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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    しょしょドロライ11回目
    「抱きしめたい」「春のおとずれ」

    #鍾魈
    Zhongxiao

    抱きしめたい 足繁く年中望舒旅館へ通いつめていれば、自然と道中の草花や生き物に目が行き、季節の移り変わりをまざまざと実感することが多くなったように思う。
     先日まで吹いていた肌を突き刺すような冷たい風は、いつの間にか地から芽を出し花を咲かせる暖かい風に変わっていた。
     暑さや寒さは、人の形をとっているからといって、凡人程に気温の変化に対して身体が堪えることはない。それは、仙人である魈も同じだろう。だが、この春という季節に魈に会えることは少しの楽しみでもあった。

    「し、鍾離様……いらしていたのですか」
     気配を消して、望舒旅館の露台でうららかな日差しを浴びつつのんびり茶を飲んでいると、今思い浮かべていた護法夜叉が顔を覗かせていた。
    「近頃は暖かく、春風を感じるには望舒旅館のここがうってつけだと思ってな、邪魔している」
    「そうでしたか。では我は失礼します」
     なぜ鍾離がここにいるか納得したようで、魈は軽く会釈をして階段の方へと向かっていった。
    「ああ、そうだ。今日は魈に用事があったのだが、少し時間を貰ってもいいだろうか?」
    「我に、ですか……? どのような用件でしょうか」
    「そうだな。ここでは人目につくので、お前の部屋でも構わないか?」
    「? 構いませんが……」
     魈は立ち止まって振り返り、鍾離の話を神妙な面持ちで聞いていた。部屋に行きたいと言う鍾離に対し、不思議そうな顔をしながらもそれ以上何も聞くことなく魈は頷いた後、自室へと向かうべく階段を上がって行った。鍾離も立ち上がり、その後をついていく。ちょうど良く風が吹き、魈の装身具が揺らめき靡いて、麗しいと感じた。

    「凡人に聞かれてはいけないということは、妖魔関係のことでしょうか。それとも薬のことでしょうか」
     魈の部屋に入り、椅子に座るよう促され案内されるままに座った。茶を用意すると魈に言われたのだが、今飲んだばかりなので不要だと伝え、近くに立つように言った。
    「そうだな。春が来たか、確かめたかったというべきか」
    「?」
     魈は首をやや傾げ、困惑の表情をしている。
    「もう少し近くに」
    「うわっ、し、鍾離様!? な、なにを」
     一歩前に出た魈を逃がさないように、腰に手を回してぎゅうとその身を引き寄せた。魈の肩にかかっている翡翠色の髪に顔を埋め、鼻からそっと息を吸う。
    「魈の気の流れを見ている」
    「そ、そうでしたか……声を荒げてしまい、すみません……」
    「……嘘だ。春を感じている」
    「なっ、えっ、はっ!?」
     鍾離の言葉に対して素直に納得しかけていた魈であったが、再び困惑の声をあげていた。
    「あたたかい、陽だまりの匂いがする。今日も木の上で休んでいたのだろう? どんな香膏よりも好ましい香りだ」
    「し、鍾離様……我は先程まで魔を屠っておりましたので、血の匂いはすれど、そのような良い匂いではないかと……」
    「いや、これがいい」
    「ひっ、あの」
     降魔杵の隙間から胸元にも顔を埋め、魈の匂いを堪能する。このまま眠りにつきたい程に、柔らかくあたたかい。同時に魈の体温を感じることもできて、更に癒しすら感じる。しばらく抱きついたままの体勢で魈を堪能していると、行き場を失った魈の手が鍾離の肩に触れた。
    「その、鍾離様も」
    「ん?」
    「先程まで陽の当たる場所にいらっしゃったので……よ、良き香りがいたします」
    「……ははっ」
    「……鍾離様の匂いを嗅ぐなど……不敬をお許しください……」
    「そんなことをするのもお前くらいなものだ。好ましいと思ってくれているなら、ゆっくり堪能していくといい」
    「はい、では……」
     いつもなら「でも」だの「その」だの言ってくる場面ではあるのだが、魈にしては珍しく鍾離の肩にとん、と額を乗せていた。
    「や、やはりやめておきます」
     と、思ったのも束の間、三秒くらいした後に魈は思い切り顔をあげて首を振っていた。
    「抱擁しているようで、中々良かったぞ」
    「帝君、戯れが過ぎます。よ、用件がこれだけでしたら我はもう行きますゆえ」
     久々に帝君と呼ばれてしまい、はっとして魈から手を離した。怒っているのかと思ったのだが、これでもかと思う程に頬を真っ赤に染め眉間に皺を寄せ、睨んでいるような、困っているような、複雑な表情で鍾離を見ている魈がいた。
    「魈」
    「また、いずれ」
     その言葉を残し、魈は逃げるかのように姿を消してしまった。後を追いかけるのは容易いが、よくよく思えば魈の匂いを堪能したかっただけという鍾離の些細な用事に付き合わせてしまっただけなので、そっとしておくことにした。
     魈の部屋に一人残される。魈に何を言っても大抵受け入れられてしまうので、少し羽目を外し過ぎてしまったかもしれない。それはもう一晩中でも魈のことは抱き締めていたい程に好んではいるのだが、そうしたいと言ったら、魈はなんと答えるのだろうか。
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