ぶっちゃけ流泉の衆と豊穣の邦の距離は俺もカクークも一番疲れる距離だ。
これでもカクークがいない時には月から土まで毎日往診があったから明日の午後休診に出来るようになったのはかなりありがたいんだが。
「今日もお疲れさんなカクーク」
「イファもおつかれさま!」
今日も無事に終わったと、家を前にして急に足が重くなるのを感じながらドアを開ける。
「おかえり」
「…ただいま。当たり前にいるなよお前…来るなら言ってくれりゃ果物買ってきたのに」
「僕が勝手に来てるだけだから」
一瞬主のように挨拶してくるオロルンに面食らうがいつもの事と往診バッグを下ろしながら会話する。
「オロルンオロルン!」
「わ、カクーク土凄いな。お疲れ様。」
「俺にも俺にも」
「ふふ、おつかれさま」
嬉しそうにオロルンの周りを飛んで土を撒き散らしたあと俺につままれながら風呂場に向かう。
…いい匂いだ。さっさと浴びちまおう。
我ながら贅沢になっちまったもんだと思いながら、カクークとシャワーを浴びた。
◆
「ん、なんかいつもと味が違うな」
「今日は僕が作った」
「お、今日はオロルン作か」
ほかほかの体でほかほかの飯。
オロルンの飯、味濃い目で美味いんだよな。
「でも何で急に?ばあちゃん作ってくれるんだろ?」
向かいに座るオロルンへ、頬張りながら。最近往診の日はオロルンの飯の確率が高くなっているのは気付いていた。
「うん。でも毎回も申し訳ないし」
「それ俺が思わないといけないやつだな…」
パクついていた手が止まり少し後ろめたさを感じる。それはそう。もはや年単位で当たり前のようになっているが血も繋がっていない俺に飯を作ってくれるばあちゃん。…今度なんか持っていこうと思った。
「…それに、」
少し、スプーンを持つ手がモジモジとするオロルン。
『イファが喜ぶと思って』
「イファが喜ぶと思って」
…やっぱり。ちょっと気不味い。
「美味かった。悪い、残り明日用に取っといても良いか?」
「え、いいけど…」
あー、タイミング間違えた。オロルンの耳を見てそう思う。
「今日は回診だからいつもより味付け濃くしたんだが濃すぎただろうか」
「ん?いや普通に美味かったけど」
しゅんとした顔でそう言われて、引っかかる。
あれ、もしかしてこいつ。
「…イファが前に言ってた。『仕事終わりは塩分と水分だ』って」
覚えてたのか。前に炎天下で畑仕事をしていて倒れかけたオロルンに言った言葉だ。
「肉も万が一お腹壊したらいけないからと思っているんだが焼きすぎていないだろうか」
「…」
きゅう、と心がなって、温かくなる。
「イファ?」
無言でオロルンの隣に腰を下ろすと小首を傾げた。
「いや…そこまで考えてくれてたなんて思って無くて…ありがとな」
「…僕こそ、好きでやってることだからそう思ってくれると嬉しい、ありがとう」
あ、戻った。耳がピンとした。ついでにオロルンの笑みが伝染る。
「でも…じゃあなんで残すんだ?」
「いや、気分で…」
その笑顔が少し引きつった。
「イファ。」
「…ヒくなよ」
「?聞いてみないとわからない」
そうだよな、お前はそうだよな。
「あー、その…腹に肉がついた」
やめろその顔!
「どういうことだ?」
「だから!美味すぎて出されたもん全部食ってたら太ったんだよ!」
「なるほど」
一気に顔に熱が集まって下を向く。
「あ、いや、オロルンが悪いとかじゃなくてだな…」
「ふふ、わかってるよ。大丈夫」
「ちょっ」
急に視界にオロルンの腕が現れて驚く事しか出来ない。
躊躇うことなくシャツをめくって少しベルトに乗るようになった腹に触れられる。
「…楽しいか?」
「いや、僕がこれを育てたんだなぁと思うと愛おしくて」
「…お前ってたまに少し気持ち悪いよな」
「む、ケンカか?」
「いや普通そう思う…ってやめっふふ、あははははっやめろって!」
「君が悪い」
シャツの下から脇めがけてくすぐられて笑いが我慢できない。
オロルンが気が済むまで俺をくすぐった後、
「お、…お前、なぁ…」
「君を嫌いになんてなれないよ。」
上目遣いでその言い方。ずるいよなぁ。
「でも」
「痛ぇ!」
目があったのが気恥ずかしくてそらした直後に腹をつねられてつい声が上がる。
「君、前より運動量減っただろ。」
「減ったつっても結構動いてるぜ?」
「カクークに捕まってる時間増えたの知ってる」
「そうそう!」
こいつチクったな。まるまるとしやがって。どこにそんなに食えるだけ入ってんだ。
「つかほとんどお前も同じもん同じだけ食ってんだから似たような、もん…」
言いながらオロルンの腹をめくって確かめるが、適度に引き締まった腹筋が見えてムッとする。
「…なんでだよ」
「僕は畑仕事で全身運動してるからな。」
ふん、と鼻を鳴らされてなおさらムカつく。
「くそ、腕なら負けてないからな」
「僕の方がクワを使う時に使ってるからあると思う」
「いーや俺なんてカクークに掴まる時全体重腕にかかるからな」
「イファ重い!」
「うるさいぞカクーク!ぅわっ」
そのカクークの嘴を閉じようと腕を伸ばしたら飛び立たれて座ったままバランスを崩した。
「危ない」
「わ、悪ぃ」
…のを、軽々と支えられる。
認めたくないがそのスリーブレスから伸びる腕を目の前にすると逞しいとしか思えなくて、悔しくなる。…のと、
「イファ?」
「あ、いや…」
急に感じるオロルンのにおいに危なくやられそうになる。
「……するか?全身運動…」
「?こんな時間から畑仕事はよくない」
「あーもーそうだよな!悪かったよ!」
その勢いに任せて口にしたのを後悔した。
今の言葉を取り消すように急いで立ち上がり食器を下げる。
「…あ。そういうことか。しようイファ。」
「うるさいしない!」
「気付かなかったのに怒ってるのか?」
「うるさい片付けろよ」
急に俺の尻を追っかけてくるオロルンに冷たい声を掛けて台所に食器をおろす。
「ね、イファ。」
「…うるさい」
急にそういう顔しやがってムカつく。
…カクークに見えないのを良いことに誘われるキスに応えてしまう俺も。
「あ、なかなおり!」
「わーっ!!」
「ありがとうカクーク」
カトラリーを運んでくれたカクークに見つかり慌てる俺と普段通りのオロルン。
「…ん、待てなんで全部食器空なんだ?」
「知らない!知らない!」
「お前俺の分も食ったな!?」
柔らかく微笑むオロルンに二人とも畑仕事を指示されたのは少し後だった。