざし。あ、綺麗だなとブラッドリーは思った。
    「箪笥の引き出しから財布をとってくれるか。そうそう。ありがとう。結構だよ」
     女は再び男を睨む。
    「君。この財布に五十両入ってる。これを君に貸す」
    「あ?! ふざけんな誰だと思ってる、俺は憐れみなんざ受け取らねえ」
    「やるんじゃない。貸すんだ。それも君のためじゃない。ネロのためだ」
    「う……」
    「どうするんだ。やるのか、やらないのか」
    「……すまん。ありがてえ」
    「いつ返す」
    「今月はちょっと無理だが、来月には」
    「馬鹿を言うな。そんなすぐに返せているなら苦労していないだろう。ちゃんと考えろ。本当のことを言いなさい」
    「あー……、来年の五月、六月、いや、七月にはなんとかなる」
    「ずいぶん伸びたじゃない。まあいい、君が頭で弾いたんだろうから。それまでになんとかなるんだろうね」
    「なんとかなる」
    「ああそう。それじゃ、僕はもうちょっと待ってやる。君のためじゃない。ネロのためだ。来年の大晦日まで待つから。それまでに必ず返してくれ。それまでの間、この子を預かる」
    「?! なんだと」
    「当たり前だろう。ああ、店に出したりはしない。この子は料理が得意だろう。うちで料理番をしてもらう」
    その代わり。ファウストは煙管に口をつける。目を閉じる。吸ってゆっくり吐いた先、目の前の男を見据え一言。
    「来年の大晦日。一刻でも過ぎたら、この子を店に出すから」
     凍り付く男。燃える女の目。
    「僕は鬼になるよ」
     煙草の薄い煙が部屋を撫でる。
    「ブラッドリー。ネロはこんなに優しくていい子なんだ。店に出したならお客はまあ、すぐにつくだろうね。僕を恨むなら恨めばいい。ただしネロは戻らない」
    「……」
    「嫌ならやめておきなさい。僕はどっちだっていいんだから」
    「……やる。きっと返す。ネロも迎えに来る」

    「ブラッド」
     じっと聞いていたネロが顔を上げる、琥珀色の瞳が揺れる、
    「俺のことはいいよ。俺は大丈夫だから」
    「ネロ」
    「だからさ、先生に借りた五十両で、なんとか立て直してよ。借金返して、ミスラとオーエンともうまくやってさ……あんたなら、きっと」
    「ネロ。わかった。わかったから。ああわかった。俺はちゃんと働いて、来年の大晦日に五十両持って来る。きっちり返す。だからそれまで、すまねえ、辛抱してくれ。ネロ、意地の悪い女も男もいるだろうが、一人残らずぶん殴れ。困ったことがありゃあ、溜め込んじまわねえですぐに女将に言え。ネロ、すまねえ。女将、こいつはぱっと見陰気な奴だが優しい奴なんだよ、だから」
    「ああわかってる。わかってるから。言わなくていいよ。わかってるんだから。早く行きなさい」
     すまねえ。ネロ。すまねえ。俺はいつだって、お前を泣かせてばっかりだ。
       
     五十両を懐へ。佐野槌を出て、走る。走る。人混み駆け抜け、大門を出て、見返り柳。衣紋坂から土手八丁。道哲を右に見ながら待乳山、聖天町を左に見て、山の宿から花川戸、左へ渡る吾妻橋。涙が流れる。流れる。流れる。



     がたん。
    「あ」
    「帰ってきましたね」
     狭い長屋に、ミスラ。オーエン。
    「どうだったの。ネロは」
    「いないんですか? ネロ」
     最悪。何一人でのこのこ帰って来てるの。馬鹿じゃないの? はあ、やはりブラッドリーは甲斐性無しですね。矢継ぎ早に、言葉の針が男を刺す。刺す。刺す。
    「うるせえ馬鹿野郎! ネロはいねえよ! あいつはファウストんとこにいる。俺が五十両きっちり返して、ぜってえ取り戻す」
    「は? 逆ギレ? 意味わかんないんだけど」
    「要するにこの人が弱いんですよ。殺していいですか」
    「やんのかこの野郎」
     その辺に転がっていた灰皿を掴んで投げようと手を伸ばした時。
     ずしり。
     懐の包みの重さが急にのしかかる。
    「……やめだやめだ」
    「は? 何なんです急に」
     怪訝そうな二人の前に、ブラッドリーは包みを置いた。
    「借りて来た。ファウストから」
    「……は? ネロを売ったわけ……?」
    「……あなた、人間の屑ですね。やっぱり殺します」
    「殺せよ」
     ブラッドリーはぽつりと言う。
    「殺せよ。そうだよ俺は屑だよ。いつだってあいつに間に合わねえ。どうしようもねえ屑だよ。殺せよ。だがネロを連れ戻してからにしてくれ。頼む」
     頭を下げる。
    「は? 何の真似なの」
    「頼む。ネロを連れて帰るから」
     沈黙が長屋を包み込む。
    「ふん。くだらない。俺は手伝いませんよ」
    「僕も知らない」
     あと、炊事もブラッドリーがやってよね。三食。ネロがいない間。頼みましたよ。
     ミスラとオーエンは、ネロに弱い。俺もネロに弱い。
     そうだ。誰だって、ネロには敵わねえ。
     すまねえ。ネロ。働くから。ちゃんとやるから。
    ◇◇

