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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    sayuta38

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    鍾魈小話。看病ネタです。

    #鍾魈
    Zhongxiao

    流行り病 はた、と気が付いて辺りを見渡した。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。確か、まだ降魔の途中だったはずだ。
     魔の気配がする。行かなくては。
     すっくと立ち上がるも一瞬気が遠くなり、背にあった岩にもたれ再びその場にずるずると座り込んでしまった。何故か視界が霞む。目をいくら擦っても良くはならなかった。それ程に自分は疲労を感じていたのだろうか。いつもより身体が重く感じる。そういえば、寝起きにしては息が切れている気がする。業障の影響かと思ったが、周りから聞こえる音は幾分か鈍い。
     今度は岩を支えにしてゆっくりと立ち上がり、場所の特定を測る。濃霧が出ていて分かりづらいが、絶雲の間辺りだということがわかった。
     さて、立ち止まっている場合ではない。足を動かさなければならない。
     一歩、二歩、手を翳し和璞鳶を取り出す。更にもう一歩、大地を踏みしめた。
     ……はずだった。
     あっ。と思った時には既に遅く、自分の身体が宙に浮いているのがわかった。既にそこは地面ではなかったのだ。
     風に煽られ呼吸をすることもままならない。バザバサと袖がはためいている。遠くに水面が見えたが、目下は硬い地面だ。
     ああ、早く、翼を出さなければいけない。
     そう思うのに行動には移せない。槍を構え、地面に突きさせば致命傷は避けられるのに槍を握る手に力が入らない。
     落ちていく。落ちていく。落ちていく。
     視界がぼやける。は、と息を吐くと肺が握り潰されるような痛みを感じた。
     この速度で地面に叩きつけられたら、全くの無傷とはいかないだろう。
     もしかしたら、終わりというのは突然やってくるものかもしれない。
     ふと思い浮かぶのは鍾離の顔だ。まだ感謝の言葉も別れの言葉も、充分に伝えられていないというのに。
     ああ、困ったな。それだけが心残りだ。
    「しょ、り、さま…………おやすみ、なさい」
     なんとかそれだけ口にすると、意識が遠くなって瞼が降りてくる。そろそろ休む時が来たようだ。こんな時だというのに、眠気を感じて仕方がない。そうか、自分は眠りたかったのだ。と妙に納得して身体の力を抜いた。
    「っ! 魈!」
     衝撃が来ると思っていたのに、いつまで経ってもその感触は訪れなかった。薄く目を開けると、眩い光に包まれて身体が柔らかいものに包まれているのが見える。暖かい光だ。それは数秒経って霧散してしまい、軽い衝撃と共に地面へと降ろされた。
    「は……、は……」
     それ程痛みはなかったが、地面に横たわったまま、いよいよ起き上がれなくなってしまった。生理的な涙がこめかみを伝って落ちていく。冷たい地面の感触が心地良い。
     不意に自分の顔に影が差した。誰かに見下されている。その姿を確かめるまでもなく、先程の光で誰なのかはわかっていた。
     ──また、帝君に助けられてしまった。
    「無事で良かった。やはり、お前も患っていたとは……見つけるのが遅くなってすまない」
     何故か鍾離に謝られている。軽々と持ち上げられ、横抱きにされた。ぼんやりと鍾離の顔を見ると、酷く狼狽しているように見える。一体どうされたのだろう。
    「熱いな。酷い熱だ」
     熱? そうか。久方ぶり過ぎて失念していたが、不調の原因は熱だったのか。と冷静に納得した。
     鍾離の衣服が冷たくて気持ちが良い。思わず頬を寄せて、心地良さにしばし浸る。そのままうとうとと瞼を閉じかけて、そんな呑気なことをしている場合ではないと気づき、力強く目を開け意識を持ち直した。
    「熱なら、鍾離様に移すわけにはいきません。降ろしてください」
