Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ruamruam3d

    えっちなのと特殊なのとか

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🐑 🍕 🌈 🎡
    POIPOI 21

    ruamruam3d

    ☆quiet follow

    ガン魔 書き途中

    SSランクガンナー赤井×喫茶店マスターの魔王れーくん カランコロンとドアベルが軽やかに来客を知らせる。作り立てのサンドイッチをテーブルに運ぶと同時に、安室は「いらっしゃいませ」と笑顔で振り向いた。
     町の片隅に小さな喫茶店を開いて二年。ありがたいことに常連さんが増えて、お昼時はひとりじゃ手が回らなくなってきた。手伝いを雇うことも考えたけれど、人に頼むより自分でやった方が早いと思ってしまう性格のせいで結局毎日大忙しの日々だ。生活の為ではなく半分以上が趣味というか、ある目的のために営んでいるのでまるで苦ではないのだけど。
    「いつもので大丈夫ですか?」
    「あぁ、頼むよ! なぁ安室さん聞いたか? ついに魔王討伐の命が国からギルドへ下ったってよ」
    「……魔王討伐? それはまた、物騒な話ですね。でもどうして急に? もう何百年も被害は出ていないし、姿を見た者すらいないって言うのに」
    「ほら、こないだ例の森に入った冒険者小隊が魔物に大怪我を負わされたって話あったろ。アレは魔王の仕業だって騒ぎになってるらしい」
     常連の一人である酒場の店主が席につくなり、安室に興奮気味に声をかけてきた。この世界には人間の他にも魔物と呼ばれる様々なモンスターが生息していて、それらを統べる存在であると言い伝えられているのが魔王だ。しかも魔王が住んでいるのは、このベイカー町の近くにある大森林の奥深くにある古城ということで、国は常に警戒態勢を敷いている。けれど実際はここ数百年魔王の姿を見た者はおらず、半ばおとぎ話のような扱いになっていた。
    「うーん……確かにありましたが、あれはランクがまるで足りていないのに森に立ち入ったせいで、強い魔物に襲われたというだけの話ですよね?」
    「そうだなぁ。そもそも、この国のギルドに登録されている冒険者じゃ城にたどり着く前にそこらの魔物にやられちまうってんで、立ち入り禁止エリアにされてる訳だし。誰も今更魔王の仕業とは思っちゃいないんだが、国はいい加減何かしらの理由をつけて魔王を仕留めたいらしい」
     世界各国にある冒険者ギルドには共通のランクがあり、森への立ち入りが許されているのはAランク以上の冒険者のみだ。けれどこの国にいるのは良くてBランク、殆どがC以下という状況だった。以前はAランクの冒険者小隊もいくつか在籍していたけれど、魔王の城に向かう道中で出くわした強力な魔物にことごとく壊滅させられてしまった。そんな話を聞いては他国のギルドも自国の優秀な小隊をわざわざ寄越す筈がなく、魔王討伐なんて絵本の中のお話になっていたのだ。
    「なるほど……。まぁ、近くに魔王が住むと言われてる森があれば焦る気持ちも分からなくはないですけどね……。でも自国のギルドじゃもう太刀打ち出来ないでしょう? まさか他国から?」
    「そのまさかさ。正確には他国っつーより、フリーの冒険者らしいが」
    「無所属? 随分変わってますね。普通はどこかしらの国のギルドに所属するものですけど」
    「ねぇそれって〝緋色の弾丸〟じゃないのかい? 最近有名だよ。とんでもなく強くって、とんでもなくハンサムだってね!」
     近くの席に座っていた噂好きのマダムが勢い良く話に割り込んできた。緋色の弾丸というのは勿論名前ではなく通り名だろう。弾丸とつくからには恐らくジョブはガンナーか。無所属で国から声がかかるなんて、きっと噂通り凄腕に違いない。
    「ハンサムは安室さんだけで十分だっつの! 今や町中の女が安室さんに夢中だからなぁ」
    「あはは、からかわないでくださいよ」
    「勿論あたしはトオルちゃん一筋だけどねぇ! でもそれだけ強いってんなら、一度お目にかかりたいもんだよ。世界でも数人しかいないSSランク冒険者だって話さ」
