「君の故郷には天空の星を写した茶碗があるそうだね」
背中越しに振り返るとまだ床に寝転んだままの恋人が俺を見上げながら言う。柔らかな薄布を纏うようにしているが、うすく覗く桜色が隠しきれずにぽちりと布を押し上げているのが艶かしかった。
水差しにかけた翠色の器からぐいと一口あおりもう一杯注ぎ手渡す。
「ありがとう」
「起きれるか」
「力入らないけど水くらいは…飲め…わぁっ」
答えを待たずに薄布ごと抱き抱えて膝に乗せる。
「君はいつも急だな」
「水は零してねぇだろ」
少々強引だが恋人の体は丁寧に扱っている…まぁ加減が効かなくなる時もあるが——。
まったく野生動物みたいで動きが読めないよ…硝子器に口をつけた薄唇に赤い舌がちろりと翻る。こくこくと飲み干す喉の動きが先刻までの生々しい口淫を思い出させる。
目を離せないでいると怪訝な表情で見上げてくる——その下がり眉はやめろ。抑えがきかなくなるだろうが。ひとつため息を吐いて話を促した。
「耀変天目か」
「よーへんてんもく…名前までは知らないんだ 群青と黒の地に青白い斑点が星のように浮かんでるとしか」
「間違いねぇな」
しかし俺の故郷はてめぇの国でもあるだろうに。
「生まれはそうだけど…僕はこっちで過ごしてる時間のが長いから」
そう言うと一房垂らした癖のある前髪をくるりと指に絡ませる。心にかかる何かを透くように。落ち着かない時のこいつのクセだ。
元々は親の任地だったと聞く。持った名前も折りに触れ垣間見える細やかな心遣いや仕草からも決して育ちは悪くない。
「日本に居たのは小さい頃ほんの少しだったし この髪の色もあって馴染めなかったから」
あまり良い思い出は無いんだ。
しかしその後渡ってきた異国の半島で、こいつは暴動にあった両親を亡くしていた。異能力持ちとはいえここまでには辛い事も多かったはずだ。
「父がそういう綺麗なものを好きだったから 色々話してくれて 星の茶碗だけは見てみたいなって思ってたんだ」
「見に来れば良いだろう」
「簡単に言ってくれるなぁ」
空の器を取り上げ細腰を抱き寄せるとそのまま左腕を掴む。
「俺の任期もあとひと月だ 帰りの席はふたつ用意させる」
持ち上げた左手の甲に口を寄せると、じょうたろう…消え入りそうな声で耳を赤く染めて目を伏せた。かわいい奴だぜ。
「いつまでもこんな物騒な場所で危ねぇ仕事させられるか」
「でも…貴重な情報源だよ…ぼく…は」
情報網だってまだ機能してる。
否。バレるのは時間の問題だ。
「大陸では斑紋が不吉とされているからね
星を写したような美しいものでも忌避されてしまったんだろう」
おかしな話だ。僕たちにしてみれば星は吉兆なのにね。
肩越しに頭をのせ背中を指がなぞる。左の背中、痣のあたりを。
「いや…僕にとって かな」
「この任務が終わったら…」
「ダメだよ 承太郎」
しぃっと唇に当てられた長く白い指が続く言葉を塞ぐ。
「先の話をするのは縁起が悪いんだ 幸せな話なら尚更」
ほら。日本でも言うだろう——。
「鬼が嗤うよ」