    「駄目だ。これ以上衰弱すると治りが遅くなる。すぐに洞天に戻って薬を飲ませないと命に関わるかもしれんぞ。お前だけじゃない。今璃月では、とある疫病が流行っているのだが、この病は仙人も患ってしまうらしく皆が不調を訴えている」
    「我が……降魔の途中だったので……我のせいです」
     息が切れる。呼吸がしづらい。声を出すのも億劫だったが、なんとか状況を伝える。魔が疫病を連れてくることはよくあることだ。疫病の流行りは自分が魔を払い切れなかったせいだと思った。
    「お前のせいではない。これは昨日今日の話ではないからな。ちなみに先日俺も軽くだがその病にかかった。この疫病は、一度かかるとしばらく同じ病に掛からないことがわかっている。だから、俺のことは気にせずお前も休め」
    「しかし……まだ魔の気配が……」
    「これ以上無理をするというなら、無理矢理仙気を分け病を中和し治療することもできるが、お前はその方が良いか?」
    「……いえ……休みます……」
     これ以上鍾離の手を煩わせてしまうなど有り得ないことだ。さっきまで身体が熱かったのに、急に指先に冷えと痺れを感じる。歯の根が合わず、カチカチと音が鳴った。ぶるりと身を震わせ、咄嗟に腕を抱いてみたが、温かさは感じない。熱いのか寒いのかわからない。
    「寒いのか?」
    「……い、え、わかりません……」
    「とりあえず、気休めですまないが」
     そう言いながら、鍾離が魈を抱えたまま器用に外套を脱いで魈に被せ包み込んだ。先程まで鍾離が着ていた衣服は、とても暖かかった。それに何か良い匂いもする。気分が幾分か落ち着いてゆっくり息を吐くと、気を失うようにして意識を飛ばしてしまった。

     薄ら目を開けると、眩しい光が目に入った。咄嗟に目を細め、部屋の中の様子を伺う。どうやら寝台に寝かされているようだった。分厚い布団が魈に掛けられていて、寝返りをするのも大変そうだ。傍に置いてある台を見ると、何やら壺のようなものから蒸気が出ている。
     望舒旅館の一室ではなさそうだ。備え付けの窓から見える景色で、ここが何処かを思案する。日が差し込んで、部屋の中は眩しいほどに明るく暖かかった。
    『久しいな、金鵬』
    『まだ眠っているのか』
     光の向こうから、不意に声がした。そんなはずはないのに、昨日のように思い出せる、よく聞いた声だった。
    「浮舎……?」
     光の中で影が揺らめく。こちらにおいでと手招きしている。実は夢の中だったのだろうか。それならば、少しくらい。となんとか寝台から這い出る。ところが、足を踏み外して転げ落ちてしまった。骨の節々が痛くて上手く立ち上がれない。ずりずりと腕を使って、床を這い、影に近づく。
     まだ行くな。そこで待て。
     手を伸ばして窓の縁を掴む。ありったけの力を込めて、なんとか立ち上がった。それだけなのに、全力疾走した時のようにぜぇぜぇと息が切れている。なんともみっともない姿だ。夢の中なら、こんな状態の時でなくても良いというのに。
     窓を開ける。冷たい風が部屋の中へと入ってきた。窓の下枠に足を掛け、手を伸ばす。あと少しで影に出会える。そう思った時だった。
    「魈! 何をしている!」
    「!?」
     声の威圧感に萎縮してしまい、ひゅっと喉がしまった。心臓の音がうるさく、叱責されたことに恐怖を感じて身体に緊張が走る。目を見張りながら声のする方を勢い良く振り向いた瞬間、窓の縁を掴んでいた手を滑らせてしまった。うまく身体のバランスが取れず、身を窓の外へと乗り出してしまう。ここで、今自分のいる所が二階であったことに気づいた。落ちる。と思った途端に駆け寄った鍾離に勢い良く腕を引っ張られ背中を強打したが、なんとか部屋の床へと身体を打ち付ける程度で済んだ。
    「この病は時に幻影が見えたり、奇怪な行動を起こすことがあるそうだ。なるべく目を離さないで見ていたのだが、起きていたとはな……大丈夫か……?」
    「はぁ、……は、っ」
     先程のは幻影で、夢の中ではなかった。
     どうしてか残念に思って、じわじわと目尻に涙が溜まっていく。もうとっくに吹っ切れていたはずの思いが、ただ蓋をしていただけではないかという気になる。
    「薬を持ってきた。効果の程は他の仙人で実証済みだ。飲めるか?」