    「SSゥ? そんなの聞いたことねぇぞ、ホラ吹きなんじゃねぇのかそいつ」
     二人のやり取りを聞きながら安室はしばし考え込む。結論から言えば、魔王は僕だ。
     今はただの人間である安室透として正体を偽り、こうして喫茶店を営み人間達と交流しながら暮らしている。魔物と人間の両親から生まれた僕はいわゆるハーフというやつで、幼い頃からどっちつかずの存在だった。魔族には出来損ないと虐げられ、人間達には恐れられる。けれど僕は強くなりたかった。種族なんて関係なく、自分より弱い存在を守れるように。強かった父のようになりたくて毎日鍛錬に励んだ。
     魔族同士の戦で両親を亡くした後は、より一層自分を鍛え上げた。一人でも生きていけるように。皆を守れるように。すると気が付けば、僕は魔族からも人間からも恐れられるようになった。初めは小さかった噂話や作り話が、百年もすれば立派な伝記となっていつの間にか魔王なんて呼び名がついた。生まれた時から一緒の使い魔と共に、両親の遺した城で独りぼっちで永い時を過ごした。引き籠っている間にもやることはあった。森が荒れすぎないよう管理したり、魔物達が外に出ていかないよう結界を張ったり。
     しかしどれほど経っただろうか、このままではいけないと思い立った僕は、思い切って町に出ることにした。元々見た目は人に近い生まれなので、擬態することにそれほど違和感はない。山羊のような黒い角や牙をなくして、尖った爪と暗闇で光る目も隠す。町で浮かないように服装にも気を付けて、最初はちょっとした散歩や買い物程度で様子見をした。流石に緊張したけれど、完璧な擬態故に一切バレることはなかった。何度か通う内に顔を覚えてくれた人もいて、少し遠い国から時々遊びに来ていると言えば「こっちで暮らせばいい」と色々親身になってくれた。すっかり常連になってくれたあの二人もそうだ。魔法を使えばいくらでも捻じ曲げられたけど、出来る限り正式な手順でこの町の住民となり開業出来たのも彼らのおかげだ。
     とてもじゃないが、裏切れない。僕が魔王でしたなんて、口が裂けても言えない。
    「どうした安室さん? 難しい顔して」
    「真剣な眼差しが素敵だけど、悩み事があるならいつでも言いなさいよ。この町のみーんな、トオルちゃんのことが大好きなんだからさ!」
    「あ、えっと……何でもないんです。いつもありがとうございますね」
     笑って誤魔化せば、二人は気にせず会話を続けてくれた。SSランクの凄腕ガンナーだろうと、きっと僕の敵ではない。侮っているのではなく、そもそも無理な話なんだ。ただの人間が僕を倒すだなんて。長い長い時を生きたけど、誰一人として僕に会いに来られた奴なんていないのだから。







    「ただいま~ハロ、ヌイ」
    「わんっ!」
    「ぬ~!」
     夜になり店締めが終われば、安室は自身の城へと帰る。表向きは店の二階に住んでいる設定なのだが、階段を上がった先の扉をそのまま城の自室へと繋げている。勿論他の人が入れば普通の部屋になっているし、いつでも自由に行き来できるので急な来客があったとしても対応出来る。自分の喫茶店も、両親が残したこの城もどちらも大切な財産だ。そして何より城では、愛する使い魔たちが帰りを待ってくれている。
    「今日は夜までお客さんが途切れなくて、少し遅くなっちゃったな」
    「レイ、おつかれさまぬ~! 今日もお城と森は問題ぬいぬ!」
    「わんわんっ!」
    「うん、報告ご苦労。さて、ご飯にしようか」
     帰宅早々駆け寄ってきたのは使い魔であるハロと、妖精のヌイ。二匹とも幼い頃から共に過ごしてきた唯一の家族。ヌイが呼ぶ「レイ」という名は安室の本名であり、今や彼ら以外誰もその名を知らないし呼ぶこともない。
     ハロはとても長命な種族の魔犬で、未だに見た目は子犬のようだが魔力を放出すれば巨大な白狼の姿になる。もっと成長すれば人語を話すようになるとかならないとか。妖精族のヌイは名前の通り小さなぬいぐるみのような姿をしていて、一番身近な主に強く影響を受ける特性からレイにとてもよく似ている。見かけは愛らしいが様々な魔法を使えるので、レイが不在の間は代わりに森の管理をしてくれている頼もしい相棒でもある。
