やきもち(現パロ)「鍾離先生! 卒論このままじゃ終わらなくて、助けて欲しいの!」
「それは……この場に来ている場合ではないのではないか? しかし、俺であれば助言しよう」
「ずるい! 私も今日先生に聞きたいことがあったのに!」
「順番に聞くので、まとめておいてもらえないか?」
魈は何故この場に来てしまったのかと、色々な香水の匂いが混ざり漂う空間に頭を痛めながら、早くも後悔していた。
授業を受け持っている子達がどうしてもというので、一度夜に食事に行くことになった。と告げられたのは数日前のことだ。断れなくてすまない。という鍾離に、別に構いません。と返した。鍾離のことだ。さぞ人気の教授なのだろう。
「女性も来るのだが、お前は気にならないのか?」
「は、はぁ……別に気になりませんが……」
それはつまり、魈の飲み会に女人が来ていると気にしているということなのだろうか。今更鍾離が他の人へ目を向けるとは思ってはいないので、鍾離が誰と食事に行こうが気にはしていない。魈も飲み会に女人が来ていて言い寄られようとも、全く相手にしようとは思わないので、鍾離も気にしていないと思っていた。
「……お前も来るか?」
「我が行っても邪魔になるのではないのでしょうか?」
「そんなことはない。お前と同じくらいの年頃の子だ。親しみを持って此度の会に呼ばれているとは思うが、中にはより俺との関係性を深めようとする者もいる。お前が来れば、彼女達も諦めがついて勉学に励むようになるかと思うのだが」
「……つまり我は、鍾離様の虫除けの役目を果たせば良いのですね?」
「俺もきっぱりと断ってはいるつもりなのだが、いまいち伝わっていないようだ」
「……わかりました。共に行きます」
鍾離の食事会に数回同席した事はある。どちらかといえば鍾離は自分の食事会に、魈を同席させたがるのだ。何かを求められているのかと始めは緊張していたが、特に話さずとも隣に座って食事をしているだけで良いとわかった。それからは幾分か気が楽になった。少し前に鍾離が夜いない日に失態を犯していたこともあり、今回は同席することにしたのだ。
そして当日、鍾離について行き会食の席についたのは良いが、数人来ていた女共の勢いが予想していたよりも凄かった。始めは鍾離の隣に座り、家族だと紹介されて食事をしていた。しかし、ものの数分もすれば女のきゃあきゃあ騒ぐ声と共に押し出され、あっという間に魈は隅の方へ追いやられてしまったのである。
耳が痛い。口々に話す女には品性のかけらもない。静かにしろ。そう騒ぐな。鍾離様を困らせるな。
とつい口を挟みたくなるが、ここは鍾離の顔を立てて我慢していた。鍾離のにこやかな笑みは、つい女性に気を持たせてしまうのだろう。それをわかってやっているのだから、鍾離も人が悪い。
女共は話し合い、一人ずつ鍾離に話をすることに決めたらしい。話に聞き耳を立てながら、目の前に置かれた無限に出てくるキャベツを口に入れ、する事がないので甘い飲み物を飲んだ。しばらく酒を控えている為、今日はノンアルコールである。
「ねぇ、あなた名前はなんていうの? 鍾離先生の家族って言ってたけど……弟さん?」
「……質問は一つずつにしろ」
全員鍾離の方へ向いていると思ったが、一人だけ正面に座り魈のことをじっと見ている女がいた。同じく無限に出てくるキャベツをつまみ、枝豆を剥いて食べている。
「名前は?」
「……魈だ」
「魈くんね。あなたは鍾離先生の弟さん?」
「……違う」
「……まさか、息子さん!?」
「……違う」
鍾離が家族、と紹介するのは合っているが、魈は彼氏や彼女ではない。ましてや弟でもなければ息子でもない。説明が難しいが、生涯の伴侶。と言ってしまえば更に突っ込まれるのは目に見えているので言いたくはない。
「魈くん、凄く綺麗だね。モデルでもやっているの?」
「やってはいない」
「ねぇ、隣に座ってもいい? 私の番はまだまだ回ってこないから、あなたともう少し話をしたいの。鍾離先生のこと教えて欲しいな」
質問に対しては全て端的に答えていたが、鍾離の話などしたくはない。夜通し本を読んで朝起きて来ないことや、意外と寂しがり屋で、魈が飲み会に行くと少し気落ちした顔をしている。ということは、魈だけが知っていればいい話だ。
