白い人。探し人。母さんの、命を助けてくれた人。
数日、まだ飛ぶこともままならないその小さな細い足で、日が昇れば歩き出し、木の上に登り、遠くにその姿がないかと探し。
落ちて、転がり。
お腹が鳴れば仕方がないから熟れて柔らかくなったグレインの実や、ケネパベリーをつつく。
そんな日を、送っていた。
羽根の付け根が痛くても、木の上から滑空し少し飛べるようになった頃。身体も痩せて軽くなり、羽根も抜けかけてボソボソになっていた頃。落ちた時に目に石が当たって、それが痛くて、身体が熱くなっていた頃。
草の塊があって、フカフカで、限界で、ふらふらと引き寄せられるようにそこに誘われて目を閉じ、あるいはそのまま目が覚めなくなる可能性もあった時。
「お、おいおい大丈夫か?」
石のように重くなった瞼をなんとかこじ開けるとそこには。
白い人。探し人。命の、恩人…
「おいっ」
◆
あったかい…
卵の中にいた時のような、そんなふわふわとした感覚…
ひやりと、頭に冷たいものが乗ることで、夢ではないと分かった。
「お、目が覚めたか?まぁ一安心だな。お前、かぁちゃんとかどうしたんだ」
「…ク」
優しい声。お母さんに向けていた声と同じ。あの時と違って、こもってなくて、はっきりした声。
この人だ。
「おわっはは、思ったより元気だな。よかったよ」
白いものが巻かれて脚の痛みも少し引いていたから
思いっきりその人にぶつかった。
受け入れてくれたその人は、そのまま優しくそのまだゴワゴワな羽毛を撫でてくれた。
コンコン
「おはようイファ」
「あのなぁ…ノックすんなら返事待てよ」
「ノックしなければいいか?」
「きょうだい…マジかよ…」
紫の人、が口に出した言葉。
『イファ』。
白い人の名前。
心がぽわぽわと暖かくなる。
「いつも通り野菜入れておいた。早起きだな今日は」
「ん、あぁ急患がいたもんで。」
ほれ、と胸の中から紫の人に向かって掲げられる。すごくじっと見られて困る。
「…鳥?」
失礼だな!
「失礼だな。れっきとしたクク仔竜だよ。…多分」
「丸すぎないか?」
「そうなんだよなー太ってるわけでもないみたいなんだが…一応全身検査もしてみたんだがこれと言って異常はねぇし…羽根が小さすぎて飛べんのかなこいつ…」
…心配してくれてる。嬉しい。ちなみにまだ普通に飛べないぞ。
「暫く入院だな」
「お前が決めるんかい。まぁそのつもりだよ」
ぽすりとやわらかな藁の上に乗せられたのに、体は喜びでふわふわしていた。
それから、『イファ』は忙しい時間を縫って歩く練習(リハビリって言ってた)とか飛ぶ練習(少し高いところから落ちると『イファ』が受け止めてくれて楽しい)をして遊んだ。嬉しさとともに、当初の思いが強くなる。そしてしばらくした頃、
「よく食うなーいい仔だ。飛べるようにもなったしそろそろ退院出来るなー」
…不安もつのる。
優しく頭を撫でられて。なんだか眉の間にはシワがあるのに、ムリに笑っているような。
「…クァ」
「ん?気持ちいいのか?よしよーし」
淋しいなら手放そうとするな。
…俺は前から考えていた計画を実行することにした。
紫の人。『オロルン』はいつも畑をいじっている。俺だけで来たのは始めてだが受け入れてくれるだろう。なにせ毎日会ってるからな。
まだ水平線に太陽が顔を出した頃、
「クァ!」
「あれ、君一人できたのか?とれたての蜜食べるだろうか…勝手に食べさせたらイファに怒られるかな。まぁいいか」
軍手を脱いでその手に乗れるよう屈んでくれる。与えられた蜜はとても甘くてうまかった。
…なんとなく、こいつは多分俺の言いたいことがわかってる。この間俺とイファの会話を聞いていて俺の代弁をしてくれたことがあった。
「カ、ク!」
「…わかった。秘密の話だな。ワクワクする」
ちょっと違うがやっぱりそうだ。
…そこから、時間をかけてオロルンに話をした。
イファは俺の命の恩人である事。
イファは母親の命の恩人である事。
そのイファから退院を促されている事。
俺は、その気がない事。
イファのそばにいたい。役に立ちたい。出来れば助手として共に働きたい。
…オロルンは俺に時折聞き返しながら、自分の解釈が間違っていないかを確かめながらメモを取ってくれていた。こいつはいい奴だ。好きだ。自分には何の徳にもならないはずなのにこんなにも真剣になってくれる。
「…なるほど。それならいい考えがある。」
俺はここに残ってオロルンが指定した場所の野菜を食う。
オロルンはまだ寝ているであろうイファの元に向かった。
オロルンの野菜は美味い。甘くて優しい味がする。
「ウソだろ…」
イファの声がした。振り返ると膝に手をおいて息を切らしたイファと、偉そうに鼻を鳴らしてこちらを指さすオロルン。こちらに目配せしていた。
俺はイファの周りを飛び回る。俺はそばにいたい!その気持ちを込めて。
「うわっいてておい落ち着けって」
「ほら、懐いてる。君の仕業じゃないなら責任を取るべきだ」
「つったって…どうしろって…」
頼む、頼むから。
「君が引き取ればいい」
「は?お前俺の今までやってきたこと知ってるよな?」
「当たり前だ。それでも言ってる。」
「クゥー…」
手のひらに乗せてくれたイファは戸惑っていた。オロルンから聞いた。今までこういう事がなかったわけじゃない。でも絶対に引き取ることはなかったって。…それを俺に教えたうえで協力すると言ってくれた。俺にチャンスをくれた。
「んーーーーー…」
効果絶大のはずの可愛い顔とポロポロと泣く俺の姿を見てイファは唸った。
「……はぁ、まぁ…身体も小さすぎて大きくなんのかもわかんねぇし…このまま自然に返した所で生きてけんのかもわかんねぇし…」
ドキドキする。確定した言葉が欲しい。イファの手の上で無意識に足踏みをする。
「お前…俺んとこくるか?」
「…ク…クァーーーッ!」
「ぅわ痛い痛い落ち着けわかったから!ははっなんだよ嬉しいのか?仕方ないからだぞ?全く…」
そんな顔してないくせに。嬉しそうな顔してるくせに。そんな優しく撫でてくれるくせに。好きだ。大好きだ。イファ!