    「今日のご飯は何ぬっ?」
    「今日はね~ふわふわ卵のオムライス」
    「やったぬぅ~! レイのオムライス大好きぬ!」
    「ハロにはお肉屋さんで貰った立派な骨があるからね」
    「わふっ!」
     店にいる時のようにエプロンをつけて城のキッチンに立つレイは、誰が見ても魔王になんて見えないだろう。人間離れした美貌ではあるものの、その面立ちは穏やかな好青年そのものだ。魔族は本来人の食事を必要としないけれど、人間とのハーフであるレイはある程度食べる必要があった。時間だけは嫌になるほどあったし、どうせ食べるなら美味しいものが良いと人間の料理を学んで試行錯誤した結果、まさか町で喫茶店を開くことになるなんて。長く生きていると色々なことが起きるものだ。
    「魔王討伐か……厄介だなぁ」
    「ぬ! 町に住ぬ妖精たちからヌイも聞いたぬ。レイを討伐なんてひどいぬっ何も悪いことしてぬい!」
    「うーん。なるべく生きて帰してあげたいけど、この姿を見られたら安室透だって気付かれてしまうかもだし……いっそ人間が想像してるような魔王らしい魔王に化けてみるか」
    「でもどうせここには辿り着けないぬ。城の周りには入口付近よりも強くて獰猛な魔物がたくさんいるぬ~ただの人間じゃあいつらにすら歯が立たぬぅ」
     まんまるとした手を上げながらヌイは得意げに言う。自分はその魔物たちよりも強いという自負があるからだ。しかし彼の言うことはもっともで、討伐依頼を受けた冒険者がこの城に辿り着き、レイと対峙出来る可能性は限りなく少ない。過去数百年の実績で言えばゼロだ。今回も杞憂に終わると思うけれど────。
     そう考えていたとき、強大な魔物の気配がしてレイはピタリと手を止めて顔を上げた。ヌイとハロも感じ取ったようで緊迫した様子で毛を逆立てている。近年感じたことのないような魔力だ。それも、この城の近くにいる。森には当然こんな気を放つ魔物なんて生息していない。どこからか迷い込んだのか、それとも敵か。急いでバルコニーから周囲を見渡してみるも、それらしき魔物はどこにもいない。
    「なんだ……? どこに消えたんだ……」
    「レイ……今の気配、ヌイ知ってるぬ……」
    「あぁ、あれはどう考えても……」
     この世界で最も強い生き物、ドラゴン。
     非情に希少な存在であり、言い伝えによれば天にも届きそうな標高の高い山などに生息しているとされている。滅多に地上には降りて来ず、今や伝説上の生き物とされている魔物の気配が何故この城の近くで。あの禍々しい魔力は気のせいだなんてとても思えない。嫌な予感がして、レイは城の結界をより強固なものへと張り直した。討伐作戦なんかよりこちらの方がよほど一大事だ。もし本当にドラゴンだったとして、人里を襲ったりなどしたら。あの町は一瞬で焦土と化すだろう。森の魔物すら倒せないギルドに、ドラゴンを退けられる戦力がある筈もない。Aランク冒険者が束になってやっと引いてくれるかどうか。討伐なんて夢のまた夢。
    「まあ、そういう時のために僕がいるんだけどね」
    「でもレイ、せっかく町のみんなとなかよくなれたぬに……魔族の力を使ったら魔王だってバレちゃうぬ」
    「……仕方ないさ。人の命には代えられないし、それに……皆とは生きる時間が違うから」
    「クゥン……」
     零の悲しみを察したのか、ハロは足元に擦り寄って慰めようとする。大丈夫、僕にはこの子たちがいる。愛らしく健気な様子に愛しさが募り、やさしくハロを抱き上げると、零は広く鬱蒼とした森を眺めた。この森もずっと変わらない。変わっていくのは人と町だけ。
     彼らと交わることが出来るこの刹那を、今は大切にしたい。




    「ねえあむぴ~いつあたしと結婚してくれるの~?」
    「あはは、おじさんをからかわないでくださいね~」
    「いっつもそれ言うけどあむぴいくつよ!? 絶対同い年か年下に見えるんだけど」
    「うーん、内緒です。でも、君よりもかなり上かな」