     鍾離に抱き上げられ、再び寝台へと寝かされた。疲労感に汗がどっと吹き出て、胸が苦しい。鍾離に何と伝えれば良いかわからない。
    「て、いくん」
    「どうした」
    「そばに……そばに、いて、くださ、い」
    「魈……」
     ポロポロと目から雫が溢れていく。何を口走っているのだろう。いつも業障の影響で倒れそうな時も、一人きりで問題ないはずなのに、何故か今、どうしても鍾離に傍にいて欲しくて堪らなくなってしまったのだ。
     そんなことより今伝えないといけないのは、薬が飲めるかとか、看病をしてもらって申し訳ないとか、そういう事のはずなのに。
    「んぅ……」
     鍾離の顔が近づいて来たと思えば、唇を重ねられ、舌を吸い上げられる。鍾離の舌が冷たくて心地良い。少しの苦味を感じて、薬を飲まされていることを知る。身体の奥がじんわりと暖かくなった。先程は拒否したはずの鍾離の仙気も送られてしまったようだ。
    「ん、ん……」
     随分と長い間口内をまさぐられ、唾液と共にたっぷりと鍾離に仙気を注がれる。溢れてしまいそうになるそれを飲み下していくと、骨を蝕む痛みが引いていった。
    「はっ……」
    「体内で上手く調和出来るといいが……俺は医者ではないから詳しいことはわからないが、少し無理矢理治療させてもらった。同意も得ずに悪いことをしたな」
    「いえ……鍾離様のお手を煩わせてしまい……申し訳ありません」
     幾分か呂律が回るようになっている。呼吸も少し楽になった。鍾離も一度患ったと言っていたので、回復させるのは造作もないことなのだろう。
    「まだ少し休め。お前が次に目覚める時まで傍にいるから安心していいぞ」
     さっき自分が発した言葉なのに、急に恥ずかしくなってきてしまった。不安なら手を繋いでいても良い。と布団の中で手を握られてしまった。何ということを頼んでしまったのだろうかと後悔する。
    「鍾離様」
    「どうした」
    「あ、ありがとうございます……」
     もう神ではないのだから、無闇に謝る必要はない。代わりに感謝の言葉に変えるといい。と先日鍾離に教わったところだ。
     今すぐここを立ち去って下さい。我なら一人でも大丈夫です。
     以前の自分ならそう伝えていただろう。
     しかし、礼を伝えた後の鍾離の表情を見てしまうと、その顔がもっと見てみたい。と欲深く思ってしまう。自分が礼の言葉を口にすると、鍾離は面食らったように一瞬ぱちくりと目を瞬かせ、そして柔和な顔で笑みを見せるのだ。
     魈は一刻も早く回復しなければと瞳を閉じた。傍で紙の擦れる音が聞こえる。鍾離が本を読んでいる音だ。傍に鍾離がいる安心感と共に、再び意識を落としていった。



     その病が流行り始めたのは、数ヶ月前のことだ。他国から持ち込まれた疫病は、瞬く間に璃月の間に広まった。だから、別段魈の日頃の行いとは関係がないのだ。
     璃月港の間では、毎日のように流行病について見聞きしていたが、魈は病について知らない可能性があった。そして、知らずに感染していることも懸念していた。安否確認の為に虚空へ向かって声を掛けてみたが、魈は一向に目の前に現れなかった。
     魈は既に病に侵されており、かなり進行していたようだ。自分で気づけなかったのは業障の影響だろう。
     あのまま間に合っていなかったらと思うと……すんでのところで無事にたどり着けたが、些か肝が冷えた。慌てて洞天に連れ帰ったが、ぐったりしていたのでしばらく眠ったままでいると思っていたのだ。病を甘く見ていた。
    「魈」
     ぎゅっと手のひらを握った。魈の指先は氷のように冷たくなっているのに、額に薄らと汗が滲んでいる。水に浸した手ぬぐいで丁寧に汗を拭ってやり、一度ゆすいでから、気休めになればと魈の額に乗せた。
     ああ、もう、いてもたってもいられない。
     ふぅ、ふぅ、と熱く息を吐いている魈の前で、本なぞ呑気に読んでいる場合でもないのだ。しかし、魈の前で狼狽えた姿を見せる訳にもいかないので、形だけ平静を装ってしまった。あんな顔で傍にいて欲しいと言われたら、離れられる訳がない。薬も飲ませたうえに、仙気も送り込んだ。このまま安静にしていれば大事には至らないはずだ。あの状態でも降魔を続けようとしていたのだから、少しくらいは叱っても良いかもしれない。誰もお前が死ぬ事を望んでいる者はいないのだから、自分の身は大事にして欲しいものだ。
