相棒の下着事情と僕の日常「……さて!
今日も張り切って干すかー!」
この街も大分大所帯になってきた。
するとどうなるか?
食事をする人が増える。
洗い物が増える。
お風呂に入る人が増える。
洗濯物が増える。
掃除も以前より格段に大変になり、住む人が増えた分快適性を追求する必要が出てきた。
正直、しんどいと感じる時もある。
それでも、手伝ってくれる人もいるし、何よりやり甲斐だけはあった。
僕がやらなきゃいけない——なんて使命感がある訳ではないけれど、できることをやらないでいられるほど僕は器用な人間ではなかった。
そんなことに思考を巡らせながらテキパキと洗濯物を干していると、ふと……一際大きいパンツが目に入る。
普段は人の下着なんてまじまじと見ることはあまりないんだけど、やっぱり目に入るものは目に入る。
それほど目立つのだ。
洗濯籠の底にあったそれを手に取ると、広げてみる。
伸縮性があり丈夫な生地で作られたそれは、燃えるような赤で染め上げられていた。
これを僕が穿いたらきっと短パンか何かにしかならないだろう。
——まあ……まずブカブカで穿けないと思うけど。
そのくらい大きなパンツだ。
そしてそのパンツには、まるで故意に開けられたような大きな穴があるのも、知っている。
(誰のパンツなんだろう?)
こんなこと思うのは不躾極まりないことだと思うけど、気にはなってしまう。
——こんな大きくて、赤くて変な穴の空いたパンツなんか誰が——
「——あっ!?」
背後からゆっくりと伸びてきた白く大きな手が、僕の思考を遮るようにパンツを奪い取る。
振り返るとそこには、怪訝な表情で僕を見下ろす白虎の姿があった。
「お前、人のパンツおっ広げてなーにやってたんだよ?まさか……ニオイでも嗅いでたのか?」
意地の悪い笑みを浮かべ、ひらひらとパンツを見せびらかすように翻すシロにすかさず反論する。
「そんなことする訳ないだろ!?
って言うかそれ、シロのなの!?」
言われてみれば確かに、この謎の穴は尻尾用の穴だったのだ。
ズボンにも尻尾用の穴が開いているということを考えると、不思議でも何でもなかったし、獣人の仲間が増えたとは言えシロ程の体躯を誇る獣人はそういないのだから、少し考えればわかるだ。
——だけど……
「あぁ?だったらなんなんだよ」
「いや!別に何でもないけど……ちょっと意外かなぁ?って思ってさ」
「『面倒だからって理由で穿いてないと思ってた』ってか?」
「えっ!?あ、はい。
その通りです……。
なんか、これ締め付け感ありそうで窮屈そうだし、尻尾をこの穴に通すのも大変そうじゃない?」
相変わらず人の考えてることをズバズバと言い当ててくるシロに、僕は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
シロはそんな僕の言葉を一蹴するかのような不敵な笑みを浮かべ、フンと鼻を鳴らす。
「——信じられねえなら……
確認するか?」
「え」
シロはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべると、穿いていたズボンを躊躇なく下ろし始めた。
「ちょ、ちょっと!?」
慌てて止めようとする僕を嘲笑うかのようにシロは構わずズボンを下げ続け、遂にはパンツまで露わになってしまった。
——見せつけるように堂々と仁王立ちをするシロが穿いていたのは、確かに赤いボクサーパンツだった。
白い被毛によく映えるそのパンツは、シロの太い脚にピッチリと密着しており、その逞しさを一層際立たせていた。
屈強で肉厚な太股には筋肉の筋が浮かび上がり、 長く大きな尻尾は持ち主の動きに合わせて左右に振られている。
大きいと思っていたパンツもシロが穿くとローライズのようで、かなり際どい部分まで露になっている。