     常連客の一人である若い踊り子をいつも通りあしらいながら、今日も喫茶店の仕事に励む。昨夜はあれからドラゴンの気配がすることはなく、町でも不審なことは起きてないようなのでひとまずは安心した。とはいえ一度は明確に気配を感じたのだから油断は出来ない。もしかしたらまだ、この町の近くに潜んでいる可能性がある。ドラゴン族は本来人間に興味がなく、主食は大型モンスターの筈だ。彼らの怒りを買わない限り人の町を襲うなんて滅多にない。何らかの気紛れで数刻森に降り立っただけなら良いが。
    「あ、聞いてよあむぴ! 例の凄腕ガンナー、昨夜この町に到着したんだって」
    「えっ? そうなんですか、一度お会いしてみたいですね」
    「ね~! しかもすっごいハンサムだって噂だし~あむぴに並ぶイケメンかもよ!?」
    「いや、僕はそんな……」
     きらきら輝く目で言われ、零はつい苦笑いをこぼす。人間にとってこの擬態している姿が好ましいものであることは流石に把握しているけれど、魔族たちには中途半端で醜い姿だとずっと馬鹿にされてきた。本当の姿を鏡で見るたび自分でも思う。人でもなく魔物でもなく、どちらにもなれない半端な存在だと。そのせいか昔からいまいち他人の美醜というものに関心が持てず、誰であろうと容姿に関しては老若男女以外の感情があまりない。
     皆が騒いでいる例のガンナーも、SSと謳われる腕には多少興味があれど、姿形はどうだって良かった。どうせ他の冒険者同様、城には辿り着きっこないのだから。
    「すまない、席は空いているか」
    「あっ、いらっしゃいませ! カウンターご案内しま……、」
    「……えっ!? お兄さんもしかして、魔王討伐依頼受けたっていうガンナーじゃない!?」
     ドアベルの音と耳心地の良い低音に振り返れば、そこには見かけない真っ黒な男が立っていた。前髪が緩くウェーブした濡羽色の髪に、血色の悪そうな白い肌。百九十近い長身で、無骨な印象は受けないのに鍛え上げられた肉体が装備の上からでも分かる。そして何より、濃い睫毛と隈に縁取られたエメラルドの瞳に零は釘付けになった。蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かなくて言葉も出ない。衝撃だった。これほどまでに強く美しい生き物がいるなんて。しかも彼は、ただの人間の筈だ。
    「コーヒーと、何か軽食を頼めるか」
    「……っあ、はい! サンドイッチでいいですか?」
    「何でもいい……宜しく頼む」
    「……かしこまりました」
     踊り子の女性には一切反応せず、真っ直ぐカウンター席に向かった男は作り物のように表情が乏しかった。随分と寡黙な性格のようだ。不愛想とも言える。けれどパーティを組まずにソロで活動している冒険者なんて大体がこんな感じなので、そこは特段珍しくもない。問題なのは男の尋常ではないオーラと、背中に背負っている巨大なライフルだ。人間とは思えない迫力があるし、ガンナーでここまで立派な銃を背負っている奴も珍しい。見たことのない型なので恐らく特注品だろう。前代未聞のSSランクなだけあって、色々と規格外に思える。
    「お待たせしました。ブレンドコーヒーとハムサンドです。良ければスープもどうぞ」
    「……ありがとう。頂くよ」
    「ごゆっくりどうぞ」
     軽食と言っていたけれど、身体が大きいのでほんの少し大きめに作ってあげた。スープはオマケだ。普段は常連にしかしていないサービスだが、客も少ない時間帯だし構わないだろう。いずれ自分を討伐しに来る男なのだから少しでも接近して何かしらの情報を得たいところだが、物静か過ぎてなかなか話しかける隙がない。いつもはお喋りな踊り子女性も、遠巻きにうっとりと男を眺めているだけで話しかける気はもうなさそうだった。彼が食べ終わるまでに接触しなければいけないのに。
    「美味いな……」
    「へっ? お、お口に合ったようなら光栄です」
    「…………」
    「ええと、貴方は国に依頼を受けて来られたというガンナーさんですか? 町中その話で持ち切りで」
    「あぁ……そうだ」