     半年後。
     人が変わったように真面目に働くようになったブラッドリー、もともと器用で素質もあった者。徐々に客の信頼も得て、気づけば五十両が揃った。
     ネロ。待たせちまった。
     五十両を懐へ。吾妻橋を渡り、花川戸から山の宿、聖天町から待乳山、土手の道哲、衣紋坂、見返り柳、大門をかいくぐっていざ佐野槌へ。
     行くはずであった。
    「おい?! 」
     吾妻橋に、女が一人。
    「お前、何してんだよ! 」
    「離してください。あなたに関係ないです。離して」
     思い詰めた顔の女がいまにも飛び込もうとしている。
    「関係ないって、おい! お前、死のうとしてんのか?! 」
    「私は生きていても仕方がないんです、離してください。お願いです、助けると思って殺してください」
    「おいおいおい。何言ってんだよ。そんな器用なことができるかよ。どうしたんだよ」
    「うっ……私なんて、生きていても仕方がないんです。う、う、う」
    「おいおい。生きていて仕方のある奴なんてあるかよ。みんな仕方なんてねえよ。なんだってお前は自ら死のうとしてるんだよ。なあ? 話してみろよ」
    「……私は、横山町にある鼈甲問屋のムル・ハート様の奉公人のシアンと申します」
    「おう」
    「お使いで、グランヴェルのお屋敷に掛金五十両を取りに参っておりました」
    「へえ? 五十両? 大した金を任されたな。よほど信頼があるんだろうな」
    「うっ、それなのに私は」
    「盗んだってか」
    「違います! それを懐に入れて、枕橋まで参りました時、悪人風情の男にぶつかられ、ああいう人が悪事を働くのだと、思った頃にはもう」
    「盗まれたのかよ?! そいつに? 五十両を?」
    「うっうっ、私はもう、死んでお詫びをするよりほかございません」
    「おいおいおい、待てって! 何も死ぬこたあねえだろ。な? 五十両なんて金、なんとかなるだろうよ。ねえちゃんの親や親戚に頼れば、」
    「身寄りなどございません。天涯孤独の身です。ムル様が私を拾って育ててくださったのです。それなのに私は、恩を仇で返すような所業をしでかしてしまったのです。ですからどうか」
    「おい、冗談じゃねえよそんな馬鹿なことを。待てって。ムルって旦那も、ねえちゃんが死ぬことなんざ望んじゃいねえよ。お前が死んで五十両が出てくるってなら、まだいい。だがそうじゃないだろ? お前が死んじまったって何も残らねえ。何もなくなるんだよ。そんなの、つまらねえだろうが。お前に五十両の金を触らせるってことはよ、おめえよほど、信頼があるんだろうよ。頭下げろ。頭下げて、申し訳ねえって思うんだったら、な。三倍でも五倍でも、一生懸命主人に尽くせ。な。おめえが一生かかって返せねえ額じゃねえだろうが」
    「私……私、でも、おめおめと帰れません」
    「まあ、そう言うなや。仮にお前が死んだとして、死んだとしてだ、申し訳ねえな可哀想だなって、思ってくれりゃまだいいよ。だがそう思われないこともあるんだよ。わかるか? 博打だ借金だなんだって、いろいろ変なように思われちまったら、浮かばれねえじゃねえか」
    「……はい」
    「な! わかったなら、さっさと帰れ」
    「ごめんなさい。でも私はやっぱり、帰れません。帰るところがありません」
    「あーもう! そうかよ。わかった。どうしても死ぬのか。わかったよわかったよ。てめえでそんなに言うなら死んじまえ。死んじまえってんだよ。じゃあな」
     ブラッドリーはそう言って、通り過ぎる。
     通り過ぎる。
     ……あー!! くそ! ふざけんなよ。ああもう。ああ。こんな奴放っておけばいいのに。
     でも。あいつは、あいつは何て言うだろう。天涯孤独のこの女を、絶望してもうすぐ死んじまうこいつを、なんで助けなかったんだって、てめえが持ってるその金でなんで助けてやらなかったんだって、言うんだろうか。俺は、俺は、ネロを二度と絶望させたくない。ネロを、死なせたくない。今度こそ。今度こそ。うまくやれるんだ。

     戻る。
    「おいねえちゃん! ほら、ここに! 五十両あるからよ」
    「え……?」
    「やる」
    「……とんでもないことです。もらえません」
    「うるせえな、俺だってお前にやりたくねえんだよ! だけど、ネロはお前を放っておかねえんだよ!」
    「え?」
    「俺の相棒だよ! ネロは、優しいんだ。俺はあいつが気に入ってるんだ。あいつの悲しそうな顔を見たくねえんだよ」
    「ネロ……?」
    「あー、そうだな、お前には関係ねえけどな。まあひとつ聞いてくれよ。俺は博打に狂ってた。おかげで借金まみれでどうにもこうにも回らなくなっちまった。ネロは吉原に身を売った。それでできた金が五十両」
    こいつに言ったって、仕方がねえのに。
    「でもな、店の女将ってのがいい人で、あいつを売らないでいてくれた。代わりに五十両、一年以内に耳揃えて持って来いって、そう言う約束だ。その金だ」
    「そんなことを聞いたら、なおさら受け取るわけには参りません」
    「うるせえな。お前が死んじまうからだろうが! 死んじまったら、何も残らねえんだよ。いいか俺は散々好き放題して愛してる奴にも心配かけて、どん底も見た。人間の屑だ。だけど生きてるよ。死んでいい奴なんていねえんだよ。死んだら何にもないんだよ。生きろよ」
     ほら! と包みを投げつけて、ブラッドリーはそのまま走り去って行った。
    「……生きろよ……」
    ぽつねんと取り残されたシアンは独り、男に言われた言葉を繰り返す。
    「ありがとう……ありがとうございます」


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