そして何より目を引いたのは——その中央にある大きな膨らみである。
ピッチリ張り付いたパンツは、そこだけが別物であるかのように、その存在感を主張していた。
薄めの生地で作られているのか、中の形や大きさがはっきり分かる程に……いや、むしろそれがより強調されてしまっているようにも見える。
大きな玉の膨らみまで分かるほどに張り付いた、ピチピチのボクサーパンツ。
際どいパンツではないはずなのに、屈強で精悍なシロの肉体によく映えていて、なんだか見てはいけないものを見てしまっているような気分になる。
そんな僕の心境を知ってか知らずか、シロは不敵な笑みを浮かべながら僕に背を向け、
「ほれ、尻尾穴も開いてるだろ?」と、お尻まで見せつけて来るのだからタチが悪い。
大臀筋が盛り上がり、山のような肉厚さが強調される大きなお尻から伸びるしなやかさと力強さを合わせ持つ尻尾が、ふりふりと揺れているのが見える。
鍛え抜かれた分厚い大臀筋は、ただ立っているだけでも力強さを感じさせ、強靭な足腰を支えていることが分かる。
大臀筋によってパンパンに張り詰めた双丘はボクサーパンツを割れ目に食い込ませ、引き締まっていながらも肉感的なシルエットを浮かび上がらせている。
——パンツ一丁という本来なら滑稽にも思えるその格好も、見慣れてきたはずの広く逞しい逆三角形の背中と相まって、ただ野生的な魅力へと変貌させていた。
その白と赤の強烈なコントラストが、僕の視線を釘付けに——いやいやいや!
「なにやってるんだよこんな場所で!?」
下半身から慌てて目を逸らしながらそう言うと、シロは愉しげにクツクツと喉を鳴らしながら振り向く。
「野郎がパンツ一丁になったくらいで何狼狽えてんだよ。
——いや、ガキにはちょっと刺激が強すぎたか?ん〜?」
シロはそう言いながら、挑発的な笑みを浮かべ穿いているパンツを指で軽く摘んで広げてみせる。
シロはスキあらばこうして僕の事を揶揄ってくるのだ。
下世話な話で狼狽える僕を見るのが楽しくて仕方がない、と言った様子で。
それも、僕が本当に嫌がらないギリギリのラインを狙って来るのだから意地が悪い……。
「うるさい!そう言う問題じゃないだろ!?
誰かに見られる前に早く穿いてよ!」
「誰も見てねーよ。
それに、元を辿ればお前が意外だっつうから——」
「脱いで見せろなんて言ってないだろ!?いいから早く!!」
「へいへい……」
シロは呆れたように鼻を鳴らすと、穿いていたズボンを引き上げる。
「ま、俺も“あいつ”に会うまでは穿いてなかったんだよ。そもそも穿けなかったからな」
シロは目を細め、懐かしむようにそう言うと空を見上げた。
「窮屈そうだし必要ねえとも思ってたしな。
尻尾を通すのも正直めんどくせえ……。
だが、穿いて見ると意外と悪くねえ。
なにより、落ち着くんだよ」
「落ち着く……?」
そう疑問を口にすると、再びシロの口端が釣り上がる。
「穿いてねえと揺れんだよ。
お前も男ならわかるだろ?」
ニヤニヤしながら自身の股間を指差すシロに一瞬動揺しそうになるが、すぐに冷静さを取り戻しジト目を向け、ため息をつく。
あの大きさならそりゃ揺れもするだろうけど……。
「……もう乗らないからな」
「ンだよ……つまんねーな」
わざとらしく落胆したフリをするシロを尻目に、僕は作業を再開する。
揶揄ってくるシロの相手をまともにしていたら疲れるだけだ。
——でも、まあ……あの身体はちょっと、男としては憧れちゃうよね。
今こんなことを言ったらまた揶揄われるのは目に見えているので絶対に言わないけれど、僕がどれだけ努力しても手に入らない、圧倒的な体躯はどんな時だって頼りになるのは事実だ。
「そう怒んなよ。
邪魔しに来たつもりじゃねえんだからよ」