     あまりにも会話が弾まなすぎる。意外にも料理の感想を呟いてくれたのでチャンスと思ったが、本当に独り言だったようだ。質問ひとつに対して回答が僅かしか得られない。普通ならどこから来たとか、魔王討伐への意気込みだとか、この町についてだとか色々話題はあるだろう。あまり話しかけて食事の邪魔をするのは作り手として不本意ではあるものの、今を逃したら直接的な接触は困難になってしまう。
    「どちらからいらしたんですか?」
    「遠い北の方だ」
    「へぇ~……。SSランクってすごいですね、僕聞いたことありませんでした! 一体何をしたらそんなことに?」
    「分からん。気付けばそうなっていた」
     聞けば返事はあるものの、得られる情報は限りなく少ない。わざと隠しているというより、詳しく回答するのが面倒くさいという印象だ。今日はこれ以上の詮索は無理かと思った瞬間。光る緑の瞳がキンとこちらを射抜いた。
    「っ、すみません。うるさかったですよね」
    「君の名前を教えてくれないか?」
    「え……あ、安室透……です」
     予想外の問いかけに驚きながらも答えれば、男はフッと口角を上げた。笑ったのだろうか、今のは。何故か心臓がドクドクと早まる。
    「安室君か……覚えておこう。美味かったよ、少々おしゃべりなようだが」
    「な……っ! すみませんでしたね、お食事を邪魔してしまって!」
    「また来る。釣りはいらん」
     男はそう言って、どう見ても多い金額をカウンターに置いて店を出て行ってしまった。暫しポカンとドアを見つめる。なんだあいつ、なんなんだ一体。出した料理はコーヒー含め、すべて綺麗に平らげている。また来るというのは社交辞令か、それとも。
    「って、向こうの名前聞いてないし……!」
    「あむぴアレ絶対気に入られたね~」
    「えっ!?」
    「だって完全に獲物ロックオンの目してたじゃん、あれはハンターの目だわ~ヤバそ~」
     踊り子女性からニヤけつつ言われ、まさか正体が魔王であることを見抜かれたのかと一瞬よぎった。けれど、だとしたらその場でもう少しアクションがあった筈。食事を取ったらさっさと出て行ってしまったし、この店に来た目的は本当に腹ごしらえだけのようだ。国から直々に依頼を受けて来た凄腕冒険者なのだから、もっと上等な店を用意されていただろうに。わざわざこんなこじんまりした喫茶店に来るなんて変な男だ。チヤホヤと騒ぎ立てられるのが好きではない性分なのだろう。
    「大丈夫だよあむぴ、絶対また来るよ。シャコージレー言うようなタイプじゃなさそうだし」
    「あ、はは……そうですね。お客さんが増えるのは嬉しいので、是非また寄って欲しいですね」
    「夜にでもまた来るに決まってるよ、あむぴに会いに! あーあっ、町一番の超絶イケメンがよそからやって来た超絶ハンサムに奪われるのか~悔しいけど認めるしかないわ」
    「は、話が飛躍しすぎだよ……」
     しかし零はその後、食事を運んでいる時も皿を洗っている時も気が付けばあの男のことばかり考えていた。町の人々のことは皆好きだけど、誰か一人の人間のことをこんなに考えたのは初めてだ。名前も知らない、明確な出身地も分からない。年齢も分からないけど、絶対に僕よりは年下。それは当たり前か。本当にまた来るのかな。夕食は流石に偉い人達と立派なレストランで食べるかも。というかいつ僕を討伐しに来るんだろう。明日かな、明後日かな。
     なんてことを考えていたらいつの間にか夜になっていて、閉店の時間まであと一時間ほど。やっぱり来なかったな。別に期待なんてしてなかったけど。もう少し敵の情報を知りたかっただけで、別にもっと話がしてみたい訳じゃない。名前が知りたい訳じゃない。
    「はあ。今日はもうお客さん来なさそうだし、早めに店じまいして……」
    「すまない、まだやっているか?」
    「えっ!? あ、貴方は……」
    「ラストオーダーは過ぎてしまったかな」
    「いえ……大丈夫です。本当に、また来てくれたんですね」
    「あぁ、そう言っただろう? 君の作るものは美味い」
