「手袋を出しておいたよ」
寒くなってきたからさ。
出勤前の玄関先でコートを羽織る彼に声をかける。
ん…と短く答えて黒の革手袋をとってはめている彼の指先は長い。
つい目で追ってしまうのは仕方ないことだ。人は美しいものに目を奪われる。
世界最強の僕の彼氏はいつだって美しいのだから。
自分のぶんの手袋を掴んで一緒に家を出る。
彼は大学へ。僕は財団へ。
途中で降ろしてもらって、車の窓越しにいつもの会話をする。
「遅くなるようなら連絡する」
「うん わかった」
大学の客員教授とはいえ、研究室持ちで進行中の仕事も少なくない。
定時で出られないこともあるのにこまめに毎日迎えに来る彼を、申し訳なく思っていた時期もあったけれど…これが今の僕らの日常だ。
茶色の革手袋をはめたまま、ひらひらと手を振って僕は車を見送った。
財団の別棟施設から戻ると、建物の前に彼が立っていた。
白いコートに黒の手袋の長身が一際目を引く。
心なしか早足になって駆け寄る。
「外で待ってるなんて聞いてないぞ」
声をかければ帽子の下に隠れた深い碧色の瞳がきらりと光った。
飼い主を見つけて走り出す大型犬みたいだなぁ…駆け寄ったのは僕のほうだけれども。
どれだけ待っていたんだろう。
「寒くないかい」
「いや… お前の方こそ」
なぜ手袋をはめていないんだ。
「外作業で手が汚れるからはずしていたんだよ」
そう言って鞄から取り出す。
決して忘れていたわけでは無いんだよというように。…忘れていたけれど。
少し赤くなった鼻先を啜ると、持っていた手袋をいきなり取り上げられた。
「承太郎?」
「冷えきってんのはてめぇの方だろう」
右手をとられて、え?と思う間もなく指先にくちびるを押し当てられる。
思っていたよりずっと熱い…。
温めるつもりなのか丹念に何度も口づけられて、頬に血が上ってきた。
「ちょっと君 ここ外だぞ」
焦って早口になる僕を撫然と見下ろしている。その表情は言わなくても分かる。
それがどうした。だ。
さっき取り上げられた革手袋を片方、長い指がはめてくれている。
見た目の重厚さと裏腹に、彼の仕草はいつも丁寧で繊細だ。
「そっちの手も出しな」
「いいよッ!自分でできる」
一瞬見とれてしまったのを見透かされていないか、な。
もう片方の手袋をひったくるようにして自分ではめると、小さく忍び笑いが聞こえてきて気まずさに耳が熱くなる。
「もう…さっさと車に乗ろう」
「手は繋がねーのか」
「つながないよッ」
きっと睨み返せば、上機嫌そうに笑っている男前の顔が近づいてきた。
そのくちびるが肉厚で柔らかいこと。君の心そのままに熱いこと。
僕だけが知っている。