すれちがい もうほとんど意識を手放しかけていたそんな時に、優しくしてぇんだけどな、と独り言のような小さな声が降ってくる。重たい瞼を無理やり持ち上げ視界を開けば、思っていたよりも近いところに赤い双眸があった。驚いた様子はない。まだギリギリ起きているとわかっての言葉だったのか、それとも聞かれてはいないと思っているのか。左馬刻の考えは読めない。
十分優しいじゃん、と思う。今まさに、黒髪を梳くその手つきでさえ。
「……俺は……もっと、好きにしていいのにって、思ってる……」
もうすでにうとうとしている上、先程まで散々啼かされていたせいで声は掠れた。けれど、この距離でなら届いているはずだ。目の前の整った顔が苦い笑みを浮かべたのがその証拠だった。
「……そうじゃなくてよぉ」
部屋はしんと静まり返っている。左馬刻も静かだった。身じろいだ時の衣擦れの音だけが、やたらと鼓膜に響く。
合ってるよ、と言いたかった。恋人として。あるいは兄のように。左馬刻は優しくしてくれる。
もちろん喧嘩だってする。煮物に当然のようにニンジンを入れてしまった時のくだらない口喧嘩から、この家を飛び出して萬屋ヤマダの事務所兼自宅に戻るくらいのド派手なやつまで。
それでも、この人は優しいと思ってしまうから。ほとんど体格の同じ男同士が身体を重ねる時くらいは、好きにしてくれていいのにと思うのだ。
「さまとき」
「ん」
のっそりと、まだ裸のままの身体に腕を回した。皮膚と皮膚が直接触れ合う。それがこんなにも気持ちのいいものなのだと、知ったのは数ヶ月前。教えてくれたのは、もちろんこの人。体温がじわりと伝わって、きっと同じくらいになっている。
触れるだけのキスをした。一回すれば、もう一回、と追いかけてくるのはわかっていたから。
甘やかな戯れを繰り返す。それでもまだ瞼は重い。じわじわと襲ってくる眠気に身を任せながら、やっぱやさしいよなぁとひとりごちた。
凶暴な瞳が、唇が、自分の前では柔らかくなる。そんな自負がむず痒くて、嬉しくて、でもほんの少しだけ、その凶暴さにも興味があるから。あんたが好きなようにしたら俺はどうなっちまうんだろうな、なんて。心地よい腕の中でとうとう睡魔に負けてしまい、思った言葉が口をついて出たのかはわからなかった。