     振り返ると、今日一日ずっと頭に住み着いていた男が立っていた。落ち着いているけど、研ぎ澄まされた刃みたいな冷たさと鋭さも持ち合わせていて。昼に見るより、夜に見たほうがなんだかしっくりくる男だ。
     いくらでも席は空いているけれど、何となく昼間と同じカウンターへ案内してしまった。ここでならまた少し、お話が出来ると思って。
    「簡単なものしか出していないのに」
    「簡単なものほど腕が分かるものだろう。好みの味だ」
    「それは……作り手冥利に尽きますね。うちは喫茶店ですが、食事メニューも豊富なのでお好きなのをどうぞ」
    「ふむ……君のオススメは?」
    「え……っと、ハンバーグとかオムライスですかね」
     少し悩んでメニューを指させば、男もじっと考える素振りを見せた。こんな人間離れした容姿とオーラなのに、ハンバーグとオムライスどっちを食べようか悩んでるの、なんかちょっと可愛いな……。
     零はうっかり笑いそうになって、きゅっと唇を締めた。
    「ハンバーグにしよう」
    「ふふ、かしこまりました。セットで大丈夫ですか?」
    「あぁ……任せるよ」
    「はい。少々お待ちくださいね」
     ハンバーグにするんだ。肉料理が好きなのかな。好きそうだな。零はどこか浮かれた気分でキッチンに向かった。それになんだか今は、昼間と違って少し空気が柔らかい気がした。あの時は他にもお客さんがいたし、忙しそうだったから尚更無愛想だったのかも。感じ悪くて嫌味な男だと最初は思ったけれど、お礼はきちんと言うし話しかければ一応ちゃんと答えてくれる。それくらいコミュニケーションの最低限だとは思うけど。別に悪い奴じゃないのかもしれない。魔王討伐の任務でこの町に来たのだから、大前提として敵ではあるのだけど。
    「お待たせしました、ハンバーグセットです」
    「……美味そうだな。早速頂こう」
    「ごゆっくりどうぞ。今度はぺらぺら話しかけませんから」
    「フッ……気にしていたのか? お喋りな子は別に嫌いじゃない」
    「お、お客様に快適に過ごして頂くのも僕の仕事ですからっ」
    「なら食事の間、話し相手になってくれ。昼間は急いでいてろくに話せなかったものでな……」
     なんだか本当に、調子の狂う人間だ。あれは早く食べて出なければいけなかったから素っ気なかったのか。だったら最初からそう言えばいいのに、言葉足らず過ぎるだろ。
     でも、急いでいたのにこの男なりに返事をしていたんだなと思うと、何だかよく分からない気持ちになった。うれしい?たのしい?そわそわする?どれも違うけど、どれも当てはまるような。
    「……そういえば僕、貴方の名前聞けてないなって」
    「そうだったか? 赤井だ。赤井秀一」
    「あかい……しゅういち」
    「普通の名前だろう」
    「ふふ、見かけと比べたらね。でも、一番秀でる……いい名前ですね」
     やっと名前が知れて思わず微笑むと、赤井の喉からゴクンと深く飲みこむ音がして少し不思議だった。食べてる時に話しかけたから詰まりそうにでもなったのか。意外と鈍くさいところがあったりするのかもと、零は内心おかしくなる。
    「遠い北国出身と言ってましたけど、旅はもう長いんですか?」
    「そうだな……長くなって来た。君はいつからこの町に?」
    「僕は二年程前からです。ずっと自分のお店を持ちたくて、この町は小さいけど人々に活気があって温かくていいなと思ってたんです」
    「そうか。ギルドで皆口々に言っていたよ、食事をするならこの店が良いと」
    「えっ、本当ですか? それは……とても嬉しいですね」
     どうして赤井がわざわざこんなこじんまりした喫茶店に来てくれたのか謎だったが、ギルドの常連客がおすすめしてくれたのだと知り驚いた。国から招かれたSSランク冒険者をもてなすのに僕の店が適任だと思ってくれるなんて。
     初めは一人で大変だったし、人間の料理や食材の扱い方も不慣れで苦戦したけれど、続けて来て良かったと純粋に思えた。
    「味も接客も良く、何よりマスターが美しいと評判でな」
    「う、美しいって……男だって聞いてなかったんですかっ?」
