レン彼たるしょ 定番デートコースを回りたいのだが。絵文字一つない素っ気ない文面をタルタリヤはガタゴトと揺れる電車の中で読み返す。ショウリ、三一歳男性。レンタル彼氏なんて独身の極みみたいな決して安くはないサービスを利用する辺り、金銭には困っていないはずだ。男二人でデートコース、なんて素っ頓狂なサービスを要望するところも如何にも金持ちの道楽らしく感じられた。ふう、と連休特有の家族連れの目立つ車内でため息を溢す。どうせ名前も偽名に違いないのだろうけれど、ショウリさん、と口の中で男の名前を反芻して、ガタンと大きく揺れた車内で縋るようにつり革を握りしめる。呼びなれない名前を親し気に呼ぶむず痒さが胸の中でじんわりと広がっている。事前の確認のために開いたメッセージアプリだったが、気も漫ろに指先を画面に滑らせた。水族館デートはどうですか? とにっこり笑った絵文字までつけて返信した二日前のメッセージにも、良い提案だな。水族館に行ったことはないのだが興味はあるといかにも男の風体で無骨な文字が並んでいた。
故郷の母さん、お金をもらって男とデートするような息子でごめん。そこそこいい子のつもりで生きてきたけれど、俺はどうしようもない人間に成長したみたいだ。ケラケラとはしゃぐ子どもの声に兄弟姉妹の面影を見て、鉛を飲み込んだような心持になる。男とデートする、どうしようもない『現実』の二文字が目の前のつり革に並んでぶら下げられていた。
お金が必要だ。
借金があるだとか、奨学金を借りているだとか、そんな大層な理由ではなくて。仕送りでやり繰りするのにも限度はあると悟った。入学したばかりの大学で散り際を見失ったらしい、まだ花弁を残した桜が学食の窓辺から見えた。リュックサックの中にはつい数週間前に作ったばかりの一三八円の文字が刻まれた銀行通帳が押し込まれている。お金を引き出そうといつも通りに設定した三〇〇〇円の額さえ『残高が不足しています』の文字に阻まれた。とはいえ遊ぶ金欲しさではなくて、弓道部の年間経費と弓具のためだから、と言ったところで恵んでくれる人間がいるはずもない。
「レンタル彼氏は?」
学食で一番安いネギうどんをつつくタルタリヤに大学でできた気の良い友人が生姜焼き定食を頬張るついでに呟いた。
「は?」
お前、顔はいいじゃん。しゃべるのも得意だろ、と言った口でご飯をかき込んでいる。時給良さそうなバイトの中ならホストよりマシそうだしな、と尤もらしい顔で言って、とりあえず応募しとけ、と悪魔にも似た囁きを最後に生姜焼きを口に放り込んで一言もしゃべらなくなった。
やめておけって今なら言ってた。好奇心とにっちもさっちもいかなくなった金銭事情とが絡み合って、結局受かってしまったレンタル彼氏の肩書きで男に会う羽目になっているタルタリヤは、無常にも開いた電車の扉を絶望を塗り固めたような瞳で一瞥してホームへ降りた。べたつく熱気交じりの潮風が故郷を思い出させる。
ピ、と軽快な電子音を立てて改札を抜けると、鼻腔を抜ける潮の匂いが、ぐっと濃くなった。ICカードの何とも言えない愛嬌のある顔をしたペンギンが今日ばかりは塗りつぶしてやりたい気持ちでいっぱいだ。こっちを向いたポーズでドヤ顔しないでほしい。
大根の葉っぱをつつくアヒルのホーム画面をスワイプして、トントンとメッセージを打つ。着いたと無愛想な文字に続いて、着きましたと送ったメッセージにはものの数秒で既読が付いた。ベージュのパーカにキャラメル色のコート、あらかじめ撮っておいた写真付きで送信して、画面を見つめたまま壁に寄り掛かった。デート前の高揚感は悪くない。相手が男だということを除けばいつもと同じで、仮初の恋人を想う余裕くらいはあるつもりだ。ピコン、と通知を知らせたスマホに目を向ければ、シャツ白、ズボン黒、上着茶の文字が並ぶ。
は? 服の特徴かこれ。