「ついでに野菜の配達も頼む。」
「は?」
「損害が大きいからな。一ヶ月で手を打とう」
「お前…」
頭の上に乗った俺だけにわかるように、オロルンはウィンクをした。
◆
「わかったわかったってちょっと待て動いたら背負えないだろ」
「待て」
「犬じゃないんだよ…こんな感じか?」
「…眼帯もこれじゃ患者みたいだ。よし…これでどうだろう」
「ははっ可愛いな」
正式に診療所に置いてもらえることになって、イファから提案してくれた。
荷物持てるように鞄と…
「最後に…よし、カッコいいぞ『カクーク』。」
名札を。
「ク、ァ…」
「ん?イヤか」
「喜んでるんだよ。バカだなイファは」
「おーしケンカがしたいのか?このやろっ」
恩人2人がじゃれている所を見ながら、視界がゆらゆらとゆがんでいた。夢じゃない。
「よし、んじゃちょっと俺は族長のとこ行ってくるわ。往診まわる名簿確認しないとな」
一緒に行こうか?というオロルンに、万が一患者が来た時対応しといてくれとイファが一言。謎煙だからすぐ戻る、と言って出ていった。
…遅いと思う。オロルンと遊んでいたが患者は来ない。
ドンドン!
激しめにドアが叩かれる音。
「イファから伝令だ!オロルンいるか!?謎煙の主がアビスに襲われてる!手を貸してくれ!あとそこにクク竜いるか?絶対に戻るからそのまま待っててくれだとよ!」
「わかった。君は持ち場に戻ってくれ。すぐに行く」
間髪入れずに返事ができるオロルンは凄いと思う。同時に、残れと言われた自分は…
「…君も行くか?カクーク」
「!ク!!」
オロルンは嘘をついたり約束をやぶるのが得意だ。…こと相手のことを考えている時には。
「イファ」
高所から共に滑空して、砂浜で一人戦うイファの元へ。
「待ってたぜ!ってカクークお前来るなって!」
「カクークを舐めないほうがいい」
「なんでお前が言うんだよ…っと!」
アビスの飛ばしてきた光線を軽くかわす。場数を踏んでいるのが分かる。
「さっき大まかに見たがあとはこの砂浜だけみたいだ。他のみんなはばぁちゃんがまとめてる」
「は、最高な情報だ。さっさとやるぞ」
「うん」
そう言って弓を構えたオロルンも、かっこよかった。
「少しでも水滴さえつけられれば…よっ!」
水面に向かって撃たれた空砲は、水を高く巻き上げる。
「今だオロルン!」
「わかった!」
オロルンが放った宿霊玉は、一番手前にいた1体にくっついた。その瞬間。
「恨みっこなしだ!」
再度放たれた空砲により広範囲に拡散。多量の落雷。まさに一網打尽の一言。
「よし、ここは片付いたな。」
手慣れたガンプレイをしてホルスターへ。オロルンは無駄のない動きで弓をしまう。
「いたいた!おいイファ!」
「どうした!」
「崖の上に大人1人と相棒のテペトルが取り残されてる!テペトルが動かないそうだ!」
「わかった案内してくれ」
一歩、前へ踏み出して、
「俺『達』は行ってくる!オロルンはここで皆をばあちゃんの所へ!」
俺を誘うように手を伸ばしてくれた。
「わかった。気をつけて。」
「サンキュー」
対岸の崖縁。イファが安否を確かめる。
「私は大丈夫!でも、でもこの子が!動かないの!」
「大丈夫だ!なんとか…今そっちに行く!その子のそばにいてやれ!」
帽子が飛ばないように押さえながら崖下を覗く。
「つってもな…この強風で…まぁやってみるしかねぇか」
そう言って、人差し指を口元に当てる。また野生のクク竜に乗るんだ。
…何回か一緒に背中にのって飛んだ。
「ん、なんだカクーク今はそれどころじゃ…」
でも俺は、もう
「…お前、乗れっつってんのか?」
ただの患者じゃない…
「クァー!」
俺はイファの助手だ。
「は、わかったよ…無理はすんなよ。脚に、つかまればいいか…?」
初めてがこんな切羽詰まった状況で、うまくいかなかったら落下死直行なのにイファは俺を信じてくれた。
「ぬぬぬ、んぐっ!」
ふわ、と地面から足が浮く。
そのままゆっくりと、確実に前へ進む。
「ぅおっ足つかねぇ高ぇ怖ぇっ」
本当は怖がらせたくない、けど俺の背中には絶対乗せられないのがもどかしい。
ふわり、と押し上げられる感覚。イファが風の力で助けてくれてる。燃素の力で助けてくれてる。
「がんばれ…がんばれカクーク…」
小声で、冷や汗をかきながら応援してくれている。
なら、俺はもっと出来る。
「カ…クァッ!」
しっかりつかまってて!きょうだい!