    「よく覚えていないが、その情報に誤りはなかったと一目見て思ったよ」
    「え……あの……?」
    「君ほど美しい子は、長い旅の中でも見たことがなかったものでな……驚いていたんだ」
     フッと口角を僅かに上げて、あのエメラルドの瞳で見つめられるとどうしたらいいのか分からなくなる。相手の容姿を美しいと褒めるのは、人間にとって基本的に褒め言葉。好意を示している。或いは、口説き文句にも使われる。知っているし、お客さんたちに何度も言われたことがあるけれど。赤井の口から発せられるそれは、零にとって特別な響きで胸に届いた。
     またしても心がソワソワして、落ち着かなくて逃げてしまいたいけど、ずっとこうしていたいような。嬉しいのに恥ずかしい。そして少し不安。本当にそう思ってる?僕のこと……。
    「あー……すまない、困らせたか」
    「い、いえ! そうじゃなく……貴方に言われるとなんだか、ドキドキするというか。赤井さんだってすごく、ハンサムで美しい顔立ちをしているのに」
    「ふむ……確かに、君からそう言って貰えるのは不思議と気分が良いな。見かけのことなんてどうでもいいと思っていたのに」
     僕たち似ているのかもしれませんね。思わず笑いながら言うと、赤井も微かに笑いながら「そうだな」と呟いた。相手は人間なのに、魔王討伐を依頼された冒険者なのに、自分と似てるだなんてどうして思ったのだろう。赤井は寡黙だし、迫力のある姿をしていて自分よりもずっと魔王っぽい。幼い頃に憧れた強い雄そのものだ。赤井のことを最初に見た時、こっちだって驚いた。なんて強く美しい生き物なのだろうと。見た目だけじゃない、魂の輝きが肉体から放たれているような。顔色はこんなに悪くって、隈だって濃いのに生命力に満ちてる。不思議な人間。貴方のこと、もっと知りたいと思ってしまう。
    「赤井さん」
    「敬称はいらない。もっと気楽に呼んでくれ」
    「ええ……? うーん、でも……じゃあ、あかい……?」
    「苗字なのか」
    「だってまだ二回しか会ってないのに、名前呼び捨ては恥ずかしいですよ」
    「……ふ、そうか。それで、何を言おうとしてくれたのかな」
     赤井は人間なのに、魔物より距離の詰め方が早いみたいだ。秀一だなんて、まだ照れてしまって呼べない。それにこちらは偽名のままだから、何となく後ろめたい気持ちがあった。けれど赤井はさして気にする様子もなく、穏やかな目で話を聞こうとしてくれている。恐らくだけど、食べる速度も意図的に落としていると思う。
    「せっかくなので、たくさん質問していいですか」
    「ホォ、何だ」
    「ご年齢は?」
    「…………三十二だったかな。君は? 店を営んでいるのなら十代ではないだろう?」
    「当たり前です! 僕は二十九歳ですよ……」
    「そうか。三つ下だな」
     心地の良い低音でそう言われて、本当は自分の方がうんと年上なのにくすぐったい気分になった。おじさんだろうと老人だろうと、零にとって人間は皆等しく子供のように感じる筈なのに。赤井だけは何かが違う。その〝何か〟はまだ分からない。もう少し一緒にいられたら、分かるかもしれないけど。でも僕は本当は二千九百歳だから、貴方のほうが二千八百六十八歳年下ですねって言ってやりたい。
    「他に質問は?」
    「えーと……ご家族は?」
    「故郷に母親と弟と、年の離れた妹がいる」
    「へえ、長男なんですね。なんだか分かる気もします」
    「兄らしいことは何もしてやれてないがな……」
    「でもこんな立派なお兄さんがいるなんて、きっと誇らしいと思いますよ。僕はずっと一人で生きてきたので、兄弟にも憧れがあります」
     ヌイも兄弟みたいなものだけど、ハロはやっぱり可愛いペットの感覚だな。そう考えながら何の気なしに言ったつもりが、赤井は無表情ながらどこか窺うように「家族がいないのか」と聞いてきた。ストレートだけど嫌ではない。
    「はい。元々一人っ子で、両親はずっと前に亡くなりました。でも今は町の皆さんが良くしてくれますし、寂しくないですよ」