シロは宥めるようにそう言うと、隅に置いてあった洗濯籠をまとめて持ち上げると、僕の向かい側の物干し竿の前にドカっと籠を下ろすと、洗濯籠の中から衣服を取り出し竿に通し始めた。
「……珍しいね。シロが手伝ってくれるなんて。僕、ちょっと感動してるかも」
「茶化すなら手伝ってやんねーぞ」
「ごめんごめん、助かるよ」
僕が戯けるようにそう言うと、シロはフンと鼻を鳴らしながら手を休めずに洗濯物を竿に通し続ける。
意外と——なんて言ったら失礼だけど、手際が良いのでこの調子ならすぐに終わるかもしれない。
「何もかも背負い込む必要なんかねーぞ」
「え?」
シロがポツリと漏らした呟きに、僕は思わず聞き返す。
「気張り過ぎだっつう話だ。
ぶっ倒れちまってからじゃ遅えだろ?」
シロは手を止めることなく、淡々と言葉を続ける。
「せっかく山ほど仲間がいるんだ。
こき使ってやろうぜ?」
そう言い放つと、再び黙々と作業を続けるシロ。
僕の心の中を見透かすかのようなシロの言葉。
そんな素振りを見せないように振る舞っていたつもりだったけれど、もしかしたら——自分でも気付かないうちに、無理をしていたのかもしれない。
「ありがとう、シロ。
それはわかってるつもりだよ。
……また心配してくれてるんだ?」
「……うるせえ。
前も言ったがな、別に心配なんかしてねーよ。
……お前がぶっ倒れちまったら旨い飯が食えなくなっちまうだろーが。
……それだけだ」
シロはぶっきらぼうにそう言うと、フンと鼻を鳴らすように顔をそむけた。
「はいはい、そういうことにしておくよ」
そう言い、少し大袈裟に肩をすくめる。
相変わらず素直じゃないけど、分かりにくい不器用な優しさを感じて少し微笑ましくなる。
——だけど……
「ねえ、前から思ってたんだけどその干し方はちょっと雑過ぎない?」
「あぁ?んなもん乾けば同じだろうが」
「同じじゃない!シワになったらどうするんだよ!ちゃんと広げて……こう!」
「ンだよ……面倒くせえな……」
そう言いつつも僕の指示通りに干し直すシロに、思わず笑みが溢れるが、次に手に取った衣服を見て再び声を荒げる。
「あ、ちょっと!なにそんな雑な取り方してるんだよ!?女性の衣類は繊細なんだから、もっと丁寧に扱わないと!」
「マジでめんどくせー……!
お前、料理以外のことでもスイッチ入るんだな……」
シロは僕の様子に辟易するようにため息をつくが、それでもその大きな手をプルプルと震わせながら洗濯物を丁寧に干す姿はなんだか可愛らしくて、笑いを抑えることができなかった。
——いや、ダメだろ……!
頑張ってるんだから笑ったら!
でも……これはちょっと……!
「おい……!」
「ご、ごめんって!でも……!
ふ、ふふっ!
なんか、に、似合わないからつい……!
だってシロが……
そ、そんな中腰で洗濯物を丁寧……にっ!」
ダメだ、変なツボに入ってしまった。
込み上げてくる笑いを抑えることができず、結局吹き出してしまった。
「てめえが細けえ指図するからだろうが!
つーか、笑ってねえで手ぇ動かせや!」
憤慨したように喉を鳴らすシロに
「ごめんってば!」と宥めながら、改めて洗濯物を物干し竿に掛けていく。
早朝の静かな街に、シロの怒声と僕の笑い声が響き渡る。
その声に釣られてか、ステラとライトがこちらに近付いてくるのが見える。
「おはようございます。アルク、シロさん。
朝から元気ですね」
「おはよう、2人とも。
……元気なのは結構だが、少々声が大きいのではないか?シロ」
「おい!なんで俺だけ名指しなんだよ!
ったく……小煩せえ奴らが来ちまったなぁ……」
そう言いつつも、満更でもないような、どこか嬉しそうな表情を浮かべるシロを尻目に、洗濯物を干し続ける。
(今日も賑やかな1日になりそうだな……)
そう心の中で呟きながら、僕は柔らかな笑顔を浮かべた。