「おっおちつけカクーク!おま、翼がっ!?」
一時的に肥大化した翼がスピードと安定感を与えてくれる。
「おし!これなら行ける!」
もうちょっともうちょっと!
…ずさぁ
俺の着地はカッコいいもんじゃなかった。
直前に手を離したイファはキレイに着地して。こっちを一目も見ずに待っている患者の元へと走っていた。
その背中が、カッコいいと思った。
やっと、俺はもう患者じゃないんだと思えた。
「…よし、これでもう大丈夫だ。恐怖で気絶してるだけだよ。安心してくれ。」
「よかったぁ…」
掴まれていた脚が痛い。握る手に力が入っていたから。でも、それは一緒に飛んだんだという勲章。
羽根の付け根も痛くて、でもあの時とは違う。
こんなに充実した痛み。
そんな痛みに満たされていたら急に圧迫感に襲われた
「カクーク!ありがとうなカクーク…大変だったろ、助かった…ありがとう」
あぁ、イファも怖いんだ。早い鼓動を聞きながら、嬉しさで涙がこぼれた。
◆
「ただいまぁ…疲れた…」
「あぁ…でもまずは」
「そうだな、カクークお前脚痛めたろ。今…」
「違うイファ」
「あ?」
そう、無事に帰ってきた今、俺の見た目にはわからない脚よりも
明らかに出血しているイファの腕のほうが治療対象だった。
「いいんだよ俺は、カクークが頑張ってくれたんだ今後の飛行に響いたらどうす…」
「イファ、怒るぞ」
「…もう怒ってんだろ。はぁ…わかったよ…」
腕を組んで普段全くない凄みを効かせたオロルンのその声は俺ですらビビり上がるには充分だった。
オロルンは手慣れた様子で消毒液と包帯を取り出す。
イファは難しい顔をして腕をさすっている。…痛いんじゃないか。
さっと脚で消毒液をつかみ、イファの腕にかけた。
包帯をクチバシを使って巻き付ける。
「カクーク…」
「心配させてるんだよ、イファ。…もちろん僕も。心配なんだ、君が。」
「…悪ぃ」
仕上げはオロルンに任せた。さすがにちゃんと処置が出来なきゃ意味がない。
「ちょっと、顔洗ってくるわ…」
自分の怪我が心配させてしまったという想いからなのか、イファの声は少し沈んでいた。
オロルンが言う。
「…君もわかったと思うがイファは自己犠牲が強い。だから、君にはイファのすぐ側にいて上げて欲しいと思う。…本当は、僕が出来ればいいんだけど。」
その眼は、真っ直ぐな真剣さと、少しの嫉妬心。
わかった、と。その無い首で力強く頷いた。
それから数カ月、特に大きな戦争もなく、平和な毎日が続いた。
俺は飛行訓練と、もう一つ、内緒で練習していた。
◆
外から小鳥の鳴き声が聞こえる。オロルンはもう畑仕事に性を出しているころだろう。
今日は忙しい月曜日。とびっきりの驚きで起こしてやる。
「…太陽が出てるぞ、きょうだい!」
朝の5時。
「んぅ…だからノックくらいしろって…!?」
どんなに周りを見たってオロルンはいないさ。
「おま…カクークお前…しゃべっ…」
ははっウケるなきょうだい。一生懸命練習した甲斐があるってもんだぜ。
「きょうだい!」
「はは…カクーク…あれ、あれ?なんだ…おかしいな」
何泣いてるんだよきょうだい。そんなに嬉しいか?
「カクークお前はほんとに凄いな…全く驚かされてばっかだよきょうだい。」
後でオロルンも驚かせてやるんだ。お前らは見てて飽きないからな。
…全く俺にだってわかるってのに。
「まだオロルン来てねぇのか。早く喋ってる所見せてぇな。…ん、どうしたカクーク」
『ばあちゃん』が言ってたぞ。言葉にしなきゃわからないってな。
お前らがいつまでたっても言わないなら俺が先に言ってやる!
「…イファ!大好き!」