    「君は強いんだな」
    「え……。そ、そうですかね? すっかり慣れちゃったので……」
    「大変だったろう?」
     鮮やかだけど深い輝きを放つ瞳に見つめられて、短い言葉なのにやけに静かに胸に沁みた。大変、だったのかな。広大な森の管理だとか、城の整備だとか。両親が遺したものを色々継いだり、清算したり。今でこそ楽に追い払えるけれど、未熟だった若い頃は敵襲によってそれなりに怪我をしたりもした。魔王と呼ばれる前から、本来の姿では人間達には受け入れて貰えなかったし、同族からもそうだ。すっかり慣れたと言ったけれど、寂しかった頃も確かにあった。人の町に店を開いた今だって、心から孤独じゃないとは言い切れない。
     大変だったのかな。大変だったのかも。そう言ってくれる存在すら周りに居なかったから気付かなかった。
    「……っ、あれ、すみません。なんだろう、あはは……」
    「いいさ。他にもう客も来ないだろう……泣くのは悪いことじゃない」
    「でも、……お客様の前で、食事中にこんな……お見苦しいですよね」
    「問題ない。君は綺麗だ」
     天気の話をするみたいに自然に、パクパクと口を動かしながら言うものだから零は呆気に取られてしまった。突然店の店主が泣き出したにもかかわらず、追及するでもなく気まずそうに席を立つでもなく、食事を続けながら口説き文句みたいな台詞を言うなんて。変な人間。変な男。
    「君も一緒に食べたらどうだ? 美味いぞ」
    「いや……作ったの僕、っていうかまだ仕事中ですし……」
    「少し早く閉めるくらい良いだろう。せっかくなら君と並んで食事がしたい」
    「……プレート裏返してきますっ」
     オープンからクローズへと変えただけなのに、本当に二人だけの世界になったみたいでドキドキが止まらない。その理由はまだ、分からなかった。
     


    つづく といい
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖☕💖💖💖💖💖💖💖👏😭🙏☺💖💖💖💖💖👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏💕💕💕💕💕☺☺☺💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖❤❤❤❤❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    ruamruam3d

    INFO6/25(日)JUNE BRIDE FES 2023
    【東5ホール/め17b】※別ジャンルスペです
    はるばる会いに来てくれた方限定で魔王シュウ×勇者レイの書き途中小説冊子を無料配布予定です。
    冊子がなくなってしまった場合は後日アップ予定のポイピクパスワードを教えます!

    ※サンプル内怪我とかちょっと痛ましい描写あり
    魔王シュウ×勇者レイ 何が勇者だ。何が英雄だ。レイは全身の痛みに耐えながら、瘴気の立ち込める暗い檻の中で自嘲する。
     後ろ手に拘束され、足にも鉄枷がついている状態で石の地面に転がされていては満足に周囲を見回すことも出来ないが、ここが宿敵である魔王の城の最下層にある牢獄だということと、自分が戦いに敗れてこんな場所に放り込まれ虫の息になっているのだけは確かだ。
     類稀な剣の腕と特異な容姿から伝説の勇者の生まれ変わりだと持て囃され、国王直々に魔王討伐の命を授かったレイは、これまで数多の敵を倒して来た。空飛ぶモンスターも巨大なドラゴンも、圧倒的な強さで例外なくねじ伏せ多くの人々を救った。その功績からレイはいつしか〝麗しの英雄〟と呼ばれ、知らぬ者はいない程の存在となった。しかし名を上げ過ぎた英雄の名は当然魔王の耳にも入り、目障りな勇者を始末する為に魔王はレイの生まれ故郷を人質に取ったのだ。天涯孤独の身だとしても、故郷には兄弟同然に育った親友達が平和に暮らしている。レイは無抵抗で魔物達からの攻撃を受け、瀕死の状態で魔王の城へと攫われて今に至る。
    4001

    recommended works