暇だ。いや正確には暇ではないんだがどうも頭が冴えなくて行き詰まって居間に来た。
普段は部屋に籠もっているくせにこんな時に限ってソファにどっかり座って本を読んでるヤツがいる。
かと言ってこっちがそそくさと部屋に戻るのも釈なので今に至る。
が、そろそろ耐えられない。
「気にするな」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ君のことだから仕事に行き詰まって来てみたら俺がいたから何か会話でも振らないといけない。などど心底どうでもいいことに頭を巡らしているんじゃないのか?」
「…君ってやつは」
図星。だけど、まぁこう言ってくれるおかげで、とは言いたかないが気持ちは楽になる。
これが自宅が職場かそうでないかの違いなのかと思うと釈然としない。
尋常じゃない速さで捲られるページを眺めながら、ふと、今までなんとなく心に留めていたやりたい事を思い出した。
「なぁ」
機械のように読み進めている本
「なぁってば」
少し苛ついたので対面から側面にどかっと座る
するとゆっくりとため息を付きながら
「聞こえている。うるさい。なんで隣に来た」
「君本当にムカツクな」
「なんだ、話すことでもできたのか?」
そう言って、栞を挟んでテーブルに置かれた本。耳から首にかけられた遮音機。少しこちらに向く体。
それだけで、どうしても嬉しくなる自分がいる。
あぁ、あのアルハイゼンが今は僕に集中しようとしてくれている。
「…何か悦に入っているようだから俺は部屋に行くぞ」
「わーうそごめんデートしたい」
…自分でも唐突すぎて変だと思うが頭の中ではどう誘おうかとシュミレーションしていたから出てしまった。
何だよその顔なんでそんな怪訝な目するんだよ
「君は、話の流れというものがわからないのか?文法から学び直すと良い」
「いいから一回座れよ」
ふと顔を背けた耳が赤くなっているのを僕は見逃さないぞ。
「で、何をしたいって?」
「デート。外で待ち合わせしてさ。買い物したり。美味しい所でご飯食べたりしないか?」
はぁ、とため息をつかれる。そんなことにはもう慣れた。
「一緒に住んでるのに?」
「ロマンだろロマン」
力強く力説したつもりなのになんだその目は。
「買い物なんていつもしているし、その金は俺の金だろう。」
「んぐ…」
それはそう。その時ばかりは僕が出すと言った所でまずは家賃を払えと言われるに決まってる。
「はぁ…まぁ、君が言い出したらもう聞かないといつまでも喧しいだろう。」
「いいのか」
「やめるか?」
「イヤだ」
仕方がない、という顔。実はこの顔が好きだ。きっと僕だけの特権。
「いつが良いか…」
そう二人の視線が注がれたのはカレンダー。二人の予定が書かれている。いや別に普段アルハイゼンが何してるかなんて別に気にならないんだけど一緒に住んでいる限りはいなかったら困ることだってある訳だし別に知られて悪いわけでもないから書くようにしたらアルハイゼンも書くようになった、というものだ。
「…明後日、だな」
「よし明後日の10時にズバイルシアターで待ち合わせにしようそのままステージを見てバザールをゆっくり見て回って、プスパで昼を食べて…ランバドに行こう」
「酒場に行きたいだけだろう。午後からでもいい気がするが…」
「いや、デートだぞ?一日中だろ?」
「…知らん」
「あっあと先に僕が家を出るからその日は寝坊でもしてくれ」
「君が起きれば俺も起きるだろう…」
「寝たフリでもしろよ」
もう知らん、とでも言うように首を振って、寝室へと消えていった。
よし、頭も冴えたし残りの仕事に取り掛かろう。今ならいいアイディアが浮かぶ気がするし明後日までには終わらせる
◆
目を瞑ったまま。覚醒して。
さて今日はデート当日。待ち合わせ場所には少し早めについて「俺のために待っていてくれたのか」なんて思わせてやるために少し早めに起きたんだ今日は
「っていない」
普段の休みならまだ布団に潜って隣りにいるはずの双葉がない。
慌ててキッチンに行くもいない(もちろん朝食もない)。
まさか急な仕事が入ったのか?いやいやそれならメモなりなんなり残すだろう。
キョロキョロしながら居間につくとテーブルにはコップが一つ。
「またあいつ片付けないでっ」
中身は少し、まだ温かくて。
少し前までいた事にホッとしつつもなんだか釈然としない。起こせばいいだろう。なんで一人で出かけるんだ。
「…ん?」
いやいやそうだデートなんだから待ち合わせをしようと言い出したのはこっちだ。
「ん?」
てことは待てよ?もしかして僕より先に待ち合わせ場所に行ったのか「遅かったな。俺はもうついていたが」とか言いたいのかふざけるなよ先につくのは僕だ
くそっ行く前にバラの一本でも買おうかと思っていたがなしだ
ドタバタと服を着て髪を整え、身なりを鏡でチェックしてから外へ出た。
◆
「…あれ?」
息を切らしながらたどり着いたズバイルシアター。辺りをいくら見回してもいない。
まさかすっぽかしたのか…いやいやまだ待ち合わせの時間には30分あるんだ。結局僕のほうが先についたってことじゃないか。
「ふん」
謎の優越感に駆られつつ、少し先にある花屋に行こうか、いや行っている間に来られたら僕が先に来たという説得力にかけるなどと考えていた。
ただ突っ立っていると無駄に焦燥感に駆られる事がわかり仕事のことを考えることにした。
…そんなうちに、
「結局いつもと変わらないな、君は。」
10時の鐘が鳴る。
そうだったこいつはこういうやつだった、こうと言ったらぴったり嫌味なほどに守るのだ。
「君なぁ、一体どこにいたんだ?」
「待ち合わせ以前の時間については君には関係ないな。それよりも慌てて家を出たのはいいが鍵を掛け忘れられては困るが。」
チャリ、と。
「あっえっは?なんで君が僕の鍵を持ってるんだ」
「後から出たほうが言う台詞とは思えないな」
目の前にぶら下げられているのだから探してもないはずなのに反射的にポケットを探る。
ふん、と鼻を鳴らして腕を組むその姿。なんとなく違和感がある。
「なぁ君…」
そう言いかけた時、少し離れた所を歩いている女性二人組の会話が聞こえた。
「休みなのに朝早くから書記官様も呼び出されて可哀想だったなぁ。いつもよりイライラしてたみたいだし何かあったのかなぁ?」
「あらそうだったの?だからかしら、私家から出る所見たんだけど珍しく小走りしてたのよ」
「えーっもしかして待ち合わせとかまぁあれだけかっこいいんだから良い人がいてもおかしくないよねー」
「でもあの書記官様を走らせるなんてよっぽどなのねー羨ましい」
そう、キャッキャと女性特有の楽しそうな雰囲気の姿を目で追って、再び振り向くとそこには俯いて手を顔で隠す書記官様。
「…へーぇ?その『よっぽど』って。まさかしなくても僕のことで合ってるのかな?アルハイゼン?」
「煩い」
「なんだよーそれならそうと言えばいいだろ?少し位遅れたって僕は怒らない…よ…」
耳が赤い。
…いや、それが見えている事がおかしいんだ。
呆気にとられて無言で指を指す僕に君は、
「…今日くらい、ちゃんと君の声を聞くべきだろう」
そう言って、困ったように頬を染めて。
「っ…君ってやつは」
「煩い」
そうやって、僕の心を掴んで話さない。
「…なぁ、やっぱりこれからは一緒に家出ないか?ソワついて仕方なかった」
「ふん、だから始めから言っていただろう」
「君ってやつは」
天邪鬼め。