女は返事もしていないのに自分のグラスを持って隣に移動してきた。ね、お願い。と魈の手にゴテゴテしたネイルのついた白い指を重ね、上目遣いで魈を見ている。凡人であれば有効な手だろうが、生憎と魈は色仕掛けに対して全く興味がない。
「お前が知りたいようなことは、我が知る由もない」
「古風な話し方するね。どこの大学行ってるの? 専門は歴史とか?」
「だから質問は一つずつにしろと……」
「魈」
「っ!」
不意に鍾離に名前を呼ばれて、身体が強ばってしまった。名前の音だけだが少し怒っているような気がして、鍾離の方へ顔を向けることが出来ない。目線を下にすれば、魈はまだ女に手を握られたままだった。慌てて手を解き、咳払いをする。
「こちらにおいで。飲み物のおかわりを今頼むから、隣に座るといい」
「は、はい」
顔は笑っているが、きっと何か機嫌を損ねている気がした。そろりと立ち上がり、鍾離の隣に座り直す。鍾離はまた女共の質問に答え出したが、一方で腕を伸ばし魈の手の上に重ねてきた。
「!?」
重ねるだけではない。手を引かれ、壁と鍾離の間に持っていかれた。撫でて、指の間に差し込んで擦り合わせて、恋人が握るかのように手を繋いでくる。丁度女共からは見えない位置だ。繋いだ後も、女の痕跡を消すかのように指がさわさわと手の甲を擦ってくる。
「……っ」
女人に触れられようがなんとも思わないが、鍾離となると話は別だ。これはいけない。これはだめだ。
「魈、どうした?」
「……ッ」
耳元で囁かれて、幾分か体温が上がってしまう。絶対わざと鍾離はやっている。
「顔色が悪いな。酒に酔ってしまったのかもしれない。家族の体調が優れないので今日はお開きとさせて貰うとしよう。お代は多目に出しておくので、後の時間は討論に使ってくれると嬉しい」
女共の残念がる声に応えることもせず、鍾離は魈の方を見ている。そもそも今日はアルコールを飲んでいないので、酔いようがない。
「帰るぞ、魈。立てるか」
「……は、い……」
半ば強引とも言える手法で、さっさと会計を済まし引きずられるようにして手を引っ張られて店を出る。ちなみに手は恋人のように繋いだままだ。
「鍾離様……今のは……」
店を出て数歩歩き、鍾離が立ち止まった。こんな形で店を出て鍾離の印象は悪くならないのだろうかと気になったのだ。
「あの子は魈に大層興味を持っていたみたいだな」
「……あの子?」
ところが、鍾離に遮られてしまい間抜けな声が漏れてしまった。
「手を握られていたではないか」
「はい……ああ、あれは鍾離様のことを聞き出そうとしていただけで、我に興味があったわけではないと思います」
「それは口実かもしれない。綺麗だと言われていただろう」
鍾離は何かに怒っているのか、ぐっと握る手に力を込められて、痛みに顔を顰める。
「……ないと思いますが……」
「やはり次回からは魈を連れていかないよう、決めようと思う」
「ご自由に……」
「魈は、教え子に囲まれてる俺を見てもなんとも思わないのか?」
「え? いえ。特には……」
「俺はお前が触られているのが嫌だった」
「……えっ」
手を解かれ、代わりに誰が見ているかともわからない街中で抱擁される。
「鍾離様が我を連れて行きたいと仰ったんですよね……?」
「そうだ」
「それで、嫉妬されたんですか……?」
「嫉妬? ああ。これが」
知らずにやきもちを焼いていることに、今気づいたらしい。鍾離には悪いが、魈は少し可笑しくなってしまった。鍾離に対して嫉妬心を抱いていたらキリがないので、魈は嫉妬という感情はとうの昔に乗り越えていたのだ。
「大丈夫です。生涯の伴侶の契りは決して反故にしません。どうかご安心を」
「それはわかっている。しかし、実際にこの目で見ると複雑な心境になるな」
「すみません。次回からは未然に防ぐ努力をします」
「いや、必要ない。……もしかすると俺は……教え子に囲まれる俺を見て、お前に妬いて欲しかったのかもしれない」
「……その程度で妬いていたら、我の身が持ちません」
「む。それはどういうことだ?」
「もういいです。帰るとしましょう。鍾離様」
鍾離の手を引き、よくわかっていない表情をした鍾離を横目に前を歩く。この元神に言いよる有象無象をどれだけこの目で見てきただろう。それでも魈を選んでくれた事に、改めて笑みが零れてしまう。
本当に、幸せなことだ。