「ちょっとくすぐったいかな」
身じろぐと、そうか 低く返事が返ってきた。
いや…本当にくすぐったくて困るんだけどな。
職場から承太郎の運転する車で帰宅してシャワーも浴び終わって一息ついたところだった。夕飯…と言えなくもない程度のものをお互いに済ませてきたので帰宅後身支度を終えると、なんとはなしにベッドへの運びになった。
先に寝転がっている承太郎を目の端に認めるのにとどめる。
…まったくもう。なんて筋肉だ。もう知っているのに目のやり場に困るってどういうことだ。
目が追ってしまう。クソ。かっこいいな。好きだ。
気持ちを逸らすために思いついたのはドレッサーの引き出し。
並んだ色とりどりのマニュキュアの小瓶。
…面倒になって一気に引き出しごと引っ張り出す。
ベッドの上に投げ出したものの ぽすん と予想外に間抜けな音がして眉を顰めた。
なんだ。と興味を引いたらしい承太郎が振り返ってまじまじと引き出しを覗き込んできた。引き出しごと丸ごと投げ出したのを反省しつつも 興味があるのか?いささか疑問に思った。
「塗ろうかなって さ」
「ん…」
太くて長い人差し指と親指が小瓶をひき摘む。持ち上げた色は白。何だか意外だったけれどすぐに戻して別の色を物色している。
承太郎の興味を引くなんて意外だ。
「塗ってくれるかい?」
まさかね。口の端が緩む。
悪戯心で訊いてみると そうだな 予想外な答えが返ってきた。
え?と思う間にガチャガチャと引き出しを物色し出す。え?
待ってくれ
そういう前に右脚を掴まれた。綺麗にケアしてはいるけれども。
そんなにじっと見ないでほしい…。
「…キレイなもんだな」
爪先にちゅっと音を立ててキスをしてきてびっくりした。
「ちょっと!」
「じっとしていろ」
意に返さず寝転んだ姿勢のまま選んだ小瓶から液を切って薄く塗り出した。
直接触れているわけでは無いのにブラシの感覚にぴくりと反応してしまう。落ち着け僕。
「…結構 のびねーんだな」
「重ねるんだよ」
そうか。合点がいったらしく目を瞬かせる。
君って本当にわかりやすよね。僕にしか分からないけども。
「ちょっとくすぐったいかな」
身じろぐと、そうか 低く返事が返ってきた。いや…本当にくすぐったくて困るんだけどな。
じっと僕の爪先に集中している。体温の高い承太郎の手のひらも熱い。じわじわと滲みてくるのは何なんだろう。
「できたぜ」
どうだ と顔を上げてから仕上げとばかりにふーーーっと息を吹きかけてきた。
「う わ 」
間抜けな声が出た自分を巻き戻したい。なし!今のなし!
爪先はぽってりとした桜色。
まだ塗っていない左脚の爪と比べ見ると随分と健康的な色だ。
「…この色さ」
ん?声が返ってくる。
「一番最初に買ったんだ」
「そうか」
似合うぜ。
「君が選んでくれてちょっと嬉しい」
「ちょっと か?」
ぐぐぐっとなったのはバレている。ハッと吐き出したように笑い出すと止まらなくなったらしい。
「笑い過ぎだぞッ」
「は そうだな」
掴まれた脚首にギョッとすると悪びれずにまた爪先にキスをした。それから内股のあたり…太ももに顔を寄せてくる
君ってやつは…。リップ音がわざとらしいぞ。
「乾くまでは まだかかるな」
次は左。抱え直された左脚にあきらめモードで枕に突っ伏すと上から覆いかぶさってきた。
「どうしたんだい?」
「好きだ」
うん。僕も。 大好きだよ。
くすぐったい気持ちで力いっぱい抱きしめる。くすぐったくて誤魔化したくて。伸ばした爪先がいつもより少しだけ温かくて。
君のこと大好きだ。
ふんにゃり緩んだ口元に熱烈なキスが降ってきた。