    「魈……」
     眠っている魈へと口付けを送る。これは、ただのおまじないだ。



     熱に浮かされて瞼を開ける度、心配そうにこちらを見る鍾離の顔がぼんやりと視界に入る。その度に水差しで水分を与えられ、軽く口付けをされた。そのように心配されずとも、業障以上の苦痛をもたらすような死の病ではないことはなんとなくわかっていた。今までは床へ伏せっていても一人きりだったのに、誰がか隣に居てくれるというのは、気持ちが安らぐと知ったのは初めてだった。
     薬を飲んでも中々熱は下がらなかったが、数回目に目を開けた時には、だいぶ身体が楽になっていた。間違いなく鍾離のお陰だ。また迷惑を掛けてしまった。
     そんな事を思いながら窓の方を何気なく見ると、まだ鍾離にじっと見られていたことに気づいてしまい、身体がびくんと跳ねた。
    「し、鍾離様、ずっと……その、そちらに……」
    「ああ。お前が傍に居て欲しいと言ったからな」
    「ああ……うぅ……その、お忘れください……」
    「なぜだ? 望むなら毎日傍にいても良いぞ。共寝をしたって構わない」
    「どうか、ご容赦ください……」
     病はだいぶ収まったと思うが、その場に消え入りたくなってしまった。なんという失態を犯してしまったのだろう。
    「だいぶ良くなったみたいだな」
    「はい。お陰様で……ご迷惑をおかけしました」
     その場に起き上がり、姿勢を正して深々と頭を垂れる。薬と水分、軽い食事は全て鍾離の手によって食べさせられていたことを思い出し、熱は下がったはずなのに顔が熱くなる。そして、鍾離に看病されている中でふと気になることを思い出し、疑問を投げかけた。
    「あの、この病は仙人も患うと仰ってましたが……」
    「そうだな、甘雨や歌塵も患っていた」
    「その、鍾離様は……」
    「ああ、俺もだ」
    「あ、いえ、その……」
    「何か煮え切らない様子だな」
    「わ、我と同じように皆にも仙気をお与えになったのでしょうか……」
    「ん……? ああ……そうだな。そうだと言ったら、お前はどうする?」
    「あ、えぇと、鍾離様は慈悲深いお方なのだと、感服するばかりです」
     それは、つまり、他の仙人とも……その、形式上深い口付けを交わされたということだ。勿論鍾離に他意はないとわかっているが、自分以外の仙人にも同じことをしているのは、心に棘が刺さったような感覚になる。
    「ははっ。嘘だ。お前にしかしていない。甘雨も歌塵も留雲が診ていたから、俺はむしろ邪魔だと邪険にされていたくらいだ」
    「……鍾離様は……?」
    「俺……?」
    「鍾離様の看病は、誰が……?」
     真っ先に思い浮かぶのは甘雨だが、削月あたりかもしれない。
    「俺は軽症だったので、自宅で一人休んでいたんだ」
    「なっ!? それならば、なぜ我を呼んでくださらなかったのですか!」
    「お前に移すわけにもいかないだろう? それに動けない程でもなく、身の回りの世話くらいは問題なく出来たので、誰の世話にもならずに済んでいたんだ」
     鍾離が自分の知らない所で病に罹り、完治していた。それを一切知らなかった自分が歯がゆくて、奥歯を噛み締める。
    「次からは、我をお呼び下さい。今回は鍾離様に助けられてしまったので、次は我もあなたの力になりたいのです」
     鍾離と魈の関係は、もう一方的に助けられるだけではないのだ。魈が寝込んでいた数日の間鍾離が傍に居てくれたように、魈もまた、鍾離の為に何かしてあげたい気持ちはずっと持っている。
    「ふ、そうか。それならば……そうだな。世話になろう。楽しみにしている」
     ……病になるのを楽しみにされてしまった。できることならば、そのような機会はない方が良い。
     そう思ったが、声を出して笑う鍾離の顔を見ていると、当分は看病をすることもなさそうだなと、魈は思うのであった。
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